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エピローグ


 
 最後に新川さんが丁寧に謝辞を述べ、古泉が閉会の挨拶と二次会の案内をして披露宴はお開きとなった。新郎新婦は拍手の中を退場、とふつうはプログラムにあるはずなのだが、突然ハルヒが叫んだ。
「ちょっとみんな、外見て!」
「どうしたんだ?」
「すっごいじゃないの、目の前で花火をやってるわ」
「まさか、もう九月だぞ」
ハルヒの指令ですべてのカーテンが開けられた。窓の外はもう暗くなっていて、眼下に広がる俺たちの町の夜景と夜の海、そのはるか上空で、光の大輪の華が大きく広がっては消えていく。ドドンと腹の底に響くような大きな音と共に赤黄色オレンジと青に緑の輪が咲いていた。今日のセレモニーの最後を飾るイベントだと思ったらしく招待客からやたら歓声が上がっている。
 
「あれは誰がやってるんだ?古泉、お前の機関の仕込みか」
「とんでもない。あんな予算のかかる見世物をやるなんて聞いていません」
「あれは……」長門が宙を見つめた。「情報統合思念体がやっている」
「なんと。思念体って人類に直接干渉したりしないんじゃないのか」
「……わたしたちへのプレゼントのつもり、らしい」
こいつは驚いた。あいつらも味なマネをするな。
「……自律進化の閉塞状態を打開するヒントを得た、そのお礼」
「なんだそれ」
「わたしはあなたと出会って、自律進化を遂げた。その報告が貴重なヒントとなった」
「なるほどな。お前のパトロンも気の効いたことをするんだな」
「……あれは、主流派ではない」
主流派以外に俺たちに興味があるってのは、え。
「もしかして急進派か」
「……」
長門はなにも答えず、ただ黙って遠くを見つめた。急進派といえば、ナイフが好きなあいつが消えてからそろそろ八年になるか。あのときの二人のアクションシーンは今でも忘れない。そもそも長門と俺が親しくなったのはあいつが要因じゃなかったか。
「……おめでとう、と言っている」
「そうか。ありがとうと伝えてくれ」
かつて清涼感あふれる女子高生だった髪の長い女の子が、どこか遠くから見守ってくれているような気がする。長門はそっと俺の手を握った。俺も握り返した。
 
「みんな、二次会に行くわよ、あたしについてきなさーい」
とりあえずは披露宴は終わり、俺たちは控え室に戻ることにした。ほとんどが二次会に直行するようで、受付でブライドメイドとベストメンが引き出物の紙バックを配っていた。なにが入っているのか謎な年末の福袋っぽい感じもしなくもないが。
 
 ボードに貼られた朝比奈さん撮影の写真が奪い合うようにして剥がされ、長門はもちろんメイド三人が写った写真はすぐにソールドアウトし、物好きなやつはハルヒの写真も持って帰っていた。なぜか古泉のも消え、残ったのは俺の写真だけだった。長門がそれを大事そうに一枚ずつ手に取っていた。
 
 控え室でメイクを落とし、衣装を脱ぐと気持ちまで脱力してハァとため息をついた。
「やれやれ、やっと終わったな」
「……おつかれ」
鏡の前で赤い口紅と化粧を落とす長門を見ていると、こいつがほんとに俺の嫁さんになっちまうとはなぁなどと感慨じみたものが沸いてきた。あれれ目が潤んでる。長門の姿がぼんやりとかすんで、その隣にもうひとりの影が見えた。涙目で姿がにじんで見えていたのかそれとも本当にそこにいたのか、メガネをかけた長門だった。目をこすってよく見ようとすると、そいつは俺を見て少しだけはにかんで、スッと消えた。
 長門はどうしたのという表情で首をかしげて俺を見ていた。
「……なに」
「い、いやなんでもない。古い知り合いがいたかと思ったんだが気のせいだった」
たぶん長門には分かっていたんだと思う。なにも言わなかったが、ただうなずいていた。
 
 新川さんが自宅まで車で送ってくれるというので俺たちはホテルのロビーに降りていった。もうとっくに二次会会場に行ったかと思っていたハルヒ達がずらりと並んでいて、いやはやそこまでしなくてもいいのにバラの花びらが頭から降り注いだ。全員には無理だったが俺はそこにいる人にできるだけお礼を言った。ピエロ衣装のままの中河が笑いながら俺の手を握った。
 新川さんがリムジンのドアを開けてくれ俺たちは乗り込んだ。空き缶のガラガラはもう付いていなかったが。
 
 長門のマンションの前で車が止まった。玄関の明かりの中で新川さんに何度もお礼を言った。
「新川さん、なにからなにまでありがとうございました。機関の皆さんにもよろしくお伝えください」
「いえいえ、私どもも今日は楽しませていただきました」
「……」
別れ際に長門がなにか言いたそうにしていた。
「長門、どうしたんだ?」
長門は新川さんに近づいていきなり抱きついた。
「……お父さんを、ありがとう」
新川さんは顔を赤くして、はっはっはと笑った。
「実は私には有希さんと同じくらいの娘がいましてね。今は母親と暮らしているんですが、いい予行演習になりました。有希さん、幸せになってくださいね」
「……そうする」
里帰りがわりに新川さんに会いに行ってやろう。こいつには実家というものがなかったからな。
 
 リムジンが走り去り、俺と長門は手をつないでマンションの玄関を入った。ひとつだけ思い出してぴたりと足を止めた。
「大事なことを忘れてた」
「……なに」
「こういうときは嫁さんを抱えて入るのが慣わしらしい」
「……そう」
長門の頬がポッと染まり、軽く手を握るようにして、俺の首にぎこちなく腕を回した。ほとんどといっていいほど体重が感じられない長門の体をお姫様抱っこで抱えてエレベータに乗った。
 
 最初にここを訪れてからもう八年になる。あのときは寒々しい思いをしたが、今はこうやって長門の温かさを感じている。宇宙論を聞かされたり、布団で時間移動したり、缶カレーを食ったりおでんを食ったり、ここを去るたびに長門が見せていた寂しげな表情はたぶんもう見ることはないだろう。
 そばにいてやりたい、難しくはないこんな単純な願いをかなえるのに長い時間をかけてしまったが、これからその時間を償っていきたいと思っている。長門よ、ずいぶんと待たせちまったな。
 気がつくと七〇八号室の表札は、長門のではなく俺の名前になっていた。
 
 足元でミャーと仔猫が鳴いて出迎えた。
「ただいま、有希」
「……おかえり、あなた」
 
 そしてやっと、ここが俺の帰る場所になった。
 
END
 


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