「長門有希は、『涼宮ハルヒの力』を用いて世界を作り変えるのと同時に、

  『涼宮ハルヒの力』の一部をプログラムに変え

  それを文芸部室のコンピューター内へと封じ込めた。
  あなたに、世界の選択を行わせるために。
  ……しかし、そのプログラムはある人物の手によって盗み出された。
  長門有希が望んだ、裁定者の目に触れるよりも早くに」
 

 
 そして。その盗み出されたプログラムが、時を経て俺の前に現れ……
 俺はそのプログラムを起動させ……今、此処にいる。
 

 
 「この空間は、緊急脱出プログラムの内部に発生した異次元世界。
  長門有希が『涼宮ハルヒの力』を入手した際に

  長門有希の精神の異常によって発生したと思われる。
  その後、長門有希の手によって世界は改変され

  『涼宮ハルヒの力』の一部はプログラムへと変化した。
  その際に、この世界もまた、プログラムの一部として保存された」
 

 
 なるほど。俺は呟きながら、改めて、灰色の室内を見回してみた。
 

 ……長門有希の閉鎖空間か。
 

 言われてみれば、ハルヒによって作られたそれとは、どこか違った趣が有るような気がしないでもない。
 
 「そしてもう一人。
  このプログラムを盗み出し、解析を行い

  データ化された『涼宮ハルヒの力』をロードした者が居た。
  ……それが、朝倉涼子。
  彼女は手にした『涼宮ハルヒの力』を使って

  この緊急脱出プログラムの一部を作り変えた。
  具体的には、非常用モードの作成。
  それはこのプログラムの構成部分へと侵入するためのコマンド。
  ……あなたが今、此処に存在しているのは、そのコマンドを実行したため」
 「朝倉も、この世界に来たのか」
 「来た。しかし、このモードを作成するよりも前。
  彼女はこのプログラムから再生した『涼宮ハルヒの力』を使って

  この空間へとアクセスを行った」
 「朝倉は、今もこの世界に居るのか?」
 「今はいない。それ以上のことは、私は知らない」
 「そうか」
 

 

 
 俺はため息をつき、デスクの上に置かれている、長門の物語の映し出されたパソコンのディスプレイを見た。
 あいつもまた、この物語を読んだのだろうな。
 この世界でか、それとも、外の世界でかまでは、俺にはわからんが。
 

 

 
 「朝倉が、その非常用モードとやらを作った理由は?」
 「分からない。しかし、想定は可能」
 「それでいい」
 「あなたに、この空間を訪れさせるため」
 

 
 なるほど。
 それで。
 この空間を訪れた俺は、一体何をすればいい?
 

 
 「長門有希があなたに望んだのは、未来の選択。
  しかし。その選択は、すでに下されたと言っていい。
  ……朝倉涼子の手によって」
 

 

 
 そう。
 俺に残された道なんて、たった一つしかない。
 ハルヒは死に、朝倉は消えてしまった。

 たった数日の間に、すっかりいかれちまったあの世界を、元に戻さなければならない。

 俺にはそれ以外、どんな道も残されちゃいないのだ。


 
 「朝倉涼子は、あなたのために用意されたメッセージを入手し

  それを古泉一樹に預けるという形で保管していた。
  そして、緊急脱出プログラムのバックアップを入手して

  プログラムを凍結保存することで、タイムリミットを延長しようと試みた」
 「朝倉は一体、何のために、そんな面倒なことをしたというんだ?」
 「選択を保留にするため。と、考えられる」
 

 
 そこまで話した後で、そいつはすこしだけ、表情を曇らせたような気がした。
 

 
 「彼女が厳密に、長門有希の用意したプログラムの存在に気づいたのは

  この緊急脱出プログラムのバックアップを入手した際。
  おそらく、朝倉涼子がプログラムのコピーを入手したのは、偶然の出来事。
  朝倉涼子はたまたま、緊急脱出プログラムの保存されたフロッピーディスクを

  長門有希から渡された」
 「それが、あの小説のフロッピーか」
 「長門有希は……彼女の書いた小説のファイルが、他人に目に晒されることを
  改変された世界の長門有希が望むことは無いだろうと考えていた。
  故に長門有希は、緊急脱出プログラムを、小説のテキストファイルへと偽装し

  それを文芸部室のコンピューターの内部へと宿した。
  ……長門有希が朝倉涼子に、そのフロッピーディスクを渡してしまった事。
  それが、全てのイレギュラーの始まり」
 
 長門有希は、自分で思っているよりも、朝倉涼子を信頼していた。
 そう言うことなのだろうか。
 朝倉。うらやましいぜ。
 なにしろ、俺はその小説を読ませてもらえなかったんだからな。
 
 「しかし、凍結したプログラムを再び起動しても

  エラーが発生してしまい、正規の起動は不可能だった。
  故に、彼女はこの非常用モードを構築した。

  プログラムの解析を行い、『涼宮ハルヒの力』を再現して」
 「朝倉はつまり、何を望んでいたんだ?」
 「はじめに彼女を動かしたのは、世界の修正を行わず

  改変されたまま世界で、長門有希と生きたいと願う気持ちと思われる。
  あなたが世界の修正を選択することを恐れた。

  故に、朝倉涼子は、一連の工作を行った。」
 「なら、何故いまさらになって、俺を真相へと近づけようとしたんだ」
 

 「長門有希の幸せのため」


 

 

 
 長門の、幸せだって?
 

 

 
 つまり、朝倉は、気が変わっちまったってのか。
 この一ヶ月、俺と、朝倉と、長門の三人で過ごした日々を経て……
 長門有希は、改変される以前の世界で生きたほうが、幸せでいられるんじゃないかと。
 そう考えたって事なのか?

 

 
 
 「……正確には」
 
 
 そいつは言った。
 
 
 「長門有希の幸せのために、自分が長門有希の傍に存在する必要はない。

  彼女はそう判断したのだと思われる。
  しかし……仮に、自分を不要と考えた朝倉涼子が

  長門有希とあなたの前から消失したならば。
  長門有希は、きっと、悲しむであろう。朝倉涼子はそう考えた。

  彼女は、長門有希が悲しむことを望まなかった」
 

 
 そうだな、あいつなら、きっと悲しむだろう。俺もそう思うよ。

 と言うより、実際にそうだったさ。
 そうだ。長門を悲しませたくないってわりに、朝倉は事実、俺たちの前から姿を消しちまったじゃあないか。
 矛盾している。なぜ、あいつは長門を悲しませると分かってて、消えちまったりしたんだ?
 

 

 
 「世界を修正さえすれば、全ては元通りになる。長門有希の、悲しみの記憶も
  だから。彼女は、あなたに世界を修正する道を選ばせようとした」
 
 
 そのために、ハルヒを殺してか?
 

 
 「おそらく」

 

 

 

 

 

 

 


 
 ……一つ、聴いていいか
 
 「何」
 
 朝倉は、世界を修正する場合には、こうして俺に世界の修正を行わせるつもりだったんだよな?
 そのために、あいつはハルヒの力を使ってまで

 こんな面倒な、非常用モードなんてもんを用意した。
 しかし……そんなことを企てるより、あいつが自分で世界を修正しに行ったほうが、よっぽど早かったんじゃないかと思うんだが。
 それは、無理なことだったのか?
 

 
 「不可能ではない。朝倉涼子にもまた、鍵は用意されていた。
  ……長門有希によって用意された、改変された世界を修正するための方法は
  時空間を移動し、長門有希が世界を再変した直後の世界へと出向き
  その場で修正プログラムを起動すること」
 

 
 修正プログラム?
 

 
 「そう。長門有希は、一人分の修正プログラムを用意することしか出来なかった。
  故に、あなたが世界を修正する場合には、この『緊急脱出プログラム』によって

  あなたに一度時空間移動を行わせ、過去の長門有希が構築したプログラムを

  入手させる手筈だった。
  ……この時空の長門有希によって構築された修正プログラムは

  十二月十八日の午後に、彼女の手に渡されていた。
  彼女がそれを受け取った時に、全てを理解できるような形状で。
  そして、彼女が時空間移動をするための手段も確保されていた」
 

 
 しかし。朝倉は、世界を修正しようとはしなかった。
 

 
 「彼女は、自らの手で、自己の存在を消滅させるにあたる選択を行うことを望まなかっただと思われる」
 

 
 なるほど。
 納得の理由だ。文句の付け所もない。
 ……具体的に。俺は一体、何をしたらいいのだ?
 

 
 「あなたがするべきことはただ一つ。世界の修正。
  しかし、あなたを時空間移動させるためのこのプログラムは

  すでに起動不可能な状態となっている。
  そのため、あなたが修正プログラムを入手することは不可能。
  残された方法はひとつ。
  朝倉涼子が行ったのと同じように、このプログラムを解析し

  『涼宮ハルヒの力』の再現を行う。。
  あなたは『涼宮ハルヒの力』を使い、世界を再び改変する。

  修正ではない。あなたの知る、以前の姿へと作り直す」
 「えらく、難しそうだな」
 「言語での説明は不可能。しかし、それは困難なことではない」
 
 俺の目の前に現れてから微動だにしていなかったそいつが、初めて動いた。
 窓際の椅子から腰を上げ、俺の元へと歩み寄ってくる。
 

 
 「私に触れて」
 「それだけでいいのか?」
 「私は、『涼宮ハルヒの力』の化身」
 

 
 そういえば、ここは長門の閉鎖空間なんだったか。
 閉鎖空間に一人たたずむ、力の化身……なるほど。それがこいつの正体か。
 巨人の姿をしたあちらさんと比べて、なんと大人しい事だろう。

 

 
 俺は右手を伸ばし、人差し指と中指の先で、そいつの頬に触れる。
 暖かい。
 

 
 「……始まる」
 「どうすればいいんだ?」
 「望んで」
 

 

 
 相変わらずの端的な支持を受け、俺は言われた通りに、目を閉じ、望む。
 

 何を望んだのかって?

 一言でいうなら、何もかもをだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 
 
 ――――
 
 
 
 なあ、朝倉。
 なんと言ったら良いんだろうな。
 

 謝るのも違うが……例を言うのも違う気がする。
 

 かといって、俺にお前を叱り付ける権利などもないだろう。
 
 なんだろうな。
 お前に何かを伝えなきゃならんのだろうが……
 何を言ったら良いんだか、さっぱりわからないんだ。
 

 ただ――お前がさ、朝倉。
 あと少しだけ、長門を好きじゃなかったなら―――
 

 

 

 俺たちは、ずっと……あのままでいられたかもしれないな。
 

 

 

 ……すまん、意味はないんだ。
 ただ、思っただけさ。
 
 まずいな。こんな大事な時に、こんなことを考えてたら
 世界をおかしな具合に変えちまうかもしれん。
 終わりにするしよう。
 
 
 
 
 じゃあな、朝倉。
 
 
 

 

 

 

 

 

 

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最終更新:2008年09月07日 19:16