(この作品には原作には名前しか出ていないキャラクター及び、キョンの母親が登場します。そのため、そのキャラクター性は想像です。ほとんどオリジナルキャラクターです。よってあらかじめ了承できない方はご遠慮ください)

 

 

 

 夏休みは明けたが残暑という名の余韻に体を焦がし、季節は秋。校庭からは華々しいほどに煌びやかに着飾ったチアリーディング部の女生徒達、廊下にはトランペットやサックス等の演奏の間違いを減らしているブラスバンド部員、その他来週に控えた体育祭の中で披露するレクリエーションの関係者達が、校内のさまざまな場所に散らばって練習を行っていた。
 僕達はその光景を視界の片隅に置いておく程度に眺めながら校門を通り過ぎた。
「やれやれ、たかだか中学校の一イベントだって言うのに熱心だな」
 彼はチアリーディング部の華やかな音楽が鳴っている方角を見ながら呟いた。
「キョン、今すぐ鏡を見てみるかい?キミによく似た間抜け面が写ると思うよ」
 僕はキョンの間抜け面には目をくれず、手にした単語帳を覚えてはめくる反復運動を繰り返しながら言った。
「ほっとけ。健全なる男子生徒なら当然の行動だ」
 開き直りやがった。彼がノーマルな性癖を持ってることを確認できてよかったと思うべきか。それとも、はるか彼方の米粒の集団に敗北をきっしたことを憂うべきか。この助平。
 とりあえず彼のふくらはぎ部分へと、足で軽い衝撃を伝達しておいた。
「痛いです佐々木さん」
「失敬。ただでさえ血の気の薄いキミの血を吸血する蚊が見えたのでね。退治しておいたよ」
「もう秋だぞ」
「根性のある蚊なんだよ。きっと」
「お前も鏡見るか?今ならお前によく似たリスが写るぜ」
「……うっさい」
 よし、今日の勉強会は特別に難解な問題を出題してあげよう。くっくっ、彼の苦手分野は既に把握済みだからね。なに?心が狭い?文句あるかい?

 

 


 まだ残暑が厳しいとは言え、現在は秋。秋空には鰯雲が浮かび、富士山には初雪が降り始める季節だ。彼の家に到着する頃には、月がこの世界に顔を出し始め、通学路を照らす直前だ。あと一時間もすれば完全に夜になるだろう。
「あーキョンくんーおかえりー」
「はいよ、ただいま」
 キョンが妹さんの頭を軽く撫でると、妹さんは猫が笑ったかのようなご機嫌な笑顔を形成した。
「ササッキーちゃんもいらっしゃーい」
「こら、佐々木さんだろ」
 ふふふ、こんにちわ。
 ササッキーとは私の俗称らしい。前に国木田と岡本さんとで一緒に彼の家へ訪問した日があって、岡本さんが私のことをササッキーと呼んだ瞬間、私は妹さんからそう呼ばれることになってしまった。
 最初こそ私は戸惑ったが、これが妹さんなりの友好の証だとわかったので特に気にせず受け入れている。
「俺の部屋で勉強するから邪魔すんなよ」
「はーい」
 妹さんは無邪気な返事をして、奥のリビングに消えていった。
「くっくっ、実によくできた妹さんだね。常々そう思うよ」
「あれで俺をお兄ちゃんって呼んでくれれば言うことがないんだがな」
 あの無邪気さはいつまでも大切に持っていてほしいね。昨今の世の中には、まさにこう言った純真な心が必要だと思うよ。
「そうだキョンくんー、ササッキーちゃんが可愛いからってエッチなことしちゃダメだからねー」
 …………無邪気な発言は時に場の空気を凍らせるということを思い出したのは、私が靴を脱いだ瞬間だった。いや、実はわかって言ってるのではないのか?後で真意を問いただす必要がある。

 


「ふわー、今日はいつもより難しくなかったか?」
「いつまでも同レベルでは進歩しないからね。ワンランクアップと言ったところかな。もちろんキミの思考力を超えないギリギリのランクアップのつもりだけど……」
 彼から返却された僕自作の問題集に赤ペンで答え合わせをした後、僕は素直に感嘆の声を上げることとなった。
「正に驚きだ。もちろんサプライズではなくワンダフルといったところだけど……すばらしいよキョン。ここまでできるとは予想以上だ」
 正解率は90パーセント超えていた。しかも間違いの箇所だって簡単なケアレスミスのみ。もし同じテストをやったとしたら、次は確実に満点が取れるだろう。
「たまたまだろ。お前に重点的に教えられたのが立て続けに出てくれたからな」
「まあ確かに今回は基本が出来てればわかっただろうが……、キョン、市立に進路を変える気はないかい?県立高校の学生には失礼だが、これだけ取れて県立では正直言って勿体ない」
「大袈裟な奴だな。別に北高でいいよ。近いし」
 まったくキミって奴は。僕は額に手を置いて溜息を吐いた。
 キョンの成績が今まで悪かった理由。それは決して彼がアホなわけだからではない。というより、彼がもし一年くらい本気で勉強すれば、おそらく僕ぐらいなら容易く抜くだろう。彼の理解力や発想力は僕のそれをはるかに凌駕しているからね。
 でも彼にはその欲が無い。知識欲が薄いと言ってもよい。
 つまり彼は頭がいいくせに勉強が嫌いなのだ。自分の興味があること以外に思考回路を使いたくないのだろう。
 そして自分の能力に気づいていないことはある意味バカだ。もう一度言う、勿体ない。
「正にやれやれだ。しかし……これはなにか褒美をあげるべきかな」
「褒美?なんかくれるのか?」
 褒美という単語に彼が食いついてきた。現金な男だ。
「鞭を振り上げて無理矢理勉強を強いてもしょうがないからね。たまには飴もあげるべきだと思っただけさ。よし、ここはベタだがキミの願いを叶えてあげよう。もちろん倫理的かつ健全な範囲でだけどね。なにがいいかい?」
「俺の願い?うーん……」
 しばらく彼の思案顔が眺めていたときだ。
「キョンくーん、ばんごはんだよー。ササッキーちゃんもいっしょに食べよー」
「おう。佐々木、ああ言ってるし食ってけ」
 ならお言葉に甘えさせてもらうよ。キミの母上君の夕食は、僕にとって至高と究極の一品にも勝るからね。

 


「どう、佐々木さん。お口に合う?」
「ええ、とても美味しいです。我が家は共働きですから、どうしてもできあいの惣菜が多くて。このような晩御飯を毎日食べられるご家族が羨ましいです」
「まあ!佐々木さんったらお上手ね。やれやれ、うちの息子なんか出てくるのが当たり前にしか思ってなくてね」
 彼が「やっぱ食わすんじゃなかった」と言った顔つきでテレビを見ている。こらこら、食事はへその前で食べるというのが常識だよ。
「キョンくーん。チャンネル変えるねー」
「ああ、ところで何観るんだ?」
「わかんなーい。なにやってるかなー?」
 妹さんが適当にチャンネルを変え始めた。歌版組、ドラマ、バラエティと変えていったが、妹さんの琴線に触れる番組はないようだ。
「ん?キョンくーん、なんでこのお姉ちゃんたちは女の子なのにキョンくんとおんなじ服を着てるのー?」
 ニュース番組に変わったとき、どこかの地方の中学が写っていた。そしてその映像というのが、女子生徒が学生服を着て、さながら応援団のように野球大会を応援している映像だ。どうやら夏の全国大会のドキュメントらしい。
「ほー、女子応援団なんか実在してるんだな。てっきりチアガールだけだと思っていたんだが」
「僕もこのような応援風景は初めて見るよ。うむ、とても素敵だ」
 逞しくて、そのうえ華もある。僕は決して百合の気があるわけではないが、しばしその勇姿に見惚れてしまった。
「お、次のバッターはエースみたいだな。おーおー、応援が一段と力強くなったな」
 エースバッターは中学生にしては長身で、キョンには失礼だが、彼よりも端正な顔立ちをしていた。それなりの格好で微笑を浮かべた写真をモデル雑誌に掲載すれば、すぐに女性ファンがつきそうな容姿だね。
「おお!場外ホームラン!スゲーなこいつ。サヨナラじゃねえか」
「ふむ、彼は僕達と同級生らしい。これで彼の中学生活に良いピリオドがうてたようだね」
 最後にその中学の野球部全員と女子応援団の面々が涙を流しながら歓喜する映像が流れて、ドキュメントは終了した。
「ササッキーちゃん、カッコよかったよね」
「ええ、とても素敵だったわ」
「ねー!ササッキーちゃんもあのカッコして!見たい!」
 ええ!?それはちょっと……
「やだやだ!見たいったら見たい!」
「キョ、キョン、キミからも何か言ってあげてくれないか?」
 僕は親友である彼に助けを請うた。が、
「よーしよし。今度うちの中学の体育祭に来い。佐々木がそこで見せてくれるってさ」
「はあ!?ちょっと待って!いきなり何を言ってるの!」
 つい勢い余って女言葉になってしまったが、今はそんなことどうだっていい!
「さっき言ったじゃねえか。ご褒美に何でも言うこと聞くって。だから今度の体育祭の時にその格好で応援してくれ」
「それは褒美ではなく罰則だ!僕限定の!」
 キミにコスプレ癖があるとは思わなかったよ!これなら数分前の妹さんの提案を承諾するべきだった。そうすれば披露する人物はここにいる三人で済むからね。体育祭では他の父兄に見られるのだ。羞恥プレイもいいところだ。
「褒美だよ。俺が見たいからな」
「え?そ……それはどういう意味だい?」
 まあ、キミが僕の違う側面を見たいと言うなら……
「決まってるだろ。ずばり面白そぐぼあ!」
 僕の使用していた箸が彼の鼻孔を貫いたのは言うまでもない。

 

 

 

 

 そして体育祭当日。
「うう……本当に着なければならないのかい?」
「ほれ、まあ楽しみにしてるぜ」
 キョンはそれだけ言って、僕に自分の学生服を渡した。
「……屈辱だ。羞恥の極みだ。恥ずかしすぎる」
「ササッキー、諦めて早く着替えて着てよ。写真とるんだからさ」
 岡本さんがカメラを持ってにじり寄ってきた。今の私にとって、その姿は処刑執行人より恐い。ちなみに岡本さんも学生服姿(上着のみ。下は短パン)だ。
 さすがに一人では恥ずかしいと思ったので、あの日の翌日、拒否されることを覚悟の上で岡本さんにも持ちかけた。……嘘だ。本当は岡本さんと手を組んで、彼の企みを無に帰そうと考えたからだ。だが、
「ササッキー!それ最高よ!どうせならウチのクラスの女子全員でやりましょう!キョン君GJ!」
 ……神様はどうしようもなく底意地の悪い奴だった。いや、私の人選ミスか。新体操部で人前に出ることに慣れている岡本さんに持ちかけた私が馬鹿だった。
 そしてこの提案が誰にも咎められることなく、気がついたら女子応援団結成だ。なんで誰も嫌がらないんだ。どれだけノリがいいんだよ。しかも提案したのが私だと言うだけで、応援団長は私だ。くっ、あんなにてるてる坊主を逆さに吊るしたのに。なんでこんな日に限って快晴なんだ。青空がこれほど憎く感じた日は人生初だ。
「仕方ないわね。だったらあたしが着替えさせてあげるわ!ほら男子は出てって!そりゃ!」
 わかった!着替えるから!せめて自分でやらせて!

 


「キャー!素敵よササッキー!女のあたしでも惚れちゃいそう!」
 岡本さんがそう言いながら抱きついてきたので、とっさに横に回避した。もしや百合の気が?
「ササッキーったらノリ悪い」
「あなた達がハイテンションなだけよ。なんで私がこんなことを……」
「そうだ!団長だしハチマキして。きっと似合うって」
 どうやら私の文句はつっぱねる気概なのね。もうどうにでもなれ。
 すると、岡本さんは自分のカバンから白いハチマキを取り出した。って、あらかじめ用意していたということは最初っから装着させるつもりだったんだね。おのれ岡本。
「どうせならキョン君の好きなポニーテールにしたげるわ。ちょっと短いけどくくれるわね」
「なんでキョンが関係……今度こそ待って。誰がそんなことを言ったの?」
 初耳だ。そんな嗜好がキョンにあったとは。
「キョン君がちょっと前に熱弁を奮ってた。「ポニーは黒限定」とか「うなじは男を最も誘惑する部位」とかね」
 岡本さんが僕の髪をいじりながら答えた。
「どんな状況でキョンがそんな熱弁を奮ったのかは後で彼から聞くとして、ポニーテールか」

「え?キョン君の彼女なのに知らないの?」
 その瞬間の岡本さんの顔は、真夏の夜に幽霊を見た物理学者と同じ顔だと思われる。
「私と彼はそんな関係じゃないわ」

 ……ああ、認めたくないけど事実さ。

「それより今度デパートでウィッグを買ってみよう」
「「ウィッグはポニーテーラーの冒涜だ」とも言ってたわよ」
 仕方ない。あと数ヶ月の我慢か。

 


「はーい、男子たちも入って来ていいわよー」
 僕の着替えが完了したので、岡本さんが廊下にいるクラスメイトたちを招きいれた。もう今更どうでもいいが、この体操服に学ランとは中途半端ないでたちはどうなんだ?
「フフフ、佐々木さん、とってもカッコいいよ」
 国木田、月並みなお世辞ありがとう。
「やるな佐々木。こんどうちのアメフト部にも応援に来てくれ」
 絶対にお断りだね。中河。
 国木田も中河も、僕を見るなり適当なお世辞を述べた。しかし、
「キョン。キミが着てくれと言ったから不本意にもこんな格好をしているのだ。少しぐらいなんとか言ったらどうだい?」
 彼は絶句してしまっている。誰のせいでこんなことになったと思っている。僕は絶句しているキョンの目の前へ出た。
「あー、そのなんだ……決して似合っていないわけではなくてな……」
 キョンが挙動不審に目を泳がすので、彼の顔を両手で無理やり固定させた。
「失礼な奴だ。こっちを見たまえ」
「いいか、一回しか言わないからしっかり聞け」
 キョンは僕の肩を掴みながら、こう述べた。

 


「佐々木」
「なんだい?」
「似合ってるぞ」

 


 本当にキミという奴は。やっぱり罰ゲームになったじゃないか。ハッハッハッ、なんて高度な羞恥プレイだ。恥ずかしすぎる。……まあいいか。許してあげるよ。
 なぜか?やれやれ、僕と彼の顔を見ればわかるだろ?

 

 


 『おあいこ』だからさ。

 

 



|