…暗い。
…視線を変えると月が見える。
どこか遠くでブランコの音が聞こえる。
…あれは…
誰か乗っているのか?
………
…黄色いカチューシャ…
…ハルヒ?
…またこの夢か。
目覚ましをかけて自主的に起きろと親に指示された翌日。
結果からいうと無理だった。
10分前に鳴ったらしい目覚まし時計と鬼の形相で睨んでくるお袋を交互に見ながら俺はついさっきまで見ていた夢のことを考えてみる。
…あのブランコに乗っていたのはハルヒなのか?
…もしそうだとしても何になる?この状況を打破する鍵になるのか?
昨日の長門とのやりとりを思い出すが接点が見つからない。
「ちょっと!目覚ましが鳴ったのに起きないってどういうことなの!?」
あぁ…お袋がブチ切れた…
とりあえず謝って反省の色を見せておく。
下手に反論しても自分に100パーセント非があるのでどうしようもないのは明白だ。
「明日は本当に起こさないからね!早く朝ご飯食べなさい!」
「…了解」
さて、今日こそは元の世界に戻れるのかね?
なんとなくパソコンの前に立ってみる。
YUKI.N> 期限は今日いっぱい
そう映されたかと思いきやいきなりパソコンの電源が落ちた。
「…いくらなんでも急過ぎやしないか?」
そして真っ暗な画面に幼い俺の顔が写ってた。
小学校生活二日目。
げた箱で靴を履き替えると谷口に見つかった。
「おいキョン!」
「…ん?どーした?」
「なんなんだあの涼宮ってやつは!?」
…結局昨日会えたのか。
「会ったとかそういう問題じゃねぇよ!話しかけても無視ばっかしで、最終的には無言で蹴りを入れられたぞ!?」
「…お前がしつこかっただけじゃないのか?」
まぁ小学生だからそこら辺の抑制がきかないのはしかないかもしれんが…
「確かにそうだけどよー…あの外見で性格が良ければパーフェクトなんだけどなぁ…」
…というか小さくてもハルヒの外見評価は良いんだな…
「…キョン、さっきからお前何ぶつぶつ言ってんだ?」
「ん?あぁ、何でもない」
「そうか…まぁキョンもそう思うだろ?」
「…別に」
そう言うと谷口を放置して教室に向かった。
「おい!待てよキョン!」
無視だ無視。
教室に着くと大半の奴が登校していた。
ハルヒもいた。昨日と変わらずブスッとした顔つきで外を見ている。
…本当にどうしようか。
パソコンの文字がフラッシュバックする。
『YUKI.N> 期限は今日いっぱい』
…頼むからお前の望みを言ってくれ。
…可能な範囲で叶えてやるから。
…まぁ聞いたところで答えてくれるはず無いだろうな。
とりあえず自分の席に着こう。
そして挨拶してみよう。
そうしよう。
「よう、涼宮」
「………」
…シカトですかそうですか。
「学校の生活はどうだ?」
それでもめげずに会話しようと試みる。
「…うるさい」
…元の世界に帰れるかなぁ。
…というか何で俺はこんなに落ち着いてるんだろうね。
授業の教師が入ってきたので一旦中断して前を向く。
一限目は算数。
…まぁ正直な話、知識は高校生の時のままなので理解できない話は一つも出てこない。
というか本の世界に戻るためのタイムリミットが今日なのにのんびり授業なんか受けてていいんだろうか…
肘をついたまま外を眺めてるハルヒを見る。
…他の誰も干渉できない世界…か。
俺がこいつに何かしないと駄目なんだよな…
「…寝るか」
一限だけ寝よう。
長門の暴走の時もそうだったが一日で色々と体力を使った気がする。
只でさえ昨日まともに寝てないんだ。
さらば授業よ。
俺は夢の世界へ飛び立つべく教科書と筆箱を枕に机の上に突っ伏した…
直後
バシン!!
頭をぶっ叩かれた。
…ちっ、教師に見つかったか…
最近の小学校は厳しいんだな…少しでも眠りそうになると起こされるのか。
…というかだな俺は体罰も何も気にはしないがいくらなんでも注意に入るのが早すぎないか?
まぁ悪いのは俺だ。
素直に謝っとくか。
そして顔を上げて人の気配のする方を見ると…
「ちょっと!あんた何寝ようとしてるのよ!?」
物凄い剣幕でハルヒが睨んでいた。
…あれ?叱られるものだと思っていたんだが…
「俺が何しようと俺の勝手だろ…何か用か?」
「教科書見せなさい!まだ教材貰って無いのくらい知ってるでしょ!?」
…そういや昨日転校してきたことになってるのか…
「それはすまなかったな…ほら。それと…」
「…何」
「人のこと呼ぶときくらい名前で呼べ」
「あんたの名前なんか知らないわよ」
おまっ…名札に書いてあるだろ…
「…名札忘れてきてるじゃない」
「げっ…本当だ」
えっと…何か名前の書いてあるものは…
教科書…名前書き忘れてる。
ノート…いたずら書き…妹か?
「っていうかあんた昨日キョンって呼ばれてなかった?」
いや待て、正式名称でいかせてくれ。
しかし俺自身思い出せない…こうなったら。
「先生!俺の名前がわかりません!」
「キョンくん…立たされたくなかったら黙りなさい」
気がつくとクラスのみんなが俺とハルヒを見ていた。
…相当でかい声で喋っていたようだ。
「…やっぱりキョンであってたじゃない」
…もうなんでもいいよ。
授業が終って昼休みになるといろんな奴から話しかけられた。
まぁ内容はどうやってハルヒと会話できたのかだ。
…そういや朝倉も似たようなこと聞いてきたな。
ちなみにそのハルヒは給食食い終わった途端どっか行っちまった。
昨日もすぐにいなくなったが…どこ行ったんだろうな…
「じゃあキョンは涼宮係決定な!」
…谷口…どこから沸いて出てきた。
というかその台詞も聞いたことあるぞ。
「だって俺らが話しかけても何の反応もしないもんな」
…端から見ればそうかもしれんが俺もまともな会話をしてないぞ?
「まぁ何でも良いけどな。それよりグランド行って遊ばね?みんなでドッジボールしようぜ」
「あぁ、わかった」
ドッジボールか…なんか久しぶりだな。
ちなみに女子も交えてやるみたいだ。
…まぁ小学生はそんなのいちいち意識しないか。
ちなみに谷口以外みんな俺のクラスの奴だ。
グランドに着くなりチーム分け等をテキパキこなす谷口を眺めながら「こいつ自分のクラスに友人はいないのか」なんて考えてると、隅にある遊具が目についた。
鉄棒にジャングルジムに…
…ブランコ。
夢の中で聞いたブランコの音。夢の中で見た黄色いカチューシャ。
仏頂面のハルヒがそこにいた。
…どこに行ってるのかと思ったらそんなところにいたのか。
しかし話しかけに行くのもなぁ…
何か後をつけてたみたいで嫌だし…
ハルヒはブランコに座りながらずっと下を向いている。
因みにほとんど漕いでない。
ただユラユラと体をまかせてるだけだ。
暫くして立ち上がった。
…どこかに行くようだな。
というか下向いたまま歩くと危ないぞ…あ。
段差に躓いて転びやがった。
「よしキョン!覚悟しろ!…っておい!」
気がついたらハルヒの方に走り出してた。
「スマン谷口!ちょっと抜けるぞ!」
「大丈夫か?涼宮」
「………」
…睨みつけるな。
「…見てたの?」
「見えたんだ。お前が転ぶ所が…ほら、ハンカチ濡らしたからその傷に当てろ」
「傷?…あ」
ハルヒの膝が少し擦りむいてた。
まぁさっき転んだときだろう。
「…別にいいわよ」
「いいわけないだろ。ほら」
そう言ってハルヒの膝に無理やり押し当てる。
「…ありがと…まだ何か用?」
用か…まぁ聞いてみるのもいいかもしれんな。
「用というか…聞いてみたいことなんだが…涼宮は…
「ハルヒ」
へ?
「…ハルヒでいいわ」
「…了解。ハルヒはなんであんなにブスッとしてるんだ?」
我ながら質問がストレート過ぎたか?
「…つまらないからよ。全部」
「全部?」
「キョン、あんたは自分がどれだけありふれた人間か自覚したことある?」
「自分自身のことだけじゃないわ。今あんたのいるクラス、家族、どれも日本全国すべての人間から見たら普通で似たような内容でしかないのよ?」
…そうだ。
朝倉が消えた翌日、長門のマンションまで行った日のことだ。
「それでも世の中にはちっとも普通じゃなくて面白い人生を送ってる人もいる。だけどそれがあたしじゃないのは何故?」
…長門の言葉を思い出せ。
多分この中にハルヒの望むものがあるはずだ…
『カニ鍋を食べた』
違う!それじゃない!
『楽しいという感情を持ち続けていたはず』
それだ。まだあったはずだぞ…
「…でも最近こう考えるようになったわ。どうせ現状維持しても変化しないならあたしから変わってやろうって」
『勿体無いと感じることもあったよう』
まだだ…まだ足りない。
『あなたに何とかしてほしいと思っている』
…あとひとつ…考えろ。
「素敵じゃない?世界中の不思議と手を取り合って楽しく過ごすのよ?全部これからのあたし次第なの!」
…世界中の不思議…
実際現在のハルヒは不思議に囲まれて生活してる…
…だけどハルヒの意識では?
「…ちょっと、聞いてるの?」
「あぁ、聞いてるぞ。俺がどれだけありふれた人間かだろ?」
これが正解かは確信できんが…
「俺は多分どこにでもいるような人間だ。というか絶対そうだ。谷口と同レベルだ…だが」
やってみる価値はあるかな。
「絶対に楽しいと思える人生を送ってきたと言える自信はある」
そう言うと俺はハルヒの手を引っ張って歩き出した。
つづく
最終更新:2020年06月04日 17:55