刻々と時間は過ぎてゆき、いつものように長門がハードカバーを閉じる音で本日も部活動終了となる。 はずだったんだが、

「主等は、先に帰れ。
 儂は下校時間が過ぎても、もう少し此の場に残る」

  と、もう半時間ほどで学校が終わるという頃に、唐突に無名がそう言った。 長門以外の皆が無名に『何故?』という目を向けると、無名はチョイチョイとコンポを指差した。
 ハルヒと俺は『なるほど』と納得したが、無論、朝比奈さんと古泉は『?』マークを出したままだ。

「音楽を聴く為じゃ」

  未だはてなマークの二人だったが、了解したハルヒを見ると餌を見せびらかされた犬のようにまったくそれに興味をなくした。
 朝比奈さんも古泉も、もうちょっと他に興味を持った方がいいと思うぞ。 ハルヒが納得すれば全てそれでいい、的な考えばかりではどうかと思うからな。

  そんなわけで、そのもう半時間とやらが過ぎて部活終了時間になったんだが…、

「……………」

  一向にこの寡黙な少女は本を閉じようとしない。 時間に気付いたハルヒが「あら、もう時間ね。 じゃあ、今日はこれで終わりにしましょうか。 解散!」宣言をした。
 朝比奈さんや古泉にハルヒが帰り支度をしている最中も、長門は俺が読んでも意味のわからない言葉が羅列した本とにらめっこ。 窓辺には、背もたれに踏ん反り返って足と手を組みながら目をつぶって音楽に聴き入る無名。 そして、この状況にどうしたものかと考え倦ねている俺が一人。

「あれ? 有希は帰らないの?」

「この本が読み終わるまでここにいる」

  どうやら長門は、俺の目測ではあと半分以上ある本を読破するらしい。 あと、何時間掛かんだよ。

「あんたは?」

  目敏く何をするでもなく突っ立っている俺を見付けて、ハルヒはそう問うて来た。 ううん…、どうしよう。

「ああ…っと、俺も残ることにするわ。
 お前の代わりにこの新入部員の音楽の
 嗜好調査をして置くから、まあなんだ、気にするな」

  思いっ切り怪訝な顔で見てきたハルヒだったが、俺の心の虚数部分にあるだろう誠心誠意を見て取ったのか、

「そっ。
 なら、明日のあんたのその報告とやらを、すっっごくたのしみにしてるわ!!」

  またもや思いっ切り裏のある笑顔で、そう言われた。 なんだ、しっかりバレてるじゃないか。
 ハルヒと朝比奈さんとその他古泉を見送って、俺は部室のドアを閉めた。 残った部員、特に俺の席の隣のやつに話しかける。

「おい、なにかあったのか?」

  俺の問い掛けに長門はずっと本に向けっ放しだった瞳をこちらに向けて、じっと俺を見てきた。
 この瞳と表情に籠められたメッセージを読み取るに、なになに、
 『わたしはこの銀河を統括する情報統合思念体によって造られた、対有機生命体コンタクト用ヒューマノイドインターフェース…』って、
 こらこら、長門。 ふざけるんじゃない。

  俺に向けられた双眸が『ジョーク』と告げているが、いやはや、まったく以って茶目っ気たっぷりなやつである。
 いつからそんなことを言えるようになったのかは知らないが、俺の与り知らぬところで成長するこいつとなると複雑な心境だ。
 俺と長門の言葉を不要とする遣り取りを読み取ったのか、無名が唐突に口を開く。

「主等、何時まで然う遣って目合って居るんじゃ。
 惚気るなら儂の居らぬ他所で遣れ、見て居て癪に障るわぃ」


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  俺と長門は顔を見合わせて三つ分くらいの三点リーダを用いると、振り返って一気に釈明した。

「違うっての! 俺はそういうつもりでこいつを見てたんじゃなくてだな、
 何て言うか、ほら、一種のコミュニケーション的なアレで長門を見ていたんだ!」

「彼の言うことに、間違いはない。 事実として、わたしと彼は意思疎通していただけであり、
 無名 小次郎が誤訳したような他意はない。 必然的な訂正を求む」

  無名の誤認に腹を立てたのだろう長門の顔が、俺が判かる程度に若干赤い。 斯く言う俺の顔も、赤くなっているはずだ。
 何でわかんのかって? そりゃ、顔が熱いからに決まってるだろ。

「其れは、主等の主観的言い分じゃろうが。
 儂が主等を客観的に観て然う感じた事を如何遣って覆せる。 儂が感じたのじゃから、其れが儂に取っての真理じゃ」

  俺にはよく解からない理屈を述べた無名に一蹴され、

「それはそうかも知れない。 しかし、―」

「然しも糞も無いの」

  理解できたのであろう長門も、無名に一蹴された。 基本的に、こいつは人の話を聞かない。

「其れは違うぞぃ。 儂が主等の私見を聞き入れぬのは、聞いても『無意味』じゃからじゃ。
 実際、長門嬢は儂の意見に反論為(せ)なんだじゃろ? それは反論出来ぬからであるし、至極的(まと)を射ているからじゃ」

  とりあえず俺の理解の範疇を超えた話なので一先ず置いとき、俺は長門に何故おまえも残ったのかを問い質さなければ。

「まだあなたの『見送り』が確定されたわけではない。
 そのために、わたしは無名 小次郎と共に帰路に就き、
 その道中に昨日のようにあなたの『見送り』のお願いをしようと思った」

 ………………。

  この長門の行動に、複雑な気持ちになる俺は変なのだろうか。 いや、長門が俺のために何かをしようとしてくれるのは非常に有り難い。 逆に俺がこいつのために何かをしなければ、十に一つ俺の人生が7日後に終わってしまった時に二重不等号並みの恩が残ってしまう。
 ただ…、ただ長門が俺以外の男……死神だが、と二人っきりになろうとするのは、どこかにある俺の『今はまだ形容出来ない気持ち』に拍車を掛ける。 端的に言うなら、『嫌だ』という気持ちが。

「所で、儂はそろそろ帰ると為るぞ。
 主等は残って居るなら、儂は先に帰る」


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  昨日の放課後の再現のように俺は右に長門、左に無名と並んで家路を辿っていく。
 長門はさっき言っていたお願いを無名に言うことも無く、ただ淡々と俺の横を歩いている。 たしか、長門は無名にお願いをするために残ったわけであり、それをしないということは何かそれを憚らせる理由があるのか?
 アホの俺には分からんが、もしかするとこれまでの出来事などをちゃんと見ている人なら解かるのかも知れない。

「しかし、或の電撃娘は明日が休日で在ると云うのに、儂に何の説明も無しに帰り居って。
 旦日に主等で云う、『不思議探索パトロール』と云う卦体な名の無意味な活動が行われるのであろう?
 ならば、新入りの儂に一つや二つの説示なりを云うべきじゃ。 或奴は、本当に部や団を取り仕切るだけの長の器なのか」

  こいつは既に、ハルヒの一方向しか見えない、もとい見ない性格を見抜いているのか。

 だが、だからこそその爆発力たるや世界を変えてしまうほどのチカラを持つんだがな。 というか、なんで土曜の能天気お気楽同好会のことを知っているんだ?

「上層部共の報告からじゃ。 全く、情報だけ渡すと消えてしまう、熱心な薄情者達じゃよ。
 確かに涼宮嬢の或れは目を見張る物が在るし、尊敬に値する『部分』も在る。 じゃが、其れ故に主等が被って居る弊害と云う物は凄まじき物で在るぞ?」

 そんなこと、百も承知だ。 実に、東奔西走しまくったさ。 俺も、こいつも。
 だが、そんな世界だからこそおもしろいし、居たいと思った。 俺がこっちを選んだ理由に、それが多分に含まれていると思う。

  行き成り聞いた人にはまったくのちんぷんかんぷんなことを、俺は無名に話す。 二日も一緒にいないが、なんとなくこいつの性格はわかるような気がする。
 絶対に手を抜いた情報の聞き方はしていないはずだ。 『やるなら、徹底的に』だ。 だから、俺はあの十二月のアレを当然のことのように話した。

「其の『弊害』と云う物が、主等の様な一般的に云う阿呆には分からぬて。
 否、一定以上の知識を持った知識人ですら、解からぬかも知れぬ。
 何故ならば、儂の云う事は『人間』で無ければ解からぬからじゃ」

 なら、俺にもわかるじゃないか。

「残念じゃが、無理じゃろうな。 デカルトやトルストイは簡略化すれば此の様に云った、
 『理性とは普遍的に人間にのみ与えられた』とな。
 此れを裏返せば次の様な意味に成る事は、猿でも判かるじゃろう。
 『理性を持って居ない者とは、『人間』と云う物に在らず』と云う事がのぅ」

  俺は頭が痛くなってきた。 こいつの言っている『理性』と、俺が知っている『理性』に明らかに齟齬があるからだ。
 ええっとだな…、理性とは感情の反対であって、ある種理性で本能を雁字搦めにするよりは感情のままで生きているほうが人間らしいように思うのだが…。
 っと、そんな俺の稚拙な意見に、長門が無名の言う『理性』を教えてくれた。

「無名 小次郎が言っている『理性』とは、
 『物事を論理的・合理的、かつ概念的に思考・判断する能力』のこと。
 しかし、あなたの言う『理性』も大きな枠組みの意味の中では間違ってはいない」

  長門の助言に少し首をひねりながらも、俺はある程度は理解できた…ように思う。 つまり、大まかに言えば『道理や筋道が通るように考える』、ってことか?

「そう」

  コクリと長門が頷く。 それだけで俺は、フランク王国のカール大帝が教皇レオ3世からローマ皇帝の帝冠を与えられた気持ちになった。
 こいつが肯定してくれるというだけで、それだけの地位や名声を得たような気分になれる。 まったく以って、長門さまさまだなあ~。

「流石は、情報生命体じゃな。
 人間に毛が生えた程度の事は、十二分に理解し説明出来るらしいの」

  感嘆するように無名は言ったが、長門を値踏みするようなこいつの発言に俺はなんとなく腹が立った。
 お前が、長門の何を知ってんだ? こいつは宇宙が存在した頃からずっといて、お前が知っていることくらいわかるに決まってるだろが。

「然うか、然うか。 ならば、此奴に聞くと為よう。
 さて、主よ、儂に教えては呉れぬか? 此奴が憤怒する理由が、
 『儂が、主の知識を品定めした』為なのか。 其れとも、
 『儂が、主の事を分かった様な口振りをした』為なのか、何方なんじゃ?」

 はあッ?!

  俺は、はげしく動揺した。

「さあ、何方なんじゃ? ほれ、早よ云わぬか」

  急かし立てる無名に、長門は困ったように俺を見てくる。 『どっち?』、そう長門が俺に訴えてくる瞳が、それを解かってしまう能力がこの時ばかりは恨めしく思えた。
 オイオイ、俺はそこまで考えていったわけじゃねぇぞ。 どういうことだ、俺にも長門にもわからないことが無名には解かるってのか?
 立ち止まって真剣に考える俺に、無名が諭すようにこう言った。

「安心しろ、儂とて『断片的に見れば』解からぬ。 其の時、其の場面だけを見ればのう。
 じゃが、判かったか? 自身の無知さ加減が。 儂が何故、知識人ですら解からぬかも知れぬと云ったかが。
 『知識だけ』の人間は、『物事の本質』を知らぬ。 一つの場面を取って見ても、此の様に多岐に亘る枝葉が存在する事が分かったじゃろ。
 『其の全てを提示出来』、且つ『論理的・合理的に』誰もが納得出来る様、『筋道立てて立証出来る能力』こそ、儂が云った『理性』と云う物じゃ。
 しかしな、其の理性を持ち得て、更に儂の云う『物事をきちんと通時的に観れる』能力を持って居る者に取っては、
 主が『何方の理由で激怒したか』等、手に取る様に解かる物なんじゃ。 それと涼宮嬢が主等に及ぼした、『弊害』と云う物もな…」

  俺がわかる程度に遠い目を、無名がした。 こいつの見据えているものが、俺達には考えもつかないほど大きなことであるように俺は思った。
 こいつが一体何人の人間を見てきて、どのくらいの年月を費やして来たかは知らない。 だが、その中で人間の醜さなり穢さなり、そしてほんのりとした美しさを見てきただろうことを感じた。
 しかし、いくらこいつにでも反論すべきところは反論しなくては。

「俺は、『憤怒』も『激怒』もしていない」

「と云う事は、『ふくれた』と云う訳か。
 案外、餓鬼(がき)見たいな奴じゃな。 主も」

 ああ! この、ああ言えばこう言う奴め!!

  その後なんやかんやで、無名に明日の集合場所と集合時刻のあらましを教え、俺達はそれぞれにわかれた。
 ああ、そうそう。 一応、これを追記しておこう。

「ならば、此の二度のくじ引きとやらの時、長門嬢には情報操作を為て貰おうかの。
 一度目は『儂と長門嬢』が成る様に、そして二度目は『儂と此奴と古泉と云う者』が成る様に為て呉れ。
 始めを二人ずつ分かれる様にし、後を三人ずつ分かれる様に為る様に仕向けるのは主の口に任すと為よう」
 やれやれ、結局俺もなんかすんのかよ…。




   - To  be  continued - 


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