顔面蒼白の長門と俺との間にだけ、人知れず緊張が走る。

「………どう…した、なが―」

「如何じゃ、もう良いじゃろ?
 主の申す、挨拶とやらは終えた筈じゃ」

  無名がハルヒにそう言って、「今日の所は此れで御暇為よう」と出て行こうとした。

「ちょ、ちょっと、待ちなさ―」

「待って」

  部室に白雪のような透きとおる声が響く。 ハルヒのような大声ではない、しかし、いつもより別段に強く出した長門の声に俺は切羽詰った印象を受けた。

「わたしも欠かせない用事を思い出した」

  それだけ言うと開いていた本を閉じ、帰り支度を始め、

「帰る」

  ドア付近で突っ立っていた無名に、ここからだと玄関がわからないはずだのどうのこうのと理由づけて二人はさっさと行ってしまった。
 残された俺たちはただただ呆気に取られるしかなかった。 が、俺はこのただならぬ奇怪さを感じ、同時に古泉や朝比奈さんにも自体の奇妙さが伝わったのか、視線で

『行ってください』
『行って』

  と合図してくれた。 俺はハルヒに気付かれないように頷くと、

「ハルヒ、実は今日俺もとある用をお袋から仰せ付かってたんだ。
 悪いが俺も早急に家に帰る」

  それだけ言うと、俺は走った。 後ろでわぁーわぁーとなにか叫んでいるハルヒを尻目に、俺は無名と長門を追いかけた。
 アフターケアは古泉と朝比奈さんに任す。 朝比奈さんは少し心配だが、古泉は上手いこと取り纏めれるはずだ。


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  玄関で靴を履き、外に飛び出すと校門のあたりで無名に顔を向けたままずっと話しかけている長門を見付けた。
 話しかけるという長門も気にはなったが、あれ程までに執拗に聞いている話の内容の方が気になった。

「やっと、追いついたぞ」

  着いてみれば、えらく息を切らせている俺がいた。 それほど急がなくても見失いやしないのにな。

「初対面で、えらく気に入ったんだな。 いきなり二人っきりになろうとするとは思わなかったぞ。
 少し野暮だが、お二人さんの会話とやらは何だ? 長門、お前が話しかけるほどなんだから、俺が興味を持っても可笑しくはないだろ」

  俺の問い掛けに長門は面食らって言葉を失ったように固まったが、

「おぉ、良い所へ来てくれた」

  と無名が言った。 なにがどういいのかが解からんが、会ってまだ数時間のこいつを理解出来るはずも無い。
 朝に案内をしろと言って来たのに直ぐに部室から去る意味がわからんし、寒くも無いのに手袋をしている意味も解からん。

「此の娘が先から儂に、
「今回は見送ってほしい、それが無理だというならわたしが身代わりになる」
 と云って聞かぬのじゃよ。 其の度に儂が、「其れは儂が判断する事で有って誰の干渉を受けるでも無いじゃろ」と明言しとるんじゃが
 全く以って聞く耳を持たぬ」

  いや、お前のほうがまったくもって理解出来ん。 長門が言ったという『見送り』や『身代わり』の単語の意味もわからんが、こいつが理由もなくそんな発言をする筈がない。 ちゃんと意味があるに決まっている。
 ならここで理解できないのは、こいつだ。 長門にそんな発言をさせ、しかもそれを拒むという行いが俺の理解の域を超えている。 こいつに逆らうとは、この俺が許さん。

「長門、これはどういうことだ?
 悪いが俺が理解できるように、話してくれないか」

  さっきからショックを受けたように佇んでいたが、ハッと気が付いたように長門は俺に目を向けるとグッと口を噤んでなかなか話してはくれなかった。


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  チャリを押す俺、右に長門、そして左に無名と、三人が横に並んで道を歩いていく。

「……その話って…、本当なのか…?」

  俺の問いに長門は答えない。 いや、答えることを拒んでいるように思える。

「…大丈夫、わたしがなんとかする」

  そう一言、俺に言ってくれた。

「此の娘の知らせを吉と取るのか凶と取るのかは、主の勝手じゃ。
 しかし此の娘が気付か無ければ、主は此処から一週間ずっと怠惰且つ無意味に過ごし、死んで居ったじゃろう」

 この凶事の元凶が、勝手なこと言ってやがる。 そもそも俺はまだ死ぬと決まったわけじゃない、そうだろ?

  長門が精一杯遠回りで説明してくれた内容によると、どうやらこの一週間の俺の行動で俺は八日後に死ぬのか、はたまた延命できるのかが懸かっているらしい。
 しかもそのアンパイアは、この白髪だとよ。 突然現れて、忌々しいにも程がある。

「じゃが、九分九厘は死ぬじゃろうな。
 儂の同僚で何人かは、其の調査対象が音楽のアーティストに成る、若しくは成った為に『可』の報告を止めた者も居るが、其れは特例中の特例じゃ。
 と云うのも、基本的に儂等は人間の死に興味が無い。 興味の無い物に価値を見出す事が何れ程に難しいか等、言語に絶す」

  このあんちきしょうめは、サラリと軽く言ってくれるぜ。 お前の審判しだいで、俺の人生が八日後に終わってしまうか否かが懸かっているんだぞ。 もうちょっと真剣に…いや、真剣に調査されたら俺死んじゃうかもしれない……、生かしてくれ!
 だがまぁ、今回のことが如何に絶望的かがわかった。 なぜ長門があんなお願いをしていたか、それは長門でさえ手に余ったことを如実に物語っている。  なんたって、

「で、その『死『神』』さまが、なぜわざわざ俺を選んでくれたんだ」

「さあの。 済まぬが、儂にも分からぬ。
 儂の同僚も皆、上層部からの命で調査為とるんじゃ。 詳しい事は聞いても教えてくれぬ」

 なんだよ、こいつ下っ端なのかよ。

  っと、相手の神経を逆撫でするようなことは言ってはいけない。 仮にも俺の命を預かっているやつだ、こんなことを言えば一気に首が飛ぶ事態が待っている。
 いやぁ、ハルヒ相手に培ってきたこの「言うと話がややこしくなる」スキルが開花されたと言っていいだろう。 今まで苦労してきた甲斐があったというものだ。 どうした長門、俺が判かる程度に顔色が悪いぞ。

「儂等死神に、格の上も下も無い。
 上層部とは名ばかりな物で在って、夫々が各担当を熟して居るに過ぎぬ。
 それと、余り不用意な発言は慎む方が良いじゃろうな。 特別、一週間丸々儂が此の世界に居る必要も無いんじゃ。
 会って其の日に『可』の報告を出して、当日に此の世界を去る者も少なくは―」

「ほんっとに、すみませんでした。
 二度とこんな過ちはしないから、今回だけはなんとか見逃してくれ」

  精一杯の謝罪の念のこめてあやまる。 危うく、一週間云々とか言ってられない状況を呼びそうになっていた。
 しかし、どうしたものだろうか。 俺はこの一週間をどのように生き、どうやって過ごしていけばいいんだ。 ちょうど、青ざめていた顔が元の白磁の肌へと戻っている長門に聞いてみた。

「あなたは、あなたのまま過ごせばいい。
 大丈夫、わたしが守る。 どんなことになっても、絶対に」

  俺は返事をしなかった。


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  家に着くと、とりあえず二階の自分の部屋にはいった。 そして、なにも考えないでぼんやりと天井見つめ、寝そべった。 いつも通りの視界に、いつも通りの布団の感触。 これ程までにいつも通りがありながら、今日を入れて八日後にはいつも通りを超えた世界に足をつけるか否かにある俺は、果たしてほんとうにいつも通りなのか。
 答えは出ない。 ただ理不尽に目に映るいつも通りの壁紙を、俺は引き裂きたくなる気持ちでいっぱいだった。

「キョンくん、ごはんだよ~」

  ドア越しにかかる妹の声で、俺は下に降りて家族と一緒にいつも通りの飯を食った。




   -  To  be  continued  - 


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