夕飯にはもう少し時間があるので、読みかけにしておいたマンガを手にとってベッドに倒れこむ。
「…………」
 部屋の扉を開けたとき感じて以来、自己主張し続ける違和感は、ひとまず無視することにした。
 今日も団活でハルヒにこき使われて疲れていたし、自分の家ぐらいツッコミは抜きでいきたい。
 ……いきたかったのだが。
 存在そのものにツッコミたくなるなんて、よっぽどのことだ。 
 逆にこちらが試されているのでは、とさえ思える。それはまったくの被害妄想なのだろうが。
 ちら見すると、何の変化もなくそこに佇んでいる、奴の姿が。

 まっさらなワイシャツ、と言い表せるほど清潔な部屋ではないが、それにひとつだけ付いた黒い染み。
 天蓋領域娘、周防九曜。

 俺が部屋に帰っても、それから今に至るまで放置しても、何も言わない動かない。
 これまでの経験からこいつがそういう奴だというのはわかっているが、置物にしておくのも居心地が悪い。
 いくら長門のデッドコピーといえども、自我っぽいのがある以上はモノ扱いしたくないしな。
「おい、九曜」
 ブリキの方がまだ愛嬌があると思える緩慢な動作で俺に振り返る。一応、リアクションはしてくれるようだ。
「何か、喋ってくれ」
 軽い気持ちで振ってみたのだが、これが思わぬ沈黙の時間を生むことになる。
 マンガを読む作業に戻ろうかな、と思い始めたその時。
「――何か――」
 小学生か。いや、意外に無茶振りだったのかもしれない。
 前言を撤回するようで申し訳ないが、パソコンを相手にしてる思ってもっと具体的なことを尋ねないとな。
「今日は、何をしに来たんだ?」

「――侵略――」
「帰ってくれ」

 ある意味かなり宇宙人しているんだが、残念ながらそういう展開はお呼びじゃないんだ。
 俺がぴしゃりと言ってやると、九曜は大人しく出て行った。一体何がしたかったのか、少々拍子抜けではある。
 もしかしたら、冗談を言ったつもりだったのか?
 侵略といっても、ただ俺の部屋で佇んでいただけだ。その分のスペースを拝借した、というトンチかも。
「……悪いことしたかな」
 考えてもみれば、九曜は生まれたてで、パトロンも長門たちのそれと違って出来が良いとは言い難い。
 ディスアドバンテージが多すぎるのに標準それ以上のクオリティを求めるのは酷というものだ。
 反省しつつも、自分に罰を与える気はさらさらないので、母親から夕飯のお呼びがかかれば即座に一階へ。

 

 

「――食卓を――侵略……」
「なんだと」

 はたして俺が目の当たりにした光景は、我が家族と食卓を囲む九曜の姿。
 さも当然の如く座っていやがる。妙な術を使って、認識を書き換えたか?
「あたしがくーちゃんに、食べていって、って言ったのー」
「お前の仕業か」
 いつの間にか変なあだ名までつけやがって。
 誰にも分け隔てないのは評価したいが、そのうち危ない人に引っかかってしまいそうで兄として心配だ。
「モテるのは評価したいけど、そのうち節操なしが祟って刺されそうで母として心配よ」
「何の話ですか母上様」
「くーちゃんもキョンくんのお友達なんだよねー?」
「――半径2メートル以内に――同時存在……していたい」
「またわけのわからんことを」
「あんた、今のが理解できないっていうなら重症よ」
 以後、俺は九曜が余計なことを言い出さないようフォローに終始し、いつもの2倍喋った。
 母親は呑気に「以心伝心ね」とのたまっていたが、それができないから俺がこんなに手を焼いているんだ。
「あなたの――手腕は――いつも……見事ね」
「俺としては、できれば発揮したくない。だから、早いところしっかりしてくれ」
 何でもない、取るに足らない会話だ。しかし母と妹は色めき立つ。奴らの思考回路はたまに本気で理解できない。
 食後、名残惜しそうにまとわりつく妹を追い払って、さっさと九曜を帰らせた。意外に従順だ。
「お泊りしていけば良かったのにー」
 小学生じゃないんだぞ。どっと疲れた俺は、一番風呂をもらうことにした。

 

 

「――風呂場を――侵略……」
「マジでか」

 帰ったんじゃなかったのかどうやって侵入した――とまともに問いかけるのはやめにした。
 こいつだって宇宙人の端くれだ、常識の通用しない不法侵入ぐらいやってのけるだろうさ。
 すべてを諦めて顔を覆っていると、ふと背中にきめ細やかな髪の感触が。
「――背中を――」
「やめろ、本気でやめろ」
 今ここでゼロ距離接触されたら俺の理性がどうなると思ってやがる。疲れていて抑制が効かないんだぞ。
「――流す――」
「あ……どうも」
 年ごろ(少なくとも見た目は)の娘に背中を流してもらうというのもだいぶいかがわしいのだが、
 それでも俺が垂れ流していた破廉恥な妄想よりはましというものだ。
 しかしその後の展開を思うと、俺は甘かったと言わざるを得ない。
「きれいに――してから……侵略」
「結局それかよひっつくんじゃねえ」
 寄りかかろうとする九曜、押し戻す俺、という攻防を繰り返したため、更に疲労を重ねてしまった。
 その原因はといえば、事態をややこしくしたくない旨を話すと、またしても素直に異次元に消える感じで帰って行った。
 聞き分けはいいのに学習しないというのは、思ったより悪質だな。体験してみてわかる。
 部屋に戻った俺は九曜がいないことを確かめると、気が抜けて、そのままベッドに倒れこんだ。

 

 

「――ベッドを――侵略……」
「ウソだろ」

 まどろみから醒めたら、九曜が俺の上に圧し掛かっていた。
 何を言ってるかわからないと思うが、俺だってわからない。もう勘弁してくれ。
「まず、ひとつだけ言わせてもらおう」
「――どうぞ」
「どけ」
 薄着ではないが、ここまで密着していると体のラインがわかってしまう。これは芳しくないだろ。
「―――」
 だんまりか。言葉が通じないのなら、アクションで示すのみ。
「ふんっ」
 腹筋を動かして、俺とぴったり体を合わせるように寝そべる九曜を揺さぶる。
「―――」
 無反応でも諦めず、何度も何度も突き上げる。そのうちに俺の方が疲れてしまった。
 九曜はといえば、じーっとこっちを見ている。こいつ、まさか楽しんでいるのか。
「――楽しく――侵略――」
「俺の腹の上を領土にしてもいいことはないぞ」
 威嚇と警告は済んだ、あとは実力行使だ。
 上半身を起こすと、九曜の軽い体は簡単に持ち上がった。
 ここまで無抵抗なのは予想外だった。放っておいたら転げ落ちそうだったので、つい腕を回す。
「―――」
 抱き止める形になってしまった。気まずい状況なのだが、きっとそういう概念は持ち合わせてないんだろうな。
「セク――ハラ――」
「あるのか」
「――責任――とって……」
「飛躍しすぎだろ」
 どう考えても話の通じない相手の上に、起き抜けで頭がいまいち回っていない。
 ああ、このままじゃ責任を、何の責任かわからないけどとりあえず取らされてしまう――

 

 

「大丈夫、わたしがさせない」

「長門!」
 突如、俺の部屋に現れた元祖インターフェース娘。不法侵入だと訴えることも忘れて、俺は助かったと胸を撫で下ろす。
 じゃあ、早いところ九曜を連れて帰ってくれ。
「……それはできない」
「なんですと」
「空間が部分的に天蓋領域の制御下におかれている。いわば勝手口。外に放り出しても無意味」
 なんということだ。子供の戯れのように見えて、実は本気の発言だったのか。
 もしや、何度も不法侵入してきたときも、その侵略した空間を使ってやってきたのか。
「――攻略――完了――」
 字が違う。
 これからどうすればいいんだ、と訊けば長門は「こちらも侵略して、対等になる」
「ってそりゃ、お前が自由に出入りできる空間を作るってことか」
 それはそれでいろいろ困るんだが。俺の部屋をリンクフリーにした覚えはないぞ。
「天蓋領域に対抗するため。……許可を」
 もうやけっぱちになり判断が極端に鈍っていた俺は、いつかの再現のように「よし、やっちまえ」と言っちまったさ。
「了解した。応援を呼ぶ」
 誰をだ――と問いかける暇もなく、俺の部屋に飛び込んできたのは、喜緑さんと朝倉。
「天蓋がいるというのでやってきました」
「じゃ、泊めて♪」

「帰ってくれ」

 涙目な俺の要求はもちろん受理されることはなく。
 俺のプライベートは次々と宇宙人どもに侵略されていくのだった。

 

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最終更新:2020年12月11日 07:26