お前のものは俺のもの、そんな使い古された言葉を持ち出すまでもなく、自分にとって一度関係を持ってしまったが最後
私的財産権が一度に無に帰してしまうような種類の人物と言うのがこの世界には存在する。俺の場合はこの目の前の
黄色いカチューシャの女がそうだ。

 

「あんたって本っ当にわっかりやすい!いっつも最後は有希を頼るんだから!」

 

そう高らかに告げるとハルヒは大股で俺に歩みより、当然のように俺のカバンを引ったぐった。

 

ちなみに、どうしてハルヒが俺より先にこの団室まで来れたのか。それは不穏な動きを見せていた
俺が放課後長門を訪ねると判断したハルヒが、俺が教室から出るや否や即座に後を追い、教室から
団室までのショートカットルート----階段の2階の踊り場の窓から外に出て、校舎と部室棟をつなぐ
渡り廊下の屋根を走り、部室棟の階段の踊り場の窓から入る、と言う----を通って先回りしたからだそうだ。
ハルヒ曰く、「この程度のことも押えておかないようでは団員失格」だそうだが、さして生徒に寛容な教師揃いと
言うわけでもないこの学校では、渡り廊下の屋根を全力疾走するなどという発想は心に抱いたところで苦笑とともに
打ち消してしまわなければいけない類の物だ。

 

「♪~」
聞こえよがしな鼻歌交じりで、突っ込んだ手で俺の鞄を引っかき回すハルヒ。

 

「あっ!これね~ きっと!」
2本指でつまみ出したのは、やはりまぎれもない100万入りの白封筒だ。
カバンを床に投げ捨てると、片手で器用に封筒の隅を握って口を開き、大仰な素振りで片目で中身をのぞき込む。

 

「おおっとぉ!?」
素っ頓狂な声をだして、殊更に驚いてみせる。
「…こ~れは、大事件ねぇ?キョン~?」
整った並びの歯を全て見せ付けんかとばかりの満面の笑みで、首を傾げて腰を折り曲げ俺の顔を下から覗き込むように
にじり寄ってくるハルヒ。近づけられた顔から甘い匂いが胸に拡がるが、別にこれからロマンチックな展開など疑うべくもない。
例えて言うなら、期末テストで最低の成績の答案が返ってきた日の、家までの帰り路での買い食いの味とでも言おうか。
そんな刹那の快楽だ。

 

「で、キョン?」
ほら来た。
「このお金、いぃったいどうやって手に入れたのかしら?」

つややかな瞳が、俺のそれを見つめながら語りかける。「さあ、足掻きなさい」と。

 

俺は心臓が2cmほど浮き上がった胸郭を抱え、それでもハルヒの瞳から目を逸らす事ができずに、言い繕いの高速演算を始める。
一体どこまで言っていいものか。無論、古泉の機関から貰ったなんてことは絶対に言えない。拾った?切羽詰ると、こんな陳腐な発想が
すぐに脳裏の結構な範囲を占拠しようとする。しかし、思い切ってそう言い切ってしまうのも今回の場合はありかもしれない。よし、
これは次善の策に取っておこう。さて、そうと決まれば本命の策を腰を据えて考えるか。古泉に貰った?う~ん、奴も巻き込むな。
それはいいとしても、この後奴が部室に来た時、一瞬のアイコンタクトで因果を含めなくてはいけないのができるかどうか。…次の策だ。
う~ん、浮かばない。クソッ、油壷の中から這い出ようとするみたいな苦痛だ。いったいどうして俺はいっつもいつもこいつのせいで
こんな苦労をしなくては…いや、今それを考えても仕方ないな。さて、え~といまいち心細いがやはり古泉に貰った線で行くしかないのか?
いや、いっそ拾ったと言い放ってみるか?その場合ハルヒはどう追及してくるか?あ~畜生…

 

「キョン!?」
ハルヒが真一文字に口を結び、猫のように円らな瞳で俺を見据える。
「言い訳、決まった?」

 

くっそぅ…もう、八方破れだ。
『その金は
「そのお金は、彼がナンバーズくじで当てたお金。ご両親には内緒にしたいとの事で、独り暮らしの私が預かる約束をした。」

 

ああ、長門。そう言えば、お前が居たんだよな。お前に任せていいんだよな?いつもいつも本当に…

 

「ふ~ん、さっすが有希ねえ。あれだけ本を読んでるだけあって、まあ満点の回答って言えるかしら」

 

多分、同じ回答を俺がした所でそれはその後のハルヒの怒涛の追及によって脆くも押し流されてしまうだろう。ハルヒが長門相手に
その追求をしないのは、例えハルヒの矢継ぎ早の詰問であっても、長門は涼しい顔でその全てから言い逃れるであろう展開をハルヒが
見越しているからだ、と思う。

 

「ふん、まあ何にせよ、なんの後ろ暗さもなく自由にできるお金って訳ね、キョン、」

 

「そのお金、有希じゃなくってSOS団に預けなさい。投資って事よ。よかったわね~♪こんな話、2度とはないわよ?」

 

天に向かって吐いた唾は、自分の顔に落ちてくる。
涼宮ハルヒへの隠し事は、奴の手の中に、戻ってくる。


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