文字サイズ小で上手く表示されると思います


 

 鳥が空を飛ぶ時に目を開いているように見えるが、あれはきっと見間違いだ。もしくは何か見えないゴーグルをかけている
に違いない。コンタクトレンズの適正検査を受ける時に風で眼圧を計るが、何回目の診断でも目を閉じてしまうのを想像して
もらえればわかっていただけるだろう。俺は今、風圧の前に開く事を拒否し続ける瞼を強引いて、眼下に広がる雲の隙間を
必死に見つめていた。
 現在我々SOS団は、長門操縦のグライダーに乗り込み大空を飛び回っている。
 グライダーの座席に座るのはいつものメンバーのようで、そうではない。
 全員の表情にいつもの余裕はなく、操縦桿を握る長門の表情にすら一種の焦燥感のようなものを感じなくもないほどだ。
 その中に一人、泣きそうな顔の人がいる。
 それは泣き顔も愛らしい朝比奈さんにしか見えないのだが、朝比奈さんではないという文章で説明するには多少時間がかかる
人だ。もしかしたら朝比奈さんという地上に降りた天使とも言える存在を愚かな人間が取り合わないようにと、天が新たな朝比奈
さんを遣わしてくださったのかもしれない。
 まあ、そうであったとしたら結局全ての朝比奈さんを独占したくなるというのが人間の欲望というものであり……。
 などという妄想に耽る余裕はない。
 それは、俺達がこの世界に辿り着いた時に起こった。


涼宮ハルヒの欲望 Ⅲ


「おや、またお会いしましたね」
 俺達が海の世界でクリスタルを手に入れて塔に戻ると、そこには見覚えのある一人の男性が立っていた。
 シルクハットをかぶった優しい笑顔の男性、名前は知らないが最初の世界で見た人だ。
「どうも」
 なんと返事をしていいかわからないので、とりあえず会釈をしておこう。
「私の知る限りでよければ、この先の世界の事をご説明しましょうか?」
「お願いします」
 やはりこの人は案内係みたいだな。
「では立ち話もなんですし、先に進みながらお話しましょう」
 俺達はその人の後に続いて塔を登って行った。


 世界の真ん中に立つ塔は
 楽園に通じているという

 遥かな楽園を夢見て
 多くの者達が
 この塔の秘密に挑んで行った
 だが、彼らの運命を
 知る者はない

 そして今、また一人…


「この先の世界は、白虎という魔物が統治する世界です」
 シルクハットの人は俺達の中で一番歩くのが遅い朝比奈さんに合わせて、ゆっくりと階段を登っていく。
「白虎ですか」
「ええ、虎の顔をした大男の様な外見だそうですよ。貴方達が退治した玄武、青龍の仲間です」
 と、いう事はやはり
「では他に朱雀もいるんですか?」
「よくご存知で」
 シルクハットの人はそう言いながら肯いた。
「その朱雀ってのが最後のボスなの?」
「いえ、玄武、青龍、白虎、朱雀の四匹を産み出したボスが居ます」
 なるほど、そいつがラスボスって事か。
 ハルヒが立ち止まり、不審そうな表情を隠さずに口を開く。
「……ねえ、どうしてあんたはこの世界の事に詳しいの?」
 男性は笑顔を曇らせる事無く、
「私はただの案内係です。それ以上でもそれ以下でもありませんよ」
 そう言って立ち止まり、通路の先に見えている一つの扉を指差した。
「お待たせしました、あの扉の先が白虎の世界です。彼は今、傭兵を集めていますから彼に近づくには傭兵になるのが
近道でしょう」
 まだ不審な顔をしているハルヒは、男性から目を離さないようにしながら扉へと歩いていく。
 続いて朝比奈さんは丁寧に頭を下げながら、古泉はいつもの笑顔で、長門は案内係さんが存在していないかのように
無視したまま通り過ぎる。俺はその様子を一番後ろで見ていた訳なのだが、朝比奈さんが頭を下げる時に案内係さんも
軽く会釈を返していた。その自然な動きはゲームの中の登場人物というよりも、普通の人間らしい動作にしか見えない。
 もしかしてこの人は……。
「あの、すみません」
 朝比奈さんに確認してもらえば一番確実なんだろうけど、とりあえず本人に聞いてみよう。
「なんでしょうか?」
「もしかして、貴方はこの世界の住人ではないんじゃないですか?」
 俺の質問を聞いた案内係さんは困った顔をしていた。
「すみません、質問の意味がよく……」
「あ、いえ。気にしないでください」
 違ったか、考えてみれば本当に別の世界の人だったら朝比奈さんが先に気づきそうなもんだ。
「キョン!早く来ないと置いて行くわよ?」
 扉の前で待つハルヒの声に促されて俺は走り出した。
 俺が近づくのを見て、ハルヒは扉のノブに手をかける。
 ――扉を開くとそこは
「居たぞ!ジャンヌだ!」
「ふぇ?」

 突然伸びてきた毛むくじゃらの太い腕が、ぼーっと立っていた俺達の中から朝比奈さんの体を掴んであっという間に
連れ去ってしまった。
 何が起こってるんだ? 視界には、朝比奈さんを軽々と抱えた大男がどんどん遠ざかっていくのが見えている。
「ま、待て!」
 後ろから誰かの呼び止める声が聞こえた気がするが、誰の声だったのか思い出せない。
 その時、俺は何も考えずに塔から飛び出していた。もしも冷静に考える余裕があったら絶対にできなかっただろう。
 なんせ扉の先は真っ白な雲の海で、どう考えても自分の体重を支えてくれるようには見えなかったのだ。
 幸運にも雲は不思議な質感で俺の自重をスルーする事無く受け止めてくれた。
 そのまま大男を追いかけていこうとする俺の前に、
「レジスタンスの生き残りか!」
 逃げていく大男と外見は殆ど同じ、大柄の男の体格に虎の顔と毛むくじゃらの肌。虎男(仮称)が立ち塞がる。
 くそっ!そういえば俺は盾しか持ってないんだった!
 朝比奈さんからサブマシンガンを借りておけばよかったが今更言っても仕方ない。
 虎男は何も武器をもっていない俺を見て、捕獲しようと両手を広げて近づいてくる。
 こうしている間にも朝比奈さんが!
「そいつは任せたから!」
 ひらがなにしてもたった10文字にしかならないそれだけのセリフだが、それは背後から聞こえてきて、
中盤は真上から。最後は正面から聞こえて遠ざかっていった。
 本能で学習していたらしい俺は上を見上げる事だけはしなかった。つまりは俺を踏み台にして飛び上がった
ハルヒは、虎男の顔を踏みつけてさらに跳躍し朝比奈さんを追いかけていった訳だ。
「了解です」
 返事をしたのは俺ではない。背後から俺の顔を掠めるように飛んできた赤い玉が虎男の不意をついて直撃する。
 ゴンッという鈍い音がして、虎男はその場に倒れる。
「急ぎましょう!」
 追いかけてきた古泉に文句を言う時間すら惜しい、
「ああ!」
 俺と古泉、遅れて俺が塔に忘れてきた荷物を軽々と担いだ長門の3人はハルヒを追いかけて走り出した。


「ハルヒ!」
 ようやく俺達が追いついたとき、ハルヒは3匹の虎男相手に苦戦中だった。
 朝比奈さんを連れた虎男は少し先にある飛行機に乗ろうとしている。
「あ~もう、邪魔しないで!」
 ハルヒの青竜刀は次々と虎男に命中しているのだが、堅い毛皮に阻まれて致命傷を与えられないでいる。
3匹の攻撃を軽々と避けながら戦っているのは凄いが、このままじゃ朝比奈さんが連れ去られてしまうぞ。
 古泉の赤い玉が、ハルヒを狙う虎男の死角から突き進み直撃する。
「ここは我々が凌ぎます!涼宮さんは朝比奈さんを追ってください!」
 虎男とハルヒの間に古泉が割って入る。
「お願いね!」
 残る虎男は2匹。
「おのれレジスタンスめ! 白虎様に逆らって生きていけるとでも思っているのか?」
「知るかそんなもん!」
 何の事かわからんが、逆らったら生きていけなくなるなんて環境は慣れっこだ!
 俺は虎男の顔に向かって盾を投げつけた。盾は簡単に片手で弾かれたが、その間に背後に回りこんでいた
古泉の赤い玉が虎男の後頭部に直撃する。
 声もなく虎男は前に倒れた。よし、残る虎男は一匹だ。
「助かりました!」
 古泉の手には再び赤い玉が出現するのを見て、虎男は身構えてこちらを睨んでいる。
 正面から赤い玉を投げて、もし避けられたら俺達には後が無い。それもあってかお互いに動けない状況が続く。
「ここは僕が、貴方は涼宮さんの所へ行ってください」
 古泉はそう言って一歩前に踏み出した、その分だけ虎男が後ろに下がる。
「すまん!」
 俺は古泉をその場に残して再び走り出した。


 俺がハルヒに追いついた時、
「それ以上近づくな!」
 追い詰められた虎男は朝比奈さんを片手で抱えて、首筋に爪を突きつけていた。
 気絶しているらしい朝比奈さんは、ぐったりとしていて動かない。
 貴様、朝比奈さんにちょっとでも傷をつけてみろ! ただじゃすまさんぞ!
 ハルヒは虎男を睨みながら大声で吼えていた。
「みくるちゃんをさっさと開放しなさい! 10秒以内に開放しないと肉はミンチにしてグラム98円でタイムサービスに
出して、毛皮は足拭きマットにするわよ!」
 物騒な事を叫ぶハルヒを無視して、虎男は飛行機に乗り込んでいく。
 このままじゃ逃げられてしまう……ハルヒも同じ気持ちなのか飛び出すタイミングを伺っているようだ。
「いい? キョン、あの飛行機が浮かんだ瞬間を狙うのよ」
 小声で聞いてくるハルヒにやはり小声で答える。
「わかった」
 朝比奈さんが無事に戻ってくるなら、この際どんな作戦でもかまわん。踏み台にでも何にでもすればいいさ、
もう慣れた。
 虎男が飛行機に乗り込み、ゆっくりと飛行機が浮かび上がる。
「今!」
 天性のスプリンターと言っても過言ではないハルヒが、一気に飛行機との距離を詰める。俺も一緒に駆け出した
はずなのだが、その距離はどんどん広がっていった。虎男は両手で操縦桿を握っているから、ハルヒに対応できない
はずだ。
 ヘッドスライディングの如く飛び込んだハルヒの腕が飛行機の翼を掴む、重心が崩れた飛行機は大きく傾いた。
 が、虎男が操縦桿から片手を離して
振り上げた! ハルヒは必死に翼にしがみついていて虎男の動きが見えていない。
 俺の体はまた、考える前に動いていた。
 間一髪でハルヒと虎男の腕の間に飛び込み、結果背中に激痛が走る。
「ぐあ!」
「きゃあ!」
 俺ごと叩き落されたハルヒが悲鳴を上げる中、飛行機は浮力とバランスを取り戻し上空へと舞い上がった。
 雲の上に倒れたままの俺とハルヒが絶望的な表情で見上げる中、飛行機は勝ち誇るようにゆっくりと飛んでいく。
「あの」
 見えなくなってしまった飛行機の方を向いて、固まっていた俺達に申し訳なさそうに話しかけてきたのは。
「すみません、巻き込んでしまって」
 そこに立っていたのは、服装こそ違うが
「あ、あさ。え?」
 それはどうみても「朝比奈さん」だった。
 どういう事だ? さっきの飛行機には確かに朝比奈さんが連れ込まれていた。しかしここにも朝比奈さんは居る
わけで……。
 もしかして未来の朝比奈さん? いや、ここに居るのは幼い顔つきをしたいつもの朝比奈さんに間違いないぞ。
 朝比奈さん検定があるなら確実に上位に入るであろう俺が言うんだから……いや、違うな。外見はそっくりなのだが、
いつもの朝比奈さんとは何というか雰囲気が違っている感じだ。
「みくるちゃん? あなた今の飛行機に乗ってなかったの?」
 ハルヒも目を丸くして驚いている。どうでもいいがそろそろ俺の背中からどいてくれ。
「私はジャンヌといいます。すみません、貴方達のお連れの方が私にとてもよく似ていたので間違われてしまったんだと
思います」
 いったいどうなってるんだ、誰でもいいから状況を説明してほしい。
 左右を警戒しているジャンヌさんは、どこか落ち着かないようだ。
「ここに居るとまた白虎の手下が来るかもしれません。事情を説明しますので私達のアジトまで来てもらえませんか?」
「……わかったわ、話を聞きに行きましょう」
 ハルヒの顔にはいつもの余裕ありげな表情は無い。
 やっと追いついた長門と合流し、ジャンヌさんが雲の中に隠していたグライダーに乗って俺達はその場を後にした。


「ある日突然、この世界に白虎がやってきたんです」
 いくつかあるというアジトの一つにやってきた俺達に、朝比……いやジャンヌさんはゆっくりと話始めた。
「それまでこの世界では争いもなく、平和な日々が続いていました。しかし白虎はこの世界を支配しようとしたんです。
みんな最初はそれに抵抗していたんですが、その内に白虎に従う人が一人、また一人と現れだして……。今では僅かに
抵抗を続けている私達レジスタンス以外は白虎の味方です」
 悲痛な表情で話すジャンヌさんを見ていると、どうしても朝比奈さんを思い浮かべてしまって落ち着かない。こうしている間
にも朝比奈さんに危険が迫っているかもしれないのだ。
「わかったわ、つまりは白虎をやっつければいいのね。わかり易くていいわ!」
 話はもう十分だとでも言うようにハルヒが席を立つ。今回ばかりは俺もハルヒに賛成だ、一刻も早く朝比奈さんを
取り戻さなくては!
「で、白虎はどこに居るの?」
「それが……白虎の城は雲の中のどこかにあると言われているんですが、私達レジスタンスにもわからないんです」
 まじかよ。
 気合が抜けて立ったばかりの椅子に腰を下ろしてしまう俺達を見て、まるで自分が悪い事をしているかのようにジャンヌさん
の表情が曇る。
「困りましたね」
 古泉の表情にもいつもの笑顔が無い。
「こうなったら……あの人が言ってた作戦でいくしかないな」
「あの人?」
 ついさっきの事なんだが、もうずいぶん前の事の様な気がするから不思議だ。
「シルクハットの案内係さんだよ、白虎に近づくには傭兵になるのが近道だって言ってただろ?」
「なるほど、確実とはいえないでしょうがここで悩んでいるよりはよほど建設的です。やってみる価値はありますね」
 古泉は賛成のようだが、
「あたしは……なんかあの人が信用できないのよね……」
 ハルヒはまだ何かひっかかっているようだ。
 俺も完全に信用しているわけじゃないが、他に確実な方法が見つからない。
 これが本当にゲームなのであればジャンヌさんのグライダーを借りてのんびり探して回ってもいいが、これはゲームで
あって実はゲームではないのだ。
 ハルヒはしばらく何か考えていたが何も思いつかなかったらしく、まとまらなかったアイデアを振り捨てるように頭を
振ってから言った。
「でも今は時間がないわ、それで行きましょう」
「あの……」
 ジャンヌさんがおずおずと口を開く、
「なんでしょうか?」
 口調や声色までもが朝比奈さんとそっくりなので、つい敬語になってしまうな。
「……こんな事をお願いできる立場ではないのは承知していますが。もしも白虎の城で私の妹を見つけたら助けていただけ
ないでしょうか?」
「妹さんですか」
「はい、名前はミレイユといいます」
 ミレイユさんか、最優先の救出目標は朝比奈さんに変わりないが覚えておこう。
「いいわ、そのかわりあたし達にあのグライダーってのを貸してくれない?」


 グライダーの操縦方法やこの辺の町などの事をジャンヌさんから長門が説明を受けている間に、俺達は今後の作戦を
立てることにした。
「以外ね、有希が操縦得意だなんて」
 たった今、得意になったんだろうけどな。
 ジャンヌさんが操縦方法を教えてくれると言った時に、俺がこっそり頼んでみたのだ。
 長門はあっさりと承諾してくれた。いつも頼りっぱなしですまないな。
「あいつにとっちゃパソコンみたいなもんなんだろうさ。それよりもハルヒ、先に言っておくぞ。うまく白虎の傭兵になれたとしても、
いきなり白虎に襲い掛かったりするなよ?」
 意外そうな顔でハルヒが反論してくる。
「どうしてよ? 悪人に人権はないって言うじゃない」
 こいつ、襲い掛かるつもりだったな。
「白虎を裏切るのは朝比奈さんの安全を確保してから、という事ですね」
「そうだ」
 うまく騙せればいいんだがな、自慢じゃないが演技には自信がないぞ。

「じゃあそれまでは仲間の振りをしてみくるちゃんの情報を聞き出さなきゃいけないって事ね。……脅して無理やり聞きだすのは
ダメなの?」
「駄目だ。リスクが大きすぎる」
 白虎の城が青龍の城みたいに簡単な作りだとは限らない、脅迫が失敗して白虎を倒したはいいが朝比奈さんは見つからない
なんて事になったら最悪だ。
「相手のホーム、僕らにとってはアウェーに乗り込む訳ですから、止めておいたほうがいいでしょう」
「わかった……ねえキョン」
 さっきからハルヒの言葉に元気がないな、こいつでも緊張するんだろうか。
「なんだ?」
「これ、ゲームなんだよね? みくるちゃんは無事でいるんだよね?」
 あの日以来であろうハルヒの不安そうな目が俺を見ている。
 横から古泉が「事実を話すべきでしょうか?」と視線で聞いてくるのがわかる、そんなもん俺に聞くなと言いたい。
 ハルヒ、お前が仲間を心配する気持ちはよくわかる、俺も朝比奈さんが心配で仕方ないからな。だからこそ、ここで真実を
打ち明けていいのかどうか俺にはわからん。
 今の俺に言えるのは、
「SOS団が全力で助けにいくんだ、どんな障害があろうが助けられないはずない。違うか?」
 これだけだ。
 ハルヒ、俺達が本気で行動して出来なかった事があるか?
 それにお前には言えない事だが、俺は未来の朝日奈さんに会った事がある。つまり今の朝比奈さんの未来はここで終わり
だと決まっていないから、朝日奈さん(大)は存在しているって事だと思う。
 時間平面上の必然なんて言葉は俺には理解できないが、未来の朝比奈さんが居るという事実はここで朝比奈さんの人生
が終わりではないという証明にならないか?
 くそう、禁則事項ってのはこんなに歯痒い物なんだな。
 言葉で伝えられない代わりに、俺はかつてコンプ研との対決の時、お前が俺にそうしたようにハルヒの目を見つめ返して
元気ってやつを注いでみた。
 沈黙は時間にして10秒程の長さだったと思う。
 その間にハルヒの顔がどんどんいつもの自信を取り戻していったのを見て、俺は自分がした行動がさっそく消したい過去リスト
に追加されたのを実感した。
「その通りよ! キョン、やっとあんたも団員らしくなってきたじゃない!」
 手加減無しで俺の肩を平手で叩いたのは、多分照れ隠しとかそんな感じの感情が混じっているんだと思う事にしよう。
 でなければこの痛みは耐えられそうに無い。
 叩かれた場所を押さえてうずくまる俺から興味が離れたのか、
「有希、操縦はもうできそう?」
 ジャンヌさんの説明にこくこくとうなずいていた長門の方へと歩いて行った。どうやら長門の方も準備できたらしい。
 電波不良最終兵器女子高校生の無機質な目にも、微かに熱意のような物が見て取れなくもない。
「じゃあ出発! 白虎を亡き者にしてみくるちゃんを取り戻すわよ!」
 やれやれだ。
 誰に対して言うわけでもないんだが、元気を取り戻したハルヒを見ているとなんというか落ち着く気がするのは、夏が暑くて
嬉しいといったあるべき物があるべき場所にある安心感といった物であり、それ以上でもそれ以下でもないと断言したい。
「御二人の関係を見ていると、時々羨ましくなってしまいますよ」
 僅かだがいつものにやけ顔を取り戻した古泉を睨みつつ、俺はハルヒが手を振るグライダーへと急いだ。


 俺達がグライダーに乗り込むと音も無く機体は上昇を始め、雲の上で手を振るジャンヌさんの姿はどんどん小さくなって
いった。
「ジャンヌちゃん! 必ず妹さんを連れて戻るからね!」
 この人も「ちゃん」で呼ぶのか。
「お願いします!」
 小さくなったジャンヌさんの姿が、雲の中にあるアジトに消えてから。機体はゆるやかに加速して大空を飛び始めた。
 ジャンヌさんから借りたこのグライダーは、先頭に操縦席があって後部には5人程度が座れるシートがあった。
 他にめぼしい物はなく、戦闘機というよりも輸送機といった感じだな。
 正面に風除けがあるだけで天井はなくオープンカーのような作りで、雨雲の中につっこんでしまったらどうなるんだろう? 
と自然な疑問を持ったが聞くべき相手はここにはもう居ない。
「有希、今はどこに向かっているの?」
「町」
 ぽつりと操縦席から答える長門の声はいつもよりは大きい。
 風圧でかき消されてしまわないように多少音量を上げたといったところだろうか。
「白虎が傭兵を集めてるってのはその町なの?」
 視線は正面に向けたまま長門はこくりとうなずく。
 よく見ると長門は操縦桿に手を触れていなかった、なのに操縦桿は固定されているかのように止まっている。
 長門よ、運転してもらっておいてこんな事を言うのはなんだが、もうちょっと運転してますって感じに手を添えるとかしててもらえると
嬉しいんだけどな……。
 俺の視線が気づいたのか、長門は振り向くと
「お、おい長門?」
 操縦席から降りて俺に場所を譲るようにして立っている。
「オートモード」
「へ?」
 長門の白い指が操縦席の前にあるモニターを指し示す。
「座標入力済み、自動運転」
 どうりで操縦桿を触ろうともしていなかったのか、疑ってすまん。
 俺は長門に代わって操縦席に座った。視界に入る計器が何を意味しているのかさっぱりわからないが、長門が何も言わないん
だから多分大丈夫なんだろう。
 操縦席に座った俺を見下ろすように立ち、長門はじっとしている。
「いつもありがとうな」
 お前にはなるべく負担をかけないようにしてやりたいんだけど、結局頼りっぱなしだな。
 ふるふると左右に首を振る長門には、相変わらず表情らしい表情はない。
「情報なんとかってのと電波状況はどうだ?」
「僅かに連結されているが、殆どの機能は使用できない。原因不明」
 ぽつりぽつりと呟くその声がいつもと比べてか弱く聞こえたのは、風の音が混じっているせいだけだろうか。
「そっか」
 やはり長門に無理はさせられない、俺がなんとか頑張らないと……と思ってはみても俺には特に何もできないんだけどな。


 しばらくの間、一定の速度で進んでいたグライダーはやがて緩やかに速度を落として旋回をはじめた。進行方向の雲の上には
小さな町が見えていて、このまま行くと町の傍に着陸するようなコースだ。
「いいわね、私達は凄腕の傭兵よ。そのつもりで強気に振る舞いなさい、特に有希」
 ハルヒに指先を突きつけられても、長門は特に反応はなかったがじっと指先を見つめている。
「あなたは無口なのを生かして寡黙な剣豪役ね。前にあたしが使ってたレイピアを使って。いい?沈黙で相手を威圧するのよ。
古泉君は笑顔の殺戮者ね、笑顔の中に狂気を含ませるのを忘れないで」
 順番に道具袋から小道具を出しては演技指導を続けている。
 どうやら次は俺らしい
「キョンは……」
 しばらくの間まじまじと俺を眺めていたが
「荷物持ちね、いつも通りでいいわよ」
 俺はいつも荷物持ちなわけじゃないんだが。
 不満を言おうと思ったが、押し付けられた手鏡を片手に狂気とやらを表現するのに苦心している古泉を見て何も言わない事にした。
 たまには楽をさせてもらおう。
 グライダーはさらに高度と速度を落として雲の上を滑り出し、町から死角になる位置で音も無く止まった。
 素早く降りた俺達は、ジャンヌさんがそうしていたのを真似て雲の中にグライダーを埋める。
「これで……いいわ。有希、この場所を覚えておいてね」
 しばらく雲をじっと見ていた長門が、ハルヒの方を向いてうなずいた。


 ハルヒが遠慮の欠片もなく突き飛ばしたせいで、勢いよく開いた酒場の安っぽい扉は壁に当たり大きな音を立てた。
 酒場の中に居た筋肉質だったり刺青がしてあったりと、色んな意味で自己主張多彩な人達の視線の中を物怖じせずに
堂々と入っていくハルヒ。いつもならやれやれとため息が出るところだが、今日はいい演技だと褒めてやりたい。
 演技ではなく素なんだろうけどな。
 ハルヒの後ろを「荷物持ち」である俺と「寡黙な剣豪」長門が続き、最後尾は「笑顔の殺戮者」古泉が続く。
「おい、お嬢ちゃん。ここは白虎親衛隊の縄張りだ、命のある内に帰りな」
 脅すというよりも笑い半分で中に居た男が声をかけてくる、それに合わせて回りからからかう様な笑い声が広がった。
 まあ、どうみても俺達に威圧感なんてものは感じないよな。
 声をかけてきた男を見て
「黙りなさい」
 凄みの効いたハルヒの声が場の和やかだった空気を一変させた。
 男の顔を睨みつけてから鼻で笑うと、
「私に話しかけたいなら念入りに歯磨きしてからにしてよね、悪臭を撒き散らした罪で訴えてしかも勝つわよ」
「てめー! なめやがっ……て……」
 男が立ち上がろうと椅子に手をかけた瞬間、ハルヒの青竜刀が男の首筋に突き付けられていた。
 参考までにだが、無骨な造りの青竜刀は男でも片手で軽く扱えるような重量ではなく、当然並みの腕力で寸止めなんて事が
できるような物ではない。それをどう見ても筋肉質には見えない小柄なハルヒがやってみせているのだ。
 男の顔はついさっきまでの笑顔から怒りになりそこねて今は恐怖が浮かんでいる。
 気にするなよ? 相手が悪かったんだ。
 男は完全に戦意喪失してしまったのか震えている。
 背後では長門が回りを見回しながら冷たい視線を絶賛送信中だった。
 無言のままで視線を送るだけなのだが、その表情からは一切の感情が読み取れずハルヒとは別の意味で威圧感を与えている。
 結果、俺達に対して視線を合わせる者は一人も居なかった。
「……これで白虎の親衛隊? これじゃあ傭兵を募集し続けてるのもわかるわね」
 ハルヒは慣れた手つきで青竜刀をしまいながら、わざと回りに聞こえるように呟いた。
 居心地の悪い敵意の中、もしもここに傭兵を募集しているという人が居なかったら逃げるしかないな、とか考え出した頃。
「いい腕だ」
 酒場の奥、数人の護衛を連れた男がハルヒを見て手を叩きながらそう言った。
 回りで怖気づいている連中とは明らかに雰囲気が違っている。
「あんた誰」
「名乗るほどの者じゃない。だが、俺はあんたが言っていた白虎親衛隊のスカウトだよ、失礼だが名前を聞かせてもらえるかい?」
「涼宮傭兵団、団長涼宮ハルヒ。後ろに居るのは団員よ」
 いつもの口上と殆ど変わらないせいか、ハルヒの言葉には妙な説得力があった。
「ほほう……腕も度胸も一人前だ。あんた達、白虎様の所で働いてみないか? 白虎様は実力主義だ、団長さん程の実力があれば
すぐに出世できるぜ?」
 少し考える様子を見せてから、
「案内して」
 あくまで強気でハルヒは言い切った――どうやら作戦は成功らしい。


「お前達、中々の腕だそうだな」
 全身を覆う白い体毛、2mを軽く超える体格、虎の頭部を持つその男は豪華な椅子に座ったままこちらを見ている。
 朝比奈さんをさらっていった虎男と種族は同じようだが、明らかに違う大物っぽい雰囲気を持っている。
 こいつが白虎だな。
「働き次第では副官にも取り立ててやろう。まずはレジスタンスのジャンヌという女を捜して来い!」
「……たかがレジスタンスの女一人にこだわるなんて……その女と何かあったの?振られたとか?」
 鎧の王様じゃあるまいしそれはないだろう。
「知りたがりは若死にするぞ」
 いつもなら挑戦的な言葉には脊髄反射で手が出るハルヒだが、
「そうね、忘れるわ」
 この時ばかりは演技を優先させてくれたようだ。
 下っ端らしき男が部屋のドアを開ける音がする、どうやら話はここまでという事らしい。
 俺達は大人しく白虎の部屋を出た。
「レジスタンスが場所を見つけられないのも納得ね」
 確かにな。
 俺達が案内された白虎の城とは、形状は確かに城だが巨大な飛行船だったのだ。
 どんな理屈で浮力を得ているのかは謎だが、城は雲を追うように微速ながらも移動しているのがわかる。
 現在地である白虎の部屋は城の最上階にあり、狭い通路には大勢の兵士がうろうろしていた。
「これからどうすればいいの?」
 上手く白虎の仲間に入れたんだ、まずはここで朝比奈さんの行方を捜そう。
 もしかしたらこの城のどこかに居るのかもしれない、
「ねえ」
 さっそくハルヒが近くに居た大柄な兵士を呼び止めてみると、
「ん?」
「あ」
 お前は!
 振り向いたその虎顔には見覚えがあるぞ、こいつは朝比奈さんをさらった奴じゃないか!
「なんだ、あんたレジスタンスじゃなかったのか。悪いな、手柄を横取りしちまったか?」
 虎男はちっとも悪びれる様子もなく、気安くハルヒの肩をばんばんと叩いている。
「でもあの娘はシャルルの娘じゃなかったらしいぜ?」
「シャルルって何」
 ハルヒの返事に男は意外そうな顔をしている。
「あんた何も知らないんだな、まあ新入りだからそんなもんか」
「白虎様はお忙しいので状況の説明は先輩方に受けるように言われました所です。もしお時間がありましたら現在の状況について
御教授願えないでしょうか?」
 無駄に愛想がいい古泉の言葉に気をよくしたらいい。
「お、そうかそうか。じゃあ詳しく話してやろう」
 虎男は嬉しそうに事情を話してくれた。


「レジスタンスにシャルルという奴が居てな、そいつは自分の娘にクリスタルの秘密を隠したんだ」
 通路に居ると邪魔になるということで手近な部屋に入った俺達は、さっそく虎男から情報を聞き出していた。
「それがジャンヌ、ですね」
「そうだ。それとミレイユってのが居る、そっちはすでに捕まっているがな」
 妹さんはやはり白虎に捕まっていたのか。
「クリスタルの秘密って何?」
「それは俺にはわからんよ、シャルルの姉妹が揃えば何かが起きるらしいぞ」
 虎男は本当に知らないらしく、まるで古泉みたいに肩をすくめてみせた。
「それで、私達と一緒に居たあの子は今どこにいるの?」
 無事なんだろうな? と言いたい所だが今は堪えよう。
「ん? もしかしたらシャルルの隠し子かもしれんとかで一応捕まえてあるぞ。ミレイユと一緒に牢の中に入れてある」
「牢?」
「ああ、7階の奥の牢だ。情報を聞き出すなら白虎様の部屋に鍵があるから借りて行くといい」
 虎男は聞かれていない事までべらべらと話続けている。
 ハルヒが視線で他に聞くことはないかと聞いてきた。
 俺はないぞ、長門も無反応。古泉も僅かにうなずきそのまま
「なるほど、大変参考になりました。ありがとうございます」
 営業スマイルで深々と頭を下げた。
「先輩としての勤めだからな」
 虎男はさらに気を良くして部屋を出て行き、扉が閉まった所でハルヒ以外の顔から愛想笑いが消えた。
 長門は元々無表情だったが。
「罠ですね」
 だな。
 それも露骨な罠だ。
「え?え?なんで?」
「あれだけ質問した後でこんな言い方は失礼ですが、さっきの虎男さんはどうみても下っ端にしか見えませんでした。そんな
彼にわざわざあんな情報を持たせ、しかも我々が部屋を出た所で待っていた」
 白虎は多分俺達がジャンヌの居場所を知ってるって思ってるんだろう。さっきの虎男が全部話してるとしたらありえる事だ。
俺達に朝比奈さんとミレイユさんを救出させて、そのまま泳がせてジャンヌの所に戻ったところを捕まえる……そんな筋書き
じゃないか?
「それじゃあ……どうすればいいのよ!他に選択肢ってある?」
 そう言われると困るな。
 俺達は2人を救出してジャンヌさんの所に行くのは決定事項だ。
 しかし、白虎の狙いはまさしくそれだろうし。
「囮作戦はどうでしょうか?」
 いい案だと思う、お前が囮役ならなおいい。だけどここは空の上なんだ
「グライダーの操縦は長門しかできないから無理だ」
 お前が閉鎖空間の中のように空を飛べるって言うなら話は別だがな。
「じゃあ、やっぱり今から白虎と決戦ってのは?」
 朝比奈さんとミレイユさんの安全を確保できればそれでもいいかもしれない、でも今の状況じゃ無理だ。
「あんたはどうしたらいいって思ってるのよ?」
 ハルヒが苛立つ気持ちはわかるが、ここは慎重にいかないといけないんだ。
 まだ決まらん。……長門、お前は何かいいアイデアはないか?」
 まあこいつに提案を期待してはいけないとは思うんだが……
 一人沈黙を守っていた、というか沈黙という言葉を体現していた長門の口からこぼれた言葉は――。


 俺と古泉は白虎の部屋に戻ってきていた。
 虎男の話通り、部屋の奥には牢屋の鍵らしき物が目立つ場所にかけてある。
 ちなみに白虎の部屋には誰も居ない。
 怪しい、ますます罠の匂いがする。
 念の為、白虎が居た場合の言い訳を色々考えていたんだが全部無駄になったようだな。
 俺は鍵を壁から取って、音を立てないように静かに出口で待つ古泉の元へと戻った。
「意外でしたね」
 古泉は扉を背にして、廊下の気配を探ってから静かに扉を開ける。さっきまでは兵士の姿がうろうろしていたのに今は廊下に
誰の姿もなかった。
 さっきのか?
「まさかあんな作戦を長門さんが立案するとは思いませんでした。あれはどちらかといえば涼宮さん的な発想だと思いましたよ」
 長門の作戦とはこうだ。
 白虎の思惑通りに行動して、朝比奈さんとミレイユさんを救出。その後、城から脱出する際に
「この城に現存する飛行機を全て、もしくは可能な限り破壊して追撃を防ぐ」
 というものだった。
 当然この作戦にハルヒは大賛成、俺と古泉が呆然とする中で作戦承認が下された訳だ。
 確かにこの作戦が上手く行けば白虎と戦う事も、朝比奈さん達を危険な目に合わせる事も無く脱出できるだろう。
 黙ってるけど、結構過激な事を考えてたんだな。
 古泉、お前の成果にかかってるぞ。
 飛行機を行動不能にする役は古泉が担当する事になったのだ。
「笑顔の殺戮者たる者として、名に恥じぬ働きをお約束しましょう」
 言葉はふざけているが、顔つきは真剣だった。
 頼んだぜ、超能力者……いや、今はエスパーボーイさんよ。
 俺はハルヒと長門が待つ牢屋へ、古泉はグライダーの確保と破壊準備の為に格納庫へと別れた。


 静かに鍵を回すと、僅かな金属音を立ててロックは外れた。
 元は倉庫か何かだったのだろう。扉の向こうは牢屋と言うにはとても広い部屋で、部屋の奥のほうは薄暗くてよく見えない。
 俺達は静かに扉を閉めて部屋の奥へと進んでいく。
「だ……誰ですか」
 暗がりの中からか細い声が聞こえる、この声は
 朝比奈さん?
 足を止めて暗がりに向かって声をかけると、
「え? あ、私はミレイユです……もしかして貴方はみくるさんが言ってたキョン君ですか?」
 うわ、また間違えた……。っていうか朝比奈さん、俺を誰かに紹介するときもその名で呼ぶんですね。
 相手の声から緊張が消えたのを感じて、俺達は急いで部屋の奥へと向かった。
 そこには薄暗い部屋の中、ソファーに座る朝比奈さんとその膝に頭を乗せて眠る朝比奈さんが居たってどっちが朝比奈さん
ですか?
 ジャンヌさんと同じで声だけではなく外見もそっくりさんだったとは……。
 3人の朝比奈さんが揃ったら何が起こるんだ? 神が降臨するとかそんな感じか?
「みくるさんは泣きつかれて眠っています。涼宮さんと長門さん、そしてキョン君ですね?」
「ええ、よかった。無事だったのね」
 小声ながらも、ハルヒの声が安堵に満ちているのがわかる。
 白虎に見つかる前に早く逃げましょう。貴女の事をお姉さんに頼まれてるんです。
 古泉がうまくやっていてくれれば、このまま逃げられるはずだ。
「姉さんに! 姉さんはどこに居るんですか?」
 ミレイユさんが嬉しそうに聞いてくる、お姉さんの事が心配だったんだろうな。
「アジトよ、詳しい場所はわからないけど、塔の近くにある町のそばに隠したグライダーに座標を記憶してあるの。急ぎましょう!」
 ハルヒの言葉を聞いたミレイユさんは、優しく微笑み
「……ありがとう」
 そのまま視線を俺達の後ろに向けた。つられて振り向いた俺達が見たものは――ご丁寧に部下を引き連れ、嬉しそうに微笑む
白虎の姿だった。
「白虎! ……ミレイユ、みくるちゃんと一緒に下がってて! こいつは私達がやっつけちゃうから!」
 武器を構え、ミレイユさんと朝比奈さんを守るように広がった俺達の後ろから
「ダメですよ? やっつけちゃったら」
 朝比奈さんとそっくりの声で、その言葉は聞こえてきた。
 驚いた俺達が振り向いたそこには、眠り続ける朝比奈さんを膝に乗せたまま、ナイフ手に待つミレイユさんの笑顔があった。
「ミレイユ……あんた……」
 ハルヒは怒るというよりも、見ている物が信じられないといった感じだ。
 実際俺もそうだ。
「ごめんなさい、涼宮さん。貴方達が玄武や青龍を倒したのはみくるさんから聞きました。でも、白虎様の方が貴方達よりも
強いと思うの」
 そんなセリフをその顔で言わないでください。
「お姉さんはどうするんですか? 君の帰りを待ってますよ?」
 もう敬語で話す必要なんてないけれど、その顔を見ているとつい敬語になってしまう。
 罪な人ですよ、いろんな意味で。
「姉さんには悪いと思ってるの……でも、負けっぱなしのレジスタンスなんて私もう、まっぴら。私、強い物が好きなの。
ごめんなさいね?」
 駄目か……他に説得できそうな事はないか?
「そんな……」
 ハルヒの青竜刀が力なく下がっていく。
「これでやっと姉妹が揃う。そこの小娘がシャルルの娘ではないとわかった時は失望したが、お前らを引き寄せるには十分
役にたったな。お前達に改めて聞こう、俺の仲間になる気はないか? 忠誠を誓えば実力に見合った地位をやろう。クリスタルが
手に入れたら、俺はそのまま玄武と青龍の世界を攻める。優秀な駒はいくらあっても足りんのだ」
 白虎は余裕たっぷりに俺達を眺めている。
 悔しいが完全に俺達の負けだ、人質を取られた上に退路まで断たれてしまったのでは抵抗のしようがない。
「……返答は後で聞くとしよう。こいつらを牢獄にぶちこんでおけ!」


「まさかミレイユが裏切ってるなんてね……」
 さっき2人を助けに行った牢とは違い、牢獄とは城の地下に作られた土壁造りの旧時代な部屋だった。
 ご丁寧に時代錯誤な鉄格子なんていう物がはめられていて、俺達4人は同じ部屋に閉じ込められていた。
 古泉はどうやらうまく隠れているらしく、まだここには連れてこられてはいない。
 爪を噛みながらいらいらと真夏の動物園で暑さに苛立つ熊の様に歩き回るハルヒ。
 壁にもたれて座る長門、そして
 長門、朝比奈さんに怪我はないか?
 眠り続ける朝比奈さんは長門の膝の上に居るのだが、長門は俺の顔をじっと見つめたまま何も答えなかった。
 どうした長門、お前も調子が悪いのか?
 しばらく沈黙を守っていた長門は、
「朝比奈みくるはここには居ない」
 と言い切った。
 ハルヒの動きが止まる。
「え?」
 俺とハルヒの視線が眠り続ける朝比奈さんに注がれる、そこには所々破れてしまったコスプレ衣装の上に俺の上着を羽織ったまま
眠り続ける朝比奈さんが居るようにしか見えな……まさか?
 この人はミレイユさんなのか?
 小さくうなずく長門。
 じゃあ今、白虎と一緒に居るのは……本物の朝比奈さんって事か!
 ジャンヌさんが捕まって、朝比奈さんが偽物だって事がばれてしまったら?
「有希、急いでミレイユを起こして! キョンはこっちにきて、この鉄格子を壊すの!」
 ハルヒが馬鹿力を発揮して鉄格子に力を篭めるが、金属の格子はその役目を淡々と果たし俺達の脱出を拒んでいる。
 俺が一緒になったところでどうなるもんでもないと思うがとにかく時間が無い。
 朝比奈さんが何故、ミレイユさんと入れ替わったのかはわからないがなんとかして脱出しないと!
 鉄格子に向かう俺の服を長門がそっと握る。思わず振り向いた俺が見たのは、3倍速で再生するかの様な速さで口を動かす
長門の横顔だった。ハルヒの力を篭める掛け声に長門の独り言はかきけされ、数秒で長門は手を離した。
 長門。
 俺が声をかけると。長門は視線だけを俺に向けて小さくうなずき、眠り続けるミレイユさんを軽く揺さぶり始めた。


「ひ~ら~け~! ああもう? 開きなさいよ!」
 その声は通路の奥まで響いているようだ。その声に何故か歓声が混じっている。
 ハルヒが、壁と足まで使って必死に鉄格子と格闘する姿を見て牢獄は無意味に盛り上がっていた。
「お嬢ちゃんやめときな。この俺の力でもその鉄格子は曲がらねえんだ」
 そう言って諦めた顔で笑っているのは、向かいの牢に入っている筋肉隆々の大男だった。
 もし、ここから出られたとして。あんたならどうやって逃げる?
 大男は俺の質問を鼻で笑おうとしたようだが、俺の表情が本気だとわかったらしく何か考え始めた。
「看守をなんとかしたとして……1階にあるグライダー置き場まで辿り着ければ逃げられるかもなぁ……」
 ありがとよ。
 俺はハルヒが握る鉄格子に不自然にならないように少しだけ力を加えた。
「へっ、だから鉄格子が曲がるわけねえだろう? ……って……おい」
 やっぱりだ。さっきの長門のあれには意味があったんだ。
 俺とハルヒが握る鉄格子は、加えられた力に負けて少しずつ歪んでいく。
「いいわキョン! もっと力を入れて!」
 はいよ。
 精一杯力を入れている演技をしながら俺は少しずつ鉄格子を曲げていく。
 俺が何も言わなくても長門は動いてくれた、あいつもやはり朝比奈さんが心配なんだろうな。
 2本目の鉄格子を曲げて、ハルヒが通路に出ると騒ぎを聞きつけた看守が走ってきた所だった。
「お前? どうやって外に出た!」
 看守が持っているのは警棒のような鎮圧ようの武器ではなく、殺傷力の高そうな反り返った片刃の剣だった。どうやら取り押さえる
という発想はないらしい。
 ハルヒ、逃げるぞ!
 俺は長門とまだ朦朧としているミレイユさんを連れて牢を出たのだが、ハルヒは応戦する気のようだ。
「先に行ってて! ここは私が引き止めておくから」
 引き止めてって……引き止めてどうするんだ?
 長門しかグライダーの操縦ができないんだから、お前を置いて行くことはできないんだぞ?
 向かってくる看守は3人、しかも通路の奥からはまだまだ増援がきそうな感じだ。
 ええい、時間がないというのに!
 素手のハルヒは格闘家っぽく身構えている。
 走ってきた看守がハルヒの目前に迫った時、急に横から伸びてきた腕が看守の体を掴んで勢いよく鉄格子に引き寄せた。
 腕は牢屋の中に引き込まれ、それを阻むようにそびえる鉄格子は看守の体を拒絶し。
「ぐぇ?」
 鉄格子に叩きつけられた看守は、あっさりと気絶して崩れ落ちた。
「そこの兄ちゃん」
 牢屋の中に居たのはさっきの筋肉隆々の大男だった、大男は看守を指差してにやにやと笑っている。
 すまん、助かる!
 俺は倒れた看守から鍵束を取って男に投げてやり、ついでに武器も奪いハルヒに渡した。
「なんだか知らんが急ぎのようだな。出してもらった礼だ、ここはまかせな」
 大男は他の牢の中に鍵束を投げてやり、自分は看守相手に立ちふさがった。
 次々と牢は開いていき、多勢に無勢で看守達はどんどん通路の奥へと追いやられていっている。
「ありがとう。お願いね!」
 俺達は急いで1階へと向かった。


「みなさん!ご無事でしたか」
 おい、お前こそ大丈夫なのか?
 1階に辿り着いた俺達を迎えたのは、廊下に倒れている大勢の白虎の部下。
 ――そして血まみれの服を着てのんきな顔で笑う古泉だった。
「ご安心を、少々手荒な事をしてしまいましたが僕は無傷です」
 これで少々……か。
 白虎の部下のうめき声の中、古泉は笑顔で立っている。
「みなさんを助けに行こうとしていたところでしたがどうやら杞憂に終わったようですね、流石涼宮さんです。奪い取られていた武器と
グライダーの確保も終わっています、早くここから脱出しましょう」
 本当に笑顔の殺戮者になっちまったな。
 グライダー置き場へ走る中、
「ねえ古泉君、白虎とみくるちゃんを見なかった?」
「5分ほど前にグライダーで一緒に出て行きました。おかげで僕一人でここが制圧できた訳なんですが」
 お前の武勇伝はどうでもいい、とりあえずその時はまだ朝比奈さんの正体はばれていないって事だな。
 それでどっちへ行った?
「この城は絶えず動いていますので正確には……ですが、会話の中で「姉妹と聖なる神殿に行けば……」そんな事を言っていました」
 俺達がグライダー置き場に辿り着くとグライダーが3機、そして壁際に俺達の装備が置かれていた。
「では、僕達が乗るグライダーを残して破壊しますね」
 いつもの赤い玉を出現させて古泉が微笑む。
 まて古泉、作戦は変更になったんだ。グライダーはこのままでいい。
「キョン?」
 グライダーが無いとさっきの牢の人達が逃げられなくなるだろ?
「あ!」
 あの人達のおかげで逃げられたんだからな。
「詳しい事は後で聞きましょう、急がないと追っ手が来そうです」
 確かにそうだ。長門、移動の履歴に「聖なる神殿」って所が残っているグライダーは無いか?
 俺達が見守る中、長門が一人グライダーに乗り込みコンソールを触るという作業が続いた。
 ここに手がかりがなかったらまずいぞ、城の中で情報集めをしている余裕なんてないんだ。
 最後のグライダーのコンソールに触れた長門が、俺の方を向いて小さくうなずく。
「あったのね! みんな急いで乗り込んで!」
 ハルヒは団長としての責任感なのか、全員が乗り込むのを確認してからグライダーに飛び乗る。
「いいわ有希、出して!」
 グライダーはふらりと浮き上がったかと思うと、異様な程の加速で一気に白虎の城から飛び出していった。


 ――そして場面は冒頭の飛行シーンに繋がる。
 必死に座席にしがみつく俺達とは対照的に、長門は平然と操縦桿を握っている。ああ、ハルヒも何故か平気な顔で座席にも
座らずに立っている。なんで立ってるのかは不明だ。
 今のうちに古泉の回収してくれていた袋の中から盾を取り出して装備しておこう、聖なる神殿についたらすぐに戦闘になる
だろうからな。
 古泉はといえばハルヒの身振り手振りが6割、効果音が3割、言葉での説明が1割の説明を聞いて。
「なるほど、よくわかりました」
 と大げさにうなずいていた。
 お前、絶対わからなかっただろ?
 そんなハルヒの説明をもう一人熱心に聞いていた人が居る。
 えっと、貴女は朝比奈さんではなくてミレイユさん……ですよね?
 流石に何度と無く間違えたせいで、誰が誰なのか自信が持てなくなってきたな。
「はい」
 弱弱しい顔でうなずくその仕草までがそっくりで、どうみても朝比奈さんにしか見えない。
 どうして朝比奈さんと貴女は入れ替わる事になったんですか?
「そう、それよそれ。なんでなの? 最初からわかりやすく話して」
「……すみません。全部私のせいなんです……」
 グライダーの後部座席、ハルヒと古泉の間に座ったミレイユさんがかすれ声で話し始めた。
「私はレジスタンスのリーダーだった父に従って姉と一緒にレジスタンスに入りました。でも、白虎との戦いで仲間はどんどん
やられてしまって、最初は応援してくれていた町の人もどんどん冷たくなってしまいました」
「何それ? むかつくわね……」
 ハルヒの眉間に皺がよったのを見て、慌てて両手を振りながら、
「で、でも町の人がそうするのはわかるんです。私も痛いのや怖いのは嫌ですし、家族や友達が大切ですから……。結局、
父と私は白虎に捕まってしまいました。父さんから、姉さんと私にクリスタルの秘密がある事を聞きだした白虎はなんとかして
姉さんを探そうと必死でした」
 そして貴女達姉妹にそっくりだったせいで、間違って朝比奈さんが捕まってしまったって事ですか……。
 見た目では識別できない程に似ているからな。
「はい。最初、この服を着たみくるさんを見たときは本物の姉さんだと思ってびっくりしました。でも、血液型を調べてみたら
偽者だってわかったんです」
 血液型ですか?
 なんでそんな事を調べたんだろう?
「はい、何か血液がクリスタルの秘密に関係しているらしいんです。よくわからないけど……」
「続けて」
 その辺はどうでもいいらしく、ハルヒが先を促した。
「はい。その後、白虎にみくるさんから情報を聞き出すように言われた私は色んな話をしました。海の世界の事とか王様の
話とか、よくわからないけど高校生活って話も教えてもらいました。楽しい仲間が居て、毎日がはらはらどきどきの連続だって。
そんな話を白虎に伝えている内に、凄く羨ましくなったんです。私」
 羨ましい?
「はい、私とみくるさんは見た目はそっくりなのに、強い人にびくびくおびえながら顔色を伺っている私と、絶対に仲間が助けに
来てくれるって信じていられるみくるさんを比べたら苦しくって」
 まあ、朝比奈さんも無口な宇宙人やコスプレ好きな神様もどきの顔色を伺って生きている気もしますが……。
「逃げ続けて負け続けるだけの人生なんてもう嫌、でも戦うのは怖い……そんな私の愚痴をみくるさんは全部聞いてくれました。
言い終わった後、みくるさんは「辛い時は弱音を言ってもいいんですよ?」って言って優しく頭を撫でてくれたんです。その時、
この人だけは助けなきゃって思って……貴方達を利用するという白虎の作戦をみくるさんに全部話したんです」
 という事はつまり、
「じゃあ、みくるちゃんは全部知ってたのね」
「はい、みくるさんから「入れ替わってお姉さんを助けよう?」って言ってくれました。城には私のお父さんが捕まっているから
戦えないし、もしも白虎がクリスタルを手に入れてしまったら私の利用価値はなくなります。そうなれば私に危険が及ぶから
入れ替わろう?って……」
 ああもう朝比奈さん!なんでそんなに善人なんですか貴女は?
「そんな事をしたら今度はみくるさんが危険だって言ったんですけど「私の友達は特別だから、きっと大丈夫」って言って
……その後はよく覚えていません。気がついたらこのグライダーの上に居ました」
 そういえば、朝比奈さんの特殊能力らしい特殊能力といえば急に眠らせるってのがあったか。
 どうやってるのかはわからないが。
 急に深刻な顔になってミレイユさんが俺の袖を掴み、
「お願いします、みくるさんを助けてください! 私がまた捕まる事になってもいいですからお願いします!」
 言われるまでもありません、この朝比奈みくる原理主義者筆頭たるこの俺の
「安心していいわ!SOS団、団長ハルヒハルヒの名にかけて!みくるちゃんもジャンヌちゃんも貴女もぜ~んぶまとめて
助けてあげるわ!」
 高らかに宣言するハルヒの言葉に、俺のセリフは言葉になる前にかき消されたわけだ。
「お願いします」
 まあいい、とにかくこれで事情はわかった。後は白虎を倒して朝比奈さんとジャンヌさんを助けるだけだ!


「発見」
 いつもより少し大きい声で長門が呟く。
 その声を聞きつけたハルヒが操縦席に乗り込み、
「どこ?!」
 長門の視線の先を必死で探す。そこにはチェス盤のような正方形の敷地があり白虎の巨体が見えていた。
 限界まで飛ばしてくれ!
 俺の言葉に長門の細い腕が操縦桿をさらに倒そうと力を入れるが、すでに目いっぱいだったらしく操縦桿からは
壊れそうなみしみしという不吉な音が聞こえてきた。
 こ、壊れない程度に頼む。
 びりびりと空気が震える音が聞こえる、視界に見えていた小さな神殿はどんどん大きくなり。
「みくるちゃん!」
 ついに朝比奈さんとジャンヌさんの姿が見えてきた。2人ともそっくりな服装をしているのでどっちがどっちかわからないが。
 白虎が腕を広げて2人に迫っていく。
 まずい! まずいぞ?
 このまま減速して助けに行ったら、また2人を人質に取られるじゃないか。
 そうなれば俺達に手はないんじゃないのか?
 かといってみんなで作戦を立ててる時間も余裕もない。
 ……このままグライダーで体当たりってのはどうだろう。
 だめだ、2人を巻き込まないように白虎にだけ体当たりなんて曲芸飛行は……まあ長門ならできるんだろうが白虎が
2人を盾にしないとも限らない。
 古泉の玉で先制攻撃ってのは?
 いいかもしれんがこの揺れる機体の上で正確な射撃が出来るのは長門くらいのもんだ。
 なんでもかんでも長門頼りか、我ながら甘すぎる考えだよ……ん、長門……まてよ。
 俺の手に握られた盾、こいつは何度と無く即死レベルの攻撃を不思議な力で防いで俺の身を守ってくれた。
 色んな相手に試してみてわかったのは、こいつは衝撃を一度だけ完全に無効化してくれるって事だ。
 長門に貰ったこの盾ならばもしかして……。
 完全に大丈夫かどうかはわからないが、今はとにかく時間はない。
 長門、俺を白虎と2人の間に落としてくれ!
 操縦席に座る長門に俺は詰め寄って、風圧に負けないように叫んだ。
「はあ? キョン、あんた何言ってるのよ!」
 後で説明してやるよ、
 時間がないんだ、頼む!
 俺はこんな状態だというのに、いつもの無表情な長門の顔に少しだけ寂しそうな表情が浮かんだのを見てうろたえた。
 なんだ? 俺、何か悪い事言ったのか?
 グライダーはいよいよ限界速度に達したらしくエンジンが悲鳴を上げている。
 不意に訪れる急激な重力。
 どうやら急上昇を始めたらしい。
 体が機体に押し付けられる感覚が何秒か続き、続いて訪れる浮遊感。そして
 うおわあああああああああああ!!!
 ジェットコースターに乗る時は深く座席に座って、しっかりとシートベルトを締めよう。俺との約束だ!
 高高度に一気に上昇した機体が今度は急下降をはじめている。
 これって垂直に落ちてるんじゃないのか?
 そう感じる時間はほんの数秒だけだった。
 座席に必死に捕まっていた俺の腕に長門が触れ、
 へ?
 あっさりと俺を引き剥がして、長門はそのまま俺の腕を離した。
 結果、機体との接点を全て失った俺は、慣性の法則に従い一直線に落下していく。
 切り裂くような風の中、視界に白虎と朝比奈さん達が見える。
 頼むぞ長門の盾、俺と朝比奈さんとジャンヌさんをしっかり守ってくれよ?
 体を丸め両手で長門の盾を突き出して風圧に負けないように必死に支える、これが俺の唯一の命綱だ!
 考える間もなく数秒後、俺は神殿の床に激突した。
 ――衝突音は驚くほどに小さかった。
 予想以上だな……。
 異常なほどの加速が一瞬にして0になったというのに衝撃に腕が折れるどころか痛みすらなく、俺の体は転がる事も
平衡感覚が狂う事すらないままその場にしゃがんでいた。
「……き、貴様どこからきた?」
 状況がわからず白虎が動揺している。
 そりゃあそうだろう。突然、男が空から凄い速度で目の前に降ってきたんだもんな。
「キョン君!」
「キョンさん!」
 背後から聞きなれた声が合唱で響く、……多分さん付けで呼んでいる方がジャンヌさんなんだろうな、それにしても
貴女まで俺をその名で呼びますか。
 まあいい、せっかく体を張って助けに来たんだ。ここは格好つけさせてもらおう、
 朝比奈さん、ジャンヌさんもう安心です。この俺が来たからに「おりゃー!」
 呆然と立っていた白虎が頭から真横に吹っ飛ぶ。
 俺の視界に一瞬見えたのが幻覚でなければ、白虎にドロップキックを入れた人影はハルヒだったような……。
 ごろごろと転がる白虎を横目に着地を決めたのは、
「……痛った~……バカキョン、なんであんたは平気なのよ!」
 妙な苦情を言っているのは、やっぱりハルヒだった。
 どうやらグライダーは俺が飛び降りたというか落とされた後、着陸せずにまた旋回して今度はハルヒが飛び降りたらしい。
 流石に速度がありすぎたせいか、しゃがみこみ足首を押さえて涙目になっている。
 バカはお前だ! 何無茶してるんだ? 運が悪かったら足の骨が折れる所だぞ?
「あんたにだけは言われたくないわ」
 う、まあ確かに……。
「何よ!飛んでる飛行機から飛び降りるなんて無茶して!助かったからよかったけど一歩間違えばあんた死んでるわよ!」
「えええ?!そんな事したんですか?」
 まあ、冷静じゃなかったってのは否定しようもないが……。
 ようやく減速を終えたグライダーがハルヒの後ろに止まり、
「姉さん!」
「ミレイユ!」
 姉妹の感動の再会となった。
 ミレイユさんは迷う事無くジャンヌさんに抱きついていった、俺にはわからない姉妹にだけわかる見分け方でもあるん
だろうか?
 あやまり続けるミレイユさんと、それをなだめるように抱きしめるジャンヌさん。そんな2人を見て朝比奈さんは、
「うう……よかったぁ……よかったです……」
 自分の事のように大泣きに泣いていた。
 朝比奈さん大丈夫ですか? 酷い事されませんでしたか?
 返答によって白虎の命運は決まると言って過言ではない。
「うん、私は大丈夫です。ついさっき私が偽物だって事がばれちゃって危なかったんですけど、キョン君が空から助けに
来てくれたから」
 え、あ。いやあ当然ですよ。
 無事にこうしてまた笑えたんだから、無茶でもやってよかったって言えるさ。
 しゃがんだまま睨みつけるハルヒと、何故かいつもよりほんのり冷たい長門の視線を受けていると。
「貴様等……生きて帰れると思うなよ!」
 少し離れた場所でようやく起き上がった白虎が吼えた。
 が、ハルヒのドロップキックによるダメージは相当大きいらしく、言葉に力が無い。
 決着がまだだったな。
 だが、ハルヒは負傷(自分のドロップキックで)しているからまともに戦えるのは古泉だけかもしれない。
 この世界では武器屋に行く余裕がなかったしな。
「まさか貴方があんな無茶をするとは驚きでしたよ。だんだん涼宮さんに似てきたんじゃないですか?」
 貴方もって、他に誰かいるのか?
 ……ああ長門か。
 怖い事を言うな。それよりハルヒの無茶を止めるのはお前の役割じゃなかったのか?
 一応、監視役なんだろ?
「そうしたい所でしたが、貴方が飛び降りた後の涼宮さんは誰にも止められなかったと思いますよ?何せ怒るのではなく、
見間違いでなければ泣きそうな顔で長門さんに詰め寄ってグライダーを操縦させたんですから」
 あいつが? 泣きそうな顔?
 靴下を脱いで患部を朝比奈さんに見てもらっているハルヒは、いつもの暴君にしか見えないが……。
 古泉。
「なんでしょう?ここでボスを倒すというお役目でしたら喜んでお受けしますよ」
 ええい、演技はもういい。そろそろ笑顔の殺戮者からいつもの解説好き高校生に戻れ。
 やめにしよう。
「と、いいますと?」
 意外そうな顔もせずに古泉は聞き返してきた。どうやらこいつも同じ事を考えていたらしいな。
 白虎はもうふらふらだ、このまま放置でいいだろ。
 俺の言葉に古泉は肩をすくめてみせた、まるで「貴方ならそう言うと思っていましたよ」とでも言いたげな顔だ。
 俺達の会話を聞きつけたハルヒが座ったまま抗議してくる。
「何言ってるの! こいつのせいで酷い目にあったんだから、きっちり報いを受けさせてやらなきゃ! ペットの躾けは
悪い事をしたらすぐに怒らなきゃ意味が無いんだからね?」
 一応ボスなんだからペット扱いはやめてやれ。それとお前の負傷は自分でやったんだろ、まあその気持ちもわかるけどな。
 ハルヒ。白虎の城は古泉が殆どの兵士を倒してたし牢に居た人達は開放した、もう白虎に従う人は殆ど残ってないだろう。
この世界にはレジスタンスの人がいるんだ、ここから先の事はこの世界の人に任せたほうがいいんじゃないか?
 玄武や青龍の時は結果的に戦う事になったが、避けられる戦いは避けた方がいいだろう。無意味に敵は作るべきじゃない。
 とは言ってもハルヒがそんな理論に応じる事はなく、
「むー……」
 不満げな顔で唸っている。
 それともお前、この世界の王にでもなりたいのか?
 俺の言葉に朝比奈さん、長門、古泉の間に緊張が走るのを感じる。朝比奈さんのは緊張というか脅えだったが。
 心配するな、こいつはそんな選択肢は選ばない。
 俺の確信とも言えるハルヒの思考判断は、
「それはそれで面白そうだけど……まあいいわ、ジャンヌちゃんとミレイユちゃんはそれでいいの?」
 正解だった。
 ハルヒに選択権をゆだねられた姉妹は、
「姉さん」
 ミレイユさんに小さくうなずいて、ジャンヌさんが決意に満ちた声で話し始めた。
「はい。2人で一緒に頑張ればきっと上手くいくと思うんです」
 天使と妖精を足してそのままにしたような容姿の姉妹がよりそってそう言ってるんだ。できない事なんてないだろうさ。
 感動的な空気の中、完全に空気扱いされている白虎は
「くそっ……逃がすと思って……く」
 まだまともに歩けずにふらふらとしていた。


 おいハルヒ。
「何よ」
 涙目でうずくまるハルヒの前にしゃがんで背を向けてやる。
「歩けないんだろ? おぶってやるよ」
 俺を心配して無茶してくれたらしいからな、まあ貸しは作らない方がいいだろう。
 何か言い返してくるかと思っていたが、意外にもハルヒは素直におぶさってきた。
 ……あれ? 意外に軽いんだな、こいつ。
 古泉の茶化すような視線は無視、朝比奈さんの複雑そうな視線には仲間として助けているだけですよ? と視線で訴えておく。
「痛たた……バカキョン!もっとそっと歩きなさいよ……」
 へいへい。
 背中から聞こえる苦情に適当に返事をしながら、俺はなるべくゆっくりと歩いてグライダーに乗り込んでいった。
 操縦席を入れても6人しか座席の無いグライダーは、俺達にジャンヌさんとミレイユさんを加えて定員オーバーとなり、
仕方なくハルヒは
「しょうがないからあんたの上で我慢してあげるわ」
 と、理不尽な人選で俺の膝の上に座っていた。
 朝比奈さんの視線が激しく気になるのだがハルヒが邪魔で確認できず、隣に座る古泉のにやけ顔だけは見えているという
罰ゲーム的な状態で、俺は早くグライダーが目的地に着く事を切に願った。
 長門操縦のグライダーがゆるりと浮き上がった後、
「有希、ちょっと止めて! 古泉君」
 俺の視界に、古泉に何か囁いて邪悪に微笑むハルヒの横顔が見えた。
 まさか……お前。
「了解です」
 笑顔の殺戮者古泉の手のひらに浮かんだ赤い玉は、神殿の近くにあった白虎のグライダーに向かって飛んでいった。
 玉はそのままグライダーを貫通しては向きを変え、何度となくグライダーへと突入していく。
 あっという間にグライダーは残骸と化した。
「白虎? 待て! 有希もういいわ、出して」
 ハルヒ、もしかして躾のつもりなのか? ペットの放置は飼い主としてどうかと思うぞ。
 呆然とする白虎を残して俺達はようやく神殿を後にした。


「今回はお疲れ様でした」
 お前もな。
 俺と古泉は塔の壁にもたれて休んでいた。
 あの後、俺達は白虎の城に寄ってみたのだが、脱獄した囚人達によってすでに白虎の手から開放されていた。その中にいた
シャルルさんと姉妹の再会については、朝比奈さんの涙腺が再び決壊したとだけ伝えておこう。
 シャルルさんが後で白のクリスタルを町まで届けてくれる事になり、家族の再会を邪魔せぬよう俺達は早々と城を後にした訳だ。
「今回ばかりは疲労を隠す余裕もありません。それなのに冒険の後にまだ買い物に回る元気、流石は涼宮さんですね」
 お前のそのセリフは聞き飽きた。
 ハルヒは朝比奈さんと長門をつれて武器屋巡りをしている、足の痛みはいったいどこにいったんだ?
「それより、感じませんか?塔を上るにつれて世界が危険になっていると」
 それは感じてはいる。
 最初の世界はのんきなものだった、3組に別れて行動できたもんな。海の世界は遭難、水難、しかも魚に襲われだった……。
この世界にいたっては地面は雲でしかもいきなり誘拐ときた。
 次の世界で何が待っているのかなんて想像したくもない。
 あと2つだよな? 残りの世界は。
「長門さんによれば、そのようです」
 やれやれ、俺はのんびりした展開が恋しくなっているだけどな。
 この先の世界が安全な世界だといいんだがな……。
 それは無いだろうということも、心のどこかではわかってるんだけどな。
「一つ、お聞きしてもいいでしょうか?」
 説明するのが生きがいにすら見えるお前が質問とは珍しいな。
 一つだけな。
 いつもの笑顔が消えて、真面目な顔になった古泉は改まって聞いてきた。
「貴女は涼宮さんに、この世界の王になるつもりか?と仰った。あれはとても危険な言葉に思えたのですが」
 ……そうか?
 そうでもないと思うんだがな。
「そうです。自ら王になると宣言すれば、どんな人間でも国を自分の思うがままにしてみたいと思うものです。それが国民の為に
なる事か自分の欲望に忠実な内容であるかは別として、ですが。願望を具現化する力がある涼宮さんが王になろうと考えたなら、
それは世界の再構成に直結するとは思いませんか?」
 考えすぎだ、そのうち白髪でも出てくるんじゃないか?
 思いませんね。
 俺の返答を聞いて古泉の顔に笑顔が戻る、いったいなんだっていうんだ。
「ええ、確かに貴方は確信とも言えるほどにそう信じている。その根拠を教えていただけませんか?」
 そんなもん簡単だ。
 あいつがやりかけのゲームを途中で降りるわけない。ありえない選択肢の先にある構想はありえない事。これでいいか? 
 それにあいつは王様になるよりもむしろ、革命家になりたがるタイプだ。
 お前みたいな小難しい言い方は出来ないが、大体の意味は通じるだろ?
 古泉は俺の言葉に驚いたような顔をしていたが、やがてくすくすと笑いだしやがった。
 ええい、何がおかしい?
「嫉妬してしまいますね」
 何がだ。
「貴方が涼宮さんに寄せる信頼の強さがです。僕はまだ、貴方ほど涼宮さんを理解も信頼もできていないようです」
 それが普通なんだよ、古泉。
 あいつは誰も思いつかないような事をいつまでも繰り返していて、俺達はそれに巻き込まれて「やれやれ」とでも言いながら着いて
行くしかないのさ。
 そう考えると、途中でゲームを降りられないってのはむしろ俺達の事なのかもしれないな。
 ため息をつく俺をみて微笑みやがる古泉、場所が部室じゃないだけでどこまでもいつも通りの光景だ。
 まあ、SOS団が全員揃ってるんだ。
 何が起きたってなんとかなるさ、なあハルヒ?
 ――俺はどこまでも広がる空を見ながらそんな事を考えつつ、つかの間の休憩を楽しむ事にした。

 

 

 涼宮ハルヒの欲望 Ⅲ ~終わり~

 

 涼宮ハルヒの欲望 Ⅳ

 

 その他の作品

 


|