「サンタクロースをいつまで信じていたか~?」
なんて事は他愛も無い世間話にもならないくらいのど~でも良い話だが、
それでも俺がいつまでサンタ等と言う想像上の赤服爺さんを信じていたかと言うと
俺は確信を持って言えるが、最初から信じてなどいなかった!
幼稚園のクリスマスイベントに現れたサンタは偽サンタだと理解していたし、
お袋がサンタにキスをしている所を目撃した訳でもないのに、
クリスマスにしか仕事をしないジジイの存在を疑っていた賢しい俺なのだが…
この目の前にある状況を俺は一体、どう理解すれば良いのか!?
 
「Oh!Merry,Christmasデ~ス!」
 
おいおい…ちょっと待ってくれ…何なんだ、これは?
分かった…まぁ百歩…いや、TVショッピングで宣伝している
胡散臭いダイエット器具のおまけに付いてくるような万歩計が
カウンター振り切ってぶっ壊れる寸前にまで譲って、
宇宙人や未来人や、はたまた超能力者の存在を受け入れるのは我慢しよう。
なんせ2年近くも目の前にいて散々、見せつけてくれたからな。
だが、何故この放課後のSOS団もとい文芸部の部室に
趣味の悪い真っ赤な服を着たむっさい白髭じいさんが俺の指定席に座っているのか?
答えが分かった方は早押しボタンを押してくれ。
正解者には豪華プレゼントが枕元の靴下の中に入っているかもしれないぞ。
「ちょっと、キョン!寒いから早くドア閉めなさいよ!」
 
寒いわ…夜からまた雪が降るって天気予報で言ってたし、
早く、部室に行ってキョンに取られる前にストーブ確保しなくちゃ。
大体、女子高生はスカートなんてどこのエロジジイが決めたのかしら。
夏はともかく冬は寒いし、痛いし、堪らないわ!
「明日はもうクリスマスイヴね…。」
明日は鶴屋さんの家で第二回SOS団クリスマス鍋パーティーがあるし、
早くツリーの飾り付けもしなきゃいけないから
SOS団の団長権限を行使してキョンを引き連れてこれから買い出しね。
あ、あとみくるちゃんに後で、あの事も聞かなくちゃ。
今日の夜までには終わらせないと間に合わないわね。
でも明日の事を考えると癪だけど今から緊張してくるわ…。
そんな事を考えつつ、冷えて赤くなった手に暖かい息を吹きかけながら
部室までの渡り廊下を歩いていた。
「サンタにでも持ってってくれる?ってお願い出来ないかしら。」
「イイデスヨ!」
え?
 
「Hohoho~!!コノtea、オイシイデスネ~!アタタタマリマス~!」
…『タ』が一個多いです。
「ありがとうございます♪」
朝比奈さんもすんなり受け入れているようだ。
「これはどういう事なんだ?」
俺は誰に言うでもなく独り言を呟いた。
「おや?ご存知ありませんか?こちら、サンタさんです。」
そんな事は分かってる、古泉。
「そんな事を聞いているんじゃない。
なんでサンタがここにいるんだ?と聞いているんだ。
どこのバイトを引っ張ってきたんだ?」
「さぁ?」
知らずに受け入れてんのかよ、お前らは!!
「私が連れて来たのよ!」
どうせそんな所だろうとは思ってたがな、ハルヒ。
「私が連れて来たって明日のパーティーの為か?
見知らぬバイトの人を学校に引き入れて教師にでも見つかったら洒落にならんぞ。」
まぁ、こいつがそんな事を気にする奴だとは露ほどにも思わんが…。
「Oh,ワタシバイト、違イマス。サンタデス。」
サンタなのは見りゃ分かる。
「ワタシ、困ってマス…。」
困ってるのはこっちだ。
 
「ワタシ、Christmas、ソリ、ココキマシタ。トナカイ&ワタシ、喧嘩シタ。
トナカイ、Byebye。ワタシ、Alone。寒かったネ。」
要するにクリスマスにソリでこの町に来たがトナカイと喧嘩してソリを下ろされ、
寒い中、一人で浮浪者の如く、学校の片隅でうずくまっていたらしい。
しかし、サンタのくせに寒さに弱いなんて大丈夫なのか?
「渡り廊下の端っこで寒くて震えてるサンタなんて情けなくって仕方がないわ!」
珍しく今のハルヒの意見には同感だ。
「ワタシモニンゲン。ソリ、エアコン完備。
ソレニ、ワタシ痛風&高血圧。寒イノ駄目。」
高血圧で痛風で寒いのが苦手なサンタなんて夢もへったくれもありゃしないな…。
「プリン体の摂り過ぎなのよ!」
そこじゃないだろ、ハルヒ。
「まぁ、すぐに見つかるだろ。
公道をトナカイがソリ引いて走ってたら否が応にも目立つからな。」
俺の言葉にサンタは首を横に振りながら溜息をついた。
「サンタクロース、ソリ、トナカイ、空飛びマス。
常識デス。夢ナイ人、嫌デスネ。」
うるせっ!放っとけ!そんな訳あるか!
「トナカイ探ス。手伝エ、OK?」
なんで命令形なんだよ…。
気が付くと、いつの間にか長門がサンタの横に立っていた。
 
「…本。」
ん?どうした、長門。
「…欲しい本がある。」
「Oh,Book!ベンキョウ好き、良いコ!」
「…トナカイは探し出す。私には本を。」
おい、弱みにつけ込んだカツアゲみたいになってるぞ。
「…問題は無い。サンタクロースの主な仕事は
毎年12月24日深夜、並びに12月25日未明にかけて
家屋の煙突または窓等から何らかの方法で忍び入り、
寝ている子供の枕元に所望品を配布する事。」
いや、間違ってはいないんだが…。
「…私の現在の立場は高校二年生。法律的には未成年。
私がサンタクロースに本を所望するのに些かの支障も無い。」
何をそんなにムキになってるんだ、長門。
「そんなに欲しい本があるのか?」
と、俺が訊ねると長門はいつものようにコクリと頷いた。
「じゃあ、決まりね!逃げたトナカイをふん捕まえましょう!」
 
真っ赤なお鼻のトナカイさんという歌をご存知だろうか?
というより、知らない人はほとんどいないであろう。
実はサンタクロースのソリを引くトナカイは皆で8頭なのですが、
その中に赤鼻のトナカイはいません。
何故かというと彼が生まれるのはそれよりずっと後だからです。
先頭を走る赤鼻のトナカイの名前はルドルフ。9頭目のトナカイでした。
 
「何か文句あんのか?コラァ!」
……トナカイがサンタにメンチを切ってます。
「今年もまた、俺一頭で世界中飛び廻れってか!?あぁっ!?」
どうやらソリを引いているのはルドルフ一頭だけのようです。
「し、仕方ないじゃろ?最近は動物保護協会や愛護団体がうるさくて
贅沢にトナカイ9頭も使って真冬にソリを引かせるなんて可哀想だ、
極悪非道だなんて抗議の電話やメールが殺到しているんだ…。」
サンタの世界も大変ですね。
「じゃあ、俺なら良いってか!?大体、お前は不摂生過ぎなんだよ!?
お前みたいなメタボなジジイ乗っけて一頭だけでソリ引っ張って
世界中を飛び廻る俺はどうなっても構わんって事か!?あぁ!?
あとの8頭は何やってんだよ!?」
トナカイにも色々と不満はあるようです。
「い、いや、じゃから今年からソリにも最新型の
ハイブリッドエンジンを搭載してだな、楽に飛べるようにしたじゃろが!」
「俺一頭だけがやらされんのが気に食わねぇっつってんだろが!
大体、ソリに最新型のハイブリッドエンジン付いてんなら俺は必要無ぇだろ!!」
「ば、馬鹿者!!サンタクロースのイメージっちゅうもんがあるじゃろが!
クリスマスのサンタクロースはトナカイとソリでワンセットじゃ!
大体、最近は原油高の影響でガソリンも値上がりしとるから出費がかさんで
儂だって大変なんじゃ!ハイブリッドエンジンのローンも残っとるし…。」
「とにかく俺はもう今年はソリを引かん!!!」
 
「……ト、コンナ内容ノ喧嘩デシタ…。」
く…下らねぇ…とてつもなく、果てしなく下らねぇ…。
大体、なんだ?メタボだ、ハイブリッドだ、抗議の電話だ、
ガソリンやローンの支払いがどうだって子供の夢壊し過ぎだろ…。
「ふむ…それは由々しき問題ですね。」
だから、なんでそんな冷静なんだよ?古泉。
「この時代のサンタクロースさんも大変なんですね~。」
何に同情してるんですか?朝比奈さん…。
「なっんて我が儘なトナカイなのかしら!」
お前が言えた事か、ハルヒ。
「で、どこをどう探すんだ?まぁ、トナカイが普通に街中にいたら
警察か保健所にでも通報されてるだろうがな。」
「Rudolph、トテモ賢イネ。簡単ニ捕マル真似シマセン。」
賢いって言ってもなぁ~…。
「じゃあ!まずは警察と保健所に行って聞いてみましょう!
トナカイがいなかったらまた次の手を考える!良いわね!?」
行き当たりばったりだな…。
「SOS団サンタのトナカイ奪還大作戦、開始よ!!」
やれやれ…。
 
俺達はまず、木を隠すなら森の中作戦で、全員クリスマスの扮装を身に付け、
教師に見つからないよう全員でそっと部室抜け出し…
「いよっ!皆の衆!」
ドキッ!
「もうクリスマスの仮装してっかい!気が早いねっ!」
「鶴屋さん、どうしたんですか~?」
こっちの鶴屋さんは京訛りのセックスィ~鶴屋さんになれるんだろうか?
「いんや!明日のパーティーの事をハルにゃんと相談しとこうと思ってさっ!
ところで今日は1人多いねっ!そのめがっさデッカい人は誰にょろ!?」
古泉は鶴屋さんなら大丈夫だと判断したのだろう。
「こちら、サンタさんです。」
「ドウモ!Santa Clausデス。」
要らん事喋るな、サンタ。
「アッハッハッ!!このおっちゃん、変な訛り!」
鶴屋さんもですよ…。
「まっ!面白い人は何人いても大歓迎っさ!君もパーティー来るっかい!?」
「いや、この人は…」
「まっ!良いじゃないっかい!?キョンくん!あっ!
でも、サンタがパーティーに来るならプレゼントを忘れちゃ駄目にょろ!
分かってっかなぁ~?」
「Hohoho~!面白ソウデスネ~。Presents、楽シミ、シテオイテ下サ~イ!」
「ところで今から皆、お出掛けっかい!?」
「えぇ、ちょっと…」
「じゃあ、ハルにゃんにはまたメールか何かで連絡するにょろ!ほいじゃっさ~!」
相変わらず、嵐のような人だ…。
「Hohoho~!長イ黒髪の大和撫子、ワタシ大好キデスネ~。」
こんのエロジジイが!
 
昔、まだ小さかった子供の頃の話。
家族全員、日曜日に車で遠出の買い物に行った時の事だ。
買い物も済み、車はラジオを鳴らし、夕陽を浴びて帰り道を走っていた。
来週はクリスマス。クリスマスソング特集が流れていた。
曲が終わった後、DJとその日のゲストが喋り始めた話題は
「サンタクロースをいくつまで信じていたか?」
前に座っていた父親と母親は少し焦って困惑したような、
そして少し切なそうな顔をして後部座席に座っていた
子供をチラリと覗きながらラジオを消した。
なんてデリカシーの無いラジオ番組なんだろうか?
俺はラジオを聞いていたと悟られないよう眠ったフリをした。
サンタクロースの存在は信じていなかったかもしれない…。
でも、親父とお袋の切ない顔だけは子供心に見たくはなかった―――
 
何とか無事、サンタを学校の外に連れ出す事に成功した俺達は
「寒イノ嫌デスネ…。」
と、我が儘を言うサンタを無理矢理、引っ張って
警察署と保健所のある方へと足を向けていた。
ハルヒと朝比奈さんはサンタに貰うプレゼントの相談をしていた。
「僕も何かサンタさんに頼んでみましょうかね?」
古泉はニヤケ顔で思案している。
「お前は根が腹黒そうだから何も貰えないんじゃないか?」
「おやおや、それはまた随分と遺憾ですね。
確かに機関の人間には時々、遊び心が過ぎると叱られる時はありますが、
普段は至って真面目な学生だと思うのですが…。」
クリスマスプレゼントか…さて、明日はどうするかなぁ~?
 
結局、警察でも保健所でもトナカイの消息は掴めなかった。
「これは妙ね…トナカイが町中にいたとすればすぐに見つかるようなもんなのに。
これは何かしらの事件に巻き込まれたのかしら。」
ハルヒは訝しげに唸っている。
「見つからないとしたらトナカイは
自分だけでさっさと帰っちまったんじゃないのか?」
俺は当たり前の意見を述べたつもりだったのだが、
全員の溜息と鋭い視線が突き刺さる。
「全く!本当に役に立たないわね、キョン!」
「あなたには夢がありませんね。」
「トナカイがサンタさんを置いて帰っちゃうなんて有り得ません~!」
そんなに責められるような事言ったか?俺。
「…動物園。」
長門がぽつりと呟いた。
「なるほど!さすが長門さんです。そこには気が付きませんでした。」
さすが…なのか?まぁ、良いや。
「動物園なら隣町にあるぞ。一応、全員で行ってみるか?」
ハルヒが強引に俺の財布から金を抜き取り、
金を持っていないサンタの切符を買っていた。
電車の中でクリスマスの衣装を着た俺達に乗客の視線が集中している。
さすがに雪の降る冬の動物園には俺達以外、誰一人いる気配もなかった。
ハルヒはまたもや俺の財布からサンタの分の入園料を
抜き取ろうとするだろうと考え、俺は距離を取っていた。
そこは割り勘で行こうぜ、ハルヒ。
 
間違いない……絶対に間違いなく、あいつだ……。
この世のどんなに珍しい動物達が集まっている動物園でも
煙草吸いながら週刊ジャンプを読んでるやさぐれトナカイなんざいるはずがない…。
「Oh~!!Rudolph!!」
サンタは何やらトナカイに叫び掛けているがトナカイは完全無視を決め込んでいる。
「これは相当に反抗的なようですね。」
古泉は冷静に分析している。
「トナカイにも反抗期ってあるのね。ちょっとあいつに話し掛けてみるわ!」
と、ハルヒは柵によじ登った。
「ちょっと!そこのやさぐれトナカイ!あんたこんな所で何やってんのよ!?」
おいおい…反抗期の奴にはあんまり強い刺激を与えんなよ、ハルヒ。
トナカイは真っ赤な鼻をほじりながら
「なんだ、お前は?ジジイの知り合いか?」
と、答えてきた…答えてきた???………えぇ!?トナカイが喋ってる!!!
「な、なんでトナカイが喋れるんだよ!?」
俺は思わず大声を上げた。
「おやおや、当たり前じゃないですか。」
「そうですよ~キョンくん。サンタさんのトナカイはお話出来るんですよ♪」
いや、そんなはずないだろ!これは夢なのか?何なんだ、これは?
 
「…ったく、うるせぇな。ジャンプくらい黙って読ませろってんだ、馬鹿やろう。」
なっんて、くそ生意気で口の悪いムカつくトナカイだ…。
「まぁ、それにここの飯も悪かねぇしな。居着いちまうのも手だわな。」
「Oh!Rudolph!!」
こっちの赤服爺さんはうるさいし。
「そこの赤っ鼻のトナカイ!こっちへ来なさい!」
ハルヒは当然のように挑発してるし。
その時、トナカイがのっそりこちらに歩いてきた。
「おい、そこの女!俺の赤っ鼻がどうかしたんかい!?コラ!」
気にしてたのか。
「Oh!駄目デス、オ嬢サン。Rudolph、赤イ鼻話、厳禁デス…。」
益々、状況が悪化しちまったじゃないか、ハルヒ…。
「けっ…!!」
あ~ぁ、トナカイ、不貞寝しちゃったよ…。
「どうやら怒ってしまったようですね。」
なんで、こんな状況でそんな真顔になるんだよ?古泉。
「…これは危機的状況。情報統合思念体も混乱している。」
…嘘つけ、長門。
「どうしましょう~?」
本当にどうしましょうね、朝比奈さん。
「やさぐれトナカイ!あんた、ソリとプレゼント、どこにやったのよ!?」
「あぁん!?知らねぇよ…。重かったからどっかそこらへんに捨ててきちまった。」
「Rudolph!!」
サンタの爺さんは服よりも真っ赤な顔をして怒鳴っている。
 
「ルドルフ!!お前、プレゼントを捨ててきたとはどういう事だ!?」
「うるせぇな!重かったんだよ!!」
サンタクロースは震えている…。
「お前は…お前は…1年のうちのこの日、このクリスマスを
子供達がどれだけ楽しみにしとるのかお前は分かっとらんのか!?馬鹿者!!」
サンタクロースは怒りに任せて怒鳴り散らしている。
「儂には何を言っても構わん!何をしても構わん!
しかし、子供達の夢を奪うような真似をする奴を儂は断じて許さん!!」
その言葉を聞き、トナカイは少しやり過ぎたと反省したのか、しおれている。
「わ、悪かったよ…。俺だけ走らされてるのにちょっと不満があっただけだよ。
捨てたってのは…ありゃ嘘だ…ちゃんと分かる場所に隠して置いてきただけだ。
すまねぇ…。」
トナカイは柵の中から飛び出してきた。
「儂はな…お前と飛び廻るのが好きだから、お前とだけでも一緒におるんじゃよ。」
「…けっ!だったら、ちったぁ痩せやがれ!
そんな太ってたら俺もお前も長生き出来ねぇよ!」
本当に可愛くないトナカイだな…。
古泉がニヤニヤと笑っている。
「どうした?古泉。」
「フフ…言葉が全て分かる訳ではありませんが、
どうやら素直になれない間柄なのかな、とね。
まるで誰かさん達を見ているようで…。」
「そうですね~。」
朝比奈さんはそう言い、長門は無言で首をコクリと頷かせていた。
誰の事だ?
 
「ところでこいつらは一体、何者だ?」
と、トナカイは角をこちらへ向けてきた。
「あぁ、儂が1人でいる所を助けてくれたんじゃよ。」
トナカイはゆっくり歩み寄ってきた。
「そうなのか…すまねぇ、ニコが世話になったな。」
ニコ?
「Oh、ワタシノ名前デス。」
「本名がニコラウスって言うからニコだ。似合わねぇ名前だろ?」
トナカイが角でサンタを引っ張り上げ、背中に乗っけた。
「じゃあ、行くか?ニコ。」
「そうじゃな、時間がなくなっちまう。ソリが無いとサンタとは言えんしな。」
「ニコ、やっぱお前また太ったぞ。」
そう言いながらサンタとトナカイは鈴の音と共にどこかへと飛び去って行った。
 
5人は動物園に取り残されてしまった。
ハルヒがキラキラした眼で空を見上げている。
「やっぱり探せば不思議な事ってあるものね!
喋って空飛ぶトナカイなんて絵本以外で初めて見たわ!」
と、嬉しそうな顔をしている。
「クリスマスですからね。」
「サンタさんのトナカイは皆、喋るし、空も飛ぶそうですよ♪」
「…そう。」
3人して無茶苦茶な事を言っている。
「パーティーにはサンタも来るって行ってたし、これは盛大に用意しとかなきゃね!
ねぇ!せっかくだからこれから5人で買い出し行きましょう!
それから学校に戻ってツリーの飾り付けよ!さっ!早く行くわよ!」
と、ハルヒは笑いながら前を歩き始めた。俺はまだ良く分からないでいる。
「なぁ、古泉…。」
「何でしょう?」
「これは一体、どういう事だ?トナカイが喋ったり空飛んだり、お前なら…」
「おやおや、まだあなたはそんな夢の無い事を…」
こいつ…。
「と、言うのは冗談でして…これも涼宮さんの力ですよ。」
また、ハルヒか。
「4年前からこの町には毎年クリスマスにサンタクロースがやって来ています。
恐らく、涼宮さんはサンタクロースの存在を
未だに心の何処かで信じているのでしょう。
いや、実際目の前に現れたのですからこれからも信じ続けるでしょうし、
僕らもそれを事実として存在していると受け入れなければなりません。」
やれやれ…そういうもんなのかね…。
まぁ、宇宙人や未来人や超能力者と遊びたいと無理矢理、願うような奴だ。
サンタクロースも出てきておかしくはないかもな。
ハルヒにしてはいささかメルヘンチック過ぎだとは思うが…。
 
「ただ、機関としては出来るだけ涼宮さんには無用な刺激を与えないよう、
そのような不可思議な事柄をこれまで揉み消してきました。時には力ずくであっても。
しかし、それはあくまで機関の人間としての意見とやり方です。」
「どういう事だ?」
古泉は笑っている。
「僕らも楽しいんですよ、SOS団の仲間としてあなた達と一緒にいるのは。
しかし一方で、あれだけ涼宮さんが待ち望んでいる摩訶不思議な出来事が
涼宮さん自身の身近で数限りなく起こっているにも関わらず、
それをひた隠しにしているのは嘘を付いてるようで実は心苦しくもあるのです。
最初はそんな事を考えもしなかったのですが…
やはり涼宮さんやあなた方は楽しい時間を過ごしてきた
貴重な仲間であり、友人でもある訳ですから。」
「まさか、お前の口からそんな言葉が出るとはな。」
「フフ…その想いは朝比奈みくるや長門有希も同様ですよ。
ですから、3人でちょっとした余興とでも言いますか、
せっかくのクリスマスでもある訳ですから遠目に一目だけでも
お二人にサンタクロースが空を飛ぶ姿でも、と思っていたのです。
今回だけの特別ですよ。
まぁ、我々3人からのささやかなクリスマスプレゼントのようなものです。
ただ、このような状況に巻き込まれるとは考えもしなかったのですが…。」
「と言う事はあれか?あのサンタはやっぱりお前の機関か何かの仕込みなのか?」
「いえいえ。彼は間違いなく本物のサンタクロースです。
あのサンタが我々の目の前に現れたのは恐らくは
涼宮さんがそれを望んだからではないか、と。」
「何の為に?」
「あなたですよ。
きっと涼宮さんはあなたと分かち合いたかったのだと思いますよ
『サンタクロースが目の前にいて確かに存在している』という喜びを。」
 
イギリスのチャールズ・ディケンズという作家は
小説「クリスマス・キャロル」の中でこんな言葉を残しています。
「クリスマスがやって来るといつも思う。
クリスマスは優しく、寛容で、情け深い、素晴らしい時間である、と。
1年という長いカレンダーにおいて
全ての生きとし生けるもの達は、神々の創造物としてのレースをやめ、
あたかも墓場までの旅を共にする仲間であるかのように、
男女が一つの同意の下、押し黙っている心を躊躇い無く開く、
唯一の時間である。」
不器用で頑固で素直ではない彼らの心は
なかなか口を開いてはくれないようです―――
 
翌日、部室で飾り付けしたツリーを鶴屋さんの家へと持ち込んだ。
何故か、七夕で願い事を書いた短冊まで付いている。
長門が坂本さんから貰った鈴の付いたかんざしまで…
「…音が綺麗だから。」
だ、そうだ。
 
クリスマス鍋パーティーは盛り上がっている。
さすが、ハルヒの作る料理は美味い。
気のせいか、ハルヒが俺の方をチラチラと横目で
視線をぶつけてきているような気がするが…。
何なんだ?ハルヒ。
俺がチラチラと見ているからだろうか?
かさ張る制服の胸ポケットの膨らみを気にしていると
ワインで酔っ払った鶴屋さんが絡んできた。
「キョンくん!さっきから何ゴソゴソしてんだいっ!」
「い、いや。ちょっと…何でもないですよ…。
あぁ~、ところで鶴屋さん!」
「何だいっ!?」
「鶴屋さんは京都に親戚とかっているんですか?」
鶴屋さんは俺の突然の変な質問に首を傾げている。そりゃそうだ…。
「京都に親戚?どうっかなぁ~?でも、うちは世界中に家持ってるから
京都にも家あるけどっさ!キョンくん、京都が好きにょろ?」
「あ、いえ、特にそういう訳では…」
むしろ、嫌な思い出の方が多い…。
気が付くとハルヒが俺をじと~っとした目で睨んでいる。
 
「何や?京都の事、好いとうとちゃいますのん?
それとも、うちの事まで嫌いにならはったん…?」
鶴屋さんが上目遣いでしなだれかかってきた。
「ほんに意地の悪いお人どすえ…。」
しかも人差し指で俺の胸元をのの字に撫でている。
こっちの鶴屋さんもか!俺には京訛り属性は無いはずなのだが…しかし、
うわ…これは堪らん…欲望が暴発してひょんな気でも起こしてしまいそうだ…。
「ちょっと!キョン!」
妄想はデッカい叫び声に破られた。
「あんたさっきから、なぁ~に締まりの無い間抜け面してんのよ!?
鼻の下伸ばす暇があったら鍋に具材入れなさいよね!
雑用係のあんたの仕事でしょ!鍋の中に叩き込むわよ!」
何をそこまで怒っとるんだ?ハルヒ…。
「アッハッハッ!!やっぱりハルにゃん、ムキになってきたにょろ!
これも乙女心っさね!ん~!ハルにゃん、可っ愛いぃ~~!!」
わざとからかってたんですね、鶴屋さん…。
鶴屋さんは今度はハルヒに抱きついている。
古泉は俺の肩に手を置いて笑いかけてきた。
「フフ…。」
何だよ?何か言えよ、古泉。
その時、窓が開き、冷たい風と雪が部屋に入ってきた。
 
「Hohoho~!オ待タセ、シマシマ!Santa Clausデ~ス!」
シマシマ?
満面の笑顔でサンタが窓を開けてこちらを覗いている。
町中の子供達に配り歩いてきた後なのだろう。
赤い服に雪が積もっている。
「皆、オ世話、ナリマシタ。良イ子ネ!ダカラ、Presentsアゲマスヨ!」
その時、突然、長門が床に倒れた。
「おい、どうした!?長門!!」
ん???ひょっとして…
「おい、長門…。
別に寝たフリなんかしなくてもちゃんとクリスマスプレゼントは貰えるぞ。」
俺がそう言うと、長門はゆっくりと目を開けた。
「…そうなの?」
サンタはそれほど大きくはない白い袋の中から色んなものを出してきた。
「コレ、ワタシダケ、魔法ノ袋デ~ス!」
にこやかにプレゼントを渡していく。
「…感謝。」
長門には世界の宇宙SF文学大全集。
「わぁ~!ありがとうございます~!これ、欲しかったんです~!」
朝比奈さんには最高級品らしい急須やらお茶入れセット。
「これは優美なもんっさ!めがっさ感謝にょろ!」
鶴屋さんには綺麗に細工された髪留め。
「おやおや、これは有り難うございます。」
なんだ、古泉にもあんのか。見た事も無い妙なボードゲームを貰っていた。
 
「次は私達ね!」
とハルヒは俺のネクタイを掴みながらサンタに話し掛けていた。
「Oh!アナタ達2人ハ駄目デス。」
「え!?」
2人は拍子抜けしたように顔を合わせた。
「サンタ、人ノ心、読メマス。アナタ達2人、悪イ子デス。
素直ジャナイ悪イ子、オ願イ、聞ケマセン。」
それを聞いてハルヒは烈火の如く、怒り出した。
「ちょっとなんでよ!?トナカイだって探してあげたでしょ!?
寒い中、鼻水垂らしながらほっぽり出されてたあんた助けたの
誰だと思ってんのよ!?」
サンタはニコニコと笑いながら2人を見つめていた。
「ソウデスネ。ダカラ、今回ダケ特別survice、アゲマスヨ。」
と、サンタはウインクしながら俺達2人の肩をポンと叩いた。
「Merry,Christmas!!」
そう言いながらサンタはソリに乗って空へと去って行った。
「ちょっと待ちなさいよ!!私達、何も貰ってないわよ!!」
ハルヒは空に向かって叫んでいる。
俺達2人は呆気に取られて空を見つめていた。
幻想的な雪のカーテンが空から舞い落ちて来る。
「何なのよ!?あのサンタ!!せっかく助けてあげたのに
皆にはプレゼントあげて私達には何も無いなんて!!」
ハルヒは不満顔でプリプリ怒っている。
 
クリスマス鍋パーティーもお開きとなり、全員で帰り道を歩いていたのだが、
気が付くと長門も古泉も朝比奈さんもいなくなっていた。
「あれ?皆は?」
「え?あぁ~…そうね。
皆、しっかりプレゼントだけ貰ってたから団長差し置いて
さっさとどっか行っちゃったのかしら、もう!!」
その後、2人だけで何処へ行くともなく雪の中を無言で歩いていた。
「ハルヒ!」「キョン!」
ベタに声が重なった。
「な…何よ?」
「い、いや…」
声の調節が効かない…トーンがおかしい…。
「何も無いなら話し掛けんな…。」
この減らず口め…。
「いや、お前こそ何だよ?」
「べ…別に何でも無いわよ!!」
会話が途切れた。
 
「な、なぁ…ハルヒ…。」
静かな冬の夜だけに異様に自分の声が響いている気がする。
「何よ?」
「こ、これ…やるよ。開けてみてもいいぞ!」
ハルヒは目を見開きながら受け取って包みを開けた。
「まぁ、何というか…クリスマスプレゼントの手袋だ!
いつも外に出た時、手を寒そうにしてただろ?」
くそっ…やっぱ恥ずかしい…。
「ふ、ふん…まぁ、キョンにしてはなかなかのセンスね。悪くないわ!」
お前は相変わらず、可愛くない…。
「あ…ありがとう…。」
おぉ!こいつが素直に礼を言ったぞ!雪でも降るんじゃ…ってもう降ってるか。
「ねぇ、キョン…。これ…。」
ハルヒは小声で、何を言ったのかよく聞こえなかった。
「ん?何だ?」
「これっ!!クリスマスプレゼント!!」
胸元にクリスマスらしい包装紙の包みを無理矢理、押し付けられた。
「開けてみていいか?」
「ふん!勝手にすれば!?」
開けてみると真っ赤なマフラーだった。
「ありがとな。」
俺はマフラーを巻いてみた。暖かい…。
「ネクタイよりそっちの方が引っ張り易いでしょ!冬限定だけどね!
あぁ!!もう寒いわ!!せっかくだからあんたから貰った手袋使ってあげるわよ!」
ハルヒは手袋をはめながらズンズン前を歩き出した。
 
全く…本当に素直じゃないし、可愛くない奴だ…。
でも、何でなんだろうな…
「ちょ、ちょっと!キョン!何すん…」
「…こうすりゃちょっとは暖かいだろ?」
俺は後ろからハルヒの背中をそっと抱き寄せた。
ハルヒは何も言わず、振り返りもせずにコクリと頷いた。
ハルヒの心臓の音が聞こえる。俺のも届いているのだろうか?
心臓が爆発しそうだ…。
雪で冷たくなったハルヒの髪の毛が火照った顔に当たる。
冬なのにカラカラに渇いた喉が熱い。唾を呑み込んだ。
俺はハルヒの耳元で一言、必死で渇いた喉を振り絞った。
沈黙が続く…
…俺は耐え切れなくなり、ハルヒを離して、先に歩き出した。
「キョ、キョン!今、何て言ったの!?」
「う…うるさい!!二度も言えるか!!」
駄目だ…今は恥ずかしくてハルヒの顔は見られない…。
熱い、汗だくだ…心臓の鼓動が止まらない。
ハルヒは後ろから走って来て、
はにかむ太陽のような真っ赤な顔をしながら俺の手を柔らかい手袋で包んだ。
「こ…こうすればちょっとは暖かいでしょ?」
降りしきる雪の中、どこからか、ジングルベルが聴こえてきた―――
 
「おい、ニコ。」
「ん?」
トナカイはサンタを振り返って聞いてみた。
「お前、最後、あの2人に何をあげたんだ?」
「Hoho…何だか知りたいかね?」
「いや、別に。」
「なぁ~に……ほんのちょっぴりの勇気さ。」
今日はMerry,Christmas…聖なる夜に祝福を―――
 
The End
 

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最終更新:2020年03月17日 00:43