季節はもう秋。
空模様は冬支度を始めるように首を垂れ、
風はキンモクセイの香りと共に頬をそっと撫でていく。
彼女は夏に入る前に切った髪がその風に乱れて
思いの外、伸びているのに時の流れを感じている。
夏休みから学園祭まで一気に進んでいた時計の針は
息切れをしたかのように歩を緩め、
学校全体が熱を冷ますようにこれまでと変わらない日常という空気を
堅く静かに進めていく――――
 
「腹減ってんのか?」
腑抜けた声と間抜け面。
「何言ってんのよ?」
「いや、随分沈んでるからひょっとしてダイエット中で
朝飯でも抜いてんのかと思ってな。飴食うか?」
「うっさいわね!大体、私みたいな若くて可愛い女の子にはそんなもの全っ然必要ないの。
飴は一応、貰っとくけど。」
「はいはい、自分で言いますか。まぁ、お前は人一倍食い意地張ってるしな。」
「あんた、馬鹿なだけならまだしも的外れでデリカシーも無いなんて駄目にも程があるわ。」
「お前だけには言われたくないという突っ込みどころ満載だな、おい。」
「あぁ!!もう、うっさいわね!」
こんなんじゃ頬杖つく腕も痺れてくる。
「私にだって考え事の一つや二つくらいあるのよ。
秋はパーッとしたイベントが少なくて嫌になるわ。」
「考え事ね…まぁ、学園祭からここまでずっと勉強ばっかりだからな。
俺もパーッとやりたい気持ちはあるが、遊んでばかりもいられないだろ?
俺達は学生で学生の本分は勉強だからな。」
「そのくせしてろくな成績も取れないあんたは何なのよ?」
なかなか痛い所を突いてくるね、ハルヒ。
「なんか面白い大事件でも起きないかしら。」
おいおい、勘弁してくれ。そうそう大事件が起きてたら繊細な俺の身が持たん。
 
この1年半、こんな他愛無いやり取りをこの2人は
何回繰り返してきただろう?
彼も彼女も気付いてないのかもしれない。
いや、気付いていても今の2人は口に出しはしないだろう。
この言葉の交換が、この時間の共有が何よりも特別なものである事を。
何も変わらない、宇宙人も未来人も超能力者も現れない事に
辟易し、言葉さえも忘れたような彼女の灰色の日常に
彼が優しく彩りを添えてくれた事を。
まぁ、付け合わせの人参くらいにはなってるかもね、
等と彼女はまた素直じゃない答えを返すだろう――――
 
必殺!ペンで背中を串刺しの刑!!
「いって!!!!」
凍り付いた。
クラス中の奴らが見つめてくる中、黒板で世界史を解説中だった教師は
「どうした?」と切り出し、俺はうやむやに誤魔化し何とか切り抜ける。
そして、次は後ろに座っているこの馬鹿を訊問しようとした時、
「ねぇ、キョン!昼休みに一回部室に行ってから学校抜け出すわよ。
あんたもついてきなさい。これは団長命令よ。」
相変わらずだが、唐突過ぎて意味がわからん。
「何言ってんだ。大体…」
「黙りなさい。」
前の教師と後ろの団長様から同時に最終宣告。
 
4限目が終わるとすぐハルヒは俺のネクタイを掴みペットの如く、
部室まで引きずっていった。痛い、苦しい、離せ。
「あら?有希。昼休みもここで本を読んでるなんてもうお昼食べたの?」
「俺も昼飯の時間なんだけど…」
「……読書週間。」
「ん?」
「本日より2週間、読書の力によって平和な文化国家を形成するという目的の元、
出版社、図書館、マスメディア等の公的機関より本を読む事を推奨されている。」
何となく聞いた事はあるが、意識した事も実行した事もほとんどないあれだな。
大体それ、普段の長門と変わらんじゃないか。
それになんかお前が言うと宇宙国家建設の標語みたいだぞ。
「有希は読書って訳ね。まぁ、良いわ。でもね、秋は読書だけじゃないわ。
閃きというか、さすが私はSOS団団長として目の付け所が違うと思うのよね。」
というか、ここは本来文芸部の部室だから長門の意見に従うべきだ。
だが、ハルヒはパソコンの電源を入れながらいつもの太陽のような笑顔になっていた。
「次は何を思い付いたんだ?お前は。」
「ふっふっふっ…ハロウィンよ!!小さい頃、読んだ絵本には
魔人、ドラキュラ、フランケンシュタイン、魔女、
黒猫、コウモリ、ゾンビ、黒魔術なんかが出てきて
事件と謎の匂いがプンプンする話だったわ。
という訳で今週はハロウィン調査を開始するの。
ハロウィンってまずはコスプレから始まるのよね。
だからまずは全員どんなコスプレにするかパソコンで調べないと!!」
おいおい…今週はSOS団全員でコスプレかよ。
「へぇ~、ハロウィンではお菓子を配るのね。ついでに秋の味覚も集めちゃおうかしら?」
それはもう美味いもん食いたいって方がメインになってないか。
頼むからとめてくれ、長門…駄目だ、こりゃ…興味を持っちまった。
そういえばお前もヒューマノイドなんちゃらの割には食欲は凄いタイプだったな。
 
「ハロウィンパーティーですか、面白いアイデアですね。」
いつからいたんだよ、古泉。
そして顔が近いんだよ。あまりニヤケてるとカボチャにしてくりぬくぞ。
「じゃあ、決定ね。古泉君、みくるちゃんと
あとせっかくのパーティーだから鶴屋さんにも伝えといてくれる?
受験勉強の邪魔でなければって。」
邪魔に決まってんだろ。
それに案の定、パーティーメインになってるじゃないか。
「わかりました。」
「じゃあ行くわよ、キョン」
やれやれ。
 
ケルト民族のハロウィン祭ではひとつの大きな篝(かがり)火から
村の家々に火を分け合う事でお互いを共通の絆を持つ一つに繋がった輪としている。
SOS団にとってその絆は涼宮ハルヒという大きな篝火を中心にして出来たものだろう。
しかし1人だけ、彼だけは言わば彼女という篝火にとって種火とも言える存在。
どちらがどちらを照らしているのだろうか?
優しく暖め合う事もあれば、全てを燃やし尽くしてしまう事もある。
彼女にとって本気で喧嘩をしたのは彼だけなのかもしれない。
彼女にとって本気で誰かを愛したのも彼だけなのかもしれない。
 
坂道をボールのように転がる。
街はパステルカラーに染まり上がり、何だか切な~い秋の午後。
女の子と2人で授業をサボって昼休みに学校を抜け出す。
そんな甘酸っぱい青春の背徳感。
ただ相手は…
「ちょっとキョン!!聞いてんの!?」
…こいつだ。
「有希はやっぱりキャラ的に魔女よね。
みくるちゃんは猫耳とタイツで黒猫ね。
小泉君はドラキュラなんてどうかしら?」
「あぁ…良いんじゃないか」
「あんたは…」
「俺もやんのか!?」
「あったり前でしょ!!あんたはそうね…カボチャで良いわ。」
なんで俺だけ野菜なんだよ…。
「鶴屋さんはいたずら好きの幽霊って感じね。
私は何にしようかしら…」
……魔人
「誰が魔人よ?誰が!!」
…口に出ちまったか。
「私は、うん、まずは私の家に行きましょう!!」
お~い、一人で納得すんな。
 
はい現在、場面は飛びまして、
ハルヒの家のリビングで待機中です、どうぞ。
ご両親は仕事かなんかかね?誰もいない。
魔人が一人でドタバタ暴れる音だけが響く。
「キョン!!」
やれやれ、今度はなんだ…
「ちょっとこっち来て。」
「どうした?」
「棚の上にあるカボチャを取って欲しいのよ。」
「棚にカボチャ?」
「仮装用のカボチャよ。」
なんでそんなもんが家にあるんだよ…ほれ。
手持ち無沙汰だからとりあえずハルヒについてくか。
「次は私の…ちょっとここで待ってなさい。」
「ん?どうした?」
「いいから!!」
ハッハ~ン、この扉がハルヒの部屋だな。
「お邪魔しま~す。」
「ちょっと!!やめなさい!!」
あら?意外と綺麗で可愛い部屋。
もうちょっとエイリアンのポスター的なもんとかあるのかと思ってたが…
おいおい、熊のぬいぐるみって柄じゃないだろ。
「何、人の部屋をジロジロ見てんのよ!?」
「いや、意外と可愛い部屋だな。」
「バッカじゃないの!!座ってなさいよ!大人しくしてなかったら死刑だからね!!」
「ハルヒはこの熊に名前とか付けてるのか?」
枕が飛んできた。
あ、ちょっと良い匂い。
あれ?メールが来てる。
 
From:朝比奈さん
タイトル:ハロウィンパーティーの件
本文:了解で~すヽ(=^゚ω゚)^/
楽しみにしてますO(≧▽≦)O
あと、鶴屋さんと私もお菓子と秋の味覚を用意しますね♪ダキ♪(●´Д`人´Д`●)ギュッ♪
ところで今回はどんな衣装になるんでしょうか~?・・・( ̄. ̄;)エット( ̄。 ̄;)アノォ( ̄- ̄;)ンー
 
楽しみですか朝比奈さん、いつもよりもっと際どいコスプレさせられるんですよ…
 
From:古泉
タイトル:無題
本文:今朝まで発生していた閉鎖空間も消えてくれて、
機関も僕もあなたにはいつも感謝しきりです。
お礼といっては何ですが、僕と機関から
今回のハロウィンパーティーに幾分かの差し入れを出します。
涼宮さんの事はあなたにお任せします。
では、頑張って下さいねp|  ̄∀ ̄ |q ファイトッ!!
 
古泉、お前は絵文字なんか使うな、気持ち悪い。
 
「お~い、ハルヒ。朝比奈さんと古泉からメール来てるぞ~。
鶴屋さんと3人、お菓子とか用意してくれるってよ。」
「さすがSOS団の役員だわ、あんたみたいな雑用係とは違うわね。」
「そりゃ悪うございました。」
「人の枕で雑魚寝するな!!」
良い匂いだったぞ、ハルヒd( ̄◇ ̄)b グッ♪
 
秋の空というものはどうにもうつろいやすいもので
それを人の心に例えたりもしますが、雨には気持ちもしょげるもの。
夕方になり降り出した雨は雨脚を強め、街をオレンジ色から灰色に変えていく。
 
やたらスモークチーズの香り漂うSOS団の部室では
3人が三者三様の時間を過ごしています。
朝比奈みくるは妙な沈黙に耐えられなかったのであろう…
お茶を2人に差し出しながら話し掛けてきました。
彼らがいない時にこうやって会話を交わすのは慣れないものです。
「涼宮さんとキョンくんのいない部室って静かですね。」
「そうですね。こういう部室も嫌いではありませんが、やはり物足りないですね。
ところで鶴屋さんはどこへ?」
「チーズに合う飲み物が必要とかでどこかへ行ってしまいました。」
「それは危険な香りがしますね。」
その時、大きな足音が聞こえたと思うと勢いを付けて扉が開きました。
「お待った~!!」
鶴屋さんでしたか。
「おっや~、あの2人はまっだ帰ってきてないっかな~?
ま~たどっかでイチャついてんのかね~?」
「鶴屋さん、それ…」
「あぁ、ワインっさ!」
「だ、大丈夫なんですか~?受験前に。」
「めがっさ美味しいにょろ!まっ息抜き♪息抜き♪まずは軽く一杯。」
息抜きの範疇を超えてますね。
「遅いですね~涼宮さんとキョンくん…」
と、音も立てずに静かに扉が開くと雨でずぶ濡れの彼が1人で立っていました。
非常に嫌な予感がしますね。
「あれ?涼宮さんは?」
「分からん…」
 
「ハルヒ…重い…」
「あんたは雑用係なんだから文句言わずに歩く!」
やれやれ…どんな衣装が入ってるんだ、この鞄。
「次はどうするんだ?」
「次はお菓子ね。鶴屋さんやみくるちゃんや古泉君が
用意するって言っててもそこは私達も負けられないわ。」
そこは負けとけ。向こうは組織ぐるみだ。
「おいおい、そんなに派手にやる訳にはいかんだろ。
特に朝比奈さんや鶴屋さんは受験生にも関わらず付き合ってくれてんだ。
邪魔になったら迷惑掛かるだろ?」
「分かってるわよ。あんた、相変わらずノリ悪いわね~。
大変なのはみくるちゃんの様子見てれば分かるわよ。
だから今日だけでも派手にパーッとやって鬱憤を晴らすのよ。」
それはお前の鬱憤じゃないのか、ハルヒ。
「大体だな、お前は計画性が無さ過ぎるぞ。
期末テストもあるのに授業サボるなんて俺にとっちゃ死活問題だしな。
それに最近はこの前の中間テストもプラスして
親からのプレッシャーも日毎に増す今日この頃だ。
今日も帰って補習しなきゃ間に合わん。
それをお前はいきなりハロウィンパーティーだとか訳が…」
っておい、いきなり立ち止まるな!
 
かのイギリスの文豪シェイクスピアは戯曲「リア王」においてこのような話を残しています。
リア王は隠居する為に国を分割し、彼の3人の娘に分け与えようとします。
彼は3人の娘の自分に対する想いを確かめる為に「言葉」を求めました。
長女と次女は甘く優しい言葉を投げかけ、国の割譲を約束されますが、
三女だけは「何もない」と答え、王の逆鱗に触れ、
婚約者と共に国を追い出されてしまいます。
しかし、女王となった長女と次女は永遠に愛すという誓いを立て
国を与えて隠居した父を邪魔者として追放します。
言葉というものはなんと脆いものなのでしょうか?
三女は父の苦難を耳にし、涙を流し、行方不明の王を探すために四方八方、手を尽くします。
「行動は時に言葉よりも雄弁である。」
彼女の言葉は想いとは裏腹で素直さに欠ける時もありますが、
いつも彼と共にいるというその行動そのものが彼女の想いを何よりも雄弁に語っています。
彼は今、目の前にいるおてんばなお姫様の心の奥底にある真の想いに
気付いているのでしょうか?
 
「そんなにやりたくないの?」
ん?
「キョンはそんなに皆と一緒にいるのが嫌?」
嫌とは言ってないが…
「分かった……じゃあ、止める。」
は?
「皆には私から連絡しとくからキョンも帰っていいわよ。」
出たよ…なんちゅう我が儘だ、おい。
「おい!ハルヒちょっと…」
「離して…」
「いや、お前なぁ…」
「帰りたければ帰ればいいでしょ!!」
……頬に落ちた一滴の水は雨だったのだろうか、ハルヒの涙だったのだろうか―――
 
「私は付き合いだけで無理して皆とここにいる訳じゃありません!!」
朝比奈さんの怒号が響く。
「ごめんなさい…」
「なんでキョンくん、そんな事言ったんですか!?
いい加減、涼宮さんの気持ちに気付いてあげて下さい!!
涼宮さんは私達の為というよりもキョンくんの為に
きっとこのハロウィンパーティーをやろうって言ったんですよ!」
…俺の為?
「涼宮さん、キョンくんが最近、成績の事とかで悩んでるってずっと気にしてたんです。
だから涼宮さん、部室にいる時に一人でキョンくんの為に解説用のノートや
一緒に期末テストの勉強する為のスケジュール作ったりして、
来週からはスパルタで行くから今週くらいはキョンくんと
何か息抜き出来る事して気持ちを晴らして
羽を伸ばしておこうって言ってたんです!」
「あ~ぁ、今回はやっちゃったね~!キョンくん。」
鶴屋さんまで…
「ふぅ~…すみません、どうやら急なバイトが入ってしまったようです。」
古泉が椅子から立ち上がりながら俺を睨む。
「まぁ正確には涼宮さんらしく、団長の責務として団員の世話まで
しっかりやらないといけないから大変だ、とおっしゃってましたが。
あなたの悩みは彼女の悩みでもあるんですよ。」
どういう事だ?
「まだ分からないんですか?
彼女からすれば何故、自分に相談してくれないのか?
悩みがあるなら共有してくれないのか?とね。
あなたに涼宮さんをお任せしたのは失敗でしたかね…。
では、失礼。」
すまん…古泉。
「今回はあなたの落ち度。謝罪すべき。」
………。
 
妖精はいたずら好き。
かくれんぼなんかはお手の物。
彼は傘も差さずに雨の中を走り回って探してる。
でも、彼女は見つからない―――
 
「くそっ…あいつ一体どこにいやがるんだ…」
携帯に電話を掛けてもメールをしてもハルヒからの返事は一向に来ない。
あいつの家にも公園にも駅にも喫茶店にもハルヒが行きそうな所は
全て当たってみたが影も形も見当たらない。
街中を走り回ったせいか、足がもつれてこけてしまった。
街を行き交う人達の視線が痛い。
「はぁ…何やってんだ、俺は…。」
泥だらけになった服を払いながら涙が出てきた。
今日ほど自分が情けなくなった日はない…。
ハルヒの想いや悩みにいつも鈍感で一緒に騒いで楽しければ
それで良いという距離感が崩れるのが怖かったのかもしれない。
ただそれは滑稽な道化に収まって楽をしていただけだ。
俺はあいつを傷つけて黙って見ていただけの
卑怯な臆病者だ。
もう一度学校に戻ろうと歩いていたその時、
目の前に一台の車が止まった。
 
「お久しぶりです」
「あ…森さん?」
「時間がありませんので説明は車の中で致します。
一刻の猶予もありません。お乗り下さい。」
え?という暇もなく、車に押し込まれた。
「これで体をお拭き下さい。」
今日はスーツ姿だが、時にメイドだったり、
森さんの本職は一体何なんだろうか?
手渡されたタオルで体を拭きながら諸々の事情を聞こうとしたのだが、
それは先に森さんの言葉に遮られた。
「事情を説明する前に一言。これは機関からの言伝ではなく、
私個人としての意見です。」
と、バックミラー越しに鋭い視線を投げかけられた。
「話は古泉から伺っております。
涼宮ハルヒを監視している機関として必然的にあなたの事も知る事になるのですが、
率直に申し上げますと、あなたは男として失格です。」
厳しっ!
「あなたは女性の言動の裏にある本当の想いに鈍感過ぎます。
それは意識してのものなのか、無意識なのかは分かりませんが
結果的に女性を傷つけるものとして私は断じて許せません。
彼女は、涼宮ハルヒは常にあなたの傍にいて、
あなたを心の底から慕っています。
あなたの想いもありますので必ずしも彼女の想いに応えろとは言いません。
しかし、のらりくらりと逃げるような真似をして
彼女を裏切り傷つけるような行為は同じ女として
怒りを禁じ得ません。」
突き刺さる…。というか森さん、キャラ変わってない?
こんなにドSキャラだったっけ?
 
「では、ここから本題に入らせて頂きます。」
…とことん凹まされた…また涙出てきそ。
「涼宮ハルヒは今、この世界には存在していません。」
は?
「簡単に申し上げますと現在、涼宮ハルヒは
閉鎖空間の中に閉じ篭っているという言い方が出来ます。
私達、機関の活動は涼宮ハルヒの精神的な動揺から発生する
閉鎖空間の平定にあり、その閉鎖空間内において
あなたもご覧になった事がある神人の討伐を行っていたのですが、
つい先刻よりその閉鎖空間内に機関の人間が
誰一人入る事が出来なくなっています。
閉鎖空間内にいた人間もことごとく追い出されています。
現在、発生している閉鎖空間はこれまでのものとは全く異質で
形も歪な空間です。」
「それは以前、俺とハルヒの2人だけで行ったのと同じものですか?」
「似てはいますが、それともまた違うものです。
ただ自らの存在以外を全て拒絶している空間のようです。」
「それだと今の俺は一番拒絶されそうな…」
と言いかけた所で再び森さんの鋭い視線が突き刺さる。
「良いですか?今、機関の人間を総動員して解決に当たっていますが、
このままだと世界中の人間だけが消えてしまう危険性があります。
申し訳ありませんが、あなたにはまた協力を要請する事になった次第です。
目的地につきましたので詳しくはそこで。
傘をどうぞ。」
 
その場所はさっき俺とハルヒが喧嘩をした駅前の広場だった。
そして、そこには真顔の古泉に長門と朝比奈さんも来ていた。
「お待ちしていましたよ。」
すまんな、古泉。
「情報統合思念体は混乱している。
現在の涼宮ハルヒは有機生命体の持つ全ての感情を
強い力で衝突させ、爆発を起こしかけている。
本来、情報統合思念体にとって感情とはエラーと認識されるもの。
それが処理出来ないほどの量と質で埋め尽くされている。
情報統合思念体にとって自らの存在を消去し得る
触れる事は危険且つ、不可能な領域として認識した。
だから、あなたに任せる。」
そんなでっかい事になってるのかよ…。
「キョンくん…さっきは怒鳴ったりしてごめんなさい…
でも、キョンくんにしか涼宮さんを助ける事は出来ないと思うの。
キョンくんの素直な気持ちをちゃんと伝えて、お願い。」
くぅ~…とうとう覚悟を決めるしかないのか、こりゃ。
「では、ここからが閉鎖空間の入り口です。
僕らはこれより先には進めません。
ですが、あなたならきっと大丈夫です。
いえ、あなたにしか出来ません。」
わかりました…いってきます…。
 
彼女は魔法の国に迷い込んだお姫様。
お菓子をくれなきゃいたずらするぞ。
普段はおてんば、はねっかえりでも
一人でいるのは怖くなる。
昔、絵本で読んだお話を決して忘れちゃいけないよ。
いつも助けてくれるのは白馬に乗った王子様―――
 
一瞬、雷に打たれたような衝撃が身体中を突き抜けると
そこは幾度か見た灰色の空間だった。
ただ、土砂降りの雨が降っていた。
雷鳴も轟くその空間はこれまで知っていたものとは
まるで違うものだった。
「なんだ、こりゃ?ハルヒはどこだ?」
叫んでみた。
「来たは良いもののどこに行って何をすれば良いかさっぱり分からんぞ。」
もう一度叫ぼうとした時だった。
「馬鹿!!!」
ハルヒ!?
「どこだ!?ハルヒ!!」
「馬鹿!うっさい!黙れ!このすっとこどっこい!!
なんで追いかけて来ないのよ!?このアホ!間抜け面!唐変木!」
ありとあらゆる罵声が雷鳴と共に鳴り響いている。
助けに来てどやされるとはな…。
声の方角からすると喧嘩して離ればなれになった方角だな。
 
声を頼りに走ると近くの公園に辿り着いた。
しばらく走ってみてわかったのだが、ところどころ街が破壊されている。
しかし、どうやらあの神人というのはいないようだ。
いや…その代わり屋根付きベンチの上で魔人が仁王立ちしていた。
「遅刻!罰金!」
やれやれ…
「これでも結構、急いで走ったんだぞ。」
「全くこんなに暗くなって雨が降ってきたんじゃ
身動きも取れやしないわ。携帯も通じないし。」
こいつ、ひょっとしてここが閉鎖空間って事に気が付いてないのか?
「お前ずっとここにいたのか?」
「別に私がどこにいようと関係ないでしょ!?」
「ハルヒ…」
俺はハルヒの肩に手を置いた。
細い肩だ。
「何よ?何すんのよ?」
「そんなびしょびしょに濡れてたら風邪引くだろ?
タオルで拭くんだよ。」
ハルヒの柔らかい髪の毛はくしゃくしゃに
顔は真っ赤になっている。
「ふん…まぁ、タオルを持ってくるなんて
あんたにしちゃ上出来ね。」
ありがと、森さん。
 
その時ふと、ハルヒの肩が震えてるのを感じた。
あぁ~…そうか…そうだよな。
「ハルヒ……ごめんな。」
ぼつりと口をついて出た言葉がハルヒの顔を曇らせた。
そこからハルヒは俺の服にしがみついて
堰を切ったように大声で泣き出した。
そうだ…こいつだってこんな所にひとりぼっちにされたら
寂しいし、怖いだろう。
喧嘩して怒ったのと同じ分だけ悲しかっただろう。
俺の為に色んな事考えて色んな事してくれた分だけ
突き放された時はショックだったろう。
俺はハルヒをありったけの力を込めて抱き締めた。
俺は本当に大馬鹿者だ…。
もうこいつを離しちゃ駄目だ。
ごめんな、ハルヒ…。
そして…ありがとう、ハルヒ……。
 
その時、耳元で雷鳴のような大きな音が響いた。
「……プッ……クックッ……ハッ…ハッハッ!!」
そうだ、俺達は昼休みに学校を抜け出してから何も食べてなかった。
「ハッハッ!!ハルヒ、お前、腹の音!」
「あんたもでしょうが!キョン!」
お互い、赤面しながら笑い合った。
「腹減ってんのか?」
笑い過ぎて涙が出てきた。
「飴食うか?」
 
2人で飴を舐めながら俺は次の問題を考えていた。
閉鎖空間から抜け出さないといけない、
ハルヒにどう説明しようか等々。
とりあえず2人で歩いて閉鎖空間の入り口に戻ろうと
傘を差して屋根の下から出ると
さっきまでの大雨と雷が嘘のように晴れ上がっていた。
「秋雨ってやつね。秋の天気は変わりやすいから。」
あれ?閉鎖空間から抜け出してる?なんでだ?
灰色じゃない。オレンジ色の夕陽が眩しい。
とりあえず足は自然と学校へと向かっていた。
「あぁ~…ハルヒ。その…なんだ…
今週はさ…思いっきりハロウィンパーティーやろうぜ。」
飴のようなキラキラした瞳でこっちを見つめている。
「あ、あとな…ちょっと頼み事があるんだが、
勉強を…教えてくれ。
今度の期末テストはお前の力を借りんとヤバそうだ。」
ハルヒは夕陽よりも眩しい笑顔で笑っている。
「しょうがないわね!その代わり!
今回はいつもより更にスパルタで行くわよ!」
「おう、ありがと!」
「な、何がありがとうよ!
SOS団の団長として団員の世話は当然の仕事よ!」
 
嵐来りて大暴れ。
上へ下への大騒ぎ。
嵐は去りて一番星。
誓いを立てて手を繋ぎ、
夢か現か幻か。
 
「ではこれより!SOS団ハロウィンパーティーを始めます!!」
結局、部室では時間が遅いと言う事で急遽、鶴屋さん宅で
お菓子と秋の味覚を取り揃えたあまりにも
豪華なパーティーを催す事になった。
長門はひたすら食ってるな。
なんか高そうなワイン付き。
だけど良いんですか、鶴屋さんのご両親。
娘さん、ワインで酔っ払って暴れてますよ。
朝比奈さんの胸揉みまくってるし。
コスプレはと言うと
長門は魔女、朝比奈さんは黒猫、古泉はドラキュラ、鶴屋さんは幽霊、俺はカボチャ…。
団長様はというと、超が付くほどのミニスカートを履いた妖精らしい。
おいハルヒ、パンツ見えてるぞ。
 
「今回もあなたに助けられましたね。」
「まぁ、今回は俺が原因でもあるからな。
色々すまんかったな、古泉。」
「いえ。初めに話を聞いた時は機関で拘束して
拷問にでも掛けようかと思いましたがね。」
お前が言うと冗談に聞こえないんだよ…。
「で、涼宮さんとは付き合う事になったんですか?」
せっかくの美味い飯が喉に詰まっちまうじゃねぇか!
「ば、馬鹿言うなよ!」
「おや?今回もキスしたんじゃないんですか?」
「しとらん!」
「それは……また森さんが怒りますよ。」
ギクッ!
 
「キョ~ン!」
「なんだ?」
「あんた、美味しそうなもん食べてんじゃないのよ。」
「やらんぞ。自分で取れ。」
「ケチ!うりゃ!」
「おい、取るなよ。」
「だって私、この付け合わせの甘い人参、好きなんだも~ん。」
やれやれ…。
 
「じゃあ、お世話になりました~!」
「良いって事さ~!今度はクリスマスだね!」
「おやすみなさ~い!」
宴もたけなわ、か。
来週からはしばらく勉強漬けの日々だな。
「では、僕もこのへんで。」
「…同じく。」
武士?
「わたひもおうひにかえりまひゅ~。」
酔い過ぎです、朝比奈さん。
「では、涼宮さんを家まで送り届けて下さいね。」
ニヤケ顔がいつもの倍になってんぞ。
「キョン!」
「はいはい。」
「はい、は一回。」
「はぁ~い。」
 
彼は一つ決めました。
はっきりさせておかなきゃいけない事がある。
試験が終わったクリスマス、
ちゃんと彼女に素直な想いを伝えよう、と。
 
冬も間近な秋の夜。
空に浮かぶ星達は遠い遠い所から
歩く2人を照らします。
彼女はくしゃみをしています。
彼はそっと服を着せ、彼女の手を取り歩きます。
照れて言葉も交わさずに。
まだまだ臆病な2人には
ただただ優しく光を照らしましょう。
 
The End
 

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最終更新:2020年03月17日 00:43