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 それは、ある晴れた休日の事だった。
 本来であればのんびりと体と心を休めるべくつくられた魂の安息日であるはずの日曜日、何故か俺は学校に居た。
 学校と言ってもあの古臭い北高ではなく、今俺が居るのは小奇麗で広いキャンパスだったりする。
「キョン、そろそろ校舎の中へ移動するみたいだよ」
 ああ、わかった。
 事の始まりは先月行われた学力テストだった。公開された結果にまあこんなもんだろうと思った俺なのだが、
本人以上に危機感を感じている奴がいたらしい。わかりやすく言えば校長だ。
「一向に生徒の学力が向上しないのは何故か? それは目標がないからである」
 そう全校集会で必死に訴えてきた校長の独断と僅かなコネによって、本日俺達は休日返上で県内でも1.2を
争う有名大学のオープンキャンパスに参加させられていた。
 どう考えても行ける見込みのない大学を見学させる事になんの意味があるんだろうね? まったく。 


 私服の生徒の中で制服歩くってのは何か変な感じだな。
「そう? 僕は結構楽しいけど」
 隣を歩く国木田は楽しそうに校内の様子を見ている。そうだな、お前の成績ならここも狙えなくはないもんな。
 大学側の受け入れ人数の関係で、今回参加した生徒は無作為に選ばれた30名だけ。
 その中で俺の顔見知りといえば国木田だけだった。まあ、ハルヒが居なかっただけ楽ができそうだな。
「キョンもここを狙ってるの?」
 も、と来たか。生憎だが俺がここに通う可能性があるとすれば用務員か自販機の詰め替えくらいのもんさ。
「谷口もキョンも、ちゃんと勉強すれば成績もあがると思うんだけどな」
 へいへい、ありがとうよ。
 本気で心配そうな視線を向ける国木田には悪いが、どうにも勉強するって気にならないんだよ。
 やる気も疎らな生徒の群れは、やがて一つの講義室の中へと入っていった。
 階段状に並んだ机の列と、その先に見える教壇。なるほど、いかにも大学って感じじゃないか。見れば各机には
PC用のモジュラージャックと3つ口のコンセントまで準備されている。北高の教師には、まずこの設備面って
所から改革していってもらえないかね。
「前から詰めろー、後ろにばっかり座るなー」
 ハンドボール馬鹿の岡部の声が講義室に響き渡る、恥ずかしいからやめてくれ? 他の生徒も同じ思いなのか
急いで手近な席へと座って行く。歩くのが遅かった俺は後ろの席に座る事ができず、最悪な事に最前列の中央に
追いやられてしまった。
 ええいくそう、こんな目立つ席で寝たりでもしたら後でどうなる事やら……。
 俺達が席に着いたのを見計らって、教壇の横に居た大学の案内係らしい人が声をあげる。
「では、みなさんにはこれから模擬授業を受けていただきます」
 声もなく講義室に不満が広まるのを感じる、俺もそうした。
 ……やっぱりか、教室を見るだけじゃなくて座らされた時点で覚悟はしていたが。
「何か質問があれば挙手をし、その都度講師に聞いて下さい。では、先生。お願いします」
 案内係の人と入れ替わりに誰かが講義室に入ってくる。
 声もなく講義室に歓声があがるのを感じる、が、俺はそうしなかった。何故かって?
 長い栗色の髪、世の男性の95%は目を向けずにはいられないであろう魅惑的なスタイル、そしてそのスタイル
に負けない魅惑のロリータフェイス。
 講義室内の視線(岡部含む)を一身に浴びて教壇に立つその人は、紛れもない朝比奈さん(大)だった。


「みなさんはじめまして、本日講師を担当させて頂きます朝比奈みくるといいます。ここでは授業の大まかな流れ
をご説明していきますので、わからない事があったら手をあげてくださいね」
 えっと、何故貴女がここに居るんですか? 俺はさっそく手を挙げてそう聞きたかった。やらないけどな。
 目の前に居る俺を気にしないまま、朝比奈さん(大)は――ああ、ここにいつもの朝比奈さんは居ないから
(大)はつけなくてもいいか――授業の流れ、この大学の教育方針何かをすらすらと話していく。
 講義室の誰もが手をあげて質問したそうだったが、朝比奈さんの講義を邪魔したくないのか誰一人手を上げようと
はしなかった。まあ、気持ちはわかるぜ。
 結局誰一人質問をしないまま時間は過ぎていき、小さなベルが鳴ったのに合わせて朝比奈さんは講義室全体を見まわし
最後に俺を一瞬見てからこう締めくくった。
「以上で私からの説明を終わります。最後に一つ個人的な事をお話します。みなさんが過ごしている時間はこれからも
ずっと続いていく物です。そして、どんな事をしても遡る事も止める事もできない物でもあります。勉強も大切ですが、
どうか今自分が居るその時間を大切に、素敵な思い出を作っていってくださいね」
 大学の講師としてそのセリフはどうなんですか? と俺は少し思ったが、講義室の空気は一方的な感動で包まれて
いる。そんな生徒の中で一人苦笑いを浮かべていた俺に、朝比奈さんは最後までリアクションをする事なく講義室から
出て行ってしまった。


 午前の部は朝比奈さんの講義で終了し、食事の時間になった。
 食堂の一角を占領した北高生の話題はもちろん朝比奈さん一色だったのは言うまでもない。
「ねえキョン、さっきの先生って2年の朝比奈さんに似てたよね? 名前まで一緒って事は親戚とかなのかな」
 そうかもしれないな。
 まあ、ここで否定するのも返って怪しまれる気がするから肯定しておこう。
 国木田と同じ事を言っている生徒は他にも何人か居た。なんせハルヒの奴が朝比奈さんを巻き込んで色々やったし、
映画まで撮ってしまったからなあ……。そうでなくても目立つ外見をしていらっしゃるし。
 さて、これはどんな前振りなんだろうな? と俺が不安に思い始めると、それを待っていたかの様にポケットの中で
携帯が振動を始めた。相手は……
「おいキョン! 今日のオープンキャンパスで2年の朝比奈さんを大人っぽくバージョンアップさせた講師が居たって
本当か?」
 お前もか谷口。じゃない、お前かよ谷口。
 まあいい、確かに美人だったし似てたよ。まだ校舎内だから切るぞ。
「な! おいちょっとま プツ
 俺は問答無用で電源を切り、ポケットに携帯を押し込んだ。
 すぐさま振動を始める携帯を顔をしかめつつ取り出すと、表面のパネルには谷口の名前ではなく見慣れない数字が
並んでいる。
 誰だ……まさか岡部? ともかく出てみるか。
 受話ボタンを押して携帯を耳に当てると聞こえて来たのは……。


 やっぱり、貴女は朝比奈さんなんですね。
「さっきは無視してしまってごめんなさい」
 来客用の応接室の中。俺の対面に座る朝比奈さんはいたずらっこの様な笑みを浮かべている。
 それで。どうして朝比奈さんはここに? またどこかへ連れて行かれるんですか?
「え?」
 驚いた顔で固まる朝比奈さん。え、違うんですか?
「私が今ここに居るのは、キョン君にお願いがあったからじゃないんです。そうですね、キョン君なら信用できる
からお話しますね」
 足を組みかえてから、朝比奈さんは少し小さな声で話始めた。
「私達は過去の時間で行動する時、万一何か不測の事態が起きた時の為にその時代で仮の立場を作ります。その時代に
居る時間が短期間の場合は殆ど何もしないんですが、涼宮さんの場合は他に例がない程に長期間の行動になります。
ですから、TPDDに不具合が出た場合や未来との通信が出来なくなった時の為に私に用意されたこの時代における立場は
当大学の非常勤講師。と言っても、この時代に影響を与える事は出来ませんから、年に何回か大学に顔を出すだけの
形ばかりの講師なんです」
 なんていうか、その。今のって俺に言って良かったんですか? って俺が心配するのも何なんですが、いつもなら
禁則事項ですとか言われそうなセリフばっかりでしたよ?
 俺の心配をよそに朝比奈さんは微笑む。
「ご心配なく。今の私はキョン君が見てきた私の中で一番時代が遠い私、権限も増えて偉くなったんですよ? 
それと、実はこの時代に居る私が夏休みで体験した事をきっかけにこの制度はできあがったんです。あの時は……
いえ、あの時もそしてこれからも、いつも私の事を助けてくれて本当にありがとう」
 ……これからもって事は、つまりまだまだハルヒの暴走は止まらないって事なんですか。
 あ、と口を開いて朝比奈さんが固まる。
 なんていうか、そのドジっ子な所はいつになっても変わらないんですね。
「もう!」
 その怒った顔も素敵ですよ?
「大人をからかうのはダメですよ。……あまり長く一緒に居ると怪しまれちゃいますね、そろそろ戻りましょうか」
 何故だろう、そう言いながらも朝比奈さんは一向に立ち上がろうとせず、やけに寂しそうな顔で俺を見つめている。
 俺の顔を見て何か過去の出来事でも思い出しているのだろうか? 
「……今日の案内を受け持ってよかった」
 じっと見つめてくる朝比奈さんの顔が近付いてきて、大人の匂いが俺を包む。そのまま動けないでいる俺の顔に
触れる程に近寄ったところでしばらく留まった後、名残惜しそうに朝比奈さんは離れていった。
 離れてもまだ見つめてくる朝比奈さんに、俺は動く事も口を開く事もできないでいる。
 そんな俺を見て笑顔を浮かべると、すっと朝比奈さんは立ち上がった。
「それじゃあ、また」
 また、という所に含みを残して、朝比奈さんは応接室を出て行っても俺は立ち上がる事すらできないでいる。
 普段の朝比奈さんともこれまでの朝比奈さんともまるで違う大人の雰囲気に、俺は完全にのまれていたのさ。
 今頃になって心臓は早鐘のように動き出し、俺は自分がずっと息をしていなかった事を知った。
 おいおい、今の朝比奈さんはいったい何歳なんだ? あれはどう考えても十代の色気じゃないぞ?
 ……ってそういえば大学の講師って事はえっと、最低でも24歳? 見た感じ教育期間中って訳でもないみたい
だったしもう少し上か。もしかして三十路以上?……だめだ、わからん。
 妖精の年齢を考えるなんて、元々無理な事なのかもな。


「あれ、キョンどこに行ってたの?」
 オープンキャンパスもどうやらちょうど終了した所らしい、俺が北高生の所へ戻った時にはすでに残っていた生徒は
国木田だけだった。
 なあ国木田、ちょっと頼みがあるんだが。
「珍しいね、何?」
 俺に勉強を教えてくれないか?
 絶句して固まる国木田、まあそうだよな。
 でもまあ過去の歴史を遡れば、人の変化と進化には常に女の影がありって言うだろ。
 俺に突然芽生えた向学心が朝比奈さん目当てだからって、なんら恥ずかしい事ではないと思うんだがどうだい?

 「オープンキャンパス」「三十路」 終わり

 

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