「岡部先生」
    放課後、日誌をつけていると苦々しい表情で三年進路指導の主任が声をかけてきた。
    用件はだいたい察しがつく。俺だって教員生活が板についてきた頃なのだ。先日全学年で進路指導の個人面談があったばかりというタイミングで、この人がこの表情で俺に話しかけてくるってことは……
「先生のクラスの、涼宮ハルヒについてですが」
    うむ、予想通り。
「聞いたところ三年の朝比奈みくるを何だか妙な同好会に引きずり込んだとか」
    だいぶ前の話を今更おっしゃる。こういう教員が進路指導の主任に就けるのだ。俺がそれなりのポストに就くのも夢じゃないかもしれないな。
「朝比奈と面談しましたが、辞めろと言っても『辞めたくない』の一点張りですよ。先生のところの涼宮に脅されでもしてるのでは?」
    ……スポーツマンはどんなに呆れても溜息をつかないものだ。
「理由は何か言っていましたか?」
「何のです?」
「辞めたくない理由です」
「あぁ……楽しいからとか何とか言っていましたけどどうだか」
    そうですか。
    確かに、今だから言えるけれども教師は生徒の事をそう簡単に信じるべきじゃない。信じようと努力して信じられるか吟味してから信じるべきなのだ。だがこのオッサンは最初から信じていない。経験がそうさせるのかもしれないが、こんな教師にはなりたくないもんだ。
「涼宮と面談します」
「そうしてください、頼みますよ。何とかあの同好会を自主的に解散させる方向に」
「私からもお願いします。ウチの古泉ももっと上位が期待できるだけにね……」
「僕のクラスの長門もその同好会に巻き込まれているみたいですね」
    さぁ、面倒な事になってきた。


--------------

「おはよう、朝比奈。ちょっといい?」
「はぁい……あ、岡部先生」
「おや、岡部先生までみくるをナンパかい?」
    それはちょっとシャレにならんぞ鶴屋……。しかし確かに朝比奈はふわふわとしていて……コホン。気を取り直して、と。
「涼宮との同好会の事なんだが……」
「SOS団の事ですか?」
    そう、その団の事。一体何をする団なんだ?
「涼宮さんは……えと、宇宙人とかを見つけて一緒に遊ぶのが目的って言ってました」
    あのビラはマジだったのか……見つかった?
「見つかったというか、あっ、あの見つかりません!」
    何だこの慌てぶりと隣の鶴屋のニヤリという笑いは……。まぁいい。
    それでその団、楽しいか?
「すごく楽しいですっ。たまに恥ずかしかったり……しますけど」
    あのバニーガールの時とか……と言った途端に朝比奈の顔が破裂するのではと思う程紅潮したので切り上げる事にした。
「ありがとう、朝っぱらから悪いね。それじゃ今日も一日頑張って」
「はぁい」

--------------


「やぁ長門」
「……」
    今、会釈を返したのだろうか。不思議な子である。無口だが暗いわけではなく、かといって明るくもなく……ありゃすたすた行ってしまう。
「あ、ちょっと待って……今大丈夫か?」
「…………大丈夫」
「涼宮と一緒にSOS団っての、やってるよな?」
「……」
    首肯。
「どうだ?」
「……」
「……」
「どうって」
「あー……楽しいか?」
「……」
    首肯。
「辞めたいって思う事とかない?」
「ない」
「どうして?」
「………………楽しい」
「そうか」
「そう」
「ありがとな」
「いい」
    やはり不思議な子だ。遠ざかる小さな背中は、存在感があるようでない……いや、ないようで強烈にあるという感じだ。

--------------

「おう、古泉」
「おや、岡部先生。僕に声をかけるとは珍しいですね」
    爽やかな笑みを返してくる。この物腰とルックスだ、さぞかしモテる事だろう。
    
    ……何だこの気持ちは。生徒に妬いてどうする。

「それで御用件は?」
「ん?……あぁ、お前がやってる部活の事なんだが」
「SOS団の事ですね」
「そうそう」
「先日の進路指導でも色々とご教授を受けましたよ」
「正直なとこ、どう?」
「……難しい質問ですね。僕としてはSOS団に入ったのは最初は予想外の事で、正直不本意でしたよ」
「今は?」
「大変面白く過ごさせてもらっています。彼と涼宮さんのおかげで」
    微笑のニュアンスが変わったような気がした。
「辞めろって言われたらどうする?」
「どうもしませんよ、そもそも僕たちはSOS団という集まりであるだけです。普通の部活のように辞めるか辞めないとかは関係ないんですよ、僕たちにはね。
便宜上SOS団を『辞めた』としても、涼宮さんがいる限り結局僕たちは彼女のもとに集まるでしょうね」
    ……そうか。わかった。
「では失礼します」
「あ、今から文芸部室行くんだろ?俺も一緒に部室まで行かせてくれ」
「僕は構いませんが」
    大丈夫だ、中には入らん。

--------------

「お待たせしました」
「遅いわよ古泉くん、今日は夏休みの、ってあれ?」
    教室では見たことのない涼宮の晴々とした笑顔がキョトンとした表情に変わる。
「すまん涼宮、ちょっとキョン借りていいか?」
「何言ってるのよ、別にキョンはあたしのじゃないわよ……あ、あたしのか。あたしの雑用」
    面白い表情でキョンがこっちに向かってくる。『しょうがないやつだなハルヒは』と言っているようでほほえましい。

「あ、待ちなさいよキョン!あたしはまだ」
「いいじゃないか、わざわざ岡部先生がここまで来たんだから相応の用事があるんだろ」
「……むぅ、手早く済ませなさいよ!5分以内」
    はいはい、と手を振り部室のドアを閉めたキョンがこちらに向き、
「岡部先生、あなたまで俺をキョンと呼びますか」
    とうんざり顔を見せた。ありゃ、親しみをこめたつもりだったのだが。
「まぁ、もう慣れたんでいいっすよ」
    そうかじゃあキョン、少し話させてくれ。

--------------

「辞める辞めないは俺が決めることじゃないっすよ。ハルヒが作った団なんだし、ハルヒが決める事だ」
    いやそうじゃなくて、お前は団についてどう思ってるんだ?
「……最近は楽しくなってきてます。困ったことに」
    って事は辞めたくない?
「だからそれは俺が決める事じゃないですって」 
   

    ……はて?

 

    心底俺の質問の意図がわからない、という顔をしているキョンを見ていると段々わかってきた事がある。こいつは俺たち教員や、他の生徒たちが思っている『部活』の範疇にSOS団は入らないと当たり前のように思ってるんだ。
    SOS団という入れ物の中に涼宮、朝比奈、長門、古泉、そして自分が入ってるんじゃなく、五人で一つの共同体を作っているんだと信じている。
だから辞める=抜けるという感覚がない。こいつにとって『SOS団を辞める』という言葉は自分が抜けるという意味ではないんだな……。
「そういうことか……」
「……? もういいですか」
    随分長々と顔を見つめてしまっていたらしい。気付けば『やれやれ』という表情でキョンは佇んでいた。
「あ、あぁ、ありがとう。もういいから、涼宮を呼んでくれ」
    キョンは浅い会釈とともにふぅと一つ溜息をつき、ドアを開ける。
「遅いのよキョン、何でもっと適当にあしらわないわけ?」
    上座に座っていた涼宮が楽しそうにわめく。少しも動じずキョンが親指で俺を指し、
「お呼びだ」
    と一言。その言葉にぶぅぶぅ言いながらも素直にこちらに来る涼宮を見ていると思わず笑みがこぼれてしまう。

    そしてこんな事を思う、進路指導部の奴ら、ざまぁみろ。俺はこいつらの本音がわかるぞ。お前らが厄介者としか思っていない奴は、俺の生徒だ。 こいつらが正しいって事は俺も正しいって事だ。

バタンとドアが閉まり、全校生徒一の厄介者がキッと俺を睨む。

 

「涼宮」
「何よ」
「……」
「……」

 





「いい友達を持ったな」
 



おしまい

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最終更新:2020年09月08日 01:00