夕食の最中、その話を聞いた時に俺が思ったのは時間の流れって奴は残酷だって事と……まあ、それだけか。
 俺が子供の頃、親が避暑と手のかかる子供を無料で開放できる空間を両立させる為によく連れて行ってくれたのが、
山奥にある親戚の家だった。家というよりも屋敷と言った方がいい程の大きさの家屋は、子供の頃は憧れの対象だった
のだが今ではそうだな……主を失ったその家はなんだか寂しそうに見える。
 その日遠い親戚であるその家の主が亡くなったと聞いた俺は、親に連れられて葬式に来ていた。
 喪主の家系が遠方に住んでいる為、今では殆ど交流がなかった我が家に式の手伝いが回ってきたらしい。遠くの親類より
近くの他人って奴か、まあ俺は他人じゃないはずだが。
 正直俺は故人の顔も覚えていない、それでも屋敷の入口に大勢の弔問客が並んでいるのを見て、なんとなく心が落ち着いて
くるのがわかる。
「キョン君、お母さんがお焼香してきなさいって」
 はいよ。
 俺も弔問客の列の後ろに並び、懐かしの屋敷の中へゆっくりと入って行った。
 数分後――ああ、そうだ。そんな顔してたっけな? でも爺さん……俺が子供の時も同じ顔をしてなかったかい?
 真っ白な服と故人の趣味なのか葬儀に使うのは躊躇われるような色とりどりの花で覆われた木棺の中の爺さんは、文句なし
の笑顔だった。
「キョン君、このお爺ちゃん寝てるの?」
 妹がさっそく棺の中の花を取ろうとするのを制しつつ、俺は手を合わせて焼香台に妹を運ぶ。なるほどな、親が期待する
俺の役割ってのがわかってきたぜ。
 親戚同士の大人の付き合いって奴の煩わしさから逃れる為に、焼香を済ませた俺と妹は屋敷の奥には戻らずそのまま中庭へ
と出てみたのだが。
「あ! なんだこいつ?」
 見知らぬ顔、つまりは俺の顔を見た一人のガキが指をさして睨んでいる。
 最近のガキにしては知らない人相手に元気がいいじゃないか。いい事だぞ?
 中庭では、親戚連中がそれぞれ連れてきた子供達が野放しにされていてちょうど花火をしている所だった。年齢はだいたい
どの子も小学校中学年って所だろうか? 手近な位置にあった妹の頭を撫でてやる。
 お前もついでに遊んでもらってこい。
「キョン君は来ないの?」
 俺か? 俺は大人だからお前らが無茶しないように見てるのが仕事なんだよ。
 その時、花火の光が急に大きくなった気がした。何があったんだ? と思って視線を向けると……あぶねえ!
「きゃあ!」
 目の前に飛んできたロケット花火はそのまま不安定に突き進み、屋敷の壁ににぶつかって弾け散った。ほほう、人に向って
飛ばすとはいい度胸だな?
「ばか! へたくそだな~ちゃんと当てろよ?」
 そう言って近くにいた気の弱さそうな子供の頭を叩く奴がいる。なるほど、叩かれてる方が実行犯であいつが主犯か。
 地面にはジュースの空きビンが転がっている所をみると、どうやら瓶を使った説明書の仕様で人を狙いやがったらしい。
 俺はつかつかとそいつに近寄っていった、目の前に来てみれば相手は所詮は子供だ。身長差のせいで俺を睨んで固まっている。
 さて、ここで怒るだの叩くだの謝らせるだのした所で子供は素直になる訳がない。その証拠はここにいる、俺だ。
 こ~ゆ~ガキは、一緒のレベルになって屈伏させるしかないのさ。
 胸を張り、見下ろすような視点で相手を見る。ここでの俺は恐怖の対象じゃなきゃ困るからな。
 なあ、お前度胸はあるか?
「はあ? なんだお前」
 遠くから花火を当てるなんてのは弱い卑怯者のする事だろ? お前に度胸があるなら俺と本気の花火で勝負しないか?
 突然の成り行きに関係ない子供達の視線も釘付けだ、周りの目を気にしてかそいつも引くに引けないらしい。
「よ~し受けてやるよ! 勝負だ!」
 ほほういい度胸だ、でも本当にいいのか? 今なら逃げても恥ずかしくないぞ?
「誰が逃げるか!」
 いい感じにむきになってくれたな、なんとなく誰かに性格が似てる気がするが気のせいだろう。
 俺は花火セットの中に残っていたロケット花火を全部拾って、ガキに半分渡した。ん、これから勝負する相手に
ガキってのも失礼だな。
 お前、名前はなんていうんだ?
「名前を聞くときは先に名乗れよ!」
 なるほど、確かに正論だ。俺の名前は――
「キョン君だよ!」
 いつの間にか花火の輪からはずれ、縁側で同じ年代の女の子達とお手玉をしていた妹の声が響く。
「キョン? なんだその変な名前」
 あだ名をどう言われようと気にならんね。で、お前の名前は。
「一樹だ!」
 ほほう、お前には全く関係ないが……悪いがここは本気でやらせてもらう事にしよう。俺はライターと水の入った
バケツを持って一樹の前に立った。
 最後にチャンスをやろう、逃げるなら今しかないぞ?
「誰が逃げるか!」
 むきになりつつも顔には緊張が見える。
 いい覚悟だ、では勝負の説明をしてやろう。ルールは簡単だ。ロケット花火を手に持って火をつけられるか?
「ば~か、そんなの簡単だ」
 一樹の顔が一気に緩む、甘い実に甘いねえ。
 ただし、火をつけても花火は最後まで手に持ったままだって言ったら……どうだい?
「え」
 一樹の顔から余裕が消える、さあて始めようか。
 俺は先にロケット花火の束から3本を取り出し、それにライターの火を近づける。
 そっちははじめてだ、ハンデをやるよ。俺が先攻でお手本を見せてやる、一樹が俺より多い本数を持ってられたら
一樹の勝ち。それでどうだい?
「お前が持ってられなかったらどうなんだよ?」
 その時も一樹の勝ちでいい。
「いいよ。やって見ろよ?」
 俺は当たり前の様に導火線に火を近づけた、加熱された先端から小さな火花を噴いて音を立てる。周囲の視線が
俺の手元に集中するのがわかる中、導火線の火花はついに花火本体に到達した。刹那。
 噴き出す炎とその反動で飛び出そうとする花火は俺の手で踊りまわっていた、わーきゃーと声をあげる子供達だが
視線は外せないでいるのがわかる。そして数秒後。
 パアン!
 破裂音と共に3本のロケット花火はその場で弾けて役目を終えた。
 火花が消えて、立ち込める煙の演出を楽しみながら俺は一樹を見下ろす。もちろん手には煙を上げるロケット花火が
3本握られたままだ。
 簡単だろ?
「そ、そうだな」
 おいおい、声が震えてるんじゃないか?
「うるさい!」
 一樹はロケット花火の束から――ほほう、何気に堅実じゃないか――4本を取り出して左手にライターを持った。
 しかし利き手じゃないせいかなかなかうまく火がつかないらしい、やれやれ手がかかる奴だな。
 火だけつけてやるよ。
 俺は一樹の足もとにバケツを置いてからライターを受け取った、一樹の持つロケット花火は小さく震えている。
 これ以上脅かすのも大人げないな、俺は一樹の様子に気付かない振りをしてまずライターに火をつけた。
 言っておくが、無理だと思ったらバケツの中に花火を入れるんだぞ。
「そんな事するか!」
 まあいいから聞けって。お前がもし花火を持っている事ができなくて回りの奴にでも当てちまったならそれは
男として最低だ。だから無理だと思ったらすぐにバケツに入れろ。いいな?
 ライターの火を見ながら一樹は肯く。よし、それじゃあ始めよう。
 揺れる炎をそっと導火線へと近づける、一樹の視線を感じながら俺はそっと火をつけてやった。
 静まり返っていた中庭に再び導火線を炎が進むじりじりという音が響きだす、縁側にいる女の子達の視線も釘付けだ。
 導火線はすぐに短くなり、ついに本体に火が到達する。片目を閉じて一樹はその様子を伺っていた。
 そして始まるロケット花火の噴射、花火の火が恐怖に歪む一樹の顔を時折照らしては消えていく。一樹の小さな
手の中で踊る花火は――パアン!音をたててからその短い役目を終えた。
 さて、結果はどうなったかな?
 薄い煙が晴れた先には、何も持っていない一樹と地面に落ちたロケット花火の残骸があった。
 落としたのを拾って誤魔化したりはしないんだな。
「そんな事するか!」
 悪ぶってはいるがそんなに性根は曲がっていないらしいな。俺は残っていた自分のロケット花火を、全部一樹に
押しつけてやった。途端に群がってくる子供達、その中で一樹は照れながらも花火を分けたり、手で持ったら危ない
等と必死に説明して回っていた。自分が怖い思いをしただけあって、その言葉には真剣みが感じられる。あの様子なら、
もう人に向けて花火なんてしないだろうな。
 後は子供の時間だ、大人は退散させてもらおうかね。
 俺は縁側でうつらうつらしていた妹を抱えると、騒がしくなった中庭を後にして屋敷の中へと向かった。


 親戚連中とすでに飲み会を始めていた親はまだ寝るつもりはないらしく、俺は割り当てられた部屋にさっさと
避難させてもらった。身内だと気が大きくなるのか知らないが、未成年だろうがなんだろうがアルコールを飲ませよう
とする大人ってのは本気で手に負えないぜ。まだガキの方が可愛げがある。
 部屋に着いた俺は、熟睡しきってずっしりと重い妹に悲鳴をあげている腕を解放するために一旦妹を畳に下した。
 やれやれ、そういえば制服のままだったんだな。どうりで肩が凝ると思ったよ。
 壁際にかけられたハンガーに上着をかけると、内ポケットがやけに重い事に気づいた。あ、携帯か。バイブにして
自分で入れたんだっけな。着信はなし……と、そういえば充電器を持ってこなかったな、まあどうせ明後日には
帰るんだから別に大丈夫だとは思うけど、一応使わない時は電源を切っておこう。俺は携帯の電源を切ってまた
内ポケットの中へとしまった。
 今日が通夜で明日が本葬……だったか? まあ俺が何かするわけじゃないから適当に子供の相手でもしてれば
いいんだろう。
 ――翌朝、寝ている間に完全復活を果たした妹にいつものごとく叩き起こされ、たまには和食もいいなあと精進料理を
食べ終えた頃、いよいよなくなった爺さんは火葬場に運ばれる事となった。
 朝食の席では二日酔いで故人より死人に近かった大人達は、飲みすぎるから気持ち悪くなるという理論には反対の様で
、なんと火葬の間にまた宴会をするらしい。
 ああ、ちなみにこれは個人が恨まれていたから宴会をするんじゃないぞ? 地方の葬式なんてのはだいたいが
こんな感じなんだ。死者を弔うには残った者が笑顔でいる所を見せるのが大事とか――いいから飲ませろって本音も
見えなくはないが――まあ、そんな理由があるわけさ。
 未成年の俺はさて、どうやって時間を潰そうかね? なんて考えるまでもなかった。
 俺は火葬場には行かず別の場所へ行く事になったのさ。まあ、それについては後で話すとしよう。
「キョン! 早くこっちこっち!」
 へいへい、ちゃんとついて来てるよ。
 俺は肩に食い込んできていたリュックを背負いなおして溜息をつく。
 花火の一件で何故か俺に懐いてしまった一樹を先頭に歩く子供達の群れは、爺さんの屋敷の裏手にある小さな山への
道を移動中である。さて、どこへ連れていかれるのかね?
 子供の頃に通った時とは違って見える山道に目を細めながら、俺は一樹の背中をのんびりと追いかけて行った。


 今朝方の事――。
「キョン! いいところに案内してやるよ!」
 坊主の口上が終わり、神妙な空気の中で霊柩車に棺が載せられる様子を誰もがじっと黙って見守る空気を、一瞬で
ぶち壊しやがったのは朝ぱらからやけにテンションが高い一樹だった。
 あのな、今はちょっと静かに
「もうみんな待ってるんだから早く来いって?」
 と言いながら俺の服を引っ張る一樹を黙らせるには、どうやら説得よりも効果的な方法がある。親戚連中は
そう判断したようだ。その効果的な方法とは――へいへいわかってますよ。俺を生贄に捧げればこの場は
静かになる。俺でもそれくらいの空気は読めるつもりだ。
 じゃあついでに家の子も、あ、私のとこの子も……キョン君はもう大人だし安心して預けられるわね……、俺に
拒否させず自分から承諾させようというこの雰囲気は好きになれないが、親の立場ってものもあるだろう。
 かくして名目上自ら立候補し、満場一致の視線を受けた俺は、本日付けをもって妹一人の担当から親戚連中の
子供一個小隊を統率する事になっちまったのさ。
 30分ほど山に入ると、山道は落ち葉や草木で覆われてアスファルトが見えないほどに埋もれていて、明るかった空は
木の葉に覆われて木漏れ日も殆ど射さなく隙間からしか見えなくなっていた。
 そんなにきつくない傾斜の道は毎日の登下校で鍛えられていた俺は別として、子供達の顔には明らかに疲労が見える。
 先頭をあるく一樹に追いついて顔を覗いてみると、興奮した顔がそこにあった。
 一樹、一回休憩しよう。
「なんだよキョン? もうちょっとなんだってば」
 お前、さっきからそう言ってるぞ? それに女の子も居るんだから無理はするな。
 ふてくされた顔の一樹だが、なんとかついてきている小さな子達の顔を見て無理を言う気はなくなったらしい。
 俺はリュックサックを下ろして一樹に押し付けると、さっそく何が入っているのか袋を開け出す一樹を置いて
そのまま最後尾へと戻って行った。
「休憩するぞー。ジュースがあるからみんなこいよ!」
 一樹の声に子供達の歓声があがり、疲れなど忘れてしまったかのようにジュースめがけて走っていく。  
 さて、俺の記憶ではこの道はもっとでこぼこで舗装もされていない道だったはずだ。なのに今は道幅も広くなっていて、
簡単にだがちゃんと舗装もしてある。
 緩いカーブを描いて登っていく道は、いったい何処へとつながっているのだろうな?


 休憩を終えてペースを上げたせいもあってか、道の終わりに辿り着いたのはそれから10分程経った時の事だった。
「ねえねえキョン君! あれって何? 灯台?」
 その時、服の袖をひっぱって妹が何かはしゃいでらしいのだがよく覚えていない。
 それ程に俺はその光景に驚いていた。
 一樹が案内したその場所にあったのは、森の一角をまるっと伐採して作られた空間と、その中央にそびえ立つ
白い大きな風車だった。風車はすでに廃棄されて時間が経っているらしく表面には蔦や苔が生い茂っていて、見上げる
程の高さに取り付けられた3枚の羽に、動き出す気配は無い。
「キョン! ここが俺の秘密の場所、凄いだろ?」
 得意げな顔で見上げてくる一樹の頭を撫でてやる。 
 ああ、驚いてるよ。
 俺の返事に満足したのか一樹は、笑顔になって子供達の中へと走って行く。
 動かない風車の周りでは、疲れていたはずの子供達が今起きたばかりなのかという程にはしゃぎまわっていた。
「キョン君。あっちに綺麗な赤い花がいっぱい咲いてるんだけど遊びに行ってきていい?」
 そう言って妹が指さす方には、古ぼけた石碑とそれを囲むように咲いた赤い花畑が見えている。
 ああ、あんまり遠くに行くなよ? ……って聞いちゃいない。
 遠ざかっていく妹の背中にため息をつきながら、俺は近くにあった切り株に座って休ませてもらう事にした。
 子供ってのは凄いな、ここはどう考えても遊ぶ目的で作られた場所じゃないんだがそんなのは関係ないらしい。
 男子は松ぼっくりを拾っては風車のどれだけ高い位置に投げられるか競っているようだ、女子は石碑の周りに
咲いた花で花飾りなんて物を作っている。観光地でも携帯ゲームを手放せない子供が多い今の時代で、これだけ
自然を使って遊ぶことができるってのは大切だよな。
「はいこれキョン君の!」
 いつの間にか背後に回り込んできていた妹が、俺の頭に真っ赤な花飾りを乗せてくれた。へいへい、ありがとよ。
 あ、これは彼岸花だな。
「ヒガンバナ?」
 そうだ、食べたら危ない花だから口に入れるなよ? 茎は特にだめだ。
「わかったー!」
 返事だけは素直に残して、妹は子供達の輪の中へ戻っていく。
 子供達はそうして一時間ほど遊んでいたが、昼が近付いた頃には一人また一人と空腹を訴え出した為、何人かは
まだ遊び足りなそうだったが引き上げる事になった。
 やれやれ、お菓子を持ってこなくて正解だったな。
 人数確認を済ませてから、俺達は風車の広場を後にした。帰り道ではやれ何て虫がいただのの、綺麗な蝶を見た
だのの喋りまくる子供相手に生返事を繰り返していたら、上ってるときはあれだけ長く感じた山道があっという間に
麓に辿り着いていたりした。
 屋敷に戻った時には大人達はすでに帰ってきてくれていたので、俺はようやく任務から解放された。ちょうどお盆の
時期だったのもあって、午後はそれぞれの家族で墓参りや親戚回りをするらしいな。
 俺は自由に使える時間を最大限に有効活用するべく、さっそく部屋に戻って昼寝の準備をはじめた。
 

 さて、ここまでだけで考えればこれはただの田舎で体験した思い出話だ。
 明日学校に戻り、みんなにその日の話題として話してしまえば、忘れてしまう。そんなどこにでもある事だった
んだと思う。
 日が落ちた頃ようやく目を覚ました俺が、明日の朝には帰るので自分の荷物を整理していた時、それは屋敷の外から
聞こえてきた。
 騒がしい雰囲気に表へ出てみた俺が見たのは、屋敷の中庭で懐中電灯を片手にうろうろと歩き回る大人達だった。
 そして中庭に隣接した部屋には子供達が集められていて、何故かお通夜の様な顔でじっとしているのが見える。
「あ、キョン君どこにいたの?」
 俺の姿を見つけた妹が手招きしている、どこに居たってずっと部屋で寝てたぞ? それより何かあったのか?
「あのね、男の子達が肝試しに行って帰ってこないの」
 それっていつ頃の話だ?
「えっと……2時間位前」 
 おいおい、まじかよ?
 見れば確かにここには女の子しか居ない、うろ覚えだが男子は6人居たはずだ。
 で、どこへ肝試しに行ったんだ?
「何も言ってなかったよ」
 そうか、まあそうだよな。
 周囲から聞こえてくる話声の内容からして、大人達はどうやら用水路や田んぼ等に落ちてしまったのではないかと
考えているようだ。
 俺にできる事は無いかと聞いてはみたが、どうやら人手は足りているらしく土地勘の無い俺はむしろ邪魔の様で
屋敷に居る様に言われてしまった。
 昼間、俺達が行った山の風車について聞いてみたが、まだ捜索範囲はそこまで広がっていないらしい。
 しかし昼間あれだけ世話をしてやった連中だけに、このまま何もしないで待っているってのも辛いぜ。
 俺は自分の部屋に戻って、ハンガーにかかった制服から携帯を取り出した。
 って俺は誰に何を電話するつもりだったんだ? 今回のは別にハルヒも長門も朝比奈さんも、ああついでに
古泉にも関係ない現実的な問題なんだ。頼るべき相手はこの場合警察だろうし、そっちにはもう連絡がいって
るはずだろう。
 でもまあ、電波も入る事だし携帯は持っていた方がいいな。
 再び外へ出た時に、いよいよ事態は大事になっていた。
 暗い村の道を赤い回転灯を回したパトカーが走り回っていて、屋敷の周りには制服姿の警官の姿まで見える。
 聞いてみた話によればまだ子供達は一人も見つかっていないそうだ、さらに問題なのが――。
 雨、ですか?
「ええ、そうなんです。今夜から明日の朝にかけてまとまった量が降ると予報が出てるんですよ。貴方の話も
ありますし、もし山狩りをするのなら早くしないといけません、その時は是非ご協力をお願いします」
 はきはきと喋るお爺さん警官から事情を聞いた俺は思わず空を見上げたが、そこには厚い雲があるだけで
星一つ見つける事はできず――嘘だろ?――俺の額を濡らした雨は、ゆっくりとその勢いを増していった。
 

 部屋の中を暗い雰囲気が包む。
 無情にも降り出した大雨のせいで子供達の捜索は一旦中断せざるをえなくなり、今はそれぞれの親達が
できる範囲で外を見回っているはずだ。
 屋根を叩く雨の音がやけに大きく聞こえる。
 誰もが口を開けない雰囲気の中で、待ちくたびれた女の子達は身を寄せ合って寝息を立てている。そして
残された親達は眠れぬ夜を過ごす事になるんだろう。
 子供の頃の俺は、こんなピンチには正義の味方や超能力者なんかが突然現れて何もかも解決してくれると
本気で信じていた。だけど現実って奴はやっぱりこんなもんだよな。
 ただの人間しか居ないこの世界で、奇跡なんて願ったって叶う訳はない。そんな期待よりも警察の様な
専門家に任せた方がずっと可能性は高いんだ。
 ……俺みたいなただの人間に何ができるってんだよ?
 静かに立ち上がった俺は、ゆっくりと廊下へと出て行った。大人達はそれをトイレかどこかへと行ったのだ
と思ったらしく誰一人呼び止めようとはしなかった。
 誰も居ない玄関まで歩いて行った俺は捜索隊の名簿に自分の名前と目的地と時間を書き込み、地元の人が
準備していたらしい懐中電灯を一つと、誰かが脱いだまま放置していた濡れたカッパを着こみ外へと歩き出した。
 雨は大降りで風も強かったが、携帯で見た天気予報ではまだまだ天候は悪化するそうだ。
 俺はもう、ハルヒの奴を馬鹿に何てできないな。
 横風のせいで雨まみれだってのに、俺は何故か笑っていた。
 
 
 常識的に考えれば俺は無謀で迷惑な馬鹿野郎である。
 ただの可能性ひとつを確認する為に、こんな天気の夜中に山道を歩いてるんだからな。
 しかも土地勘も無く明日にはここから帰っちまう高校生が、だ。 
 頼りにならない懐中電灯の小さな明かりで足元を照らしながら、アスファルトの上を川のように流れ
落ちてくる雨に気を使いつつゆっくりと足を進める。
 そろそろ俺の書置きが見つかる頃だろうか、まあ今更そんな事を気にしても仕方がない。
 真夜中の森の中、降りしきる雨と殆ど先が見えない視界が恐怖と不安を募らせる。
 現実問題、俺がやってる事は無駄な事なんだろうし諦めてさっさと帰った方がいいのかもな。
 そう考えても、何故か足は止まろうとはせず目は小さな光の中にあのガキどもの姿を求めている。
 さて、どれほど歩いたのか――考えたくはないが全然進んでいないのか。
 夜の山道を相手に、俺の距離感覚なんて物は何の役にも立たない。でもこの足を止める訳にはいかない
んだ。何故かって? そうだな……俺は子供の頃からずっと、ピンチの時には現れる都合のいい正義の味方
の存在を信じてきた。水戸黄門で言えば風車の弥七みたいな存在だな。
 時が経つにつれてそれは空想の世界の出来事であり、現実世界の中においてはそんな奴は残念ながら
存在しないのだと思い知らされてきたさ。
 でもな? 子供達が正義の味方を信じているなら、それに答えるのは同じようにそれを信じてきた俺じゃ
ないのかい?
 ああ、今ならハルヒの気持ちがわかるぜ。ないんだったら作ればいい、間違いないねその通りだ。
 正義の味方が居ないのなら、俺がなればいい。
 なんでこんな簡単な事に気付かなかったんだ?
 ようやく辿り着いた風車の下、固まって座っている子供達の姿を見つけた俺は足元も気にせずに駈け出して行った。
  
 
 翌朝、というか数時間後。
 俺は警察やら地元の青年団やら両親やら妹やらその他大勢からこれでもかっという程にお叱りをうけ、子供達の
両親からは泣きつかれてもう散々だった。ちなみに一樹を含むガキ達は全員無事で、今は病院で詳しい検査を
しているらしい。今のところ、寒さで疲労しているだけで特に怪我もないそうだ。
 本当に反省してます、もう二度とこんな事はしません。
 そんなテンプレ通りの反省の言葉と――正義の味方が必要とされるまではな――心の中で付け加える本音の一言。
 正義の味方ってのは、実は今の俺みたいな存在なのかもな。
 ルールの上に縛られて、文句も苦情も受け入れて。さらに親の仕事という名の絶対的な理由があったりすれば、
助けた子供達と話す時間すらありゃしない。
 ……あ、でも言いかえればこれこそピンチになれば現われて、そして事が終われば名前も告げずに去っていくって
事なんだよな。
 いいね、これこそ俺の中の正義の味方だ。
 結局俺は、この時の話をSOS団のみんなには話していない。
 ただの高校生の俺にだって、一つくらい秘密があった方がいいと思わないか?

 「死と生」「彼岸花」「ハンガー」「風車」「弥七」「花火か夏祭り」 終わり

 

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