カランコロン。
 
 
「いらっしゃい」
「いつもの、おねがい」
「かしこまりました、本日はお一人で?」
「ええ、ちょっとね」
「?」
「な、なんでもないわよ」
 
 
「……、ねえ。マスター」
「はい、お待たせしました。何でございましょう?」
「ずっとね。思ってたの」
「?」
「マスター、あなたって──」
  

  
◇ ◇ マスターと涼宮さん ◇ ◇

   
  
「──ひょっとして正体はジョン・スミスじゃないか。ですか?」

   

 
「ちょっと、聞く前に答えないでよ」
「これは失礼致しました。ですが、前にもこの様な切り出し方をされたので今回ももしや、と。なんとなくそんな予感がしましたので」
「何よそれ、予知夢でも見たの?」
「第六感というものでしょうか、いやいや、当たってしまうとはこれまた」
「当たっても景品は何も出ないわよ」
「それは残念でございます」
 
 
「ひょっとして」
「?」
「そのジョン・スミスさんが涼宮さんの知ってる人、でございますか?」
「ま、そんなところね」
 
 
「うーん。でも、さすがに違うわよね。たがが三年やそこらでこんなに年取るはずないし……」
「はは、年を取るのも良いものですよ」
「お肌のハリが無くなっていくらしいわよ」
「人間としてより深みが増す、それが年を取る事の醍醐味ではないでしょうか?」
「誕生日が来るたびに一本ずつ増える蝋燭がにくたらしく見えるらしいわよ」
「なあに、白髪の数に比べたら蝋燭などものの数ではありませんよ」
 

  
「やーめた。だってあたしが何を言っても、いつも上手い事丸め込まれるんだもん」
「それはそれは、真に残念でございますなあ。私としてはもっと涼宮さんとお話をしたい所存でありますが」
「……、どうして?」
「?」
「どうして、なの?」
「どうしてとは?」
 
 
「あのね、人と話をするのって疲れない? 
 何かを話す時ってずっと何かを考えてなきゃいけないし、やっぱりずっと喋りっぱなしってわけにもいかないでしょ? 
 でも人の話を聞くのって、あたしは凄く疲れるし、聞きっぱなしっていうのは嫌だし。
 だから、どうしてマスターはお話するのが好きなのかなって思ったのよ。
 あたしと話している途中だって、疲れてないのかな、って」
「はは、自分と違う価値観に触れるという事は何歳になっても楽しいものです。
 自分にはない考え方や、新しい刺激が入ってくる。それは私にとってこの上の無い事です。
 もちろん、ずっとお話を聞いているだけでは疲れますし、ずっと喋り続ける事ができるほど私は饒舌ではありませんけれどね
 少なくとも涼宮さんとお話する中で退屈したり疲れたりする事はありませんな。魔法の様な愉快な話や、面白い話も沢山聞けますし。
 世代の差や価値観の違いで戸惑う事もありますが、その度にまた一つ成長したと感じる事ができます」
 
 
「寡黙なマスターっていうのも想像できないけれどね」
「そうでございますか?」
「だって、ちゃんとあたしの言葉に返事をくれるもの」
「目の前の人が今何を聞いて欲しくて、それについて何を言って欲しいのか。それを常に考えようとは心がけております。はは、一種の職業病みたいなものでございますなあ」
「誰かが言ってた。マスターは、マスターになる為に生まれてきたようなものだって」
「はは、お恥ずかしい話でございます」
「天職、か。いいな」
「どんな事にも、楽しみながら、やりがいを感じながら取り組む。それだけでそれは涼宮さんにとって天職となり得るのではないでしょうか? ほら、SOS団の──」 
「──団長もある意味で天職なのかもしれないわね」
「さようでございますな」

 
  
 
 
「どうしたら成長できるか? でございますか?」
「そう、一応大人の意見を聞いておこうと思ってね」
「はは。そうでございますなあ……。あ、一つだけ」
「なになに?」
「失敗する事でございます」
「失敗?」
「さようでございます」
「どうして失敗して成長するのよ、成功しなきゃ成長できないじゃない」
「たしかに、一見するとそうかもしれません。しかし実は、失敗した時こそ人間は一番成長するものでございます」
「う~ん……?」
「子供は何度も転んで、擦り傷を作る事で転び方を覚える、そうやって子供は怪我をしなくなる。それと同じ事でございます。
 失敗から学ぶという事でございますな。それに、若い頃の失敗というものは歳を取ってからいくらでも取り返せるものでございます。
 私も涼宮さんの頃は色々と失敗に失敗を重ねてコーヒーの研究をしたものです、あれは私が十六の頃でございました……」
「まあたコーヒーの話?」
「これは失礼致しました。それでは、お詫びの印に」
「甘ったるいヤツ!」
「かしこまりました」
 
 

 
「あのね」
 
「はい」
 
「中学の時は誰も、誰もあたしの話なんか聞いてくれなかった。でも、今は違うの。今は、毎日が楽しい」
 
「さようで」
 
「ここに通いだすようになってから。ううん、マスターに話を聞いてもらうようになってから、あたしはここに居てもいいんだって思えるようになったの。今のあたしがあるのもマスターのおかげ、すごく感謝してる」
 
「はは、まことに嬉しゅうございます」
 
「だからね。マスター……、ううん。なんでもない」
 
「?」
 
「ご馳走様。また明後日くるわね」
 
「はい。……明後日?」
 
「そ、明後日」
 
「はて? 何かありましたかな?」
 
 

 
 
 
『もしもし、キョン? 明後日マスターの誕生日って知ってた? うん。
 今ね、行ってきたんだけど、マスター自分の誕生日忘れちゃってるみたいなの。
 だからあたしたちでサプライズパーティーをしようと思うんだけどね。そう、だからできるだけ皆を集めて欲しいの。
 いまから、ね。あたしもクラスのみんなに声掛けてみるけど、そっちお願いしていい?
 え? 何? バカ。あたしだって頼み事する時どうすればいいかくらい知ってるわよ!
 うん、うん。 それじゃ、よろしくね』

 

 

 

 

 

 おわり。

 


マスターの憂鬱」 につづきます。

 

 

 

喫茶店ドリーム

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最終更新:2008年09月12日 21:39