(この作品には原作には名前しか出ていないキャラクター及び、佐々木の母親が登場します。
そのため、それらのキャラクター性は想像です。ほとんどオリジナルキャラクターです。あらかじめ了承できない方はご遠慮ください)
私は今、月明かりに照らされている塾の帰り道を、どこかモヤモヤとした気分で歩んでいる。
いつもなら暴漢よけの盾役である彼の自転車の荷台に跨って進む道なのだが、今日は一人で孤独だ。
私以外に存在するのは夜空に浮かぶ月のみ。
なぜ彼がいないのか。それを説明するには少し時間をさかのぼる必要がある。聞いてほしい。
それは今日の昼休み、唐突に本人から宣告された。
「実家に帰る?キョン、キミはいつだれと夫婦喧嘩をしたんだい?」
「わかってると思うが一応言っとくぞ。帰るのはゴールデンウィークの一週間で、実家と言っても婆ちゃんの家だ」
彼の話を要約するとこうだ。五月の映画業界陰謀短期集中型一過性休日集合週間の間、母方の祖母の実家に帰省をするのが彼の家の伝統行事らしい。
どうやら親戚筋に彼を慕ういとこ達が多くいるようで、その子達のためにも、今年も帰省するとのことだ。面倒見のいい男だ。ご苦労様。
「ああ、そう言えばキョンは去年の今頃も帰省してたよね」
「へー、キョンくん、毎年ご苦労様。ちなみにその実家ってどんなとこ?」
国木田と岡本さんが話しに参加してきた。ああ、僕達のクラスのは席替えは個々の自由制だ。
五月の席替え時に様々な経緯を経て、僕達は揃って同じ班となった。その座席だが、僕の隣がキョン、目の前が国木田、国木田の隣が岡本さんということになった。
「山と川しかないド田舎だ。ついでに言うとコンビニは夜十時に閉まる上、車で五十分近くかかる」
「ふむ、それは僕達にとっては不便な場所だね。しかし、それだけ自然に満ち溢れた場所ということは、空気もきれいで体に害のない無農薬野菜が数多く栽培されているだろう」
まさに今流行のデトックスという奴だね。しっかり健康体になって来たまえ。
「しばらくは無農薬野菜と鮮魚しか食えねえな。まあ飯が美味いのは嬉しいことだな」
「今年もお土産楽しみにしてるよ。いつから行くんだい?」
この国木田の何気ない問いの答えに、僕は少なからず動揺した。
「今夜。親父の車でな。到着は深夜だな」
「え……、じゃあ今日の塾は?」
「ああ、今日は欠席することになってる。それと今週一週間は一人で帰ってくれ。すまんな」
「ま……まあ仕方ないことではあるね。うん、仕方ないね」
「ほらササッキー。そんなに落ち込まないで」
「何を根拠に……別に私は落ち込んでないわ」
「へー、そー」
岡本さんがヒキガエルを見つけたアオダイショウのようにニヤニヤと笑いだした。いったい何の笑みよ。正直不気味ね。
「べっつにー」
見れば国木田も寸分たがわぬ笑みを浮かべていた。なんだその気色悪い笑顔は。乳飲み子なら号泣する類の笑みだね。
「岡本さん。キョンが帰ってきた時が楽しみだね」
「うん、そーだねー」
わけがわからない。なんだこの困惑顔とニヤニヤ顔によるツーペアは。
というわけで、現在私は塾から自宅への夜道を一人で帰宅している。やれやれ、キョンの自転車の荷台が恋しいね。
……もちろん、早く帰れるという意味であり、他意はないけどね。
それから数日経ち、私は退屈な映画業界陰謀短期集中型一過性休日集合週間をおくっていた。
今までの休日なら大抵彼か私の家で勉強会を開き、彼の学力向上に努めていたが、一人ではどうも効率が落ちる。
こう、合いの手というのか、知識のキャッチボールが出来る相手が欲しいところね。
その時、リビングにある電話が鳴り響いた。母が私を呼んでいるので、私の用事らしい。……もしや彼からかもしれない。まあそうだったら嬉しいね。
『もっしもーし。キョンくんじゃなくてごめんねー』
電話口の相手、それは彼ではなく岡本さんだった。
「……いったい何のこと?あなたからでも十分嬉しいわ」
『「でも」ってことキョンくんの方がよかったんだ。ふーん』
「…………何か用?今、勉強中なの。用件なら手短にね」
ええ、わざと不機嫌気味に言ってるわ。文句ある?
『あたしさー、今、駅前に居るわけよ』
「それで?」
『彼氏とデートだったんだけどドタキャンされちゃってさ』
「それはお気の毒に」
『というわけで今から三十分後に駅前集合ね。じゃねー』
「は!?」
『聞こえ辛かった?』
「いや十分はっきり伝わったけど!何をいきな……」
そこまで言うと、隣でこのやり取りを聞いていた母がひょいと電話を強奪した。
「もひもひーいくいくーじぇんじぇんオーケーよー」
って鼻摘んでまでなに私の声帯模写をしているのですかお母様!しかも無駄に完成度高いし!
「うんわかった。じゃねー」
母は器用に片手で私を制止ながら電話を終えた。うぐっ、胸が潰れた。
「潰れるほどないでしょ。せっかく誘ってくれたんだから今日一日遊びに行ってきなさい」
母さんだって私と同……ナンデモアリマセン。
母はトルシエ監督に見られたらすぐにでもフラット3に起用しくなるほどのプレッシャーで威圧してくるので、
「……わかった、いまさら断るのも悪いから行って来るね」
と了承することになってしまった。なぜ私の周りの人はみんな話を聞かないの?
「ササッキー、こっちこっち!」
駅に着くとすぐに岡本さんに声をかけられた。
「そのササッキーってあだ名止めてくれない?かなり恥ずかしいわ」
「何をいまさら言ってるのよ。クーリングオフの期間はとっくに切れてるわよ」
いつそんなニックネームを購入したかしら?
「いいからいいから。じゃあいこうね」
いや、全然よくないから……やれやれ、やっぱり聞いちゃいない。
岡本さんは私の手を引っぱって、街中を駆け出していった。ああ、待ってよ。
岡本さんは遊び慣れてるのか、私を色々な場所へ連れて行ってくれた。洋服屋、アイスクリーム屋、ゲームセンター等だ。
彼女の楽しそうな顔を見ていると、何だか私まで楽しくなり、気がつけば私は自然と笑顔を作っていただろう。
そしてあたりが茜色に染まるころ、私たちは和菓子甘味処に入店していた。
「ありがとう岡本さん。今日はとっても楽しかったわ」
「どういたしまして。それにしてもササッキーのお母さんってすっごく面白いね。なかなかいないわよ、娘の声マネまでしてくれるお母さんなんて」
やはりバレていたか。
「へんな所見せてしまったみたいだね。すまない」
「いやいや、いいお母さんじゃない」
「……でもあんまり言いふらさないでよ?」
「………………うん!」
なんだい今の間は!?誓約書を書くことを求めるわ。
「あー、ちょっとトイレに行ってくるね」
待て!逃げるな!岡本さんは逃げるように(実際逃げただろうが)お手洗いに行ってしまった。
「……そう言えば同い年の女の子と街に出歩き、友好を重ねるなんて久しぶりかも」
前にこのように遊んだのはいつだった?たぶん中学生になってからは無かった気がする。
いつからだろう?私が周囲に壁を作ったのは……。
私が過去の記憶に思い耽っていた時だ。
「みくるぅどうだい?めがっさ美味しくないかいっ?」
「へ~これがこの時だ……コホン。とてもおいしいですー。ほっぺが落ちちゃいます!」
「そうかいそうかい!喜んでくれてあたしも嬉いっにょろ!あたしもここの金つばがむっかしから大好物でね~。うーん……ここの職人はめがっさいいしごとしてるねー」
「はい!鶴屋さん、また来ましょうね」
私達が座った席の真後ろに、同年代くらいの女性が座ったのだ。
一人は栗色の髪を腰まで垂らし、羨ましいほどに豊満なボディラインを持つ人で、もう一人は彼女以上に長い黒髪で、モデルのようにスレンダーな人だった。
しかもお互いとも、このまますぐにモデル事務所からのスカウトが引っ張りだこになりそうなくらいの容姿だ。
しばらく眺めていると、この二人は誰にも断ち切ることのできないほどの強い絆で結ばれていることがわかった。
かたや……私にはいるだろうか?それほどまでに固い絆を結んだ人間が。
「ん?どうしたのササッキー?」
「……ああ岡本さん。おかえり」
岡本さんが不思議そうに私の顔を覗き込んできた。
「ねえ岡本さん、なんで私を誘ったの?」
「ん?なに急に?」
「いや、他意はないさ。ただ、あなたならもっと親しい友達がいるじゃない?」
岡本さんは少し人の話を聞かない所があるが、総じて社交的だ。私じゃなくても良い気がしてしょうがなかった。
「うーん……特に無いわ」
へ?
「本当に理由なんかないわ。今日はなんにも予定なくて、ただあなたと遊びたくなっただけよ」
「……それだけ?」
「それだけ」
言い切った。どうやら本当になんとなくらしい。ん?
「……そう言えばあなた、今日は恋人とデートって言ってなかった?」
「………………あ」
岡本さんがわかりやすいくらいに目を逸らした。
「まったくあなたは……くっくっ、私を策略にはめるなら、もっとディティールにこだわらないとね」
「策略なんて言うほど立派な物じゃないわよ」
そうね。策略と言うには穴が空きすぎてたわね。
「むう!ササッキーひどい!」
「だからササッキーはよしてくれ」
「いーや!これからずっとササッキーって呼んでやる!」
はあ……何を言っても無駄だね、もう好きにしてくれ。
「うん!これからもよろしくねササッキー!」
「ああ、よろしく」
私と岡本さんはそこで固い握手を交わした。
そして映画業界陰謀短期集中型一過性休日集合週間が明けた最初の日。私は一週間ぶりの学校に、多少気分が高揚していたのを認めよう。
「ササッキー、やっとキョンくんに会える気分はどうー?」
岡本さんは一週間前と同様のアオダイショウの笑みを浮かべた。
「だからなんでキョンが関係あるのよ」
「へー、そー」
わけがわからない。
「ういーす、おう佐々木に岡本。おはようさん」
キョンが気ダルけな声で挨拶をしながら現れた。
よっぽどいとこの子供達に連れまわされたのだろう。顔が山の日差しに焼け、浅黒くなっている。
「やあ、おはようキョン」
パシャリ。
「ん?」
「けけけ、撮影完了!」
振り返ると、アオダイショウスマイルで岡本さんがデジタルカメラを構えていた。って何を撮影したの?
「見たい?あー、キョンくんはダメね。女の子だけでの話し合いだから」
そう言って岡本さんは彼にウィンクを送りながら、私を廊下に連れ出した。いったい何?
「ほら見てよ。こっちが一週間前のキョンくんが帰省するって聞いたときのササッキーで……」
……………………え?
「それでこっちがついさっきキョンくんに挨拶した時のササッキー!どう?全然顔が違うでしょ?」
その二つのデジタルデータを突き付けられた瞬間、頭の中で数日前に甘味処に一緒に行った女性……つまり岡本さんね。彼女が「チェックメイト!」と、満面の笑顔で宣言した。高らかに親指を立ててまで。
「……………………おおおおおお岡本お!!!!」
いつの間に隠し撮りしたんだ!?盗撮は最低でも二年以上の懲役刑の実刑だ!!
「ねー、こんな嬉しそうな顔ってどんな人に見せるのかなー?」
なんだそのニヤニヤ顔は!!絶対にわかって言ってるでしょーが!!
「でもそんなにムキになるってことは……こりゃマジだねおじょーさん!」
くっ!ここまで動揺したからにはどうやっても誤魔化せない!ああそうさ!私はキョンが大好きさ!彼のそばにいるだけで心臓が止まるくらいドキドキするさ!悪いか!!
と、最後の単語だけを叫んだ。
「まあ黙っててあげるよササッキー。あたしたち友達だもんね!!」
それは友人に見せる類の笑顔ではない!詐欺師が相手を詐欺にかけたときのほくそ笑んだ時の笑顔だ!クソ!この前の甘味処の時とは比べ物にならない策略だ!おのれ岡本!
私はオーバーヒートした頭を必死に冷却しながら、目の前の悪魔岡本を何とかして黙らせる方法を模索していた。どうすれば一矢報いられる。考えろ私!
「……じゃあ聞くが」
「なにササッキー?」
「………………こんな微妙な変化、彼が気付くとおもうか?」
「…………あ…………………………………………ビミョー」
そうだ、これが気が付けるくらい彼が敏感だったら、とっくに僕達は交際を始めてるさ。
「……やれやれ」
完