そして公園へと戻った俺は、別れ際の朝比奈さんの言葉を思い出して切ない気持ちを抱いていた。
 ……いつかまた会えるといいな。あさく――、
「あ、先輩おかえりなさいっ。朝倉って人はどうでした? フフ、ちゃんとガツンとかましてきましたよね? 先輩を傷つけるような悪い人は……って、」
 俺が唖然とした表情を貼り付けているのを見た朝比奈みゆきはポカンと、
「どうしたんですか? 呆けた顔しちゃってますよ?」



 ……涙が出そうになった。
 なぜ今まで気がつかなかったのか。そうだよ。この声と、この髪の色は――。
「――いや、朝倉は悪い奴なんかじゃなかったよ。とても人思いの奴で、良い奴だった。……ホントに、ありがとうな」
「ほえ?」キョトンとした後、「フフ、おかしな先輩。なんでわたしにお礼なんて言うんですか?」
「あ、いや、すまない。……なんとなく、な」
「んー、今度は謝るなんて、やっぱりおかしな先輩っ」
 カラカラと笑う朝比奈みゆき。いや――お前は、朝倉だったんだな。




 俺が輪廻転生という仏教思想を何ともなしに感じていると、
「こんにちは涼宮さん。古泉一樹です、よろしく」
「……あなたが超能力者なの? よろしくね」
 古泉とハルヒが挨拶を交わしていた。幼いハルヒは俺をチラリと見ると、
「ふうん? 古泉くんって言ったっけ。あなたも中々カッコいいじゃない」
 ハンサム仮面がハンサムだってことは否定できないが、惚れるなよ。
「なによ? もしかしてやきもち焼いてるの?」
「焼くか」
 とは言いつつも、思えばこのハルヒが古泉に一目惚れする可能性も十分あったんじゃないかという考えが浮上してきた俺は、何となく複雑な心境になってしまった。
 なぜそんな気持ちになったのかを考えようとして即中止したところで、
「……どうやら、万事上手いこと進んだようですね」
 古泉が小声で囁いてきた。俺は、
「ああ、てゆーか古泉。お前は一体何をやってたんだ?」
「僕は……そうですね、説明の前に、一つ話をしてもよろしいでしょうか?」
 余計な話が増えるのはご免だがな。と言うと古泉は笑って、
「人の人生を時間平面の連続という観点で捉えれば、それはまるで自分の物語が書かれていく一冊の小説みたいだとは思いませんか? そして僕は、長門さんにあなたの小説を覗いてきてもらったのです。僕の行動を端的に言い表すならばそういうことですね。もしかしたらこのことが、長門さんが読書家である理由となったのかも知れません」
 俺の小説? 自叙伝を書くと言ってたのはお前だし、俺は日記を書くこともしちゃいなかったが。
 という疑問が生じたが、まあ、何はともあれ結果は出たんだ。よく話は掴めないがまあいいだろ。考えるのも面倒だしな。
「それなら僕も助かりますが」
 俺は微笑を湛えた古泉から周囲へと意識を移行させる。すると、
「あれ? 長門おねえちゃんは? まだ帰ってきてないんですか?」
 キョロキョロと周囲を見渡す朝比奈みゆき。朝比奈さん(大)は、
「……長門さんも、そろそろ帰ってくるはずよ。安心してね」
 ……すると牡丹雪のような淡い光の結晶が、一縷の光とともに複数舞い降りてきたかのような幻想的な模様が映し出され始めた。
 そして収束した光が一気に放出されたようなまばゆい光の後、そこには、長門の姿が――。
「……て、眼鏡付きなのか?」
 意表をつかれた俺に古泉が、
「……すみませんが、少々目をつむって頂いてもよろしいですか?」
 いきなり妙なことを言いだした。よもや先程のドラマティックな光景に刺激されて、誰彼構わず口付けでもしたくなったのではあるまいな。そういや、前にもこんなことを言われた覚えがある。まあ、そのときはハルヒの精神の中へと飛び込む準備のためだったのだが。
「そう怖い顔をなさらずに。キスなどしませんよ。雪山での遭難の際、僕の部屋に入ってきたあなたの行動にかなり背筋を冷やした経験もありますので、僕にそちらの気はナッシングです」
「あたりまえだ」
 と言いながら俺は古泉の言葉に従った。理由を聞く暇があったら、その時間を目をつむることにまわした方が効率的だからな。唇を狙っているわけでもなかったし、それくらいの要求なら何も言わずに受けてやるとも。 
 すると古泉は俺の頭にちょんと触れ、それはまるで俺の精神を引き抜いた際のような所作だったが、
「いえ、虫が止まっていたのでね。振り払っただけですよ」
 まるで嘯くようなスマイルを浮かべて古泉が説明し、俺は古泉を横目に再度長門の方へと視線を移した。
 そして長門はゆっくり眼鏡を外すと、
「……長門おねえちゃんおかえりなさいっ」
 もはや突進としか言いようのないスピードで飛び込んできた朝比奈みゆきの抱擁を受けた。
「おかえりなさいっ」
 朝比奈みゆきは二度歓迎の言葉をかけると長門の顔を覗き込み、
「良かった。この時代の長門おねえちゃんの雰囲気だ。フフ、うれしいです」
 長門はニッコリと笑う少女の顔を見つめ、そして、雪解けのようにやわらかな笑みを浮かべて――ゆっくりと、帰還の挨拶をみんなへと向けた。
「……ただいま」
 ……この笑顔を見るために、どれほど遠回りをしただろうか。
 だけど、得たモノだって多いんだ。その中でも……この世界での長門の笑顔はとびっきりだろうな。
 ――おかえり、長門。 
 そして、みんなが俺と同じような言葉をかけている中、
「長門さん、おかえりなさい。……良かった。帰ってきてくれて」
 この朝比奈さん(小)の言葉に長門は顕著な反応を示し、朝比奈さんを自分のもとへと呼び寄せた。
 そして己の右手を差し出すと、
「あなたに施された処理を解除する。掴んで」
「あ……そうでしたね。いけない、すっかり忘れちゃってました」
 長門は朝比奈さんから差し出された手を引き寄せると、長門流のプログラム注入法である噛みつき行為にでた。まったく、これが健全だと思える日が来るとはね。なんせ喜緑さん流がちょいと衝撃的過ぎだったからな。
 そう思いつつ喜緑さんの緩やかな笑顔を見ていると、
「忘れ物ならば、長門さんにもあるはずですよ。どうぞこれを」
 古泉はやおら長門に近づくと、そういえば俺が古泉に渡していた長門の小説をすっと手渡した。
 長門はそれを受け取ると文章に目を配り、ひとときの間をあけるといつもの無表情が映る顔を上げ、片腕でそれを胸元へと運んだ。その動作は長門が本を抱える際のものと一緒だったが、俺が先程のはまた意味合いが違うと感じたのは気のせいではないだろう。間違っても、もう捨てたりなんかするんじゃないぞ。




 ――と、今までずっと長門が抱えていた問題も、これにて一応の終幕を迎えたことになるだろう。 
 長門の物語といえば、あいつの小説にはまだ意味的に残されたページがある。
 そう、三枚からなる小説の第一ページ目だ。そこに登場する幽霊少女……前は朝比奈さんのように感じたが、今では――これも何となくだが――朝比奈みゆきのような気がする。そして他の二枚の内容は古泉曰く今回の出来事に繋がっていて、また、朝比奈さんの小説にさえも今回との関わりを感じたので、このページが無意味なものであろうはずがない。一体なんの意味があるのだろうか。
 それに、異世界の問題だってある。これの解決の糸口も長門が握っているのだが……。



 朝比奈みゆきからじゃれつかれている長門の姿を見ていると、せめて、今だけは……誰も口を挟もうなんて考えやしないのさ。




 ふと、俺は隣に顔を向けてみる。
 そこには長門を見つめるハルヒがいて、その表情からはどこか羨ましそうな感情が見受けられた。
 そんなハルヒの姿を見た俺もまた、再度長門へと視線を固定する。そして――――、
「……なあ、ハルヒ」
「なに?」
「もし、自分の夢が何でも叶っちまう能力があるとしたら……お前はそれを欲しいって思ったりするか?」
 ハルヒは顔をこちらに向けて俺と目を合わせた後、また正面を向くと、
「そんなの、誰かがくれるとしてもいらないわ」
 またもやハルヒらしくないことをハルヒは言いだした。
「それは反骨精神からきてるのか? どんな願いも叶う力なんて、古今より世界中が欲しがってる代物じゃないか。フリーマーケットで大量に他人の要らんものを買い込むようなお前を知ってる俺としちゃあ驚きだ」
 ハルヒはふんと鼻を鳴らすと、
「そんなんじゃないわよ。……だったら、あんたはどうなの? 欲しい?」
「いらねえな」
「なんで?」
 なんで……と言われても、それは俺に必要のないものだし、そんなもんが俺に付加されちまったら俺じゃなくなっちまう。だからいらないのさ。
 ふうん、とハルヒは呟き、あたしはね、と自分の理由を語り出した。
「さっきの出来事もそうだけどね、こんな人いなくなっちゃえばいいって思うようなことがあっても、その人を消すことは間違ってるってあたしは理解してる。だけど、そんな能力をもったあたしがそう思っちゃえばその人は消えちゃうのよ。だって、消えないでほしいっていうのはあたしにとって嘘でしかないんだもん。つまり何が言いたいのかって言えばね、あたしは人が自分を好きでいるためには、自分に嘘をつくのも大切なことなんだって思うの。だから、嘘がつけなくなるようなそんな能力なんていらないってわけ」
「……へえ」
「なによ?」
 自分から聞いといて興味なさそうじゃないとハルヒに言われてしまったが、俺はハルヒの言葉に素直に感嘆していたのだ。



 ……そして、一つ気になったことがある。
 灰色の、憂鬱な空。――閉鎖空間。
 ハルヒがそんな無人の世界を作っちまうのは……その能力で、誰かを消してしまわないようにするためなのだろうか。
「……やっぱり、お前はハルヒなんだな」
 ハルヒはお手を求められたときの野良犬くらい何言ってんだといった表情を浮かべているが、これは褒めてるんだぜ。他の奴がこの台詞を言うときは決まってハルヒの素行に辟易してるときだが、俺のこの台詞には、やっぱりハルヒって奴は誰よりも常識的で、人のことを考えることが出来るやつなんだなって意味がこもっている。
 それに、自分に嘘をつくってのも大事だって言ってくれるとさ……俺も、今までの自分を肯定できる気がするよ。



 俺とハルヒがそんなやり取りを交わしていると、
「もう少しゆっくりしていたいけれど……規定事項はまだ終わりではありません。涼宮さんも元の時間平面に帰らなければなりませんし、それに、キョンくんたちとはあとでまた文芸部室で話すことだってありありますから」
 そして朝比奈さん(大)は面をハルヒへと向けると、
「……そろそろお別れの時間です。そして涼宮さんが元の時空に回帰する際、ここでの記憶を行動以前のものに戻さなければなりません。……ですが、涼宮さんが今回体験したことは世界の歴史として残ります。そして、それは少なからずこれからのあなたの未来に影響を及ぼしてしまうの。それは、中学生の涼宮さんに辛い体験をさせてしまうことでもあります。だけど――」
「……みんなが待っててくれるんでしょ?」
 ハルヒは申しわけなさそうに言葉を繋げる朝比奈さん(大)を遮り、
「高校生になったら、あたしがみんなを集めてSOS団を作るんだって聞いたもん。あなたたちにまた会えるのなら、あたしは何だって我慢出来る。朝倉って人との約束だってあるし、どんなことがあってもへっちゃらよ」
 ……ごめんなさい、と言う大人の朝比奈さんに「それより、聞きたいことがあるんだけど」とハルヒは尋ね、「もしかして……あたしには、どんな願いでも叶える力があるの?」
 不安げな少女に対し、教師風お姉さんはどうぞ安心してくださいと言わんばかりの笑顔を作り、
「今の涼宮さんにその力は生まれていません。その力は、あなたが元の時空で普通に過ごすようになって発生しますから」
「そうなんだ。……よかった」
 よかったというのはどういった意味だろうか? と俺が疑問に思ったのと同時に、
「あなたに渡しておくものがある」
 長門がいつの間にか俺の傍に立っていて、何か俺に渡すと言ってきた。なんだろう。
「涼宮ハルヒの状態を修正するプログラム。あちらの時空間であなたが涼宮ハルヒに使用し、それによって涼宮ハルヒの世界への復帰を図る」
 すると長門の手に握られていたメガネがぐにゃりと変形し、別のモノへと変化した。それがどんな物体なのかを伝えるのに詳しい描写は必要ない。
「……針か?」
 あえていうなら一般的なまち針程度の長さと細さの針だ。長門はそれを俺の手のひらにスッと落とし、
「先端にプログラムを塗布してある。今回は射出装置を必要としないと判断したため、この姿で創出した」
「…………」
 なんというか……まあ、出来すぎている感も否めないな。
「眠り姫……ね」
 俺はそう呟き、長門特製針は制服の衿下に刺して携帯することにした。
 そんな俺の行動を確認した朝比奈さん(大)は、
「では、これからみゆきと一緒に過去の公園へと向かって下さい。みゆきちゃん、またお願いするね」
 朝比奈みゆきの元気な返事の声が上がり、俺とハルヒは活発な少女の後に続く。




「ちょっと待って下さい」
 ――と、急に声を出したのは古泉だ。古泉は歩き出した俺たちを呼び止めると、
「すみません。実は、今でなければ言えないことがありましてね。……涼宮さん。不躾なお願いかもしれませんが、あなたの能力で僕の願いを一つ叶えていただきたい。その僕の夢は、今この期を逃してしまえば実現することなどありえないのです」
「え……?」
 古泉のイキナリな頼み事に、中学生のハルヒは微量の困惑を覗かせた。
「古泉? 何言ってんだ。お前らしくもない」
 謙譲礼節の塊のような奴がえらく独善的な理由で主張している。ハルヒに願い事を叶えて貰おうなんざ、俺は自分でも驚く程考えやしなかったというのに。
 呆れた表情を隠さない俺に古泉はイタズラな笑みを向け、
「むしろ、これは僕らしさを得るための願い事なのですよ。……では涼宮さん。どうか、これから話す僕の願いをお聞き届け下さい」   
 そう言うと、古泉はまるで主君から仕事を仰せつかった時の執事のように片手を胸元に吊り下げて頭を垂れ……粛々と言葉を連ねていった。



「――もし、あなたの心が憂鬱に染まり、あなたの世界が閉じられるようなことが起こってしまったとき……僕、そして僕と志を等しくする者たちにそれを打ち砕く力を与え、そこからあなたを救い出す騎士の役割をお与えください。……それがあなたに望む、僕の願いです」
 ハルヒはキョトンと、
「……正義のヒーローってところ? よく分かんないけど……わかった。頑張ってみる」
 という話が掴めない場合の常套句で古泉に返事をしていたが……何となく、俺には古泉の行動の意味が掴めていた。



 古泉の超能力集団。それに属する人たちはみんな、子供の頃の古泉と同じ夢を持っていたのだ。
 そしてこの古泉の言葉によってハルヒがそれを叶え、そして生まれたのが……『機関』というところだろう。
「……お前がナイトなら、ルークは長門、ビショップは朝比奈さん、ポーンは俺ってところだな」
 何人分もの雑用を下っ端として受ける俺はまさにポーンだ。
「ふふ。そういうことになるでしょうね。ですが、クイーンの傍に座すのはあなたの役目ですよ」
 古泉は俺のワニ目から逃れるようにハルヒへと向き返し、 
「お引止めして申しわけありませんでした。それでは、三年後にまた会えるのを楽しみにしています。……お元気で」
 こちらこそ、とハルヒは古泉の差し出した手を握り、そしてその二人の握手を最後に、俺とハルヒは朝比奈みゆきの運転するカメ型TPDDに乗って時の止まった公園へと向かったのだった。 




「ところでさ、あんたには何か願い事ないの? 聞くだけならしてあげてもいいけど」
 公園に着いてすぐハルヒがこう言ってきたので、俺は「庭付き一戸建てが欲しい」などとは言わず、
「そうだな。俺が子供の頃には宇宙人や未来人や超能力者と遊びたいって思ってたんだが……今はお前に、俺たちとまた会える日がくるまで待ってて欲しいって望む位しかないな。だから、それをお願いするよ」
 夢がないとハルヒに言われてしまったが、俺にはそれで十分過ぎる程なのだ。
「まあいいけど」とハルヒは「じゃあ……今度はあたしの願いを聞いてもらう番よね」とか言い出した。別に構やしないのだが、俺がハルヒの願いを聞いたところで、何にも…………。
「ん、そうだな。是非聞かせてくれ」
 そういえば、それが異世界の問題の答えに繋がるかもしれないんだった。これを聞かないわけにはいかないだろう。
 するとハルヒは、不意に、どういった顔をしたらいいのか分からないときに作る仏頂面を浮かべ、
「――あたしね、やっぱり今日の出来事って夢だったんだって思うの。そしてあたしは今から目覚めることになるんだけど……白雪姫や眠り姫が起きるためにはさ、必要なことがあるじゃない? だから……」
 ボッという音が聞こえた気がする。明らかにハルヒは顔を真っ赤にして、うつむき加減にボソボソと、
「……キス」
 と言ったがちょっと待て。ここでそうなると、俺は元の時間に戻ってからも強制的にそれをやらされるハメになっちまうんだ。俺はその強制的というのが好かん。っていうか、突然何を言い出してるんだよお前は。……マジなのか?
 と、眼前のハルヒは慌てふためくという言葉をあらん限り体現しながら、
「――ち、違うわよっ! お別れするときの単なる欧米的挨拶よ! それに、あたしを思いっきり抱き締めてきたあんたにも責任あるんだからね!」
「な、」
 ……見に覚えがないわけではない。思い返せば、朝倉からハルヒを守るときに無我夢中でそんな行為に及んじまったような気がする。
 いや待て。だからってキスはないだろう。それはハルヒの言う無茶とはまた別系統の無茶だ。そういうのを言い合う関係がなんだか知ってるか? 教えてやる。爽やかカップルだ。
「あのな、俺は帰ったらまたお前と顔を合わすんだぞ。もしかして、俺を混乱させるのが目的なのか?」
 ぐ、っとハルヒは言いよどむと、 
「だって……また会える保障なんてないじゃない……。それに、あたしに能力が生まれちゃったら……キョンを……」
「俺を、なんだ?」
「う……。何でもないわよっ、馬鹿キョン!」
 それっきり、ハルヒは開き直ったようにプイとそっぽを向いてしまった。
 それをどうにかしようにも俺にはハルヒの言っていることが殆ど理解出来ないので、対処の方法など見つかりやしない。何処かにハルヒの言動に潜む謎を解き明かしてくれるやつが居ないか探さないとな。もちろん無償で。


 だが。


 目の前でぶすくれているハルヒが、この公園で最初に見つけた時とは明らかに違うというのは俺の目から見ても明らかだ。
 どう違うのか、というより……このハルヒこそ、俺の知っているハルヒなんだよな。
「……ハルヒ」
 俺の呼びかけに、ハルヒは不機嫌そうに横目で俺を見る。
「お前は静かにしてるより、そうやってる方が可愛らしいぞ」
「へ?」
 俺はハルヒへと歩み寄り、目の前の、いつぞやの閉鎖空間のときよりも小柄な肩に手を掛ける。状況が飲み込めていないハルヒは、自分の肩に置かれた手、そして目前の俺の顔という順番で視線を移動させ、何かを言いたいが声にすることが叶わないといった様子で俺を見つめる。俺はそんなハルヒに、
「そろそろお別れだ。今日は色々とすまなかったな、なにぶん急な呼び出しだったし、お前を危険な目にだってあわせちまった。けど安心してくれ。俺たちはまた絶対に会える。なんなら、今からその約束をしたっていいくらいだ。……だからハルヒ。少しだけ目をつむってくれないか」
「あ……」
 恐る恐る俺の話を聞いていたハルヒは、俺の瞳を見つめると体中の力を抜き、緩やかにその目を閉じた。
 俺はそれを確認すると、制服に忍ばせておいた針を無音で取り出し、
「……すまないな。眠り姫は閉ざされた城の中で目覚めるんだ。お前には、高校に入ってすぐそのときがやってくる。そして俺はかならずそこに行くから――それが約束だ。……またな、ハルヒ」
 そして俺は長門特製針をハルヒの手の甲につけ、見た目的にも眠り姫となった少女を公園のベンチへと寝かせた。俺はその幼い顔に七夕での出来事を想起しながら……みんなの待つ、俺の世界へと帰還した。




「どうです? お別れのキス位は済ませてきたのではないですか?」
 帰還した直後、早速古泉の奴が何か言ってきた。なんのことかなあ。
「……もしやとは思いますが」
「するか。ハルヒだって言っても妹とたいして変わりゃしない年頃だし、それは違うだろ」
 と言いながらも自分から古泉に意味ありげな反応をしてしまった手前、先程のハルヒとのやり取りをおおよそで説明してやった。すると古泉は健やかな笑顔を浮かべ、
「なるほど。つまり、あなたは涼宮さんに魔法をかけてしまったと」
「かけてない」
「いえ、身も蓋もない言い方であれば後催眠暗示のことです。以前閉鎖空間が世界と取り変わろうとした際、あなたは物語におけるお姫様の逸話になぞらえてそれを回避しましたね。しかし、何故その行為が突破口になり得たのか。それは先程のあなたが中学生の涼宮さんと約束をしたからで、それがあったからこそ王子のキスによって世界が開かれたのですよ」
「…………」
 古泉の話を聞き、俺は谷口の話を思い出す。
 あのハルヒは俺と再会する約束をしたが、世界が動き出したとき、ハルヒは約束した相手を忘れている。つまり、俺を知らないのだ。
 だからあいつは誰かと会う約束をしているような気がしてもその相手が誰だかわからず、そのため、やってくる男たちを断らなかったのではないだろうか。この予測にもとづくならば、東中の眠り姫伝説もあながち間違いではなかったということになる。そして……、
「古泉。俺たちの世界のハルヒなんだが……本当に、宇宙人や未来人や超能力者の存在を知らないままで良いと思うか? なんてったって、それはハルヒの願いに違いないんだ。俺たちの都合でそれを叶えないってのは……ちょっと考えることだと思ったんだが、な」
 俺は冗談など飛ばしていないにも関わらず古泉は何故か可笑しそうに、
「それは違いますよ。それらの存在と出会いたいというのはあなたの願望であり、涼宮さんが探していたのは、実は別の者たちだったのですから」
「どういうことだ?」
「中学生の涼宮さんが七夕の日に願ったことですが、あれは妙だとは思いませんか? あの願いを織姫や彦星に伝えたとして、涼宮さんは何を得るつもりだったのでしょう。それ以前に、願い事としても成立していません」
「……そう言われれば、不思議だな」
 そして古泉は人差し指を空へ立てると、
「涼宮さんの願い。それは早く迎えに来て欲しいということであり、その相手とは、織姫や彦星、ましてや宇宙人でも未来人でも超能力者でもなく……王子であるあなたであり、長門さん、朝比奈みくるさん、そして僕だったのです。ですから、涼宮さんの願いは既に叶っているのですよ」
「ん……」
 そうなると、中学でのハルヒの行動にも合点がいく気がする。
 つまりあいつは俺たちと再開する日まで待っていられず、俺たちをずっと探し求めていたのだ。
 そして見つからない相手、また会おうと約束した俺たちに対し……ハルヒはあの七夕の日、メッセージを送った。



『――私は、ここにいる』



「……じゃあ、ハルヒが中学時代、不思議を探して一人になっちまうのは……」
「ええ、僕たちのせいでしょうね。だから我々は責任を取らなければならない。僕たちとの出会いによって、彼女に望まぬ力を与えてしまったこと。そして、涼宮さんに孤独な時期を過ごさせてしまったことにね。そのためにやることは、いまさら言うまでもないでしょう」
「そうだな。……ところで古泉。俺さ、それにあたってSOS団の名前を変えようかと思うんだ」
「名称を……ですか?」
 それはいかに、と聞く古泉に俺は言ってやった。


「――世界を大いに盛り上げる、涼宮ハルヒのための団。ってのはどうだ?」



 実に結構かと、と古泉は笑顔を振りまきながら俺に同意し、あとは何かに満足したような面を浮かべていた。そんな目で俺を見るんじゃない、と言おうかと思ったが、俺はそれに気付かない振りをすることにした。




 ――ここで思うことがある。
 俺とハルヒとの出会いは、実のところ北校に入る前から始まっていたのだ。
 ボーイミーツガールの物語。俺にとってそれは公園での憂鬱なハルヒとの出会いから始まり、先程の約束がアンドグッバイの部分にあたる。……そして、北校でアゲインを迎えるってわけさ。

 

 そう。
 こうして俺たちは出会っちまった。
 しみじみと思う。この出会いは…………


 ――運命だと信じたい、と。


第十四章


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