◇第二章

夢を見た。
懐かしい夢だ。
あたしは公園に居て、ブランコを漕ぎながら夕日を眺めている。
「おや、こんな時間にお一人でどうされたんです?」優しい声。
「ランドセルが無いの」震えて情けないあたし。
「どうして?」
「皆があたしを馬鹿にするの……宇宙人や未来人や、異世界人や超能力者なんて居るもんかって。
だからあたし、馬鹿はそっちだって言ってやったの。そしたら……」
涙で言葉が詰まる。
「どうしよう、家に帰れないよ……キョン君やお母さんが悲しむよ」
「では探しに行きましょう。手伝いますよ」
顔を上げれば、そこには夕日に染まった暖かい笑顔があった。 

 

「ありませんね、ランドセル」
「うん」
「日が暮れる前に探し出しましょう」
「…………ねえ」
「どうしました?」
「宇宙人って居ると思う?」
「ええ、居るでしょう」
「未来人は?」
「居ても不思議ではありませんね」
「超能力者は?」
「意外と近くに居るかもわかりません」
「異世界人は?」
「今のところはまだ知り合っていませんね……あ、ありましたよ。ランドセル」
「えっ!本当だ!ありがとう!」
「これでお家に帰れますね」
「……でも、またこういう事があったりしたらあたし……どうしよう」
「そんな時はまた僕が傍に居ますよ」
「本当?」
「ええ勿論」
「約束だよ!」
「約束しましょう」 

 

 

◇ ◇ ◇ ◇


朝。
あたしは無言で車に乗り込むと、古泉君も無言で車のキーを回した。
事件の後キョン君と古泉君を部屋に引っ張り込み散々問い詰めたのだが、あたしがいくら声を荒げたところで二人は口を開かなかった。
話せない訳ではないが、今は話すべきでない……古泉君はそう言っていた。
わかってる。二人はあたしを不安にさせたくなくて本当の事を話さないのだろう。
けれど秘密にされている方が余計に不安だ。
当事者のあたしに話せないような事……想像もつかない。一体何だっていうの?

そんな昨日の今日で彼にどう接するべきかわからないあたしは終始沈黙を貫く事に徹していた。
ひたすらに沈黙の車内。
…………気まずい。昨日よりも時間の経過が遅いように感じる。
あたしは行き場の無い視線を膝の上で握り締めた拳に当てていた。
この沈黙の中、古泉君はどういった表情を浮かべているのだろう。気になりはするものの怖くて古泉君の顔を見ることができない。
こんな状況でさえも彼は笑っているのだろうか?――あからさまに気まずいです、といった顔をされていても困るけれど。
黒塗りの車はようやく――実際には昨日と幾分変わらない時間をかけて――学校へと辿り着く。あたしは学校に着いた途端半ば逃げるように車を飛び出したのだが、
「待ってください」
未だおはようの挨拶くらいしか言葉を交わしていない彼に後ろから呼び止められる。 
教室へ向けてスタートダッシュを切ったばかりのあたしはその場に硬直する形で停止した。
できる限りの平然を装いながら振り返る。
「……何?」
いつもの笑顔を浮かべた古泉君。
「今日の放課後、何かご予定は?」
「えっと…………無いけど」
「でしたらどうです?映画でも見に行きませんか?」
「映画?」
「ええ。知人にペアチケットを頂いたんです」
細長い指先をジャケットの胸ポケットに忍び込ますと優雅な手つきで紙切れを二枚取り出した。
あたしが無言でその片方を受け取ると、
「ではまた放課後に」
爽やかな微笑を残し、古泉君は去っていった。
この映画……あたしが以前から観たいと思っていた物だ。古泉君に映画の話をしたことなど無いはずなのに。
「……やられた」
古泉君、もしかしてエスパーだったりして。 

 

 

 

「……ねえ」
「んー?」
「普段から銃を持ってるような人って何者だと思う?」
ミヨキチは昼食の焼きそばパンをもふもふ頬張りながら眉を寄せた。
「銃なんて物騒なものを扱うにはそれなりに資格とかが必要なはずだよね。
ミヨキチの周りで銃持ってる人なんて居る?そんなの警察官でもなければ普通有り得ないよね?」
「え……何が?」
「例えばさ、あたしが突然こう」胸元から銃を取り出すジェスチャーをして「銃を構えだしたらどう思う?」
「どう思うって……さっきから何の話してんの?」
「いや、そんなことを平気でやってのけてしまう人はどういう人種に該当するのかな……と思って」
あたしも何が言いたいのかわからなくなってきた。ミヨキチにこんな事を訊いてどうするつもりだったんだか。
ミヨキチは絵に描いたように整った左右対称の顔を歪めて頭大丈夫?とでも言いたげな表情を作ると、
「……ガンオタなんじゃないの?」
ため息のついでに出したようないかにもどうでもよさそうな声色でそう吐き捨てた。
「まあそんな訳わかんない話は置いといてさ、古泉君の事詳しく聞かせてよ!」
今のはその古泉君の話だったんだけどな。

 

 

◇ ◇ ◇ ◇


放課後になる。
ローファーに履き替え学校を出ると校門を背もたれに腕組をした古泉君があたしを待っていた。
漫画やドラマなどでよく見るお決まりの光景だが、古泉君だから絵になってしまう。
「お待ちしておりました。では参りましょうか」
「どこの映画館まで行くの?」
「××町なんていかがでしょう。先月ショッピングモールが完成したばかりだそうですよ」
「え、そうなの?知らなかった」
「ええ。なにやらアウトレットが沢山あるとか」
「本当!?行きたい!行こ行こ!」
弾んだ声でそう言うと古泉君はニッコリと笑い返し助手席の扉を開いた。
さっきまでの気まずい雰囲気はどこへやら。気がつくとあたしはすっかり古泉君のペースに乗せられていた。
彼の手にかかればあたしを笑顔にすること位容易いのだろう。
悔しいはずなのに……あたしの胸は弾むように高鳴っていた。

だってこれ、まるでデートみたいじゃない?

 

 

さて、映画の内容については省略させて頂く事にする。
壮大なSF大作のはずが――はっきり言ってつまらなかった。すっかり予告編に騙されてしまったようだ。
それはどうやら古泉君も同じであったようで、主題歌と共にスタッフロールが流れ出すと隣に居た彼は困ったような笑みを浮かべていた。
古泉君の膝の上に置かれていたレギュラーサイズ――といってもかなり大きめの――のポップコーンはいつの間にか空っぽになっている。
あたしの家で食卓を囲んでいる時には感じなかったけれど、意外と食べるんだなあ古泉君。
もしかしてお腹空いてたのかな?

映画の次は新しくできたばかりらしいショッピングモールに向かった。
あたしの好みの店ばっかりで、古泉君を端から端まで引っ張りまわしたあげく洋服まで買ってもらってしまった。
中盤からすっかり荷物持ちと化した古泉君はちょっと疲れていた様に見えたかな?
その後はカフェで甘い物を食べたり、ゲームセンターへ行ったり、駅前のストリートミュージシャンにいちゃもんをつけたりと……傍から見ればカップルに見られていたことだろう。
古泉君のような素敵な男性に連れられて、あたしはすっかり舞い上がっていた。 

 

 

「こうしていると僕たちって―――」
そんなあたしの思考を読んだのかエスパー(疑惑)古泉が不意に呟いた。
「仲睦まじい兄妹のようですね!」
まったく邪気の無い満面の笑みでそう言われ……あたしはガックリと肩を落とした。
兄妹……兄妹って。そこは恋人同士のようですね、とか言っておこうよ古泉君!
「僕はずっと妹が欲しかったんです。貴女のお兄さんが羨ましい限りですね」
「へえ……」
……つまりあたしは妹みたいな存在って訳か。
そうだよね。あたしみたいな童顔高校生が古泉君に釣り合う訳――って!何考えてんだあたし!
これじゃまるで古泉君に恋してるみたいじゃない!
「あ……そういえば、古泉君って兄弟居ないの?もしかして一人っ子?ご家族の方見たことないけど」
本当に、ふと浮かんだだけの他愛も無い疑問だった。
彼はそれを投げかけられ―――一瞬表情を暗くした。が、すぐにいつもの笑顔に戻ると、
「僕に兄弟は居ませんよ」
「…………」
「それに一人暮らしなんです。親元離れ、単身でこちらまで着ましたから……」
それきり口を閉ざしてしまった。

 

顔を上げぼんやりと空を見上げている。
彼の瞳には一体何が映っているのだろう。
今古泉君は、遠く遠く、想像もつかないくらい遠い場所にある何かを見つめている―――そんな気がした。

ここ数日で、あたしが古泉君に対する認識がガラリと変わったように思う。
あたしは古泉君の事をとても近しい人物だと思っていた。
けれど決してそうではなかった。
あたしは古泉君の事をほんの一握りだってわかっていなかったようだ。
古泉君はあたしの知らない世界で、あたしの知らない表情を浮かべ、あたしが決して知り得ないような闇を抱えている。
銃を構え冷酷な表情を浮かべていた彼の姿が脳裏を過ぎる。
今まで何を知ったつもりで居たのだろう。
あたしはまだ何も知らない。
今こんなにも近くに居る古泉君の事を……何も知らない。

 

 

◇ ◇ ◇ ◇


不思議だよね。考え事をしている時に限り、それとは全く関係の無い事を思い出したりするのは何故だろう。
「……あ!学校にノート忘れちゃった!」
「え」
「明日までの宿題なの!ごめん古泉君、一度学校まで戻ってくれないかな?」
「かしこまりました」
まっすぐ家に向かっていた車は方向を変え、本日三度目のハイキングコースへと差し掛かる。
そういえばこの坂を自らの足で登ったことなど数えるくらいしか無い。
文化祭・願書提出・試験・合格発表……嗚呼あたしったら情けない。親から貰ったこの足は何のためについているのだろうね。
「ごめん、ありがと!ちょっと待っててね!」
校門の前に車を止めた古泉君に早口でそう告げると、小走りで教室まで向かった。
階段を駆け上がり少々息を乱しながら1年5組の扉を開けると―――、


「あら、こんな時間にどうしたの?」
夕日の教室に一人佇む少女が居た。

「えと……うん、ちょっと忘れ物を取りに」
「もしかして数学のノート?」
当てられた。この子もエスパー?
「明日は貴女が当たる日じゃない」
駄目じゃないの、そう言ってその子は優しく微笑んだ。
「あ、そうだったね!危ない危ない……」
――あたしが明日授業で当てられると知っている、という事は同じクラスの子か。
変だな、こんな子居たっけ?
こんなに美人な子が居たなら忘れるはずがないように思うけど……?


「ねえ……そこでボーっとしてないで、入ったら?」

 

 

――第三章へ続く


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