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「おいキョン。お前、酒なんか飲んでんのかよ?」
 その声は、俺がコンビニで立ち読みをしている時に聞こえてきた。
 振り向くまでもない、顔を上げてみると雑誌棚の奥にあるガラスには見慣れた谷口と国木田の顔が写っている。
 面倒なので読みかけの雑誌に目を戻しながら、俺は適当に返答しておいた。
 人聞きの悪いことを言うな、第一なんでそう思ったんだ。
「だってお前。その本に酒にあう男の簡単料理って書いてあるじゃねーか」
 谷口が言うように、俺が見ている雑誌には焼くだけ煮るだけといった独身男性でも手が出せそうな簡単なレシピが、
画像付きでいくつも掲載されている。しかし、実際にそれなりの味に作ろうと思ったらこのレシピと解説じゃ無理だと
思うんだがな。
 料理の本が見たかったんだよ、今日は家に俺しかいないんだ。
「それで料理の本を読んでるって事は、自炊するつもりなの?」
 そうなるな。
 無理だろ、と言いたげな顔で目を細める谷口と、偉いね~とコメントしそうな国木田の顔が並ぶ。
「へ、まあせいぜい頑張ってくれ。俺としてはコンビニ弁当を買うってのをお勧めするけどな」
 ありがとうよ。
「頑張ってね、上手くできたら今度僕にも教えてよ」
 あいよ。
 適当な返事で友人を送り出し、再び雑誌へと意識を戻す。
 確か冷蔵庫には朝パンに乗せたチーズがあったよな、適当に済ませるなら何も買わないでも済むがたまには
凝った料理を作るっての悪くない。
 俺は雑誌を閉じてラックへと戻し出口へと向かった。ちょうど俺と入れ違いに入ってくる客の顔を見て思わず足を
止める。
 長門。
「……」
 夕方のコンビニの入り口、制服姿の宇宙人がそこに居た。

 先に俺を通すつもりなのか、長門は外に立って待っている。急いで外へ出て、邪魔にならない位置で話しかけてみた。
 夕飯の買出しか?
「そう」
 そういえば、前にマンションの前ですれ違った時このコンビニの袋を持ってたっけな。
 店の中に入って行く長門の姿を見ていると、まっすぐ弁当コーナーへと向かい何故かしばらく固まっている。
 あいつの好きなコンビニ弁当ってのはどんなのだろうね。
 軽い興味もあって俺は入り口で待ってみることにした。
 ――数分後。
 よう、早かったな。
 無言の長門が持つ袋は弁当の形に膨らんでおらず、何か小さな物がいくつか入っているようだった。
 あれ? 今日は弁当じゃないのか?
「売り切れ」
 そうか、この時間帯は競争が激しいからな。……中身、見てもいいか?
 肯き、差し出された袋の中に入っていたのは――おにぎりが二つだけ。
 これだけで足りるのか?
「大丈夫」
 普段の長門の旺盛な食欲を見ていると、これだけでは足りない気がしてならないんだが……。
 俺の心配をよそに立ち去ろうとした長門へ、俺は何故かこんな言葉をかけていた。
 長門、よかったらなんだが――。


 まあ、気軽にあがってくれ。
 素直に肯く長門。
 いつになく静かな我が家に、俺と長門の歩く足音が響いている。
 今日は家に誰も居ないから一緒に夕飯を食べないか? そんな俺の誘いに長門は素直についてきた。
 あのマンションで一人おにぎりを食べる長門の姿に同情したとかじゃなく、まあ自分の事だが気まぐれって奴だと思う。
 さっそくビニール袋から出され、テーブルに置かれるおにぎりが二つ。


 ……ハルヒ達に知られると色々と面倒だから隠してきたが、まあ、長門なら見せてもいいか。
 さっそく包装のビニールを開こうとしていた長門の手を、俺は止めた。
 なあ、どうせならちょっと料理してもいいか?
「……」
 無言のまま肯いて同意する長門から俺はおにぎりを受け取る。
 シーチキンマヨネーズと鮭か、無難な選択だな。
 俺はまず、鮭の方から取り掛かる事にした。
 

 まず、おにぎりから鮭を取り出し、海苔とご飯も別々に分ける。ああ、ただ待ってるだけってのもつまらないよな。
 長門。この海苔をできるだけ細かくちぎってもらっていいか? 頼んだ。
 肯く長門に海苔を渡して、俺は戸棚から小さめの耐熱陶器で出来た深皿を取り出した。
 深皿の中に水を半分くらいまで入れて、レンジで1分加熱、その間に朝食用のコーンスープを取り出しておく。
 冷蔵庫からとろけるチーズを出した所でレンジが加熱終了を伝えてきた、いいねタイミングはばっちりだ。
 深皿の中へコーンスープを半分ほど入れて混ぜ、おにぎりのご飯を解しながら沈める。その上にとろけるチーズを
表面が見えなくなるくらいまでかぶせて、ケチャップで斜線を引く。最後に長門が小さくしてくれた海苔を散らして
オーブントースターの中へ、W数にもよるがだいたい5分で完成だ。


 さて、もう一つはシーチキンマヨネーズだったな。
 俺は鮭と同じようにおにぎりを分解し、やはり海苔は長門に任せる事にした。
 まずは換気扇のスイッチを入れ、フライパンに薄く油を引き過熱しておく。
 その間にご飯とシーチキンにマヨネーズをスプーン一杯程足しつつ混ぜ合わせる。具材に彩が欲しいな……まあ
適当でいいか。俺は冷蔵庫から卵を一つ取り出すと、それをマグカップに割って中にマヨネーズを少し入れた。
 箸で適当に混ぜながらフライパンの様子を見ていると、白い煙があがってくる。
 よしよし、いい感じだ。
 熱せられたフライパンの上に卵を注ぎ、手早く箸で散らすように混ぜていく。お手軽なスクランブルエッグの出来上がり
だ。まあ、このまま食べはしないんだが。
 フライパンの上に小さく散った卵にかぶさるように、先に混ぜておいたご飯とシーチキンを投入する。
 手早く返しながら菜箸で混ぜ合わせ、適当に火が通った所で火を止めた。
 長門、その棚の一番上にある皿を取ってくれ――そう、その白いのだ。
 皿の上にフライパンの中身を移し変え、表面に軽く塩コショウを振ってから海苔を散らす。
 やがて後ろから聞こえてきたオーブンの音が、夕食の完成を知らせていた。


 妹用の小さなスプーンを使って黙々と食べ続ける長門と、それを見る俺。
 美味いか。
 首肯。
 ……そんなに急いで食べなくてもいいぞ?  
 首肯。
 水、おかわりいるか?
 差し出される空のコップ。これだけ美味そうに食ってもらえると嬉しいもんだな。
 皿の中身が殆ど無くなった所で、突然長門は動きを止めた。
 どうした? 卵の殻でも入ってたのか?
 皿に視線を落としながら、長門は呟く。
「……貴方の分まで食べてしまった」
 ああ、そんな事か。気にせず食べてくれていいぞ、お前の食材で作ったんだし元々一人分の食材だったんだ。俺は
後で何か適当に食べるよ。
「でも」
 全部食べてしまうのが躊躇われるのか、長門の手は動こうとしない。
 じゃあ一口だけもらっていいか?
 面倒なのでそのまま口を開ける俺を見て長門はしばらく固まっていたが、やがておずおずとスプーンを差し入れて
きた。ん、味見はしたが今日のは上出来だな。
「ご馳走様。凄く、美味しかった」
 いえいえ、お粗末さまでした。
 俺は何が入っていたのか鑑識でもわからないほど綺麗になった空の皿を受け取り、シンクの中に置いた。


「今日のお礼がしたい」
 玄関まで見送りに来た俺に、長門はそんな事を言ってきた。
 まあ、長門がそうしたいのなら。
「でも、どうしたらいいのかわからない」
 僅かに顔を伏せながら、長門は小さく呟く。
 たかが夕飯くらいそんなに気にしなくていいぞ? 俺はいつもお前の世話になってるんだし。
 そう俺が言っても、長門は首を立てにふらずじっと俺の目を見ている。さて、困ったな……。
 しばらく考えていると、簡単な答えがでた。この世は全て、等価交換って奴だ。
 じゃあ長門、今度夕飯をご馳走してくれ。
 俺の提案にしばらく硬直した後、長門は肯いて我が家を後にした。
 一人になった家の中は静かだったが、俺の足取りは軽い。
 さて、どんな料理を食べさせてもらえるんだろうね? そんな期待に胸を膨らませつつ、俺は洗物をする為に
台所へと戻って行った。

 ――それが、俺と長門の料理教室の始まりだった事を、その時の俺は知らなかった――。


 簡単でおいしい!おかずレシピ「キョンの夕食」 1食目 終わり

 

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