或のキョンと云う者の勲(いさお)に因って、今儂は前方で歩(あゆ)んで居る華奢な娘(むすめ)と同行して居る。 儂が事の発端では在るが、予想以上に此れからが一番面倒臭い事に成りそうじゃ。

「待たれよ、主。
 儂が主を或奴から引き離したのは、他でも無く或奴を抜いた状況で主に聞き質す事が在るからじゃ。
 しかし此の様な野外では、ゆっくりと話は出来ぬ。 儂は其処い等に散在して居る、茶屋にでも行く事を提案しよう」

「………………」

  儂が問い掛けて漸(やっ)と、此方を向いた長門嬢は相変わらず儂には読めぬ無の表情で居る。 此れを或のキョンと云う者は読み切って居るらしいが、儂には其の様な事が出来ずとも今まで養って来た『観察力』と『洞察力』と『論理力』で多少なり推測は可能じゃろうな。
 じゃが、斯う遣って見られて居るだけでは儂には何を云いたいかが全くと云って察しが附かぬ。

「勘定は、全額儂が持つぞぃ。
 何方(どっち)じゃ、行くのか行かぬのか」

「………………」

  如何やら、儂を無視して居る訳では無い様じゃ。 其の証拠に、僅かに此奴の顔が下を向いた様な気が為る。 気が為るだけじゃ。
 然し、大凡(おおよそ)の察しは附いた。 恐らく、此奴は次の様な事を懸念して居るに相違無いじゃろう。 健気なのか、莫迦なのかは判からぬがな。

「若し或奴等に見られた時には、儂がちゃんと事情を説明して遣る。
 或奴が早計に勘違いを為たならば、懇々と論理立てて説き伏せて遣ろう。
 じゃが、其の代わり一つ儂の云う事を聞いて貰おう。 主の其の動作、後十倍は動かせ」


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  今儂は何故だか解からぬが、飯屋に居る。 確か儂は茶屋と云った記憶しか無いんじゃが、此奴の後ろに附いて居ったら何時の間にか其れなりに値が張りそうな店に入って居った。
 なんじゃ、此れは。 諸葛孔明の罠か?

「お客様、ご注文をどうぞ」

「シーザーサラダ、渡り蟹トマトパスタ、牛肉の赤ワイン煮込み」

  ふむ、野菜に炭水化物に蛋白質とな。 中々、健康的なorderでは在るが値段もハッチャケて居るな。
 情報統合思念体と云う者の財源に際限は無さそうじゃから、儂が持つと云ったからでは無いじゃろう。 然し、主は此の世の『遠慮』と云う物を此の死神から学べ。

「お客様のご注文は?」

「お冷を呉れ。
 後は、何も要らぬ」

  注文の品が届くと、長門嬢は如何遣って食えば然う成るのか分からない速度で三つの皿を空に為てしまいよった。 儂の目測では在るが、三分も掛かって居ない様に思うぞ。
 此奴が鱈腹食べたとは到底思わぬが、幾許かは腹を満たしたじゃろうから儂は此処へ来た目的を完遂する為に長門嬢に話を切り出した。

「さて、そろそろ本題に入ると為ようかの。
 じゃが、本題と云っても儂が主に詰問するだけじゃがな。
 まあ、主はrelaxして応えて呉れたら良えぞ」

  長門嬢は、儂の云う事にこくりと首を縦に振った。 然うじゃ然うじゃ、其れ位の幅で全ての動作を行って呉れると有り難い。
 では、行(ゆ)くぞ。

「或奴に、一度殺された気分とは如何じゃ?」

 ――― ビクッ 

  儂の云った言葉に、凡そ予想していた程度に此奴は動揺した。 或のキョンと云う者が表現して居たならば、何の様に、或いは何の位にして表わして居ったのか、非常に興味が在るのう。

「或奴に云われた或の言葉に、主は何の位思い悩み傷付いたのじゃ?」

 ――― ガタリ

  不意に長門嬢は立ち上がると、儂に向かって次の様に言い訳にしか聞こえぬ事を云った。

「なんのことを、言っているのかわからない。
 わたしは、彼に殺されてもいないし傷付けられてもいない。

 ………すこし、気分がわるい。 トイレで休んでくる」

  すると、踵を返してすたすたと厠の方へ向かって行った。
 何を云うて居る、主の地獄は未だ未だ此れからじゃぞ。  さて、或奴が便所で休んで居る間に、儂は論理の整理・整頓でも為て置くかのぅ。


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  十分程過ぎた頃じゃったか、儂が腕組みを為て寝て居るとかたりと音が鳴ったので目を開けて見てみると長門嬢が儂の正面の椅子に坐って居った。 3割程は、儂を残したまま出て行くと予想して居ったが、如何やら杞憂で在ったらしい。

「少しじゃが、逃げるかと思って居ったぞ」

「…………逃げたところで始まらない。
 彼に言ったばかり、『未来における自分の責任は現在の自分が負うべき』と。
 それに、なぜそのような仮説に到ったのかを聞きたいという願望もある」

 良い心掛けじゃ。
 主はいっそ、男として産み出された方が良かったかも知れぬな。
 『現在の自分から逃げない』。 其の精神は、今の情けない人間共の模範と成れたで在ろう。

  そんな儂の言葉など嘸かし如何でも良いと云った感じに、「早く」と急かされてしまった。
 ふははははは。 催促されるまでも無い、精々吐き気を催さぬ様に気を附けろ。

「先に云って置こう、儂の此の理論は猿や虫程度の脳相手に造り上げた物では無い。
 或る程度理屈や道理の解かる、『人間』の脳に合わせて造って居る。
 じゃが其の或る程度とは、『人を殺した、其れは悪い事』や『1+1は、2に成る』程度の常識を持ち合わせて居れば良い。
 しかし、其れ等も『真理』では無い事は主ならば解かる筈じゃ。 …………或奴等の様な、阿呆には説明せなんだら行かぬがな…。
 話が逸れた。
 じゃから、儂が此れから主に訊く事の『外堀を埋める為に』、此の常識を遣わせて貰うぞ」

  儂の言葉に、長門嬢はこっくりと頷いた。

「主は、以前此の世界を改変した。
 じゃが、儂は『推理』では無く『主の口から直接』その理由を訊きたい」

  儂の質問に若干口をまごつかせて渋って居ったが、徐にぽつぽつと語り出した。

「あれは、わたしの内部に蓄積されたエラーデータがバグのトリガーとなって行われた異常動作。
 しかし、当のわたしにはそのエラーの原因物質、もしくは原因因子がなになのかがわからない…」

  大体予測していた様な応えに、儂は納得する。 当の本人には分かるまい。
 しかし、当事者に分からない事が、第三者にも分からないと云うのは全くの愚計じゃ。 物事は自分側からでは見えない事も、一つ距離を置いて他人から見る様に視た方が外形が良く解かると云う物。
 更に、薄ら寒いちんけな知識で驕り高ぶる世間知らずの詭弁家では無い、道理を弁え全てを見抜き其の上で其れ等を懐疑に掛けて行ったデカルトの様な者ならば自ずと普遍的な物が見えて来る。

「然うか。 ならば、此れから云う儂の言葉に耳を傾け、其れ等を聴いた上で、最後に訊く儂の質問に主が応える。 其れで、良いか?
 じゃが、先に断わって置こう。 儂は、主が改変した『原因の原因』を究明したいんじゃ。 主が『世界改変を行った理由』等、『キョンと云う者ですら解かって居る』からの」

「………………」

  儂の問いに長門嬢は全く応えない。 じゃから儂は、此奴の此の無言を肯定の返事として受け取った。
 まあ、或のキョンと云う者ならば、『無視』と表わして居るのか…其れは定かでは無いのぅ。

「儂はのぉ、主の造り上げた世界に甚だ疑問を持って居るんじゃ。
 何故か? 其れは、『世界を造り変えるには余りにも合点が行(ゆ)かぬ』事が多々在り過ぎるからじゃ。
 一つは、世界を変えれる程の力を持つ情報統合思念体の意識を、『何故、主が従属させ得る自身の支配下に置かなかった』。
 二つ、若し主が涼宮嬢の事を疎ましく思って居たのならば、『何故、或の世界に涼宮嬢を存在させた』。
 三つ、世界を変える程までに主が追い詰められて居たならば、『何故、世界を選択する猶予を与えた』。 否、言い換えよう、『何故、元の世界に戻るチャンス等を、残して遣った』のじゃ!
 最後、四つ目じゃ。 主は自身の思い通り・気の向くままに世界を改変したならば、『何故、主自身が或の世界に居ない』!! 『主が望んだ世界』なのにか?!」

  儂は確信して居る。 否、理屈で推理して行くと、此れ以外の結論が出ないんじゃ。 其れにのぅ、『斯う』考えると余りに辻褄が合う。
 そして、此の事は此奴自身気付いては居らぬ筈じゃ。 何故解かるのか? 其れはの…、

「………………」

  長門嬢が、答えぬからじゃ。

「或のキョンと云う者が云った、『長門はおかしくなった』とか。
 『こいつは、この世界に疲れちまったんだ』とか。 『ハルヒの思いつきに振り回された』と仄めかしたりとかのぉ。
 儂は其の全てを否定して、『主の改変した理由を探し、そして結論に到った』。
 『可笑しく成った』のならば、『何故自身が意のまま操れる世界を造ら無かった』んじゃ。
 『此の世界に疲れた』のならば、『何故世界を選択させる余裕を設けれた』んじゃ。
 『涼宮嬢に振り回された』からならば、『何故元凶の涼宮嬢を望んだ世界に存在させた』んじゃ。
 そしてのぉ…、『主が望んだ世界ならば』、『何故一番望んだ自身を世界に置か無かった』んじゃ。
 其処から導き出される結論は、唯一つ。

 主は、『自分自身を否定した』んじゃよ…」

  儂の言葉に長門嬢は、俯いた。 其の俯きが何を意味するのか、そんな野暮な事を儂は訊きとぅ無い。

「『わたしはわたしではないだろう』、主自身が予め明言して居る通りの事をキョンと云う者も然うじゃと認識して居った。
 若し、儂が先程まで云うて居った事に納得が出来ないと為るなら、一つ此れを考えて見ると良い。
 主が世界の全てを思い通りに変えれると為た時、『主は主の嫌いな物を如何するのか』。 其れをじゃ。
 若し主の嫌いな物に『ピーマン』が在ったとして、其れを主ならば如何する?
 儂ならば、『ピーマンを自分の好きな味、好きな色、見た目が厭なら消してしまおう』と為るじゃろう。 『全てが思い通りに成る』のじゃからな。
 しかし、主が為た事は凡そ人類で有り得ない至極頓珍漢な物。 今の現代日本社会や、功利主義を重んじるアメリカ・イギリスなら尚更にな。

 ピーマンが嫌いな筈なのに、『ピーマンを変えるのでは無く、食べれ無い自分を変える』と云う物。 そして、更に酷いのは、
 食べれ無い自分すら居なく、『自己のidentityを抹消し、今までの自分で無いidentityを造った』んじゃよ。

 そんな事を為る人間を儂は、『一人』しか知らぬ。 其奴は、共時的な世界でも少数ながら居る。 其れは、誰か?
 『自殺願望者』に決まって居ろうが。 しかも、『社会を憎みながら何も為ず死んで行く大莫迦者で無く』、『自身を酷く嫌い存在すらを否定してしまった可哀想な者』じゃ」

  儂と長門嬢の間を、沈黙と云う名の幕が覆い支配する。 儂は手元に在る冷や水が入った其れをぐいっと飲み干すと、幾分潤った喉で続きの言葉を問い掛けた。

「なら、主が『自分を否定した原因』とは何か。 『自身を嫌悪した基と成った物』は何か? ああ、主には『其の感情すら』解からぬ事は知って居る。
 其の理由に、儂は『通時的に観て』一つの疑わしき因子を推理した。 其れは先ず間違い無いじゃろうし、此れ以外に主の傷付く物が見当たらなんだ。
 さて、其の主が云う『改変の原因因子』と、儂が云う主の『自殺の素因』、そしてキョンと云う者が云った『感情』の『生まれる素と成った因由』と成った言葉とは、

 ……………『いいコンビだ。 付き合うといい。 長門に読書以外の趣味も教えてやれ』」

「………………」

  長門嬢は音も無く無言で立ち上がると、力無い瞳を儂に向け先程を彷彿させる様な事を云って来た。

「…………気分が悪い…。 もう一度、トイレで休んでくる…」

「逃げるのか」

  儂の責める様な言葉に長門嬢は儂が判かる程にふるふると顔を振ると、憔悴し切った様な悲愴な声で斯う云って儂の前から去った。

「………違う。 本当に気分が悪い」

  恐らくは、此奴に取って二度とは聞きとぅ無い言葉じゃったじゃろう。 しかし、此処を通らずして真理とは見えて来ぬ。 現実に目を背け、惰性に生きた所で、手に為る物は『無知』と『傲慢』だけじゃ。
 じゃから、頑張れ。 長門嬢。
 思い出したくは無くとも、此れを乗り越えれば主は更に強く成れる。


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  先より随分と時間が経った頃、覚悟と云う名の決意を秘めた精悍な顔付きで長門嬢が再び儂の前に坐した。 椅子が又かたりと奏で、儂に此の娘の『強さ』を示唆して居る様に思うた。
 と云うか、儂、何気に長門嬢の表情が読めて居るのか? 否、読めて居ると云うよりは、恐らく古泉と云う者の様に『雰囲気』で感じ取れたのだろう。 事実、儂は今目の前の無表情からは何も読み取れぬし…。

「熟々(つくづく)、逃げる事が嫌いな様じゃな。
 流石の儂も、主に尊敬の念を持つ事を禁じ得ないぞ」

「……………なら、彼の『見送り』を決定して」

 其れは、嫌じゃ。
 全く関係が無いからの。

  ちゃっかり或奴の事を話題に出して来るとは、いやはや、抜け目が無いと云うのか其れ程までに気に掛けて居ると云うのか…。 此の純情さ、此の純朴さ故に、或奴の言葉が突き刺さり自身の居ない世界まで創造する此の娘の『素直さ』が儂には酷く腹立たしい。
 何故、其れ程までにキョンと云う者に尽くすのか。 儂には此奴が理解出来ぬし、或奴の愚鈍さ加減にも歯軋りが出て来るわい。 まあ、儂の知った事では無いか。

「何故、儂が此の結論に到ったかと云うと、ポイントは
 『メガネ』と、『時系列』と、云われた後の主の『或る行動』からじゃ」

「……………それは?」

  此の様に其処だけを取れば余りにも不親切な儂のhintに、長門嬢は初めての疑問符を浮かべて問うて来た。
 まさか、此のまま何の解説も無く終わる訳が無かろうが。 今日で何と無く思ったが、長門嬢はせっかちなのかも知れぬな。

「向こうの世界で、主は『眼鏡を掛けていた』。 其処に疑問を持って着眼して見ると、の。
 主はと或る奴に『してないほうが可愛いと思うぞ』と云われ、そして『眼鏡を掛けるのを止めた』。
 しかし、其のと或る奴は『七夕が過ぎた後』の『主が『実際に経験』して居ない』出来事の中で、
 主に対して『いいコンビだ。 付き合うといい』とと或る奴とは違う別の男と付き合えと云い捨てた。
 さて、では主に限定せず、一般的に考えて儂は広く問い掛けて見ようでは無いか。

 『其のと或る奴の云った事を、『信用』出来るのか?』、っと」

  固まったままの長門嬢を其のままに為て、儂は一息吐(つ)くと言葉を続けた。

「『可愛い』と云われて主が眼鏡を外してから、主はと或る奴に他の男と付き合う様、『他に押し付けられ』る存在に成った。
 其れが、と或る奴の本心からか嫉妬心からかは解からぬが、事実として主は『然う云われた』。

 なら、主は斯う思ぅた筈じゃ。
 『彼はほんとうに、かわいいと思っていったのだろうか…』とな。

 と或る奴が『可愛い』と思って云ったのならば、『他に押し付ける様な発言は為ない』。
 其れなら、と或る奴が云った其の言葉は、『御座なりに出た虚言』と云う事に成り、更に他に押し付けられたのだから『眼鏡は外さ無い方が可愛い』と云う事に成ろう。
 じゃが、此処で主の『彼を信じたい』と云う『理屈も根拠も糞も無い主観』が割り入って来た時、其れは『深淵にうねうねと蠢く葛藤と云う名のカオス』の基と成る」

  長門嬢は視線を下に向けたまま薄く口を開け、溜め息を吐いた様に肩を軽く上下さすと、ぽつりと斯う云った。

「……………もういい」

「そして、其のカオスに因って主が始めた『異常行動』が在る。 其れは、『一々、と或る奴に確認を取る』事じゃ。
 簡単に解かるじゃろうが、主は『もう一つの可能性』として、『と或る奴に許可を取らずに行動した』事を考えた。
 じゃから、主は『或の出来事』の後から、『と或る奴に許可を求める』場面が多々出て来る。 と云うより、在る。
 しかし、其れはもう一つのカオスを産み出す。


 『唯の観測者で在る筈の自分が、何故観測には関係の無い『と或る奴の言動に振り回される』のか』と云うカオスがの。
 主の中で、観測に従事する『他からの言動に左右されない自分』が、『と或る奴の言葉に左右される自分』を蔑み、窘めて居ったのじゃろうから主は―」

「もういいと言っている。
 そろそろ時間。 わたしは、先に行く」

  此奴の制止の言葉を無視して話を続けて居った儂に堪忍袋の緒が切れたのか、長門嬢は儂を残して先に或の喫茶店へと戻ると言い出した。
 立ち上がって後ろを振り向き、店の出入り口から出て行(ゆ)こうと進んで行(ゆ)く其の背中に向かって儂は言葉を投げ掛けた。

「或の無限地獄の間、主は辛かったじゃろう」

「………………」

  振り向く事も無く、無言のまま長門嬢は歩を進めて行った。 此れは、完璧な無視じゃな。
 儂は大きな溜め息を一つ吐くと、午後から或の阿呆共に話さ無ければ成らぬ理論を考えた。 そして、頭を抱えたく成った。
 面倒臭いにも程が在る。 午前は長門嬢じゃから良かったものの、何が悲しくて野郎二人と御茶し乍ら話さねば成らぬのじゃ。
 しかも、男二人に熱く語る儂自身を想像等して見ると、吐き気を催して来るわぃ。

  とまぁ、そんな事を考え乍ら儂は樋口一葉がレジスターの中に瞬間移動する程度の勘定を払って、長門嬢が先に行ったで在ろう集合場所に向かって歩き出した。




   - To  be  continued - 


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