四時間という普通に考えればあまりにも長い時間をまったく感じさせないくらいに、俺たち…というか一方的に死神が話し込んでいたらしく、項垂れながら時計を見ると、集合時間に間に合うかかなりヤバい短針と長針を指していたので、俺は古泉にサッサと支払いを済まさせ急いで駅前喫茶店へ向かった。
 結構な急ぎ足で来た俺の足のおかげからかして、集合時間の五分前にキッチリ着くことができ、晴れてもう一度奢りの刑に処されることなく無名の奢りの寿司を食べるだけとなった。 だが、もし俺が遅れていたとしても無名のプラスαにはなれなかっただろう。 なぜなら、俺のサイフの中身はまさにデッド・オア・ライブ真っ盛りであるからだ。

「さっ、みんなそろったわね!
 それじゃ、無名のサイフを空にするべく『団長様の日ごろの功績に団員たちは感謝!の会』を開催するわ!!」

  訳のわからんネーミングを高らかにのたまいながら、ハルヒは自身を先頭にどこかの勇者の後を陳列するパーティーのように引き連れていった。
 熟考しているのだろう古泉は、ハルヒの後をおとなしく付いている朝比奈さんのあとをあごに手を当てながら歩いている。 その後ろには、その古泉が考える素を振り撒いた無名が、何事もなくポケットに手を突っ込みながら辺りを観察するように見回して歩いていた。
 というわけで、必然的に俺と長門がうしろのほうになるわけだが……、どういうわけか俺たちは前の三人を見習うことなく横同士で並んでいる。 いや、正直に言おう、無名のうしろには長門が歩いていた。 だが、長門の後ろを歩いていた俺には長門のうしろ姿から出る『放って置けないオーラ』が見ていられず、つい長門のとなりに並んでしまったわけだ。

「大丈夫か。 何か、あったのか?」

「………………」

  俺の問い掛けに、長門はジッと俺を見上げてきた。 歩調は変わらない。 だが、俺は吸い込まれそうなその瞳に籠められた感情を読み取ったとき、周りの速度が遅くなったように感じた。
 過去を想起しているような『悲しさ』、自身のすべてを否定されていたような『寂しさ』、そしてそれらに相反するように『今を生きている『喜び』』。 長門を苦しめているのは、この『カオス』なのだろうか? 無名はいったい、何をしやがったんだ?
 長門は、フルフルと首を横に振ると、ほんの少し、ほんの少しだけだが俺に言い聞かせるようにこう言った。

「なんでもない……」


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  着いた先は、「本当に大丈夫なのか?」と自然と口に出てしまうような店だった。 どう考えても高校生が来るところじゃない、場違いにもほどがある。
 しかし、そこは我等が団長さま。 板前さんの思いっ切り訝しいんでる目も気にせず、

「まずは、大トロ三貫よ!!
 そして、中トロは二貫!! さっ、みくるちゃんもジャンジャン頼んじゃいなさい!!」

  朝比奈さんが、無名のほうへ『本当にいいんですか?』という眼差しを送っている。 無名は肩を竦めて、「別に訊かずとも良かろう、好きに為(せ)い」と他人事のように平然と言っている。
 朝比奈さんは、それはもうかっぱ巻き一皿でお腹一杯になりそうなイメージしかないからな。 そんな遠慮せず、無名の『奢り』ですから気にしなくて食べてください。 俺のときは遠慮してくれても、良かったですが。
 「それじゃあ、」とかわいらしく朝比奈さんが言うと、やや遅ればせながら古泉も「では、僕も」と言って、

「あたしは、ウニとイクラとイカとブリで」
「僕は、大トロ五貫程度でお願いします」

  俺は耳を疑った。 アレっ? 俺の耳は、天使の声が悪魔の注文をしたように聞こえたんだが、気のせいか?
 それと古泉、こういう店で『大トロ五貫『程度』』はないからね。 そのへんの、安い百均寿司とはわけが違うんだよ。 ゼロが一個多いんだよ? 気付いてたか?
 ある種今日の無名に対する仕返し的なもので、『高い寿司食ってやる』的な目論見だろうことは容易に見抜けた俺は古泉の子供っぽい一面にため息を吐きつつ、まだ品書きをジィッと見ているとなりの団員へと声を掛けた。

「おまえは、なに食うんだ?」

「………………」

  俺の顔を一度見たあと、また直ぐにメニューに目を移して淡々と応えた。

「関さば」


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  結果的に言おう、俺たちはあまり食べれなかった。 ハルヒもなんだかんだ言って十貫も食べていないし、古泉も七貫と奮闘していたわりに食べれていない。 意外にも朝比奈さんが、古泉と似たり寄ったりの貫数を食べていた。 かわいらしく「もう食べれないですぅ~」とか言っていたが、俺は朝比奈さんの認識を改めようと思う。
 俺はと言うと、三貫ほどでギブだ。 なんていうか、旨いのは旨いんだが腹にたまってくるというか……。

「当たり前じゃ、斯う云う魚介類等の旨い物も脂が甘いからじゃ。
 して、脂とは一番腹に溜まる物。 ならば、直ぐに満腹感を感じるのは必然的と云う訳じゃ。
 そして、斯う云った回転寿司の様な物で無い、値の張る高い寿司屋でなら特に脂が乗って居るからの」

  カウンターの端っこの方で寿司も食わず、一頻りなんか透明な液体を口に運んでいる無名だが、それはなんだ? 水か?

「米を発酵させて造った、エタノールを含んだ液体じゃよ」

 酒じゃねぇかっ!!

  俺がおっかなビックリすると、無名が事も無げに一蹴した。

「阿呆。 酒は、『百薬の長』と呼ばれる神聖な物じゃぞ。
 其れを飲まずして、一日の終わりを迎える事が出来るか? ………まあ、生物学的に云えば毒以外の何物でも無いがの…。
 其れに、『未成年』で在ろうと、主等も『酒を飲んだ』のでは無いか? 何処かで。 其れなら、儂を非難する事は出来ぬぞ。 キョンと云うm………」

  無名が正面に向けていた視線を俺のほうに向けたとき、話しかけていた声が止まった。

「おい、主よ。 其の娘を止めぬか…!」

  無名が若干あせっているような声で、俺になにかを言っている。
 長門をとめろだ? 長門のなにを……、

「げっ!」

  そこには二十段近く重なった木の皿の塔が出来上がっていた。 無論、すべて長門によるものだ。

「………………」

  美味そうにモクモクと食べ進んでいく長門を見ながら、俺はある種の無名に対する『嫉妬感』と長門に対する『苛立ち』を覚えた。
 それはまったくの見当違いの感情で、こんな感情を覚える自分自身がはげしく情緒を疑われるようなものだとはわかっていた。 わかっていたが……、

「おい長門、いい加減にしろ。
 そんなに食いたきゃ、いつか俺が連れて行ってやる。 もっと、美味い物をだ。
 いまはまだ無理だが、もうちょっと俺が大人になって、
 おまえが満足して食えるくらい稼げるようになったらな。

 だから、それまで待て」

「「「「「…………………」」」」」

  なぜか五人からの熱い視線を受け、はげしく動揺する俺だったが、長門が、

「わかった」

  と言い、次の言葉で今日の『団長様の日ごろの功績に団員たちは感謝!の会』は閉会した。

「もう、いい」


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  店の出り際、会計を済ます無名の「糞っ! 長門嬢の食欲は誤算じゃった!」という小声と「儂の諭吉が五人もぉぉお!」という押し殺そうとしても押し殺せなかった叫びが聞こえてきた。
 ご愁傷さま、ついでに、ご馳走さま。 死神の財政がどういったものかは知らないが、打てば響くというように要求すれば入ってくる形式だと思いたい。 でなければ、可哀想すぎる…。
 いったん、駅前の喫茶店に集まると、ハルヒにより解散が告げられた。

「明日は、まる一日休みにするわ。
 年中無休のはずのSOS団に、毎週休みを与えてくださる団長に感謝しなさい!
 それじゃあね、みんな! ばいば~い!!」

  現地解散らしく、颯爽と走り去っていくハルヒに続いて、「では、僕も帰らせていただきましょう。 みなさん、さようなら」と古泉が自宅方向へ歩き去って行き、「それじゃあ、無名くん今日はご馳走さまでした。 キョンくんも長門さんも、さようなら」とただ一人無名にお礼を言って去っていった朝比奈さんである。
 残された無名・俺・長門は、三人の姿がある程度見えなくなると供に帰路に就き、それぞれが分かれるまで他愛ない話をして、そしてわかれた。 その去り際、無名が長門になにか紙みたいなものを渡していたのが気になった。




   - To  be  continued - 


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