翌朝、毎度毎度の妹ボディープレスによって起こされた俺は、例のごとく洗面所に行き、歯を磨いて顔を洗ってからめしを食う。 いや、実際はパンなので「朝めし」ではなく「朝パン」と言うべきか、いやいや、それほど気にするのならいっそ「朝食」と言えばいいだろう。 だがしかし今の俺には 妹の口に描かれた赤い蝶のようなジャムのほうがよっぽど気に掛かる。
 視界にはいったティッシュを何枚か取ってぬぐってやると何がそんなにおもしろいのかというほど満面の笑みを浮かべる妹は置いといて、俺は飲みかけのコーヒー(もちろん、ブラック)を新聞片手に啜り、食い終わったらパンの皿とコップを流しに浸けて、上にあがった。

「ねぇ~、キョンくんはなんで新聞よむの~?」

 それはね、今の大人が新聞を見ても難しくて解からないからだよ~。 たまにはお兄ちゃんみたいなヒマな高校生とか大学生が、政治や経済や文化欄を見てあげないと社会やスポーツ欄だけが擦り切れて、新聞社さんが意味無いって泣いちゃうんだ。

  あからさまに「?」マークを連発する妹となぜ着替えている俺の部屋に入ってくるのかという疑問は放っておいて、とりあえず俺はかばんを提げると「ベッドの下と本棚の後ろは見ないようにして出て行け」と忠告して玄関まで行った。
 なにかものすごく間違ったことをしたような気がしたが、玄関を開けるとそんなことは吹き飛んでしまった。

「よぉ、昨日振りじゃのう」
「……………」

  眼前に昨日ぶりの顔ぶれが広がる。 昨日の夕暮れ、三人で帰ったあの坂道で聞いた夢うつつのようなきれいサッパリと忘れていたかった懸案事項が、爽やかにそれも鮮明に蘇ってくる。
 あぁ、そうなのだ。 俺の命のタイムリミットは、あと7日なんだ。 いやぁ、どこかにデスノートの逆バージョンのアレとかないものかねぇ。

「…………まぁ、いい。
 ところでお二人さん、お前らは何でお天道さんが出たこんな時間から一緒にいるんだ。
 話はそれからだ」

「なんじゃ、主は? 朝っ腹から、偉く不機嫌じゃな。
 そんな烟たい顔を為て居っては、一日の始まりが素晴らしく駄目に成るぞ」

 ほっとけ、俺は年中こんな仏頂面なんだよ。
 というか、俺の質問をはぐらかすんじゃない。 親に習わなかったのか、質問を質問で返すんじゃないと。

「儂等死神に、親と云う概念は無いのぅ。 それと主、何処ぞの本を読み過ぎじゃ。
 して、主の問い掛けは何故儂と此の娘が一緒に居るのかと云う物じゃったが、残念ながら儂は其の応えを有して居らぬ」

  何をわけのわからないことを言ってるんだ、こいつは。 一緒にいるという事実が目の前に転がっていながら、白々しくも知らばくれようってのか。
 この無名の受け答えと、俺に一切何もしゃべらない長門の相乗効果で、あのパロマ製だか何処製だかわからない瞬間湯沸かし器・ハルヒなみに俺は今までに無い苛立ちを覚えた。

「……………何か、勘違いを為て居る様じゃな。
 儂が云って居るのは、『儂が此処に居る理由』は持ち合わせて居るが、
 『此奴が此処に居る理由』には全く察しも附かぬと云う意味でじゃ。
 抑(そもそも)、儂が此の様な朝旦からこんな身窄らしい家に態々(わざわざ)参って遣ったのに、主の調査の為以外の理由が無かろうが。 しかし、何か儂に文句が有るのならば緩(ゆる)りと聞くぞぇ?」

  相当頭に来たのだろうか、目の前の白髪が偉い形相で挑んでくるので少し怯むかたちで俺はたじろいでしまった。
 仕方ないだろう、幾らこいつが一見ただののっぺらぼうの無感動に見えても長門の表情が読める俺とっては、鬼が躍動感を持って迫ってくるように見えちまうんだから。 解釈の取り違えなんてのは、人間の世界では多々あるものだ。 それに目くじらを立てるのは、些か行き過ぎのような気もするが声には出さない。
 だが、しかしちょっと待て。 なら、長門がここにいる理由はなんだ。
 こいつの話によると、長門がここにいる理由は判からない。 つまり、長門はこの新人団員に何時ぞやのお願いをしに来たのではないということだ。
 ならば一体何に駆り立てられて、この万能な無力の少女は来たというのだろう。

「心配だった」

 ハイ?

「あなたがあのことで取り乱していないか、心配だった」

  しばし、俺は茫然とした。 今こいつはなんと言った? 俺が心配だったと?
 俺が心配で、わざわざこんな朝から誰にも知られず…って、無名にはわかられたか。 だが、俺を思っての長門のこの思い遣りある行動に対して、俺が感じた感情は間違いなく『苛立ちだった』。

 何をやっているんだ、俺は  この幼気な少女の健気な行いに、今俺は何と応えればいい

  俺がしばらく自責の念を反芻しながら感じていると、不意にものすごい力で肩をギュッと掴まれた。

「いってぇな、なにすんだよ!!」

「主は親に然う教わったのか、『死神の質問は無視しろ』とな」


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  教室の戸を開けるとそこは異次元だった。 なぁんて事になってくれていた方が、今回に限っては良かったかもしれないな。

「さあ、さっさと吐いてあんたも楽になりなさいよ」

 とりあえず、待て。 お前が絞め上げることによって、息ができない俺を察しろ。

  何故に朝の教室でこのような悲劇が生まれたのかというと、それは他でもない『密告者』という者がいたからだ。 スパイだ、スパイ。
 道中坂の手前まである少女をを荷台に乗せ、颯爽と走る少年の姿を密告した輩がこの教室に潜んでいるのだ。 誰だ、そんな余計なことをしやがった奴は。

「ちゃっちゃとゲロッちゃいなさいって、そうすれば今日の放課後校庭でかめはめ波撃つだけで許してあげるわよ。
 出来なきゃ、死刑だけどね♪」

 いや、出ねぇって! 相当ノリノリだったとしても、確実に出ねぇよ!!

  さて、俺にこんな事態が起きた原因はさっき前述したと思うが、ではこれまでの経緯は頭がよい読者ならば察してくれているだろう。 そう、そうなのだ。 長門の学校までの移動形態を考えれば、一発で分かる筈だ。
 第一に俺の学校までの移動手段は自転車だ、徒歩ではない。 徒歩でないということは、歩いていては間に合わないということだ。 そして第二に、俺は早起きではないので玄関でのたむろ話は思いっきり時間のロスだ。 最後に第三、無名は兎も角として俺は長門を放って置いて自分だけ遅刻しない手立てを取るほど非情冷徹ではない。
 以上の複雑無比な相互に絡み合った理由により、今の現状があるわけだ。 ある種俺は仕様の無かったことだと、諦めている。 昔の俺なら、間違いなく第三の理由は無かっただろうにな。

「あんた、なに急に難しい顔してんのよ?
 さっきまで、あんなに必死な顔してたのに」

 そうか?

  幾分聞きわけが良くなったように思うハルヒに、俺はその隙を逃さず弁明を呈した。

「俺が長門を後ろに乗せていたのは通学途中に偶然会ったわけでだなぁ、しかもこのままではどう考えてもこいつは遅刻するだろうと思い、
 「お前でも遅刻することがあるのか?」と聞くと、
 「今がそのとき」なんて言うもんだから、一団員として団員二を放って行くわけにも行かず、
 「乗れ」と荷台を差し出したまでだ。 これで分かったか? 俺には不純な考えなど持っていなく、ひどく誠実な思いでの行為だったというわけだ」

  どこかの本で読んだが、自分の矛盾点を指摘されないためには一気に捲くし立てるのが一番だと書いてあった。 詐欺に関する本だったような気もするが、この際どうでもいい。
 一応筋の通っている言い分に、半信半疑だが納得したように思うハルヒ。 厳密に言えば『無いこと無いこと』で構成されているが、マクロ的に見れば『在ること無いこと』だからな。

「にしても、無名のやつ遅いわね~。
 もう予鈴鳴っちゃったわよ」

 そうだな。 とりあえず、離せ。


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  一限目の国語の時間、黄泉の国では無く桃源郷へと羽ばたいていた俺の意識が騒々しいドアの開け閉めにより呼び起こされた。
 ちくしょう、誰だ。 もう少しで髪金の美女に、俺のマグナムをしっぽりと納めれるとこだったのに。 夢だけどな。

「卿よ、済まぬが主の教示よりも儂の所用を先行させて貰うぞ。
 おい、其処のキョンと呼ばれる者の後ろで坐して居る者。 然う、主じゃ。
 昨日、主より許可を得た此の物を何処へ置いて置けば良いのじゃ」

  寝惚けた目を擦りながらドアの方に目を向けると、相変わらずののっぺり顔に無感動な両目をぶら下げた白髪がダンボール包みされた物体を片手で差し出している。 不謹慎極まりないにもほどがあるが、それよりも興味を持ったのがあのハルヒが奴の行動に面食らっていたことだ。 1000年に一度、いや人類始まって以来だろう、神がビックリするなんてことは。
 しかし、死神ってのはなんでこんなにタフなもんなのかねぇ。 俺の家からあんなもの引っ提げてきたら、俺なら確実に腕が千切れてるだろうな…って、んなこともないか。 かつて俺も、商店街からストーブを部室に持って帰ってきた身だからな。

「あ…あぁ、そ、それなら部室に置いときなさい。
 部室の鍵は…、えっと、有希が持ってたはずよ」

「なんじゃ、主は。 儂に入れと云って居ったのに、鍵の管理すら為て居らぬのか。
 まあ、良い。 して、有希と呼ばれる者は何奴じゃ」

  若干あいつの言葉で半ギレ感漂うハルヒがうかがえたので、透かさず俺が、

「さっきハルヒが言ってたやつは、『長門』ってやつだ。
 隣のクラスに藤色の髪の小柄な女子がいるから、お邪魔して声を掛ければいい」

「承知した」

  するとそいつは、パタンとドアを閉めてスルスルと俺たちの教室を横切ると、

『済まぬが、此の教室に『長門』と呼ばれる女子(おなご)が居ると聞き、参った。
 其奴から部室の鍵を拝借したいので、申し訳無いが該当する者は此処まで持って来ては呉れぬか?」

  という、声が聞こえてきた。

「あの~、どうでもいいですけど授業再開しますね?
 君ら普通に会話してるけど、いま授業中だからね? 先生が主役だからね?」


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  シュールな一限目が終わり、休み時間に入ったところで俺は先ほどの堂々たる遅刻者へと声を掛ける。

「で、今朝言ってたコンポは部室に置いてきたのか?」

「おぉ、置いて来たぞぃ。 しかし、もう一つの此れは今一つ効か無んだのぅ。
 水に薄めて校門前で霧状に吹き掛けると、三十分程度の遅刻は無効に成ると書いて居ったのじゃがなぁ」

  当たり前だ。 そんなもん、ただのパロディーで誰かが悪ふざけで作ったに決まっている。
 そもそも、ネーミングが深夜番組でしかお見えにならない放送禁止用語が含まれている時点で、かなりぶっ飛んだ商品だと思うがな。

「此の商品の擬い物に、『ポッキ王』と云う物が存在するらしい。
 因みに其れを塗ると気触れるらしいから、主も気を付けるんじゃぞ」

 そうかい。

  なんとも可笑しなこの死神が来たことによって今ですらかなり掴み所のない展開になってきたが、さてさて俺は今日を入れて八日後にちゃんとこの地に足を付けれているのだろうか。
 放課後のことを考えると頭が痛くなってくるので、俺はその後の授業も熱心に現実逃避と桃源郷でのパラダイスに励むのだった。




   -  To  be  continued - 


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