俺は夢の様な世界で、某漠とした時間が流れて行くのを感じながら、決意を固め始めた。
俺が開く扉は………。『赤い扉』だ。
赤い扉を見詰めていると、神妙な面持ちでこちらを見詰めているハルヒ(小)が視界の端に映る。
「そう、それがあんたの選んだ未来なのね」
「あぁ」
と応えると俺はハルヒ(小)に近付いた。
「何よ」
「謝ろうと思ってな」
俺を訝しむ様に見上げるハルヒ(小)の頭に、ポンッと手を乗せると。
「やめてよね、子供じゃないんだから」
といいつつも、少し緩む口元と俺の手をしっかり握る小さい手。
「こんなどうしょうもない俺を待っててくれてありがとうな。それと、待たせてすまなかった」
「ばっばか、それはあたしじゃなくて…無事帰ったらあたしに言いなさいよ…。それとね、あたしは凄いんだから!」
何が凄いのか良く解らなかったが、トンデモな性格なのは知ってるさ。
「じゃあな、ハルヒ」
「ちゃんと、迎えに来ないと許さないんだから」
頬をぷくりと膨らませるハルヒ(小)に別れを告げ、俺は扉に向かい手を掛け、深呼吸をした後ノブを回し扉をゆっくり開けた。
その瞬間、瞬く間に光に包まれる。これが俺が選んだ未来…か。

『あたしは違う!』
突然耳をつんざく様な叫び声が俺を襲う。
『嫌よ、あたしは普通なんかで居たくない』
『あぁ…キョン…何で?何で私より…』
『つまらないなら壊せばいいのよ』
『そうよ、キョンがいない世界なら…』
『でもちゃんと迎えに来てくれる…はず』
『アッハハ、何でこの世界は馬鹿ばっかりなのよ』
この声は…ハルヒか?
今俺は何も見えない真っ暗な空間を漂っている。これがハルヒの深層意識って奴なのか?
『やめて!あたしの中に入ってこないで!』
『皆…皆嫌い。いなくなっちゃえば…』
表には出さない感情が渦巻く様に支離滅裂に声を上げている。
『早く…、見付けてよ。キョン』
あぁ見付けてやるさ。ハルヒの懇願する様な声がした時、俺は強く想った。ハルヒの事を。
「ハルヒ!」
叫んだ声は虚しく消えていく。突然様変わりし目の前に広がる星空、無音の世界。
俺は今何処にいるんだ?只、ハッキリしてる事はまだハルヒの心の中に居るのは間違いないんだが。
やけに気だるい体を起こし、朦朧とする頭を支えていると、キィキィと鉄が擦れる音が何処からか聴こえてくる。
その音に誘われる様に歩を進めると、憂鬱そうな面持ちでブランコを揺らすハルヒが居た。
「ハルヒ…。ハルヒ!」
俺の声に反応し、おもむろに此方を見上げる少女。
「キョン…?」
神妙な表情を浮かべながら、ブランコから立ち上がり俺の方に歩いてくる。
「あぁ、そうだ。俺と一緒に帰ろう」
「嫌!」
そう言うとハルヒは差し出した俺の手を弾いた。
「ハル…」
「あんたはいつだってそう!助けて欲しい時は助けてくれる。寂しい時は側に居てくれる。
だけど、だけどもう嫌なのよ!怖いのよ!独りになりたくないの!またあたしを突き放すんでしょ?
ねぇ、黙ってないで何とか言いなさいよ!」
「違う!俺は…気付いたんだ。いや、気付いてたんだ。俺にとってハルヒは…」
今まで色んなハルヒを見ていたつもりだが、まだ俺の知らない面が沢山ある。だか、それは決して疎ましい訳ではない。
むしろ愛しく思えるくらいだ。
「何…よ」
俯きながら肩を震わせている少女に向かって、歯が浮く様な二度と言いたくない台詞を言ってしまう。
「好きだ…好きなんだハルヒ。これからもずっと、ずっと一緒に居たい。お前の全部が俺は好きなんだ」
俺の言葉に驚きを隠せないでいたハルヒの瞳から大粒の涙が溢れ落ちる。
「キョン…嘘…つかない?もう、あたしから離れない?」
「ああ約束する。ハルヒ」
ハルヒは満面の笑みを浮かべいた。それは、この笑顔より美しいものは他にはないんじゃないかと思うくらいだった。
俺が差し出した手をハルヒが指を絡める様に握ってくる。
「嘘ついたら、死刑なんだから…」
「解ってるさ」
ハルヒをそっと抱き寄せ、ほんのり湿った頬を撫でた。柔らかく微笑み、瞼を閉じたハルヒの唇に自分の唇を重ねた。
その瞬間、神々しいまでの眩い光が周りを駆け巡り俺達を包み込む。
「おかえり、キョン」
「あぁ、ただいまハルヒ」

 

「こら!馬鹿キョン!いつまで寝てんのよ!」
「いってぇ…何しやがる!」
「あんたがいつまでもダラダラ寝てんのがいけないんでしょ」
俺は殴られた後頭部を擦りながら後ろを振り返ると、そこにはいつもの仏頂面があった。
なんだ、ハルヒじゃないか。って…あれここは教室か?
眠りから覚めたばかりの俺は、覚醒しない頭を支え周りを見渡す。一体どうなってんだ?
「ほら、なにボーっとしてんのよ。部室行くわよ」
「ん?…あぁなんでもない」
眠気と気だるさにすっかり重くなった腰を上げ、ハルヒの後ろを付いていく。しかし、どうしたもんだろう。
まさかとは思うが、あの出来事をハルヒは覚えているんだろうか。覚えてなければそれに越した事はないのだが、
何故かとても残念な気がする。というか、何故俺は教室に居たんだ?
「ねぇキョン」
「何だ?」
「あれ、夢なの?」
あれとは何だろうなぁ。
「星空の下、ブランコに座ってるあたしの所にあんたが迎えに来たのよ。あれ夢なのかしら。
妙にリアリティがあったし、今考えるとあんなの現実味がないしよく解らないんだけどね。

とにかくあんたがあたしに言った事覚えてない?」
さて、ここはどう答えようかね。悩み所だ。
「なぁ、ハルヒ。俺は一体何て言ったんだ?」
突然、ハルヒが急に足を止め俯く。
「あっあたしの事…そっその…す…だって」
すまん、何だって?良く聞こえないんだが。
「あぁ、もう!あんたがあたしの事好きって言ったのよ!」
急に大声を出し、顔を真っ赤にしながら俺を撒くし立てる。
「あーその、何だ。夢の俺はそう言ったのか」
「そ…そうよ」
「夢の事は知らないが。その、何だ俺はハルヒの事が好きだ」
改めて言うのはとても恥ずかしい事で、というか勢いで言ってしまったというのもあるが。
羞恥心が悲鳴を上げ始めた所で口をパクパクさせながら呆然と立ち尽くしているハルヒに、
「先に行ってる」と言って俺は小走りで去った。いや、何やってんだ俺。何逃げ出してんだよ…。
しかし、どうせハルヒの事だから…などと考えていると、校舎が壊れるじゃないのかという位の轟音が俺の背後に迫ってくる。
「おりゃあ!」
「どぅわ!」
いきなりドロップキックだ。正直に言おう、かなり痛い。
「おまっ急に何すんだよ!」
「うるさい!あんたが逃げ出すのがいけないんでしょうが。罰よ罰」
そうかい、それよりそろそろ俺の上から退いて欲しいのだが。
「駄目よ、また逃げ出す気でしょ」
さて、どうしたものか。ハルヒにマウントポジションを取られ身動きが取れん。
これで人目があったら俺はショックの余り寝込む事だろう。
「さぁ、もう一度言いなさい」
ここは観念するしかないか。
「ハルヒ、好きだ」
こう何度も言わせられると効果が薄れるんじゃないかな、と思いつつハルヒを見詰めていると、
顔を顰め大粒の涙を流しながら俺の上に覆い被さってくる。
「やっと…言ってくれたのね…。馬鹿キョン…」
「すまん、待たせたな」
「あ…あたしがどんだけ待ったと…おも…ってんのよ」
うーん解らん。さて、誰かに見られたらまずい体勢だ。
「だめ」
俺が身動きを取ろうとすると、俺の胸元を掴むハルヒの手がキュッと締まる。
「もう少し…このままで…」
「解ったよ」
全く、この団長さんは我儘だな。しかし、今はその我儘が堪らなく愛しい。


 暫くしてから解放された俺は、なんというか嬉しいのか恥ずかしいのか。なんだかよく解らない心境でいた。
そんな微妙な心持のまま、俺の後ろをやけに嬉しそうに顔をニヤ付かせているハルヒを連れ部室前に着いたので、
文芸部室の扉をノックしようとすると。
「何今更遠慮してんのよ、こんなの勢いよ勢い」
と言い出してきた。いつも勢いで開けてる所為で扉にガタがきてるのにそろそろ気付いて欲しいものだが。
俺はいつまで経っても鍵を掛ける事を覚えない朝比奈さんの生着替を見ない為に、毎回欠かさずノックしているんだしな。
などと考えていると、突然バンッとハルヒが扉を勢いよく開け、
「やっほー!皆お待たせ~」
と言いながら入って行った。はぁ、やれやれ。これはもう性格の問題だな。俺もハルヒに続いて部室に足を踏み入れる。
「キョン君、こんにちは」
「やぁ、どうも」
朝比奈さんと古泉に軽い挨拶を返した後、俺は自分の指定席に腰を下ろす。ここで気が付いた。
何故、古泉がいる?こいつは確か入院中のはずじゃ…。
「おや?どうされたんです?まるでいるはずもない亡霊を見る様な顔をして」
長机に向かい合う様に座っている古泉が、清々しい程爽やかな笑顔で語り出す。
「いや…古泉、確か入院中のはずじゃ?」
「何を仰っているんですか?僕は至って健康ですよ」
何かがおかしい。いや、待て今は何時だ?
「おや、今日の日付も忘れてしまうとは。今日は11月25日ですよ、大丈夫ですか?」
11月25日っていう事はだ。あれから3週間くらい遡っている。俺には記憶があるのに、こいつには記憶がないのか?
いや、待てよ。ハルヒは夢とは言っていたがあいつは何処まで覚えているんだ?うーむ、解らん。こんな時は長門の出番なんだが…。
俺が窓辺に鎮座し分厚いハードカバーに読み耽る宇宙人に視線を送ると、視線に気付いたのか此方を見て口を動かす。
「後で」
だそうだ。まぁ、今の所はこの懸案事項は放置して置かないとな。幾ら考えても解らないものは解らん。
「何間抜け面してんのよ」
先程から一人でいそいそとホワイトボードに何かを書いていたハルヒが、仏頂面で俺を睨み付けている。そんなつもりはなかったんだがな。
「はい、お茶どうぞ」
「いつもすいません」
目の前に置かれた湯飲みを手に取り、朝比奈さんが煎れてくれたお茶を一煤り。いや、実に美味い。冷えた体も心も暖まるというものだ。
「へぇ…そう、みくるちゃんのお茶がそんなにいいの。ふーん」
ホワイトボードに何やら見覚えのある事を書き終えたハルヒが、不機嫌そうに此方を見てぼやいている。
一体何を怒っているやら、それよりホワイトボードに書いたのは放って置いて良いのか?
「今言う所よ。はい皆注目!」
ハルヒが声を張り上げホワイトボードを指差す。
「キョン、何て書いてあるか読みなさい」
「なんで俺が?自分で読めばいいだろ?」
「いいから」
はいはい、えーなになに。

クリスマス鍋パーティー、開催日12月24日、会場SOS団部室他にも色々と書かれているが、面倒なので割愛させて頂く。
「何勝手にはしょってんのよ。毎年恒例になっているクリスマスパーティーをやろうって言うのよ。勿論、皆暇よね?」
毎年って、まだ去年一回しかやってないだろうが。しかし、こうも既視感が強いと奇妙な感じだな。前と若干違う気もするが。
「ちょっとキョン、聞いてんの?」
「あ、ああ。でなんだっけ?」
「あんたは強制参加だから、いいわね」
「ちょっと待て、俺にも予定があるかも知れないのにそれはないだろ」
「何よ、文句あんの?」
こうなったハルヒには何を言ってももう駄目だ。仕方なく俺は承諾した。俺が机にうなだれる様に机に頭を置くと、古泉が囁く様な声で耳打ちしてくる。
「何やら彼女の様子がいつもと違いますが何かあったんですか?」
知らん、大して変わってないとは思うが。お前は何か解るのかよ。それより顔が近い、息が掛ってるぞ。
「これは失礼を。解ってしまうものは仕方ないといいますか、漸く落ち着く所に落ち着いた様で。おめでとうございます」
「ぐ…ま、まあいいさ」
「水を差す様で悪いのですが、一体どの様な台詞を仰ったのでしょうか、実に興味がありますね」
目の前の優男が俺が一番触れられたくない所に触れてきやがった。白々しい顔しやがって、どうせ知ってるんだろ。
「まさか」
あくまで白を切る古泉に睨み付けていると、
「何やってんのあんた達、前回に引き続き鍋でいいかしら?あ、後みくるちゃん鶴屋さんも呼んどいて。そうね…キョン。
なんなら谷口と国木田呼んでも構わないわよ。こういうのは大勢の方が楽しいからね」
左様で。しかしなんだ、昔からじゃ考えられないくらいに変わったなコイツは。
「そうですね、貴方のお陰で僕も当分はバイトを休めそうですよ」
「そうかい、そら良かったな。」

 

 その後、ダラダラと過ごし部活終わりを告げるチャイムが鳴る前に、正確に本を閉じる長門を合図にこの日の団活を終えた。
今、皆で帰宅の最中という訳で。しかし、ハルヒよ。もう少し離れて歩かないか。
「別にいいじゃない。それとも何?あたしが側に居たら困る訳?」
困る訳じゃないが、前の二人の生暖かい視線が痛いのさ俺は。
「解ったわよ」
そういうと寂しそうにハルヒが俯く。拗ねるなよ。やれやれ、仕方ない奴だな。
「ほら」
俺が右手を差し出すと、ハルヒは寒さなんて感じさせないような太陽の様な笑みを浮かべ、俺の手を取る。
「えっへへ…」
少し恥じらう様に頬を染め指を絡めてくる手を少しだけ強く握り、長門が以前に言った自分が選んだ未来に責任を持つという言葉を思い出しつつ、
俺も出来る限りそうしようと心に誓いつつ、ハルヒに小声で囁いた。
「ずっと一緒に居ような。ハルヒ」
その言葉を聴き、一瞬目を丸くし言葉を失っていたハルヒが再び大胆不敵な笑みを浮かべ、
「当たり前じゃない!このあたしと付き合うんだから覚悟しておきなさいよ!」
と叫んだ。その声に三人供振り向き微笑みを浮かべている。
自分の軽率な行動により羞恥心が悲鳴を上げ始めたが、人間諦めが肝心という都合の良い言葉を自分に言い聞かせなんとかやり過ごした。
そんな中、俺は忘れられない人物の事を思い浮かべていた。この時間に戻ったという事は、俺と成崎はまだ付き合っていないという事になる。
残念ではないと言ったら嘘になるし、実際に彼女に恋心を抱いたのは事実だ。
だが、俺と付き合う事が無ければ彼女はあんな目に合わないはずだ。いや、待て。あいつはどうなった?
"朝倉涼子"
まさか、このやり直された時間にも彼女は存在するのだろうか?そう考えるとぞっとするな。しかし、考え過ぎだろう。
そうだな、今は俺の手を嬉しそうに握るハルヒの側に居てやりたい。

 

 朝倉涼子の存在が妙な余韻を残し、俺の脳裏に焼き付いて離れなかった。
この時、もう少し考えて行動していれば運命は変えられたのかも知れない。
だが、運命とはかくも残酷な物でその在り様を変えられる事など容易ではない。
その認識は時間移動を幾度か行い認識していたはずであったが、所詮記憶というのは薄れるもので。
この先俺達SOS団は立ちはだかる運命という最大の敵に抗う事になるんだ。
そう、その時は刻々と近付いていた。


|