(この作品には、あるホラー映画のネタばれ要素が含まれます)


「珍しいですね。今日は長門さんだけですか」
いつも通り文芸部室に来てみると、部室には長門さんしかいませんでした。
「涼宮ハルヒは罰ゲームと称して彼と駅前のファミリーレストランに行った。朝比奈みくるは今年の受験に備えた進路指導を受けている」
「デートに進路指導ですか。それは残念ですね。今日はお土産があったのですが………」
僕はその「お土産」を机の上に出しました。
「……何?」
長門さんは読書をやめ、興味深げに身を乗り出して、それを覗き込んできました
「映画のDVDです。みんなで楽しめれば良いかと思い、自宅から持ってきました」
その映画のタイトルは「サイレントヒル」
同名のゲームを映画化したホラー映画です。えぇ、実は僕はホラー物が大好きなんです。力の限り叫ぶとすっきりしますからね。
「……そう」
とだけ言って、長門さんはいつもの席に戻り、読書を開始しました。
「今日は解散を提案する」
席に座ると同時に、長門さんは本を閉じました。
「そうですね。これは明日みんなで一緒に観ることにしましょう」
僕がサイレントヒルを鞄に閉まおうとした時、それは起こりました。
「…………………………………明日は欠席する。用事ができた」
驚きました。長門さんが文芸部室に来ることを拒む日が来るとは思いませんでした。
なるほど……そう言うことですか。
「ひょっとして恐いんで」
「違う!恐くない!!」
長門さんは自分でもびっくりしています。自分が人の言葉を遮って発言したことに驚いているようです。

……どうやら恐いようですね。
「そんな無理しなくても良いですよ。長門さんにも恐れるものがあるとわかって親近感がわきましたから」
なかなか可愛いじゃないですか。万能宇宙人の弱点を発見しました。
「……あなたは勘違いしている」
何をですか?長門さんの欠席理由が「ホラー映画を観たくないから」ではないのですか?
「……少し体調が優れないからであって、決して恐いわけではない」
それは僕がサイレントヒルを机に出してからですね。
「そ………違う!」

「ククククク………まあそう言うことにしておきましょう」
微笑ましい光景を見れて僕は満足しました。
ですが、この笑いを噛み殺している僕の姿が彼女の逆鱗に触れたようです。
「……………今から証明する。その映画を私に観せて」
長門さんの瞳が怒りで静かに燃え盛りました。
「かまいませんよ。僕も今日観たい気分でしたからね」
僕は長門さんの怒りの炎を正面から受けることにしました。
「………………古泉一樹。許さない」
「フフフ。観終わってから言ってください」
僕と長門さんは団長机の前に並んで座りました。
「…………………………………今すぐ謝罪すれば、許してあげないこともない」
団長PCで見ようとしたとき、長門さんの瞳は明らかに「調子乗ってすいませんでした!恐いです!」って言ってました。
「始まりますよ」
ですが僕は気づかないフリをしました。

OS起動画面が立ち上がり、まもなく上映開始です。
では、この映画のあらすじを簡単に説明しましょう。
舞台はアメリカの片田舎です。
冒頭、ある少女が夢遊病にかかっており、その子が「サイレントヒル……」と呟く所から物語が開始します。
その子の母親の調査により、サイレントヒルとは実在したゴーストタウンだと言うことがわかりました。
そして、母親は娘を連れ、車でサイレントヒルにむかいました。
しかし、サイレントヒルに向かう途中、二人は交通事故にあってしまいました。
母親が気づいたときには、いつの間にか娘さんは車から消えていました。
母親は娘を探しに、一人、サイレントヒルをさまよいます。
始まりはこんな感じですかね。では続きをどうぞ。
それでは、かい摘んで長門さんの様子を紹介しましょう。

序盤。サイレントヒルをさまよっていると、けたたましいサイレンが街中に鳴り響きます。
「!!!!!!」
長門さんビックリしてます。ここまでビックリした長門さんは初めて拝見しました。
「ななな何?」
サイレンと共に街が一変しました。壁という壁が剥がれ、中の素材が剥き出しになり、地面も金網に変わりました。
そして、壁や地面が血と錆びで赤黒くなりました。
このシーンは、汚いけどきれいという矛盾した表現ができるほどに美しいシーンです。
「…………こ……恐くなどない。今のは壁や地面の急な情報操作にかかかか……感心しただけ」
僕らの町のサイレントヒル化。ファンとしては少し見たい気がしますね。

そのまま少し経ちますと、母親は地下通路を進みます。
『キャァァァァァ!』
これは女優さんの絶叫であって、長門さんのではありません。
「……………………。」
その長門さんですが、口にソフトボールが入るくらい驚いています。
無理もありませんね。気付くと目の間に、融資鉄線で磔にされた死体があるんですから。
さぁ、次のシーンではどんな顔をするのでしょうか。
「『キャァァァァァ!』」
ついに女優さんとリンクして悲鳴をあげてしまいました。
焦げた赤ちゃん。という表現が適切ですね。それらが大量に母親に襲いかかりました。
「………今のは悲鳴ではない。さっきのは…………あくび。そう、大口をあけたのもそのせい」
やけに大きなあくびですね。

中盤です。
待ってました!ここは僕が一番好きなシーンです。
――カツン。ゴゴゴゴゴ…………
――カツン。ゴゴゴゴゴ…………
――カツン。ゴゴゴゴゴ…………
「…………何の音?」
長門さんが悪魔も骨抜きにされそうな上目遣いで僕を見ています。
「まぁ見ててください」
ネタバラシはつまらないですから。
「彼」が現れましたね。三角形の兜で頭を隠し、たくましい上半身を晒し、右手には大鉈を引きずりながら現れました。
三角頭です。ゴキブリもどきの大群を引き連れて参上です。もうカッコよすぎです!
「………………………」
長門さん緊急停止です。もしもし?長門さん?
「……………………!あまりにも恐くないから居眠りしてしまった」
僕としましては長門さんが居眠りすること自体が驚きです。

物語は進み、ラストにさしかかりました。
ここから先は……禁則事項です。興味がある人は最寄りのレンタルビデオ店で借りてみてください。ただしラストにはかなりエグいスプラッタシーンが一カ所あります。
僕も初めて見たときは晩御飯が食べられませんでした。そこは自己責任でお願いします。
「長門さん。終わりましたよ」
「…………私は恐くなどない」
言葉は強いです。ですが自分の姿を確認してください。
「……これは私があなたを気遣っているだけ。恐がってるのはあなた」
ラスト30分間。長門さんは僕の腕に抱きついて、ずっと顔を伏せたままでした。
「つまり恐がりな僕を安心させるために、「抱きついてあげている」のですね?」
「……そう。心優しい私からのサービス」
「ありがとうございます」
僕は長門さんの頭をなでてあげました。
「………………。」
非常に嬉しそうにしています。恐かったのが抜けて安心しているのでしょう。

「失礼します長門さん。少し離していただけませんか?」
それを聞いたときの長門さんの顔はノアの方舟に乗り遅れてしまった場合のノア氏と同じ顔だったと思います。
「………………何……故?」
「ただのトイレです。すぐ戻ってきますよ」
「……………あなたは恐がり」
……そうですね。
「感謝して。同行を許可する」
「………………………………ありがとうございます」
あの長門さんの寂しそうな瞳を見て、断れる人は絶対いません。

「古泉一樹いる?」
「いますよ。」
「古泉一樹いる?」
「いますよ」
「古泉一樹」
「いますよ」
「古泉一」
「いますよ」
「古」
「いますよ」
「」
「いますよ」


こんな感じでした。5秒毎に男子トイレの外にいる彼女が聞いてくるので、少し出しにくかったです。


「…………あれはあなたが寂しがるといけないので勇気づけただけ」
「フフフ。ありがとうございます」
トイレから出ると、長門さんは物凄い勢いで僕のブレザーの裾を掴みました。
しわになりますから離していただけませんか?とは言ってません。むしろ喜んでつかんでくださいという心境です。

「そろそろ帰りましょう。日が暮れてきました」
外は日が落ちかけ、空は赤みをおびていました。まるで長門さんの眼みたいですね。とは思うだけにしました。



帰り道。長門さんはずっと無言のまま僕のブレザーの袖を掴んでました。
ですが決して苦痛ではなく、とても心地よく感じました。



「僕はこちらですので。ではまた明日」
いつもの別れ道に差し掛かりました。僕はいつものにこやかなスマイルでサヨナラを言いました。
「…………だめ」
長門さんはブレザーを離してくれません。
「…………あなたは恐がり。私には解る。きっとあなたは今夜一人で寝れない」
はぁ…………。
「……………だから今夜は私の家に泊まることを推奨する」


「…………はぁ?!!!」
……失礼しました。つい地が出てしまいました。
「ちょちょちょっと待ってください!さすがにそれはまずいですって!」
確かに普通ではありませんが、さすがに僕だって高校生の男子です!いろいろ問題があります!
「…………だめ?」
この状況でそれは反則です!でも負けるわけにはいきません!
「ダメな物はダメです!僕は別に一人で寝れます!」
別に長門さんに手を出そうとか不埒な考えがあるわけではありませんがそれとこれとは別問題です!
「…………強がりダメ。素直になって」
それにこんなこと森さんにバレたら腹筋10回の刑にされます!ん?なんで腹筋10回ごときでそんなに焦ってるかって?あなたはあれをやったことがないからそんな事が言えるのです!………嫌だ……思い出したくもない……。



「それはあなたです!」
どうやらこの言葉が長門さんの逆鱗にふれたようです。
「…………わかった。◎%#♀*□∩∪⊥∠∽√」
長門さんの唇が高速で動くと、僕の足は地面から動かなくなりました。いくらひとりが寂しいからとはいえ、そこまでしますか?
「…………最後通告。これ以上拒否を続ければあなたを全裸にして朝まで放置する。大丈夫。死なないように情報操作はするから安心して」
長門さんの目がマジです。どうやら露出狂として留置場で一晩明かすか、長門さんの友人として彼女の家で一泊するかの選択らしいです。



留置場か高級マンション。僕がどっちを選んだかわかりますよね?



そこからの詳しい描写は勘弁していただきます。はた目からみなくてもバカップルにしか見えませんでしたから。
ハハハハハ………朝比奈さん。禁則事項でもかまわないんで、今朝に時間遡行してDVDを鞄に詰める僕をひっぱたいて来てくれませんか?

自室での長門さんは、殆ど僕から離れませんでした。
…………さすがに同じ布団では寝ませんでしたよ?全力で断って、何とか同じ部屋の床で寝ましたから。ですが………、
「古泉一樹」
「…………何ですか?」
「…………別に」
――コチコチコチコチ
「古泉一樹。」
「…………何ですか?」
「…………別に」
――コチコチコチコチ
「古泉一樹」
「…………何ですか?」
「…………別に」
――コチコチコチコチ
「古泉一樹」
「…………何ですか?」
「…………別に」
こんなやり取りが30分置きに交わされるんです。
……正直寝不足です。
でもこの状況で閉鎖空間に呼ばれなくて良かったです。きっと長門さんが悲しみますから。
…………明日は彼にお礼を言いましょう。



翌朝、僕は一度家に帰るため早く目を覚ましました。
「理解した?私は、最後まであなたを気遣った。だから私は恐がってない」
長門さんは最後まで強がってました。強がる長門さんも可愛いですね。
…………もう二度と彼女にはホラー物は薦めません。
帰る直前、僕は長門さんの家の玄関でこんな話をしました。
「今度はE.T.でも持ってきますよ」
すると長門さんは涙目で聞いてきました。
「…………………………………恐くない?」
「心優しい子供たちとの友情を育んだ、迷子の宇宙人の話です」
「観てみたい」
「じゃあ今度部室に持ってきますよ」
「部室じゃなくて……」
長門さんは少しモジモジしながら応えました。
「……あなたと2人で見たい。私の部屋で」
…………やられましたね。長門さん、そのモジモジした仕草とセリフのあわせ技は反則ですよ。
「わかりました。楽しみにしていて下さい」
今日は良いことがありそうですね。



「珍しいですね。今日は長門さんは来てませんか」
その日の放課後、僕が部室に入ると長門さん以外みんな揃ってました。
「有希ならコンピ研に出張だって」
そうですか。あぁ朝比奈さん、お茶ありがとうございます。えぇ、とてもおいしいですよ。
「さて、今日は久し振りにオセロでもしませんか?」
僕は彼に久し振りにオセロを薦めました。
「古泉。別にいいが、最近俺は独り言をいう癖があってな。ゲーム中うるさくしても我慢してくれ」
…………これはどこかで見た気がします。きききききっと気のせいですね!そうですね!
僕は明らかに動揺を隠しきれてなかったでしょう。おっとっと………コココココマがこぼれました。
「今朝、うちのクラスの匿名希望のアホが「昨日、おまえらのとこのアジトから、長門有希さんとあのにやけ面が寄り添うようにして男子トイレに向かうところを見たぜ☆」って言っててよぉ」
…………あのキングオブゴミムシ!
「キョン。実はあたしにも独り言を言う癖があるの」
すすすすすす涼宮さん?!!
「あたしは昼にクラスの犬好きの女の子が「ルソーのいつものドッグフードが売り切れてたのね。だから学校近くの本店まで行ってみたのね。そしたら長門さんが古泉君のブレザーの袖を握りながら、楽しそうに歩いてる所を見たのね!付き合い始めの初々しいカップルみたいだったのね!」って言ってたのよ」
阪中さん……無自覚とは言え僕達の恩を仇で返してますよ。
「……涼宮さん。じつはあたしにもあるんですぅ」
あなたまで僕の敵になりますか!朝比奈さん!
「あたしもさっき同じクラスの女の子から聞いたんですけど「今朝、古泉君が有希っこのマンションから出るとこ見たにょろ!いやぁ~めがっさビックリしたっさ!あの二人、いつの間にそんな熱い中になったにょろか??」って言ってましたぁ」
鶴屋さん!なんでそんな時間にあそこにいたんですか!?
「なんでも、「受験に向けた体力づくりのためのジョギングっさ!」らしいですぅ」
朝比奈さん!なんで僕の心が読めたんですか!?
「うふふ~禁則事項ですぅ~」
その笑顔は普段なら見るものすべてを恋に落とせられますが、今の僕にとっては地獄に落とされました。
「さぁぁぁぁぁて古泉。ネタはあがってるんだ」
「正直に全部ゲロしなさい。今ならただの校庭十週で許してあげるわ」
「ななななななな長門さんとはどこまで言ったんですか!?ままままさかキキキキキス?!」



ここから先を語るのは野暮というものです。
彼の愛娘をとられた父親のような怒りの顔。
涼宮さんの揺るぎない証拠を容疑者に突き付けた敏腕刑事のような勝ち誇った顔。
朝比奈さんのUFOの上で宇宙人と未来人と異世界人と超能力者が、抜群のコンビネーションでブレイクダンス踊ってるところを見た物理学者ような驚愕の顔。
この三つの顔を見ればわかりますよね?

僕はここに誓いました。「もう二度と長門さんとはホラー映画を見ません」と。


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