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仰ごう、あまつひかりを。
詠おう、叶うならば織姫と彦星の架け橋を願うための歌を。




「……小さい頃は、星の洪水に、飲み込まれてしまうのが夢で……」
熱に浮かされたような声が、輝きのなかに落ちてくる。息を溜め込み、言葉を捜しながら、浴衣姿の古泉一樹は綿菓子のような笑顔を浮かべた。
縁側からは、何の障壁もなく夜空が見通せる。
恒星が、黒いシートにばら撒かれた白い砂のように無数に散在し、光を放っている。天の川と、人が呼称する夜天の星屑。
冷酒の瓶はいつの間にか空になっていて、古泉は酒気を帯びた吐息を漏らし、団子を無心に頬張る長門に半ば寄り掛かりながら、つらつらと語り掛ける。幾らか気を緩ませ、夢でも仰ぐような調子で。
「七夕の日に、ミルキーウェイを素足で渡り、銀河を眺望し、天体を間近で思う存分に観察して……宇宙人と握手するんです。そんな夢を昔、よく見ていました。僕は愛らしい宇宙人に、『ごきげんよう』と、挨拶します。その後ふたりで邂逅の喜びを分かち合うダンスをして、地球から発射されるロケットに手を振る……」
「……酔っている?」
「ふふ、どうでしょう……長門さんは、いつも綺麗ですね」

古泉に着付けを手伝ってもらい、淡い水色の浴衣に身を包んだ長門は、六皿目の団子に差し掛かった手を思わず止め、そのまま古泉を見返した。元より気障な振る舞いが見られる古泉の、いつも以上に脈絡のない甘い声は、長門の耳を素通りしそこなう。
男はどうやら本当に酔っているらしい。
長門の時を遅くする、男の親愛に満ちた褒め言葉は、次第にその色を朱色に染めていった。
 
「宇宙で会えたら、手を繋いで白い川を、渡れるといいですね。あなたの生まれる瞬間まで時空を遡って、宇宙から共に見守るのもいい。生まれたばかりのあなたが、見つめた、この世界の色を知りたい……」

 
まるで口説き文句のような、夢見心地のうわ言のような言葉。聞くのも恥ずかしくなるような慈しみの言葉が、古泉の独り言に並べられていく。長門はその言葉が一区切りをつけるまで聴衆を続け、最後に「そう」、と呟き、 

――明るい射手座を為す星の下、古泉のこめかみに唇を触れさせた。 


教会での誓いのように静かな一時。
微風に揺られた笹の葉がふわりと薫り、長門も古泉も丹精を込めて願いを書き綴った色とりどりの短冊もまた、同じように翻った。古泉は動けない。振り向けないように長門の手が、古泉の手を握り締めていた。

「……ごきげんよう」 

冗談のように、照れ隠しのように、長門有希が告げた。 





古泉は長門の掌の温度に直に触れ、無性に、夜空に声を張り上げてやりたくなった。宇宙を巡る衛星に、今打ち上げられる花火に、シャトルに、宇宙に近しい全てに叫んでやりたいと思った。此処にいる、他の何処でもない僕の隣に、誰もが愛した宇宙の人がいる!
握られた手に、もう片方の手を添えた。茶化すように笑おうとしても、泣き笑い顔になってしまいそうで、こんな風に胸が掻き乱されるのは、自分が幸せ過ぎるからなのだろう。

天体観測で初めて天の川を観たとき、古泉は声を殺さずに泣いた。
あまりに美しい世界に出遭って、切なさの留めどころを知らず、一晩、眼が赤くなるまで泣き続けた。
一年ぶりに織姫と再開する彦星も、きっとこの締め付けられるような感情に似たり寄ったりな想いを抱いているのかもしれない。
 

「ごきげんよう、宇宙人さん。……七夕の日に、天の河を泳いで、あなたに会いにやってきました」 



幼い日の古泉が、宇宙人の少女と手を繋いで、星の海へ船を漕ぎ出す。
今日観る夢は、きっと、そんな風に違いない。 

握手をして、それから今夜は、あなたと優しいダンスを踊ろう。

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