ちょうど正午ぐらいの時間に俺達は集合場所の喫茶店に集まって、又ぞろ俺の先程の財布の中身を半分にするオーダー、つまりニアリーイコール・ゼロにする注文がなされ、俺は読んで字のごとく『顔面蒼白』となっていた。
 言わずもがな、午前中にハルヒに買わされた代物がボディーブローのようにジリジリと俺の残り予算にダメージを与えていたのが今の俺の状態に拍車を掛けているのだが、それよりももっと気に掛かることがある。 それは、

「………………」

  長門の様子がおかしい。
 午前をあのクソ死神とともにいたからなのだろうか、その日本海にあるマリアナ海溝に沈潜する深海魚なみに沈んでいる表情が俺に向けられること無く、俺のおごりで頼んだ長門のハーブ・ティーにずっと注がれているからだ。 俺が正面にいるにも係わらず、だ。
 別にそんな顔を俺に向けて欲しいわけじゃない。 だが、さっきのような『悲しい』顔ではなく、『思い悩んでいる』顔なら俺に向けていい。 いや、むしろ向けて来いってんだ。
 なぜなら、俺はおまえの力になってやりたいからだ。 たとえなれなくたって、一緒に頭を痛めてこいつの苦しみを分かち合えることは出来るはずだ。

「じゃっ、あんたたち。 はやく引きなさい」

  昨日の無名の頼みにより、長門の細工で『俺と無名と古泉』がなることは既定事項だ。 今すぐ、長門の隣にいるこいつから聞き出さなくたって、午後からユックリと尋問してやりゃあいい。
 そう思って、俺はなおざりにくじを引き抜くと印なしだった。 その後順に、朝比奈さん・古泉・無名・長門と引き、最後に残りものには福がある理論のハルヒが引いて結果が告げられた。

「へぇ~、見事におとことおんなが分かれたわねぇ~。
 確率にすれば、1/16でしょ? ちょっと、出来すぎじゃない?」

  要らぬ第六感をはたらかせ、勘繰りを入れてくるハルヒを「そういう時もあるだろ」と一蹴し、俺はまたもや先に会計を済ませて外に出た。
 今回の伝票は、さっきと違って飲み物以外を頼んだのはハルヒと古泉と朝比奈さんだけだった。 いや、だけだったというレベルが表現的に間違っているのはわかっているが、『長門』が食べなかったのがどうも気になる。
 無名は朝ここに来る前に十分な腹ごなしをして来たのだろうから、俺と同じくして午前も午後も飲み物オンリー(ちなみに、俺はお冷)だったのだが、長門は普通に俺の金で食っていた。 だから、俺は今回も食い物を頼むだろうと絶望していたが、どうやら違ったらしい。
 長門が食わなかったことで瀕死状態を維持できた俺のサイフに、素直に喜ばない自分がどうも変な感じがした。


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  俺・無名・古泉は何処かの建物に内在する喫茶店で、それぞれにコーヒーを啜っている。 無論、みなブラックなのは言うまでもない。 だが、強制的にここでの支払いが古泉に、俺・無名による全会一致で決定したので古泉だけお茶請けならぬコーヒー請けを頼んでいる。 もちろん、古泉に人権はない。

「おや、ずいぶんと冷たいですね」

  聴覚情報をデーリート、ってことで、俺は古泉を軽くスルーすると眼前の長門とは似ても似付かない憎々しい無表情の白髪に全神経を集中させた。

「でっ、野郎二人も集めてどういう了見だ。
 お前も、『古泉族』の一員ってことでいいのか?」

「ふっ、主と一緒に為るな。
 儂は午後からの時間を考えた時程、憂鬱に成った事は未だ嘗て無い」

  俺の隣にいる古泉が、二人ともに認識の改めを申し立てようと躍起になっているが、俄然俺も無名も無視だ。 決して相手をするのが面倒くさいというわけではなく、初めから世界に飽和している空気みたいなもんだから、相手にしなくていいというのが今の現状だ。
 古泉が「ちょっと! それは言い過ぎですよ!! 僕にだって、基本的人権くらいは適用され……」、と次第に遠ざかっていく声でなんか言っているが無視だ。 声が実質的に遠ざかってんのか、心理的に遠ざけてんのかは判然としないが、物理的距離は一定のままだ。 むしろ、音源は暑苦しさを伴って近づいて来ている。

「儂は今から此の時間をfullに使って、主等に訊き質したい事が有る。
 先ずは主に就いて言及し、古泉と云う者は後回しにさせて貰うが、構わぬか?」

  俺は「勝手にしろ」と吐き捨てたが、「もちろん、構いませんよ」といつものスマイルに2割り増したニコニコ加減で応対していた。
 そんなに、相手にされたのがうれしいのか? 古泉?


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「儂は、主が或る究極的な二者択一の局面に到った時、主が選択した『理由』に甚だ疑問を持った。
 主は『改変された世界』から帰って来た理由に、『此の可笑しな世界』だからこそ帰って来たと云う様な事を云ったの。 と云う事は、だ。
 主はもう一度『涼宮嬢が創造した世界』なら、『其の世界』に居座ると云う事じゃな。 違うのか?」

  俺は頭が痛くなった。 なにを言っていやがるんだ、こいつは? 死神の頭ってのは、俺たち人間には一生理解できないのかも知れん。
 そう思って俺は古泉のほうへ目をやると、冷や汗をたらした古泉が口を押さえて思案していた。 お前には理解できたのか? こんな、素っ頓狂な言葉の羅列を?

「なるほど…、言葉の『パラドクス』ですね。

 彼がこの世界に戻ってきた理由が、『こちらの世界のほうが可笑しい・面白いから』ということなら、
 彼が一度涼宮さんの創った世界を拒んだ理由に『説明が付かなくなる』ということになります。 なぜなら、
 『涼宮さんが創った世界なら、もっと可笑しく・もっと面白いだろう世界であった』はずだからですよ。 あなたからすれば、ね。
 宇宙人や未来人や超能力者がわんさか道路を平然と横断し、空を自由に飛び回るスーパーマンさえいたかもしれませんよ、すごく楽しそうではありませんか。

 だから、『次に』涼宮さんがこの世界に愛想を尽かし新世界創造を行ったときは、『長門さんや朝比奈さん、僕を含めたこの世界を見捨てて』、そちらの世界に行ってしまわれるというわけですね」

  古泉がいくぶん真剣な目で、『本当にそう思ったのですか?』と俺に視線を投げかけてくる。 どういうことだ、お前は何が言いたい。 無名?
 俺がハルヒの世界を否定したのは、『あいつの世界には、『俺の知っているやつら』がいなくなる』からだ。 だが、もしそうだとしたら…、

「違う。 『元の世界の連中に、俺は会いたかった』。 それが、真実だ」

  これも、『答え』にはならない。

「ほほぅ、成る程な。 主が此方に戻って来た理由は、『オリジナルの此奴等』じゃったからとな。
 残念じゃなぁ、至極残念じゃ。 其れは、全く以って『答え』に成りは為(し)得ぬし、掠りも為て居らぬ」

  俺の予想通り、無名はこれを『答え』とは認めなかった。 まっ、俺でも違うと思ったものを、こいつが良しとするわけないことは察していたさ。

「涼宮嬢の世界創造では、『『有』を『無に返して』から、再び『無』から『有を造る』』と云う物。
 じゃが、長門嬢の世界改変は、『『有』を『其のまま』に為て、『或る時期』から『其の有を派生させた』』物。
 何故、儂には解かるのか? 其処まで、言い切れるのか? 其れはの、主も或の朝比奈嬢も明言して居るからじゃ。

 主は『歴史を変えた』とだけ云い、朝比奈嬢は『世界規模の時空改変』としか云って居らぬ。 詰まり、長門嬢は一度たりとて『世界を消す』様な真似は為て無いと云う事じゃな」

  俺には、こいつが『もっとも言いたいこと』がわかる。 たしかに、俺が戻ってきた理由が『あの世界のみんなを受け入れられない』ってんなら、俺はどんだけ非情な人間なんだよ。
 だが、事実として、俺はあの世界で『ただ一人だけ』認められなかった人物がいる。 それは、『嫌い』だとか、『気に入らない』からじゃない。 逆に、俺がずっと『こうなればいい』とか『ああなればいい』とか愚痴っていた『理想のあいつ』に一番近かったさ。 でも、俺は『あの世界』を望まなかった。 なんでだ?

「しかし、現に長門さんは世界を『改変した』わけですよね?
 なら、その世界の人たちは『彼にとって』まったくの別人ということになるのでは?」

  古泉が無名に、『普通』の質問をする。 だが、俺には無名の返す『答え』がわかっていた。 それは、ひどく『人間的な』回答であろうことにも察しが付いている。
 でなけりゃ、これが掠りもしていない答えだなんて言えない。 言えるか、ってんだ。

「成る程。 主の発言で、矢張り主が『思い遣りの無い人間』と云う事が再度確認出来た。
 主は『自分と共有する記憶』を持たぬ人間とは、『全くの別人』と認識すると云う事じゃな。 其の人物が、『其のままのidentity』を持って居ようとも。

 例えば、じゃ。 主が中学を卒業して『三年間』或る友人と会わ無かったと為よう。
 なら主は、『三年振りに』其の友人と会った時、其の友人は『今までの友人とは別人』と思うのじゃろ? 其の友人が『三年間供に過ごした性格のまま』で、在ろうと無かろうと」

「いえ、べつにそんなことを言っているわけじゃ…」

「何が、違うのじゃ? 如何解釈しても、斯う成らざるを得ないぞ。

 儂が若し人間で在ったならば、喩え『三年間の記憶に齟齬が在ろう』とも、『三年間過ごした其奴のままならば』儂は『其奴を其奴じゃと認める』。
 じゃが逆に、『其奴のcharacter』が、三年前の其れで無く『儂の嫌いな人間に成って居った』なら、儂は『変わってしまったのぉ』と友人としての縁を切る。
 何故なら、儂が人間として見る物は、『記憶』では無く『人間性』じゃからじゃ。 喩え姿・形が其奴で在ろうと、『其奴が其奴で無ければ』儂は其奴とは認めぬ」

  詰まるとこ、無名はこう言いたいのだ。 『その人が、そのままであれば。 人間は、その人を受け入れれるだろう』、そういうことだ。
 実際、俺はあの世界のハルヒや古泉や朝比奈さんを受け入れれた。 何故かって? じゃあ言ってやるさ、あいつらは『性格まで変わっていなかった』からだ。
 もし、俺があいつらを受け入れられなかったとしたら『俺は、『ハルヒがハルヒ』であろうと『古泉が古泉』であろうと『朝比奈さんが朝比奈さん』であろうと『ヘンテコな肩書き』がなければ認めない』ということになり、仮に『この世界』で初めから『一般人』のこいつらに会っていたとしたら『まったく興味も関心も無い人間』ということになっちまうからだ。
 とするなら、『SOS団の修復なら、長門が変えた世界でだって可能だ』。 だが、俺が戻ってきた理由が『この変な世界だから』だとしたら『ハルヒが創った世界でも同じことだ』。 それよか、『ハルヒが創った世界なら、もっと面白い肩書きの登場人物が出てきた』かもしれないんだぜ? なぁ、俺よ。 非常に矛盾してると、思わないか? 俺が戻ってきた、『理由』ってのが。

「……………なぁ無名、俺が戻ってきた理由ってのは…何なんだ?」

  俺は疲れ切っていた。 考えれば考えるほどに、俺のこの世界に戻ってきた理由ってのが分からなくなる。 それは、もっと根堀り葉堀り突き詰めて行かなければ解からない意味深長なものなのか、はたまた、何でもなくその辺に転がっているが気付かないだけの灯台下暗し的なものなのかすら分からない。
 古泉にこの無名が言っていることが解かるのかはわからない、だが、俺はこの無名という『死神』がいかに人間的に俺たちを見ているかが解かった。 そして、『長門』を。

「其れを、今日を入れて五日後の『主が死ぬ前日』までに、儂に持って来い。 其れから、『見送り』か『可』かを見定めて遣る。
 其れじゃあ、古泉と云う者よ。 主にも儂から非常に問い質したい、疑問が在るんじゃ。 構わぬか?」

  無名が古泉に何を訊こうと思っているのかは定かではないが、さっき無名が言った『思い遣りが無い』という発言に関するものじゃないかと俺は睨んでいる。
 だが、無名の問い掛けに古泉はアッサリと了承すると思っていたのに、古泉は逆に無名に対して質問を投げつけた。 まあ、して妥当だがな。

「すみません、『彼が死ぬ前日』とはどういうことでしょうか?
 それから、『見送り』や『可』。 それに『見定める』とは、どういった意味で使っているんですか?」


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  事のあらましを端的にだが古泉に俺が伝えて説明してやったのだが、その間向こう側の席で座っている無名がコーヒーを優雅に啜り、飲み干すともう一杯たのんで、二杯目の熱々のコーヒーをさぞ美味そうに飲むもんだから忌々しいにも程があった。 無表情だがな。
 そして、大方の事態を理解した古泉は「あなたも大変ですね…。 二人の神から監視されて」と、毎日という程では無いにしろ日頃から非日常に巻き込まれることに定評がある俺に労いの言葉をかけてきた。 まっ、いつものことだ。 何としてでも、俺の命は死守してやる。 文法的には、間違っているが。

「そろそろ、本題に入るぞ。 儂はの、
 主が如何に其の微笑みと云う仮面の裏で黒々とほくそ笑む『思い遣りの無い』人間かを証明して遣りとうてな。
 一つ、主に尋ねたい事が在るんじゃ。 其れは主が涼宮嬢の事を如何思って居るか、と云う物じゃ。 率直に訊こう、或奴の事を『好いて居る』よな?」

  単刀直入にも程がある、行き成りそんなことを訊かれても古泉だって戸惑うに決まってる。
 俺はメガッさビックリして、思わず見たくもない古泉の顔を覗き込んでしまった。 しかし、意外にも俺の思っていた様なことはなく、いつものスマイルを貼り付けたまま古泉は平然ととぼけて見せた。

「さあ? それは、どうでしょう?」

  その時、対面の無名の口許がニヤリと笑った。 いや、俺だからこそ気付けたものであり、無論、古泉はまったく知らない。
 だが、俺はその笑い方に何時ぞやのこいつと重なった。 そう、あの『死神』では無く『悪魔』を連想させような、ひどく卑しめた嘲笑う笑みのこいつと。

「然うか、然うか。 其れだけ聞ければ、もう十分じゃ。
 矢張り主は『思い遣りも糞も無い人物』だと云う事が、此れではっきり為たからの」

  古泉の顔が驚きに満ちている。 例えるなら、100点を取った答案を喜んで母親に見せに行ったときに、笑顔の母親から「それがどうした」と標準語で言われたときくらいの愕然とした驚きだろう。
 そんな時ほど、『取り付く島もない』という表現がピッタリなときが無いように思うのは俺だけでいい。 『為す術がない』も良いかも知れん。

「待ってください!! 何故、そうなるのですか?!」

「此れは儂が勝手に云うて居るのでは無く、彼(か)の孔子の言葉『巧言令色鮮なし仁』に由来する理論じゃ。

 主は度々、訊かれても居ないのに涼宮嬢の『魅力』や『常識さ』を呈したり、
 偶に当て嵌まりも為ない『不必要な形容詞』を付け足したりも為る。 例を挙げるなら、『可憐』とかかの。 余り面倒臭いので、ちゃんと調査しては居らぬが。
 じゃが、其れ等は全て主が毫髪程にも思っても居ない、唯の『当座賄いの発言』だったんじゃろ? ならば、『巧言令色鮮なし仁』が見事に当て嵌まるでは無いか」

  口をアングリと開けて絶句する古泉に、何気に『面倒くさい』とひどいことを言う悪魔化した死神が一気に畳み掛ける。

「あぁ、然うじゃ。 此れだけが、前例では無いぞ?

 朝比奈嬢に関して言えば、或の涼宮嬢の『玩具(おもちゃ)発言』の時の主の対応こそ素晴らしい。
 朝比奈嬢が涼宮嬢に『玩具』と云われた時に、此奴を制止した主の行動は儂も同感じゃ。 女を殴る事程、男として『最大の禁忌』で在る事は云うまでも無い。
 じゃが、其処からじゃ。 主は其の後、涼宮嬢の居ない所で此奴に向かって斯う云って居る。

 『あなたはもっと冷静な人だと思っていましたが』

 此れは、マイク・タイソンもモハメド・アリもびっくりじゃ。 まさか、『砂浜で悪餓鬼(わるがき)共に苛められて居る海亀を助けた直後の浦島太郎に向かって、『あなたはもっと冷静な人かと思っていましたよ』と云う位のシュールな発言』なのじゃからなぁ。 儂ならば、『主が怒るのは至極尤もじゃ、然し涼宮嬢に常識や倫理と云う類(たぐい)の物は通用せぬ。 じゃから、世界の安定の為には朝比奈嬢の様な従順な対応も取らざるを得ない時も在る。 今は、堪えよ』と云う様な涼宮嬢を『非難する』事を云うじゃろうな。 

 そして、長門嬢に関する物は此れじゃ。

 『変化と言えば、涼宮さんだけでなく僕たちだって変化しています。 あなたも僕も、朝比奈さんもね。
 たぶん長門さんも。 涼宮さんのそばにいれば、誰だって多少なりとも考え方が変わりますよ』

 此の発言を此奴が聴いた時、此奴は『意外なのは、長門嬢が少しずつ変わりつつ在る事に主も気付いて居る事』と云って居る。 と云う事は、主が『此奴程、長門嬢の異変に気付いて居らず』とも、『此奴と同じ様に』変化に関して『傍観』して居ったと云う訳じゃな。 所詮は此奴と同じ考えの、『唯の端末』と云う事でのう。
 しかし…、おぉっ!! 長門嬢に就いて述べるなら、『知らぬ間』に『思い遣り』の『無い』『者』が『二人も』出て来るでは無いか! 『主等』は、晴れて『思い遣りの無い、ツートップ』と云う訳じゃな。 めでたし、めでたし」

  無名がニヤニヤした顔で、腕を組んでコクコクと頷いていた。

 おいッ! 古泉!! お前のせいで、俺まで思いやりがない人間なっちまったじゃねえか!!

「濡れ衣ですよ! っていうか、あなたも気付いていたのなら上手くフォローしてあげればよかったじゃないですか!!」

 うるせぇ!! 俺は、長門のアレは良い兆候だと思っていたんだよ!!

「そんな後から付けたような事を言うなんて、卑怯ですよ! 僕だって、言うだけならそう言えますから!!」

 なんだとっ!?

「主の正論じゃ、古泉と云う者。 其の通りじゃ。
 『結果論』を兎や角(とやかく)云った所で、唯の言い訳にしか成りは為ぬ。
 主等は、紛う方無き『同罪』じゃ。 何方(どちら)も、長門嬢を『万能の道具扱い』して居た点でもな」

  実際、俺も古泉も『長門を便利道具扱い』したと言われては、ぐうの音も出ない。
 両者とも、事ある毎に活躍した長門に『労いの言葉一つ掛けていない』し、古泉も十分長門に『丸投げ』した場面が多々あった。
 いや、まだ俺のほうが長門のことを気に掛けたり気にしたりしていた…はず…だ。 それ以上、何もやっていないのも確かだが…。
 こうして、喧嘩というにはあまりにも見苦しい俺たちの罪の擦(なす)り付け合いに、無名がバシッと結論付けた。
 無名のこの言葉に、ミジンコ並みに肩身が狭くなって、江頭2:50なみに面目が崩壊してしまったように、俺は感じた。 江頭スキーの方々、スマン。

「さて、主等が『思い遣りの無い人間』と証明した所で、次の議題に入ろう。
 涼宮嬢が、如何に『腹黒く』・『表面だけの仲間』と思って居るかと云う愉しい議題へのぉ……」

  俺は見た。 古泉の顔がさっきまでの顔より、何万倍も真剣な顔で無名を睨んでいるのを…。


----------------------------------------


「ほぅ、それはとても楽しみですね。
 一体、何を根拠にしてそんな捏ち上げをほざけるのか」

「ほほぉ、主は儂が荒唐無稽な虚辞を申して居ると決め付けて居る訳か。
 ははっ、頼もしい若僧じゃ。 よもや、『死神』に食い下がって来るとは。 とは云っても、儂も此の世界に居る時間を合算すれば主等と変わらぬ年齢じゃがな」

 なんだよ、俺たちくらいの年か……って、ええぇぇぇえええええーーーーーー!!!!!!

  俺は驚愕した。 なんでかって、それは俺があの無名の遠い目を見たときにスッゲェ大人っぽく感じたんだが。
 アレか? 精神的な年齢が大人だったってことか? じゃないと、これこそがこいつの荒唐無稽な嘘っぱちになっちまうぞ?

「儂の齢(よわい)が、軽く二十歳を超えとるとでも思って居ったのか?
 残念じゃったな、主の予想は大(おお)……と云う程でも無いが、外れじゃ」

  俺は年が行っているから白髪だと思っていた、自分を恥じた。 ついでに、爺くさい口調に騙されたことも。
 冷め切ったコーヒーを自棄(やけ)飲みし、俺は項垂れながら横目で古泉を見ると、揺るがない視線のままで無名を射貫いていた。

「だから、どうしたのですか? 若気の至りで涼宮さんのことを侮辱した、なんて理由になりませんが?」

「其れは、然うじゃろう。 儂は長門嬢と同じで、『逃げる事が嫌い』なんじゃ。
 じゃから、主にも釘を刺して置こう。 絶対に、儂の理論から『逃げるな』よ」

  古泉が「上等ですよ」と言って、公(おおやけ)に『死神』と『超能力者』のガチンコ・バトルが幕を開けた。 恐らく、一方的な展開になるだろうことは薄々予測される。
 しかし、この死神が言った『長門と同じ』というのがどうも引っ掛かる。 こいつは基本的に自分がそうだと認めないと認定したりしない、ってことは、いつかは分からないが『長門が逃げたくなるくらい追い詰めて』、その時に『長門が逃げなかった』ことで長門を『逃げないやつ』と認識したのかも知れん。 そして、俺にはソレに思い当たる時間が『今日の午前中』しか思い付かん。
 ってことは、十中八九、こいつは午前中に長門に何かを………。

「てめぇ! 朝のパトロールのときに、長門になにしやがった!!」

「主の話は後で聞く。 今は、此奴と儂の対話を優先するぞ。
 さて、古泉と云う者よ。 主に今から儂が『人間相手』に造った、涼宮嬢の『人間性の理論』を披露しよう。
 其れに、主が『非難すべき点』が在れば『非難して見よ』。 では、行くぞぃ。

 或る年の瀬の事じゃ、或る団体がスキーを為(す)る為に雪山を登って居った所、遭難してしまってな。 と或る館に入ったんじゃ。
 其の館内で、と或る少女が熱を出し倒れてしまったのじゃよ。 其の時に、或る団体の長をして居る者が『斯う』叫んだらしい。

 『古泉くん、有希をベッドまで運んでちょうだい。 キョン、あんたは氷枕を探してきなさい。
 どっかにあるはずだわ。 みくるちゃんは濡れタオルを用意して』

 そして、其の古泉と云う者はと或る少女を『単身で』抱き上げ、キョンと云う者は氷枕を探しに行き、朝比奈嬢は濡れタオルを探しに行った。
 さあ、此処で主に『通時的に観た』横槍と云う意見を差し挟ませて貰おう。 『此の様な場面』を、以前何処かで見掛け無かったかの? 然う、『孤島辺りで』な!」

  古泉は思い出すように口に手を当てると、「………もしや、朝比奈さんのことでは…」と呟くように言った。
 すると、無名は今までで一番大きく頭を縦に振ると、俺たちを戦慄させるような『理論』をまるでもがく虫の手足をもぎ取っていくように淡々と語りだした。

「然うじゃ。 或の朝比奈嬢が圭一氏が死んだと思って、『気絶』した時じゃ。
 其の時、其の或る団体の長は時系列からして雪山より『先』に、『斯う』発言して居る。

 『有希、みくるちゃんをあたしの部屋まで運びましょう。
 そっちの手を持って』

 然う遣って、朝比奈嬢は長門嬢と涼宮嬢の『二人の肩を借りて』部屋まで運ばれて居る。 なあ、可笑しいと思わぬか?
 何故、『朝比奈嬢の時と、長門嬢の時に手段が異なる』のじゃ?! 確か此奴は、『長門嬢を大事』じゃとキョンと云う者に高言して居ったよな? 長門嬢が倒れる『前に』!!
 なら、当の本人は古泉と云う者の横で長門嬢の『高みの見物』か? 或れ程までに豪語して居ったのに、『自分も運ぶのを手伝う』と云う発想は『無かった』訳じゃ? 朝比奈嬢では、『然う為た』にも係わらずか?
 幾等でも工夫すれば、『二人で運べる』ぞぃ。 『肩を貸す』のでは無く、『前と後ろから二人で頭の方と足の方を持つ』とか、『二人で横に並んで、腰から頭に架けて・腰から足に架けてを夫々(それぞれ)持って運べば良い』じゃろうが!
 そして、ふふっ……、此れを主が聴けば自然と笑ぅてしまうと違うかの?

 『有希もちょっと変だもの。 見た目は前と変わんないけど、あたしには解るんだからね。
 あんた有希に何かしたでしょ』

 如何に此奴の目が、『節穴』かが此れで解かる。 長門嬢の『見た目』に変化が無いと云って居ると云う事は、長門嬢の『行動』や『雰囲気』が前と違うと云う事に成ろう。
 なら、此の長門嬢の『行動』や『雰囲気』から、長門嬢が『主』よりも『キョンと云う者』の方に『好感』を持って居る事は全くと云って『察せ無かった』と云う事じゃろ? 面白いよのぅ。
 此の作り話を聞いて其の或る団体の長や古泉と云う者を選ばず、『キョンと云う者に相談したと聴いて』もの! 解から無かったとな!! 古泉と云う者で無く、キョンと云う者に『頼っても』のぉ!
 で無ければ、こんな事は出来ぬて。

 『古泉と云う者に、体を触れさせよう』等とな。 長門嬢の気持ちを考えれば、『特に』………」

  俺も古泉も、唾すら飲み込めなかった。 古泉にはこの俺とハルヒの裏話を聞いているというように作者さんがご都合主義で付け足したいと懇願しているから、古泉は知っている、ということになっている。
 しかし、俺の思考は無名の『ハルヒ理論』より、後に出てきた『長門理論』のほうに傾いていた。 『長門の気持ちを考えれば』、『古泉に体を触れさせない』とはどういうことだ? 長門だって、俺みたいなどこにでも居そうな一般人より、古泉のような無駄に微笑みが似合う美男子に運ばれたほうがいいに決まっている。
 俺はそんなこと望んでいないが。
 話が逸れた。 でもって、無名が言った『コウカン』という字はどういう字が当てはまるんだ? 『公館』か? 『高冠』なのか? 『後患』だとしたら、ちょっと傷付くぞ。

「『何れを選んでも良い』と成った時、其れは裏返しに『選ぶ者』は『何れか選ば無ければ成ら無い』と云う事。
 『誰でも良い』のじゃから、『誰かを選ば無ければ成ら無い』。 『誰かを選らば無ければ成ら無い』なら、『自分に取って好ましい者』を選ぶ。 然うじゃろ?
 此の『好ましい』と云う意味には、『信頼』で在ったり『信用』で在ったり、そして『好き』と云う感情で在ったり為ても良い。 じゃが、其れ等は全て『選ばれた者の優位性』を明らかに示唆して居る。

 此の様に、今儂が云った理論は誰でも突き詰めて行けば気付くかも知れぬ。 じゃがな、敢えて云い切ろう。 此れは、『コロンブスの卵』の『視点』で観た理論じゃとな」

「くっ………!! そんなものは、屁理屈です……!!」

  古泉が顔を歪ませながら、イタチの最後っぺにもならないだろうことを言う。

「ははっ、主は何故(なにゆえ)に儂が合理的に導き出した涼宮嬢の人間性を否定する。 否、否定『出来る』。
 儂の理論に落ち度が有ったのか。 将又、主の脳にはヘドロでも詰まって居ったのかは定かでは無いが、
 理性とは人間にのみ与えられた物じゃとトルストイは説き、理性は全ての人間に与えられている事理弁別の能力であり真理に到達する為の物じゃとデカルトは主張した。
 主が或奴等よりも優れたる人間で在るならば、儂の言い分を虚言と言い切って或奴等を指差して笑えば良い。 じゃが、然うで無いのなら、
 儂が涼宮嬢の理論の前に云った『涼宮嬢に対する』主の行動の『意味』を、『理由』を、そして『因果関係』を答えとして此のキョンと云う者が死ぬ前までに、儂に論告せよ。
 じゃあの」

  それだけ言うと、無名はスッと立ち上がってまるで長門を思わせるような足取りで消えていった。 もちろん、伝票は残して。
 心的ショックが大きい俺も古泉も、ジッと肩を窄めて項垂れているだけで、お互いに顔が見合えばため息をつくという思っくそブルーな気分でもう十分程は動けなかった。
 言うまでも無く、無名を引き留めて長門のことうんぬんを聞ける体力もなかったことを、言い訳ではなく、追記しておこう。




   - To  be  continued - 

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最終更新:2008年08月22日 03:25