◇第三章


「入ったら?」
夕日の中で少女が妖艶に微笑んだ。

彼女に促されるまま教室へと足を踏み入れる。
あたしは自分の机に歩み寄り机に手を入れて数学のノートを探していたのだが、彼女はその場を一歩も動かずあたしをじっと見つめていた。
「同じクラス……なんだよね?」
そんな状況に耐えかねたあたしはとりあえず声を掛けてみることにした。
「そうよ。私も一年五組。もしかして忘れちゃった?ひっどいなあ」
彼女はやんわりと目を細めて笑った。あたしはそんな様子を見て、笑顔の爽やかな女の子だなあ、と思った。
見れば見るほど可愛い子だ。綺麗な顔立ちをしている。
ミヨキチとはちょっと違ったタイプの美人な顔立ちで、何だか世話焼きでリーダー気質な雰囲気がある。優等生っぽくてキョン君が好みそうな感じ。
「ちょっと話を聞いてもらいたいんだけど、いいかな?」
「話?」初対面のあたしに何を話すというのだろう。「なあに?」
彼女はあたしに笑いかけるようにして頷くと、
「私ね……随分と長い間我慢していたの」
長くしなやかな髪をはらう。
「ずっと変えたいと思っていた。私はいつまで経っても変化しないそれを眺めているだけ……退屈だった」
いきなり話が見えない。何の話なんだろう。
「以前ね、これ以上現状維持を続けていても仕方がないと思って強行手段に出てみた事があった。
ほら、やらなくて後悔するよりもやって後悔した方がいいって言うじゃない?」
「……そうだね、あたしもそう思うよ」何の話だか知らないけど。
「けれどそれは結果的に失敗に終わった……その時私学習したの。物事にはタイミングが重要だって事を」
彼女は窓の外に広がる赤く染まった町並みを見やり、ふーっとため息をついた。
「それからは―――性には合わないんだけれど、黙って事の成り行きを見ていたわ。
いつか来るタイミングを見落としてしまわぬように細心の注意を払っていた。次こそは成功させたいって一心でね。
……それでね、最近ようやくやって来たの!待ちに待ったタイミングが!」
突然声を大きくし、満面の笑みを咲かす。随分楽しそうに喋っているけど何が言いたいのかさっぱりわからなくてイライラする。
タイミング?傍観していた……って何を。
「ねえ……一体何の話?もうちょっとわかりやすいように話してよ」
あたしの言葉など微塵も届いていない様子で彼女は微笑むと、
「私はこのチャンスを必ず物にするわ。もう二度と失敗なんてしない」 

 


「だから、今ここで貴女を殺す」 

 


へっ?と思った頃には体が勝手に動いていた。
彼女が先程から浮かべている笑顔をそのままに―――ナイフを持って突っ込んできたのだ。
あたしの反射神経など人並み程度で、ギリギリのところで危ないそれをかわすと情けなくもその場に尻餅をついてしまった。
何?今、何て?あたしを……殺す?何で!?ちょっと待ってよ!とりあえず落ち着こうよ!
「ちょっ……ちょちょちょっと待って?冗談やめてよ!あ……あたしを殺す?嘘だよね?とりあえずそれ危ないからしまってよ!」
「冗談だと思う?」
彼女はまるで玩具で遊ぶようにしてナイフを弄っている。
「そっか、有機生命体は死ぬのが怖いんだっけ。貴女も今殺されたくないと感じているの?」
何電波な事を口走っているのだろう。ゆうきせいめいたい……どういう字を当てる単語なのかなんとなく想像はつく。
そういう類の話は得意分野だからね。彼女とは結構話が合うのかもしれない。
「ちなみに言っておくけれど、この部屋からは逃げられないわよ」
床にへたり込んだまま後ろを振り返ると、ドアが無くなっていた。ドアが無くなっていたというより、そこはただの灰色の壁と化していたのだ。
この状況はまさしく絶体絶命。
あたしはとりあえず立ち上がろうとしたのだが―――足に力が入らない。ただの棒と化しているそれはガクガクと小刻みに震えている。
まさかあたし、腰抜かしちゃったの? 
「ふふ……大人しくてつまんないなあ。貴女のお兄さんはもうちょっと抵抗して見せたのに」
「そっ……それって……まさかキョン君の事?」
「その間抜けな単語、懐かしいなあ」
言った通り懐かしそうな表情を浮かべた。穏やかな笑顔が恐ろしくて仕方ない。狂っている。
「ちょっ、ちょっとどういう事!?どうしてキョン君を知ってるの!?」
例によってあたしの質問には一切耳を貸さず、
「貴女のお兄さんは……私に向かって椅子を投げてきたわ。そう、こんな風に」
「!」
彼女がそう言ってパチンと指を鳴らすと、教室に並べられた椅子やら机やらが地球の法則を全て無視しているがごとく浮かび上がり、あたしに向かって飛んできた。
あたしは悲鳴を上げながら腕の力だけで体を回転させ何とか衝突を避ける。
そして顔を上げてみれば、思わず自分の目を疑った。先程まで教室だったそこが一瞬にして異空間に変貌していたのだ。
「さて、ちょっとお喋りが過ぎたようね」
ナイフの背で肩をトントン、と叩きながら彼女がこちらへと歩み寄ってくる。
「終わりにしましょう」
あたしは震える下半身を引きずるように後ずさりする。
「今回はね、"彼女"に気づかれることの無いように何重にもフィールドを張っておいたの。
鍵ではなく鍵穴その物である貴女に危害を加えれば何らかの情報が得られると考えたんだけな。これ以上様子を見ても無意味なようね。
自覚が無ければ使いようの無い力……全く笑わせるわ。貴女も、涼宮ハルヒも」
涼宮、ハルヒ?ハルにゃん……?
「その力は貴女たち有機生命体には必要無い。もっと正しくあるべきだわ。私はそれを正しい方に導きたいだけなの。悪く思わないでね?」
空気が切り裂かれたような音と共に、ギラリと光るナイフが天を指した。

 

「じゃ―――死んで!」 

 

 

無音。肌に突き刺さるような静寂。何の感覚も衝撃も無かった。
反射的に瞑っていた目をゆっくりと開く。
あたしの目の前には背中があった。
それは間違いなく、あたしのボディーガードである古泉一樹の大きな背中だった。
「あら……随分と久しぶりじゃない」
「ええ、お久しぶりです」
「まさか貴方がやってくるなんて思わなかったな」
「こういった場所に侵入するのは涼宮さんに与えられた僕の特権でしてね」
「私、貴方は割かし頭の切れる人だと思っていたけれど……過大評価だったようね?貴方が私に適うとでも?」
「僕も貴女を過大評価していたようだ。所詮は心を持たぬアンドロイド。同じ事を繰り返すしか脳が無いのですか?」
「…………」
「だから貴女は長門さんに適わない」
古泉君が低く唸るような声でそう言うと、掴み止めていたナイフをそのまま取り上げた。
彼の右腕は赤く染まっている。
血―――ではない。腕が赤い光に包まれているのだ。染まっているというよりは赤く光っている、といった表現に近い。
ああ、もう何が何だか全く理解できない。けれどいちいち突っ込んでいたらキリがない。
この状況自体がおかしいのだから、もう何が起きたっておかしくないんだ。うん、そう思う事にしよう。 

武器を取り上げられた彼女は微笑を絶やさずに人間離れした脚力で後方にジャンプすると、
「ふーん、結構やるじゃない?実を言うとね、情報統合思念体でさえも貴方たちの能力がよく分かっていないの。
どうしてかな?貴方はどう思う?」
「どうも思いません」
「冷たいのね。それにしてもどうやって私のフィールドを破ってきたの?いくら能力を授けられた貴方でも、ちょっと信じられないな」
「僕は彼女に願われたからここに居る、ただそれだけの事です」
古泉君はそう言って顔だけこちらを向くと、尻餅をついたままのあたしに手を差し伸べた。
「立てますか?」
「…………」
黙ったままその手を取るとゆっくりと引き起こされる。震える足で懸命に地を踏みしめた。大丈夫だ、何とか立っている。
「じっとしていてください。貴女は僕が守ります」
古泉君はいつものようにやんわりと微笑んだ。
「一命を賭けて、ボディーガードの勤めを果たすまでです」 

 

 

「……うん、それ無理♪」
遠くに居た彼女がそう微笑むと呪文のような物を唱え始めた。全く聞き取れない。早口の域を超えている。
次の瞬間には槍のような鋭利な物体が彼女の頭上に出現した、かと思えばこちらに飛んでくる。
それに気がついた古泉君があたしに背を向けると両腕を広げた。その途端赤い光が古泉君とあたしを包み込む。
激しい衝突音。赤い光が光線をバチバチ散らしながら槍との衝突を寸での所で防いでいる。
その光景は壮絶だった。さっき見たSF映画なんて目じゃないほどに。
「こんなのはどう?」
再び高速呪文が聞こえてくると、頭上で騒がしい音がした。ガレキがあたしたちを目掛けて崩れ落ちてきている。
めちゃくちゃだ、ここには天井なんて無いじゃない!
古泉君がらしくもない舌打ちをするといきなりあたしを抱きかかえ―――ジャンプ……いや、飛び上がった。
古泉君はあたしを抱え宙に飛び上がったのだ。
体験した事も無いような浮遊感があたしを襲う。無重力ってこんな感じなのかな?そんな事を考えながら古泉君の首にしっかりと腕を絡めた。
バンジージャンプなんてした事無いしこれからもする機会なんて無いだろうけど、きっとそのような類の物で得られる感覚とは別物であろう。落ちているのではなく、浮かんでいるのだから。
そんな事を考えていると突如――瞬間移動でもしたのだろうか――彼女が目の前に出現した。
ハッと息を呑んだ古泉君があたしを庇うように体を反転させると何かが切り裂かれたような音が聞こえ、それと同時に古泉君の身体がビクリと強張る。
「ふふ、守っているだけ?それじゃ私には勝てないわ。もっと楽しませてよ、ほら」
ドスン、と鈍い衝突音が密着した古泉君の身体を通して伝わってくる。それと同時に呻き声を上げる古泉君。
まさか…………刺されたの? 
「……大丈夫、です」
あたしが声を掛けるよりも早く古泉君が搾り出すような声で言う。
嘘。とても大丈夫には見えなかった。こんな風に苦痛に顔を歪める彼を見るのは初めてだ。
あたしは悟った。このままじゃやられる。古泉君もあたしも―――この女に殺される。
決意を固めたあたしは無我夢中で彼のジャケットの内ポケットを探った。
突然の行動に驚く古泉君を尻目に先日見たばかりの――できればもう二度と見たくないと思っていた――黒光りした銃を取り出す。
無我夢中だった。映画やドラマで見たままに安全装置を外し彼女に向け引き金を引くと、音の無い空間に弾けるような乾いた音が響き渡った。
しかし、外れたのか、命中したのか……それを判断する猶予は与えられず、次の瞬間には景色が動いていた。
先程まで感じていた酔ってしまいそうな浮遊感ではない。
誰かに引っ張られているような感覚の後、全身に凄まじい衝撃が走った。
そこでようやく状況を理解する。あたしは古泉君の腕から地面に落下したのだ。
痛い。とにかく痛い。こうして意識や感覚がある以上大した高さでは無かったのだろう。それにしても痛かった。
「う、うあ……」
身体を動かそうとすれば口から呻き声が漏れた。


苦しい。
痛い。
気持ち悪い。
全てがぐるぐるしている。
あ、これ、やばいかも、あたし…………

 

 

「―――――!!」
遠のきそうだった意識を古泉君の声が引き戻した。
古泉君があたしの名を叫ぶようにして呼んでいる。
瞑っていた目を開いてみれば、無数の槍がこちらに向かっている最中だった。
そこに古泉君が割り込んでくる。やってくる槍に背を向け、あたしを庇うように両腕を広げる。
そして次の瞬間、あたしの視界が赤く染まり―――

古泉君の身体を無数の槍が貫いた。

「……理解できないな。どうしてそんな無駄な事をするの?」
古泉君の足元にみるみる血溜まりができていく。
「馬鹿だなあ。貴方まで死ぬ必要があったのかしら?あーあ、有機生命体の考える事って本当に不思議」
古泉君はゆっくりと腕を動かし、肩を貫いていた槍を掴むと勢い良く引き抜いた。
彼の膝がガクリと崩れ、飛び散った真っ赤な血があたしの制服を染めた。
「ちょっと有機生命体の心理に興味が沸いちゃった。ねえ、最期に教えて?何故そこまでするの?貴方をそこまでさせるのは何なの?」
古泉君はこんな状況下でも笑みを浮かべていた。
諦めの笑み?あたしを安心させるための笑み?いや違う……彼が今浮かべているのは、不敵な笑み。
「僕は……彼女のボディーガードですから」 

彼がそう言うと突如、ピシリという音と共に空間に亀裂が走った。
「…………どうやら間に合ったようですね、長門さん」
その亀裂から現れた人影――驚いた。あの有希ちゃんだった――は呆気に取られている彼女に向かって手のひらを突き出す。
「ご苦労、古泉一樹。……情報連結解除、開始」
途端にむちゃくちゃな空間が崩壊を始めた。砂のような光の粒がキラキラと舞い散り、そこら中にあった教室の残骸が見る見るうちに形象崩壊していく。
古泉君の身体に突き刺さっていた無数の槍も同様に砂と化していた。
「長門、さ……どうして……?そんな……」
微笑みを絶やすことの無かった彼女が、絶望の表情を浮かべていた。
手足の先が空間と同じようにしてキラキラとした砂の様に消えていく。
「事前に古泉一樹が私に知らせてくれていた。彼の行動は私が到着し崩壊因子を組み込みまでの時間稼ぎだった」
この状況に全く動じていない様子の有希ちゃんが淡々と告げる。
「彼の判断は的確だった。馬鹿は貴女。繰り返すしか能が無い……古泉一樹の言うとおり」
諦めたようなため息をついた彼女は再び笑顔に戻り、あたしを見た。
「ふふ……私の負け。よかったね、延命できて」
崩壊が進み、もう既に胸から下は光の粒と化していた。
「まさかこの台詞を二度も言うことになるなんて……思いもしなかったなあ」
最期にそういい残し、キラキラした結晶と共に彼女は完全に消滅した。 

 

それとほぼ同時に、古泉君の身体がグラリと崩れた。
「こっ……古泉君!」
勢い良く起き上がり彼の元へ駆け寄ると、穴だらけだった彼の身体に傷が一つも見当たらなかった。
そういえば、先程まで喋ることもままならなかったあたしもすっかりピンピンしている。
古泉君の返り血で染まっていた制服も新品同様、真っ白だ。



気がつくと、教室は何事も無かったようにすっかり元通りとなっていた。
真っ赤な夕日に染められた椅子や机。窓の外からは運動部の掛け声が聞こえてくる。
「彼は平気。既に措置を施してある。すぐに目を覚ます」
あたしはうつ伏せに倒れていた古泉君を抱きかかえるように起こし、目を閉じたままの彼の頭を膝に乗せた。
それまで棒立ちしていた有希ちゃんがゆらりとあたしの横にしゃがみこむ。
「有希ちゃん……さっきのはどういうことなの?古泉君や有希ちゃんは何者なの?お願い、教えて」
「それは……古泉一樹に訊くべき」
「っ、でも」
「大丈夫。貴女は全てを目撃した。彼はもう言い逃れはできない」
有希ちゃんはあたしに向けて先程の彼女と同じように高速呪文を呟いた。
「細胞情報を正常化し、体内の異物を全て取り除いた。これでもう貴女に害が及ぶことは無い」
「……?」
「…………全ては古泉一樹に訊くべき」
有希ちゃんはそれだけ言い残すと立ち上がりあたしに背を向けた。
「有希ちゃん!なんだかよくわからないけど……ありがとう!」
「…………いい」
彼女は振り返らずに教室を後にした。 

 

 

「…………お怪我はありませんか」
しばらくして、古泉君が目を覚ました。
「本当に申し訳ありませんでした」
彼は実に申し訳なそうに、搾り出したような声でそう呟きゆっくりと身体を起こした。
あたしが墜落した時の事を言っているのだろうか。
「貴女をあのような目に遭わせてしまった……僕はボディーガード失格です」
彼はそう言って弱弱しく目を伏せる。
「そんなことない。平気、もうどこも痛くないよ」
元気である事をアピールするようなポーズを取ってみれば、ようやく古泉君に笑顔が戻った。
よかった。あたしは助かり、嘘のようだけど怪我も無い。これでめでたしめでたし……と言いたい所なのだが、そうも行かない。
「古泉君」
「何でしょう」
「いい加減全部説明して」
「…………」
「あんなのを見せ付けておいて、まだ話せないって言うの?」
珍しく押し黙る古泉君の顔にいつもの笑みは無く、やがて意を決したかのように深いため息をついた。

 

 

古泉君の話を簡単にまとめるとこうだった。
詳しくは不明だがハルにゃんは願望を実現化する能力を持っている。
古泉君はハルにゃんの精神が不安定になった際に出来る閉鎖空間にて『神人』を倒す能力を授かった、云わば超能力者。
みくるちゃんは未来人。ハルにゃんを監視するために未来からやってきたタイムトラベラー。
有希ちゃんや先程の彼女――アサクラリョウコ、と言ったかな――は、宇宙人。
情報なんとか思念体によって造られた、対有機生命体用なんとかかんとかインターフェイス……よくわからないけどそんな感じ。
そしてあたしの兄であるキョン君は、何の能力も持たぬ一般人でありながら世界の鍵とされている。
過去にはキョン君の所為で世界が崩壊しかけたり、逆にキョン君のおかげで崩壊の危機から免れた事もあったそう。
……眩暈がした。
あたしに大きな影響を与えてくれたSOS団の皆。
どこか只者では無い雰囲気は感じていたけれど、まさか……まさかそれぞれ宇宙人・未来人・超能力者だったなんて。
ハルにゃんに至っては神で、キョン君は世界の鍵。
そんな凄まじい属性を持ち合わせた人たちがこんなにも近くに居たなんて――まさに気の遠くなる話だった。 

 

 

「そして、今回の事件の当事者である貴女ですが……貴女は涼宮さんから涼宮さんと同様の能力を授かったのです」
「それって……願望を実現する力?」
「そうです」
さらっと言ってのける古泉君。予想以上のスケールのでかさにくらっときた。
「な……何であたしが?」
「恐らく、貴女がこの北高に入学したからです」
何でまた北高が出てくるの?
「貴女が涼宮さんの後を追って北高に入学したという話を耳に入れた涼宮さんが歓喜し『自分のようにあってほしい』と願ったからでしょうね。
そうして一時的にですが貴女は涼宮さんと同様の能力を授かった訳です」
「そんなめちゃくちゃな話があるなんて……」
「同感です。しかしそんな滅茶苦茶な話を現実の物にしてしまうのが涼宮さんなのですよ」
古泉君は「困ったものです」とあまり困っていなさそうな顔で肩を竦めた。
けれど彼はどうして今まで本当の事を隠していたのだろう。言ってくれればさっきみたいに襲われることも無かっただろうに。
「そうもいきません。涼宮さん同様、貴女が能力を自覚してしまえばその瞬間から世界は貴女の思うままになってしまいますからね」
「じゃあ今のあたしにはもう能力は無いの?」
「ええ。先程長門さんが貴女の情報を正常化してくれたおかげで消失致しました。これで貴女が脅威にさらされる事はもう無いはずです」
「そっか……よかった」
「よかったのですか?」古泉君がいつもの微笑をそのままに、「貴方も涼宮さん同様不可思議な事件を望んでいたのでは?」 

彼の問いにあたしはしばし沈黙した。
そう、確かに望んでいたのだ。あたしの身に不思議が降り注ぐまでは。
「……今回の事でよくわかったよ」
深いため息をつく。
「いくら追いかけて真似をした所で、あたしはハルにゃんにはなれないみたい。
ずっとおかしな事件を望んでいたはずだったのにさ、いざ巻き込まれてみれば……すごく怖かった。
所詮あたしはキョン君の妹、一般人どまりって事ね」
あたしがしょんぼりして見えたのだろうか。古泉君はあたしにずい、と顔を近づけて言った。
「涼宮さんが絶倫であるだけで、何もおかしいことではありませんよ」
「でもね古泉君」と、あたしは続ける。
実の所あたしはとっくにおかしな事件の当事者だったのだ。
今回の事で気づくことが出来た。あたしの日常は既に非日常と化していた事に。
神様のようなハルにゃん、世界のキーマンであるキョン君、宇宙人の有希ちゃん、未来人のみくるちゃん、そして超能力者の古泉君。
確かにあたしが捜し求めていた非日常は存在していた。
それもこんな近くに。
「だからこれでよかったよ、古泉君。貴方には沢山の迷惑をかける事になっちゃったけど……ありがとう」
「……僕はお礼を言われる立場にありません。貴女を二度と怖い目に遭わせたりしないと約束しておきながら……」
「いいの。だって古泉君、あたしを助けに来てくれたじゃない?」

貴方はちゃんと約束を守ってくれた。
そう……遠い昔、あの日の約束を。 

 

あのね古泉君。
きっとあたしが望んでいたのは非日常ではなく貴方だったんだと、今ではそう思うの。
あたしは今でも彼との約束を覚えている。僕が傍に居る……そう言った彼の言葉を忘れることは無い。
嬉しかった。もう怖くないと思った。
貴方が守ってくれるから、どんな事があってもあたしはあたしで居られると、そう思った。

「ねえ」
「何でしょう」
「キョン君にあたしの能力が消失した事を報告すれば、古泉君はお役御免になるのかな」
「ええ……そうなるでしょうね」
「……でも、今はまだあたしのボディーガードでしょ?」
「……はい」
「時には便利屋にでも、あたしの友人にでもなる……そう言ったよね」
「確かに言いました」
「じゃあ、最後に一つお願いしてもいいかな?」
あたしと古泉君の間にあった距離を詰める。
「今だけ、あたしの恋人になってください」
さすがの古泉君も今の言葉には面食らっただろうか。もしかすると驚愕の表情を浮かべているかもしれない。
瞳を閉じているあたしに彼の表情はわからない。
「……仰せのままに」

放課後、誰も居ない教室。
彼の大きな掌があたしの頬を包み込み、そして――― 

 

 

――エピローグへ


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