<<前回のあらすじ>>
 ドッグフードほしさに偽藤原神として活動を続けていた藤原だったが、現代社会の常識や町内の地理に明るくない彼には協力者が不可欠だった。
 そこでもっとも自分に近い存在でありなおかつ気が弱いという、かっこうのカモである朝比奈みくるを無理矢理ひっつかまえてお供に任命に任命するのだった。
 藤原はそんな朝比奈みくるの代わりとして、橘京子を学校へ送り込む。
 カエルのコスプレをしてノリノリで学校に潜入する橘京子だったが、鶴屋さんたちにあっさりバレてイジメの対象にされてしまう。
 精神的苦痛に耐えていた橘京子だったが、コンビニに快楽天を買いに行かされたあたりから我慢の限界を超えてしまう。
 とうとうブチギレた橘京子は、藤原を仲間内裁判で訴えるのだった。

 

 

~~~~~

 

 

藤原「僕は無実だ! 橘京子が学校でイジメられようとイジメられまいと、そんなのは個人の問題だろう!? 何故僕に責任を求めるんだ!?」
橘「藤原さんが私に頼んだんじゃないですか、朝比奈みくるに変装して学校へ潜入してくれって! 私は変装なんて無理だって言ったのに、藤原さんは例のカエルのきぐるみさえ着てれば大丈夫だって言って!」
藤原「それは半分冗談のつもで言っただけだ! 普通に考えて誰が真に受けるんだよ、カエルのきぐるみ着てればバレないって!」
橘「いつも朝比奈みくるが着てるものだから大丈夫って言って、私を騙したのは藤原さんでしょ!? 騙すよりも騙される方が悪いと言うんですか!? その論法だと詐欺は犯罪にならないですよ! あなたは詐欺師擁護をするつもりですか!?」
藤原「そこまでは言っていないだろう! 確かにあんたにカエルのきぐるみを着させた責の一端は僕にもあるかもしれないが、それとイジメを受けた責とはイコールじゃないだろう!?」
橘「いいえ! カエルのきぐるみなんか着てたからイジメを受けたんです! 言いだしっぺの藤原さんにこそ責任があります!」
藤原「ふざけるな! これは完全な言いがかりだ!」

 

佐々木「はいはい、静粛に。あらかじめ話の内容は伺っているんだから、被告も原告も過度の発言は慎むように」
藤原「ぶつぶつ」
橘「ぶつぶつ」

 

佐々木「話を整理しようか。まず、藤原さんが橘さんにカエルのきぐるみを着て学校へ潜入するよう依頼した。橘さんはその頼みを了承し、カエルのきぐるみを着て学校へ向かった」

 

佐々木「注目するべきは、藤原さんは決して橘さんに対して学校への潜入やきぐるみを着ることを強要したのではなく、あくまで依頼したというレベルの話ということだね」
藤原「そうです、裁判長殿。僕は決して橘京子に対して学校への潜入やきぐるみの着用を強いたわけではないのです!」
橘「待ってください裁判長! 強要はありました! いえ、強要なんて生ぬるいものじゃありません。あれは純然とした脅迫でした!」

 

橘「藤原さんは、私が家に財布を忘れてきたということを知った上で、言うことに従わないならこないだ貸した500円を今すぐ返せと詰め寄ったのです!」
佐々木「それは本当かい、藤原さん?」
藤原「確かに頼みを聞いてもらえないなら500円を返せと言いはしたけれど、それはあくまでも交渉の一手段であり、強要というレベルのことではありません! 金返せなんて、断ろうと思えばいくらでも断れるわけだし、それを強要と受け取るかどうかは個人の意識の問題でしかありません!」
橘「でも私はそれを脅迫と感じたのです! たとえ藤原さんの中で、お金返せ発言に強要という意図がなくとも、私はそれを脅迫と受け取りました! これを脅迫と感じるかどうかは発言した藤原さんではなく、言われた側の私なのです!」
藤原「それは詭弁だ! 交渉の場での発言が強要かどうかを決めるのが受け取る側の感受のみというのなら、交渉する側は言葉狩を警戒して何も発言することがなくなってしまう! それは言論の自由すらも犯しかねない危険な判断だ!」
佐々木「静粛に!」

 

佐々木「とりあえず今は、藤原さんの500円返せ発言は本件とは別件扱いということで一旦保留するよ。そうすると、この段階では、橘さんは藤原さんの依頼に対して任意で同意した、ということになるね」
藤原「その通りです、裁判長。橘京子は僕の頼みに、自分の意思で従ってくれたのです。今さらとやかく言われる筋合いはありません」
橘「し、しかし裁判長。私が藤原さんの依頼に任意で従ったことは認めるにしても、カエルのきぐるみを着るという行為は明らかに藤原さんの言葉に起因するものです!」
藤原「裁判長。これも先ほどの依頼の件と同じです。僕から彼女に提言をし、彼女はそれを受け容れた。僕の言葉があったとしても、橘京子が自分からカエルのきぐるみを着たことに違いはありません。そして僕はそれについて金を返せなど一切発言してません!」
佐々木「そう。橘さんは藤原さんの依頼を任意で了承し、自らきぐるみを着た」
橘「し、しかしそれは……」


佐々木「話を少し戻すけれど、橘さんは藤原さんの依頼を請ける前にお金を返せと言われ、少々冷静さを欠き、なおかつ藤原さんの頼みを断れない心理状態にあったことも考慮しないといけないね」

 

佐々木「よって私は今の段階では、藤原さんの依頼の仕方に問題があったと結論づけざるをえません」
橘「そ、そうですよね!」
藤原「くっ……!」

 

藤原「し、しかし本件の本題である橘京子へのイジメですが、こちらの方は完全に僕の感知しないところです!」
橘「今さら言い逃れとは見苦しいですよ! 私にきぐるみを着ることを強要したとなると、このイジメ問題もその延長上に位置づけられてしかるべき事です!」
藤原「それとこれを一緒に考えるのは間違っている! それとこれは個別の物として、まったくの別問題扱いにするべきだ!」
橘「いえ、同じ問題です! どちらも同じ原因に起因するものなのですから、同じ事として扱うのが適当です!」
藤原「だいたいだな。そもそもカエルのきぐるみを着ていたからイジメられたという短絡的な考えからして改めるべきだ! カエルのきぐるみがイジメの原因ではないかもしれないじゃないか!」

佐々木「本件の最大の核である橘さんのイジメ問題だけど、これは佐々木さんの申し出からしか事情が把握できないから。カエルのきぐるみこそがイジメの原因説を元に話を進めるよ」
藤原「裁判長、それはおかしい! 裁判と銘打っている以上、きっちり下調べをしてから公正な結果を出すべきだ!」

 

藤原「おい周防九曜! あんたは僕の弁護人だろ!? おごってやったジュースばかり飲んでないで、ちゃんと僕の弁護もしろ!」
九曜「──────────」

 

佐々木「周防さん。藤原さんの弁護人なら、あなたの意見も聞いておきたいところだけど、何か言うことは?」
九曜「──────────」
藤原「おい周防九曜! 飯を食った後の牛みたいにぼーっとしてないで、早く僕を弁護しろ!」

九曜「─────藤原─────」
藤原「なんだ。言ってみろ」
九曜「─────死ね─────」
藤原「死ね!? なんだそりゃ!? おいあんた、弁護人っていうものを分かってるのか? あんたは僕の味方なの。だから、僕が有利になる発言をするんだ。理解してるか?」
九曜「──────────」


藤原「おい周防九曜!」

九曜「─────ブッ殺すぞ─────」
橘「どうやら周防さんも私が被害者であるという意見に同意して、あなたを弁護しきれなくなってしまったようですね、藤原さん?」
藤原「いや、おかしいだろう! どう考えてもおかしいだろこれ! 仮に僕の弁護ができなかったとしても、死ねとか殺すとかはないだろ!?」
九曜「─────肉奴隷─────」
藤原「……弁護というものをどこまで理解していてどこまで理解できていないかと問われれば、全部理解した上で言ってるだろ」
九曜「──────────」

 

 

 

佐々木「裁判の結果がでました」

 

佐々木「橘さんが勝訴」
橘「やったー! やったー!」
藤原「って、僕が敗訴!? わけが分からない!」

 

藤原「何故ですか、裁判長! 納得いきません! 僕にも理屈が分かるように説明してください!」
橘「佐々木さん、彼にも分かるよう、ビシッとインパクトのある一言で分かりやすく言ってあげてください」
佐々木「ええとね。じゃあ……」

 

佐々木「藤原さんの性根が曲がってるからかな」
藤原「第二次フジワラショック!」

 

 

~~~~~

 

 

藤原「ということがあったわけさ」
みくる「……はあ。そうですか。それは……お気の毒でしたね。橘さんも」

 

みくる「藤原さんがその裁判の結果に納得いっていないことは分かりました」
藤原「分かってもらえたか」
みくる「でも、だからってなんで藤原さんが私の家に押しかけてきたのかが分からないのですが。嫌がらせ?」
藤原「うむ。実はな。聞くも涙、話すも涙の物語なのだが」

 

藤原「裁判に負け、住居引き払いの刑罰を宣言されてしまったのだよ」
みくる「え?」
藤原「おかしいだろ?」

 

藤原「100歩ゆずって橘京子が学校でイジメられた責任が僕にあるとしてもだな。何故僕が居住地を追放されねばならぬのか」
みくる「確かにそうですよね。なんで藤原さんは家を追い出されたんですか?」
藤原「いや、さっぱり分からない」

 

藤原「だからだな。分けも分からないうちにあれよあれよと家を退去させられ、次の住居も定まらないうちに住所不定のヤング自由人となってしまったんだ」

 

藤原「そういうワケだから。しょうがないから朝比奈みくるのアパートに同居させてもらおうと思ってやってきたんだ」
みくる「私にとってはそこのところが一番ワケ分からないんですが」

 

みくる「なんでうちに来るんですか? 他にもいろいろ行くところがあるでしょう」
藤原「いや、僕友達いないし」
みくる「………すいません……なんか、ごめんなさい……」
藤原「いいって。気にするなよ。僕のことは気にせず日常生活を送ってくれたまえ」
みくる「え!? 本気で居座るつもりなんですか!? やめてくださいよ、本当に。もう、頼みますから」
藤原「なんだよ。あんたは、あれか。目の前に不慮の事故で住処を失ったかわいそうな知人がいても、助けを求める手を払いのけて蹴り落とすって言うのか。冷たいヤツだな。えぇ?」
みくる「そういうわけじゃありませんけど……ほら、若い女性のアパートに男が押し入って住み込むって、どう考えても犯罪じゃないですか」
藤原「いやいや。僕は朝比奈みくるに対して指一本ふれるつもりなんて最初からないから。絶対安全」
みくる「安全を保障されたからって、安心できるわけないじゃないですか。四六時中落ち着きませんよ」
藤原「僕のことは空気かなにかだと思って適当にやり過ごしてくれればいいから。あ、でも朝と夜の食事は作ってもらえるとありがたい」
みくる「そのうえ食事まで要求しはじめましたよこの人!?」

 

藤原「お願いします! マジでお願いします! 今は霊長類としてのプライドを捨ててもいいくらい切羽つまってるんです!」
みくる「だ、だからって土下座までして頼まないでくださいよ! ダメなものはダメなんです!」
藤原「新しい住居が決まるまでは家賃も払う! それでいいだろ? な?」
みくる「家賃とかの問題じゃないんですよ!」
藤原「じゃあ家賃は払わない。払わないけれど住まわせてくれ!」
みくる「なんでそんなに相手の心証を悪くするような交渉の仕方なんですか!? どれだけ図々しいんですか!?」

 

藤原「いや。もうダメ。もう僕、ここから動かない。朝比奈みくるが警察よんだって軍隊よんだって新しい入居先が決まるまでテコでも動かないからそのつもりで」
みくる「ええと、110っと……」 ピッピッピ
藤原「あああ! 待って、ちょっと待って! 通報はまずいわ。うん。ごめん、警察よんだって動かないって言ったけど、あれ嘘。言葉の勢いっていうか、そういうものだから。すまん。マジで。警察だけは勘弁して」
みくる「今すぐ出ていってくれるというのなら同じ未来人として見逃してあげてもいいですけど、これ以上ここに居座るというのなら、容赦なく通報しますよ」
藤原「……わかったよ」

 

藤原「あんたが強気の交渉でも泣き落としでも動じないということは、よく分かった」
みくる「………分かってもらえましたか。私だって、本当は藤原さんが不憫だと思ってるんですよ。助けてあげたいとは思いますけど、こればっかりは無理ですよ」
藤原「それだけ分かってくれるのなら、僕は本望だ」
みくる「ごめんなさい。やっぱり私もこの時代での体裁がありますから。若い異性と同居するなんて目立つ行動はできないんですよ」
藤原「ああ。分かっているさ。不純異性交遊なんて、下手をすれば学校を退学だからな。そうなれば涼宮ハルヒの観察どころじゃなくなって、元の時代でのあんたの立場もなくなっちまうもんな」
みくる「分かってくれますか」
藤原「わかった」

 

藤原「今日から、僕は女になる」
みくる「全然わかってないじゃないですか!?」
藤原「うおおおぉぉぉ! 朝比奈みくる、よぉく見ておけ! これが僕の覚悟だッ!」
みくる「ひゃあああぁぁぁ! な、なんでナイフを取り出してズボンのチャックを下ろすんですか!?」


藤原「この時代で自らに与えられた任務を遂行する! そのためには、股間のパワーショベルの1本や2本、切り落としてみせる!」
みくる「ややややめてくださぁぁぁい! そんなことしたって女の子にはなれませんよ!? ただ単に迷惑なだけですから! 今ならまだ間に合います、早まらないでくださぁぁぁい!」 ガシッ!
藤原「離せ! これは僕自身のケジメなんだ! たとえ男の証を失うことになろうとも、たとえ死ぬよりつらい苦痛に苛まれようとも、僕は僕たちの時代のためにできることを全力でこなすのみだ!」
みくる「自分のすべきことに情熱を燃やすことは素晴らしいことだとは思いますが、大事な物を失う前にもっと良い手段がないかどうか模索してみてくださいよ!」

 

みくる「新しい住居が決まるまでネットカフェにでも泊まっていればいいじゃないですか!」
藤原「腐ってもこの藤原、断じてネット難民などには身をやつさない! 根無し草としてコンクリートジャングルをさまようくらいなら、男の竿を切り落とした方がマシだ!」
みくる「なんでですかぁ!?」
藤原「朝比奈みくる! ひとつだけ約束しろ!」

 

藤原「僕が自分の信念に殉じ、股間のアハーン棒を切り落としたなら、僕に宿を提供してくれ!」
みくる「だから、なんでそうなるんですか! 藤原さんがなにを切り落とそうと勝手ですが、どうせ切るんならよそでやってくださぁい!」
藤原「僕の名前は藤原藤子! 朝比奈みくるの遠縁の親戚で、受験勉強で予備校に通うために下宿している、ちょっぴり姐御肌の女の子! サバサバしてて口調は荒っぽいけど根は優しいインテリ派! 新キャラだけどよろしくね!」
みくる「すべてが順調に進んだことを想定して自分のキャラ作りを入念に行わないでくださぁい!」

 

みくる「い、いやあああぁぁぁあああぁぁぁ!」
藤原「さらば、我が息子よ! 今生の別れだ!」
みくる「やめてくださぁぁぁい! もういいですから、うちに置いてあげますから、惨劇はやめてぇぇぇ!」

 

 

~~~~~

 

 

 ぴんぽーん

 

鶴屋「やっぽー! みくるいるかい? 鶴屋さんが遊びにやってきたよ~」

みくる「……こ、こんにちは、鶴屋さん……」
鶴屋「んあれ? みくる、なんだか冴えない顔してるねぇ。何かあったん?」
みくる「い、いえ、そういうわけでは……なにもないですよ……たぶん……」


鶴屋「うん?」

藤原「朝比奈みくるの学校の友人か」
鶴屋「あれれ? キミだれ?」
藤原「僕の名は藤原藤子。藤子ちゃんとよんでくれ」
鶴屋「藤子ちゃん? みくるの服とかスカートとかはいてるみたいだけど、みくるの身内の方なのかな?」
みくる「……ええ。私の遠縁の親戚で、受験勉強のためにうちへ下宿にきたそうです……」

鶴屋「へー。ほー。ふーん」

 

鶴屋「藤子ちゃんって、かわいいんだけどさ。なんだか男の子みたいだよね。体つきもがっしりしてるし。何かスポーツとかやってるのかな?」
藤原「スポーツ? ふん。スポーツなどで無駄な時間をつぶすくらいなら、勉強に打ち込む。それが僕ら受験生というものだ」
みくる「ちょ、ちょっと藤原さん!? ごめんなさい、鶴屋さん。藤原さんは根はいい人なんですけど、口が悪いところがあるんです。そういう設定なんです」
鶴屋「いいよいいよ。全然気にしてないっからさ! 藤子ちゃん、勉強の邪魔してごめんね! んじゃ、今日は私はここらで退散しとくよ」
みくる「本当にごめんなさい」

 

 

 

藤原「帰ったか」

 

藤原「ふふん。ちょろいもんだな。まあ、僕のこの完璧な女装術にかかればこんなものか」
みくる「うちにいる間は常に女装して、女性としてふるまってもらうという条件で一時的に居候することを認めてあげたんですからね。あまり私に迷惑かけないでくださいよ」
藤原「もとよりそのつもりだ。そもそも僕らは対立する組織の構成員同士。これ以上敵に貸しを作るつもりは毛頭ない」
みくる「お願いしますよ、本当に……」

 

 

~~~~~

 

 

 <<藤原の日記 ・ 1日目>>

 

 不条理な裁判によってあれよあれよと言う間に棲家を追われた僕だったが、神がかり的なネゴシエイトで朝比奈みくるの住居に押し入るミッションに成功。やはり僕は天才だ。
 断じて行えば鬼神もこれを避く、という古いことわざがあるが、まさに今日の僕には鬼神をも退ける迫力があったに違いない。
 朝比奈みくるは押しに弱い性格をしている。今日はだいぶ粘られてしまったが、どんなことでも僕が頑固に主張すれば彼女は折れるだろう。


 まさかこうも容易く朝比奈みくるたちの世界の情報を引き出せる位置へもぐりこめるとは思ってもみなかった。これは、敵対組織ののど元をおさえたも同じこと。
 一度吸い付いたら離れない、絶対に詐欺し向きだと称され、スッポンの藤ちゃんと恐れられたこの僕の咬顎力をもってすれば朝比奈みくるを手玉にとることなど女子校生の尻を撫でるよりも簡単なことだ。
 朝比奈みくるごとき下っ端から引き出すことのできる情報など微々たるものでしかないだろうが、それでも十分だ。必ずや朝比奈みくるの世界を出し抜いてやる!
 僕にはそれが出来るんだ! 張り合いがないほどに簡単すぎるな!

 


 <<藤原の日記 ・ 2日目>>

 

 おかしいな、という思いは藤原藤子を始めた時からあった。最初のうちはそれがわずかな違和感でしかなく、具体的にどうと言えるほど明確なことではなかったので気づけなかっただけのことだ。
 何かがおかしい。本格的にそう思い始めたのは、朝比奈みくるのアパートに入居した当日の夜だった。
 あれこれと条理の限りを尽くし、なんとか説得して朝比奈みくるに作らせた晩飯の冷麺をつついている時のことだった。テーブルをはさんで2人で座につき、ダラダラと時代遅れなくさいラブロマンス映画を見ていた僕と朝比奈みくる。
 ブラウン管にはふやけた顔をした男女が映り好きだの愛だのチューだのとうんざりするようなセリフを吐き続けているのに、それを観ながら何故かヒョードルだのグレイシーだの桜庭和志だのという単語を放ち続ける朝比奈みくる。
 おかしいなと思い、機転を利かせてその数をかぞえてみたところ、30分の間に 「ヒョードル」 という単語を13回は口にしていた。一応13回目までかぞえはしたが、実際のところ3回目あたりで俺の背筋には冷たいものが走っていた。
 平成20年の時代といえば総合格闘技も市民権を得て盛り上がっている時代だ。女性格闘技ファンも多い。最終兵器の二つ名を持つエメリヤーエンコ・ヒョードルに多大な期待を持っている女がいたとしてもおかしくはない。
 しかし飯を食いながらラブロマンスドラマまで観ているというのに、ドラマやロマンス関係の話は一切せず、ただひたすら左ジャブがどうのグラウンドの攻防がどうのとまくしたてる女ってどうよ? いるか? いないだろ、常識的に考えて。
 僕の正確無比な直感が危険信号を発したね。これはなにか裏がある、と。


 こいつは僕に何か隠している。もちろん敵対する組織の者同士なのだから互いに隠し事はたくさんあるのだが、僕が感じているのは組織としての隠し事ではない。朝比奈みくる個人としての隠し事だ。
 ヒョードル最高!と叫ぶ恍惚の表情の裏側に、きっと僕を欺くための巨大なトラップが隠されているに違いない。
 自室の壁にラミネート加工した 「宗道臣先生」 と書かれたポスターを貼るという、およそロマンチストな女性らしからぬ行為にも、僕には理解できない何かしらの深い意思があるに違いない。
 朝比奈みくる。彼女はアホらしい外見から想像もできないような、何か恐ろしい闇を持った女であると僕の直感が断定する。
 油断はできない。僕はここへ潜入した時に朝比奈みくるののど元へ手をかけたと思ったが、この状況を逆に考えれば僕が彼女のテリトリーへ飛び込んだという形だ。ここでのやり取りは本来、朝比奈みくるにとって圧倒的に有利なのだ。
 下手を打てば、逆にのど元へ手をかけられるのは……考えたくはないが、僕の方なのかもしれない。

 


 <<藤原の日記 ・ 3日目>>

 

 未来世界 (今僕らがいるこの時代から見て) からの時間監視員のエージェントになるということは、誰もが想像できるように容易なことではない。それなりの素質も必要だし、常人の理解を超える理屈により計られ、決定されることなのだ。
 だから朝比奈みくるがエージェントとなりこの時代に駐在していることにも、何か理由があるはずなのだ。それはただ単に涼宮ハルヒの嗜好に合う人物であったからだけであろうと思い込んでいたが、どうやらその認識は間違っていたようだ。


 朝比奈みくるはあまり利口ではない。僕はそう思っていた。だがそれは違ったようだ。こうして3日間も共に暮らせば、ある程度その認識が誤っていたことが見えてくる。
 単刀直入に言おう。彼女は非常に利口である。というよりも、さらに言うならば、策謀に長けている。能ある鷹は爪を隠すというが、まさにその通りだ。
 まず、朝比奈みくるは徹底的に無能を装う。本当は時間監視員のエージェントに選抜されるくらいなのだからエリートのはずなのに、あの普段の抜けっぷりを観ていると、そんな当たり前のことが信じられなくなり油断してしまうのだ。
 事実、僕はこうして 「朝比奈みくるならちょっとゆさぶりをかけてやれば、おとなしく家を明け渡すに違いない」 と高をくくって来たではないか。すべては、そう。あの計算づくの無能な素振りに騙されてのことなのだ。


 無能を装うことは相当に難しい。ただただアホを演じていれば良いというだけではない。まず自分のイメージする無能者像を脳内に思い描き、「この場面で自分ならどう動くべきか、この状況ならどう反応すべきか」 を逐一考えていなければならないのだ。
 これを誰にも悟られることなく長期間にわたって演じ続けるとなると、もはや常人とはいえない域に達していると言えるだろう。


 たとえば、あの朝比奈みくるの怯えの仕草などもそうだ。
 朝比奈みくるはちょっとからかってやると、尻込みして内股になり、両手を胸の前にあわせて肩をすくめ、小動物のような目でこちらを窺ってくる。
 僕はこの姿勢を、朝比奈みくるが反論に窮して無意識のうちにとっている本能的な屈服の縮こまりだと思っていたが、見方を変えてみると実はこれが恐るべき 「構え」 であることが分かる。

 まず小動物のような目で見つめられると、それだけで勝ったような気になってしまい (冷静に考えると何にも勝っていないのだが)、それ以上危害を加えようという気にならなくなってしまうのだ。勝った気になるということは、そこに油断が生じるということ。ゆえにこの目つきだけでも、十分な攻撃手段になりえると言えるのだ。
 肩をすくめるということは顔面の急所である顎や人中を、側面からガードできるということ。これにより、フックやハイキックなどをノーモーションでブロックできるのだ。これは反撃時に大きなアドバンテージとなる。
 胸の前に合わせた両手にも同じような効果があるといえる。体の中央である胸の前に手を置くことで、人体の急所が集中する正中線を完全に防御できる。脇をしぼっていることで、上中下段側面すべての方向からの攻撃も手捌きで防ぎえる。
 脚も内股にして軸足を作らないことでローキックなどの脚を狙った攻撃にも臨機応変に対応することが可能だろう。
 これはおそらく空手やボクシングなど、立ち技系の格闘技に対してはほぼ完全な守りの構えといえる。
 また内股のように、かかとを外側へ向けるという形は案外踏ん張りが利きバランスを取りやすく、ちょっとやそっとのことでは倒れない。
 腰を落とすことで重心が安定し、非常に投げられにくくなる。

 これらのことを総合して言えることはひとつ。朝比奈みくるのあの怯えすくむ姿勢は、あらゆる攻撃に対処することができる、全局面的防御可能型ファイティングポーズということであることが分かる。
 何故こんなモヤシのような女が、涼宮ハルヒの監視という重大な任務に派遣されたのか理解に苦しんでいたところだが、もしも 「そう」 だとしたら、なるほどうなづける。
 朝比奈みくるは、彼女の時代のおそるべき護身術をマスターした女グラップラーだったのだ。

 


 <<藤原の日記 ・ 4日目>>

 

 今、僕は押入れの中に引き篭り、わずかな懐中電灯の明かりを光源にこの日記を記している。狭くて暑いことこの上ないが、朝比奈みくるの脅威を警戒するには、もうここしかないのだ。
 昨日の段階では、実はまだ僕は心のどこかで、あの朝比奈みくるが究極の護身術を身につけたグラップラーであるという考えに否定的だった。「あのトロイ女が、まさかな」 と。
 それは甘えだった。あの朝比奈みくるの無能を装った演技に騙され、朝比奈みくるがドンくさいマヌケであると信じていたかった俺の願望が先走り、そのように錯覚していたのだ。


 朝比奈みくる最弱説がもろくも崩れ去ったのは、今日の夕暮れ時だった。
 学校帰りの朝比奈みくると僕は、今夜の夕食をシチューにするかドックフードの煮っころがしにするかで大いにもめていた。
 僕の心の中に 「朝比奈みくるなど、軽く脅してやればすぐ折れるさ」 と言う迂闊な油断が生じたのは、まったくもって不幸なことに人のいない裏路地だった。
 人目もないことだし、ここらで一発しめといてやるか。と小悪魔が耳元で囁いたとしか思えない。気づくと僕は、その甘言にのせられて朝比奈みくるにむけて軽いスローパンチを放っていた。
 次の瞬間、僕は調子にのっていた自分の愚かさを呪うこととなる。例の怯えた格好で肩をすくめていた朝比奈みくるは、小さく悲鳴をあげながら僕のパンチを受け止めたのだ。
 そしてその次の瞬間。僕の右手が朝比奈みくるにつかまれている状態の時。朝比奈みくるの脚が、まるで側転でもするかのように大きく宙に翻る。あまりに唐突なことで、事態へ反応しきれなかった僕に迫る朝比奈みくるの脚。
 その脚が狙うのは……僕の首元。


 肉薄した状態だったので打撃を狙ったハイキックではないと分かっていたが、歴戦のつわものである僕の直感が、背筋に冷たい悪寒を這い上がらせる。
 そしてぞわぞわと脳漿にまで這い上がってきた悪寒が、スローモーションの世界の中で僕にひとつの像をもって教える。これは───


 首刈り十字固め!


 明確な解答が脳裏をかすめると同時に、僕は反射的といっても良いほどの速さで腕を引き、その場に倒れこんだ。全身に冷水のような冷や汗をかきながら。
 尻餅をついた衝撃で視界がわずかにぼやけるが、追撃を警戒し体をひねって路地を転がる。マウントポジションをとられては圧倒的に不利だ。
 しかし中腰になって朝比奈みくるへ視線を移すと、僕に技をかけようとした朝比奈みくるは、僕と同じように尻餅をついて 「いたいですぅ……」 と呟きながら腰をさすって半べそになっていた。
 僕はしばらく、驚愕のあまり無言で立ち尽くしていた。あのような大技を絶妙のタイミングで放つことができるほどの技量を持ちながら、受身もとらないとは。格闘技をかじった者なら、アマチュアだって転倒する瞬間には受身を試みる。サンボの高等サブミッションを使いこなすほどの上級者なら受身など片手でも容易いに違いない。
 朝比奈みくるは、自分の肉体的ダメージよりも 「ドジっ子」 という自らに設定したアーキタイプを守ることを選んだのだ。
 これほど圧倒的な力を持ち、これほど徹底的に自分を隠し、これほど喜劇的に人を騙すことができるとは……。


 再び俺はぞっとするものを感じた。もしもあの時、朝比奈みくるの技に気づかず腕を伸ばしたままでいたなら。今頃きっと僕の腕の関節は外され、靭帯と神経はブツッと引きちぎられ、地獄の苦しみにあえいでいたことだろう。下手をすれば……殺されていた。
 滝のように流れる汗をぬぐいもせず立ち尽くす僕に目線を向け、照れたように微笑んだ朝比奈みくるは 「さ、早く帰りましょう」 と促した。
 これはつまり、あれだろうか。「いつ人がやって来るかも分からない場所にいないで、早く家に帰って本番を始めようじゃないか」 と言っているのだろうか。

 僕は緊張の足取りで朝比奈みくる邸に戻ると、腹が痛いと言ってトイレに入り浸り、夕食ができあがる頃まで居座り続けた。トイレから出ておずおずとキッチンに戻ると、テーブルの上にはシチューとドックフードの煮っころがしの皿がひとつずつ置かれていた。おそらく朝比奈みくるが自分用にシチューを作り、僕のためにドックフードの煮物を作ってくれたのだろう。これはきっと、朝比奈みくるが僕を油断させるための作戦に違いない。
 題名も分からない恋愛物のドラマを観る朝比奈みくるに一瞥もくれずさっさと夕食を済ませた僕は、逸る気持ちを抑えつつ 「今夜はもう寝る」 と言って、この押入れの中にもぐりこんだのだった。

 

 失敗したとはいえ、本性の一端をあらわにしたのだ。朝比奈みくるが僕に対して、今後も穏やかに接してくるという保障はどこにもない。邪魔者が入らないことを良いことに、このアパート内で僕に実力行使で屈服を迫ってくることもありえる。恐ろしい。僕も多少は腕に自信があるとはいえ、あの朝比奈みくるに勝てるかどうかは……正直わからない。難しいかもしれない。

 このような事情があり、僕はかれこれ2時間近く押入れの中で閉じこもっているのだ。熱気がこもってじめじめと暑苦しいが、朝比奈みくるに隙を見せることに比べれば何でもない。命あってのもの種だ。
 いつまでもこんな危険な場所に滞在せず、こっそりと朝比奈邸を出て行くという案も考えたが、超強引にここへ押し入ってきた僕が突然出て行くことはあまりにも不自然だ。その不自然を、朝比奈みくるたち未来世界の禁則事項をつかみ情報を盗んで逃げ出した、と勘違いされて本性丸出しで追いかけてこられてはたまったものではない。もしそうなったら、本当に陰惨な手段で殺されかねない。
 下手な言い訳や嘘をならべて朝比奈みくるを騙さない方がいい。疑念を抱かせてはいけない。もしも朝比奈みくるが藤原という敵対組織の人物に疑惑を感じたなら、その口を封じようと決意するかもしれないのだから。
 僕は……次の住居が決まるまでここに居続けるしかないのか……? 命の危険と隣り合わせであることを感じながら。
 そうだ。僕はここに居続けるしかないんだ。朝比奈みくるに嫌疑をかけられないために。
 朝比奈みくるのあの柔和な笑顔が憤怒の形相に変わる時がもしきたなら。その時、僕の命はなくなってしまうかもしれないのだから。

 僕はいつ、ここから解放されるのだろうか………。

 

 

  おわり

 


|