「あ、じゃあ俺も同じ物を」
「かしこまりました」


 一礼したウェイトレスさん、いや、こういうお店では女給さんと呼んだ方がいいんだろうか。和服に白エプロン、足元はブーツ、頭には白いヒラヒラした…メイドカチューシャっていうのかね、あれは? とにかくそれでセミロングの髪をまとめた、一言で言えばハイカラな装いのお姉さんが厨房にオーダーを繰り返すのを見送って、俺は正面に向き直った。

 テーブルに伊達メガネを置いた会長は、早くも咥えたタバコの先に火を点けている。って、ちょっと無防備すぎやしませんか? しばらくお預けを食らっていたようですから、無理ないのかもしれませんけど。


「お前、この店を何だと思っている」
「甘味処、ですよね?」


 そう、俺が会長に連れてこられたのは大通りから外れた裏道にある、大正モダン調の小さな甘味処だった。あの時代の言葉では『ミルクホール』とか呼ばれてたんだっけ? 確かに茶を飲ませる場所には違いないが、普通の喫茶店を想像していた俺としては少々面食らってしまった。


「だろうな。普通、野郎が二人連れで甘味処に入ったりはせん。
 大体こういった店は女子どもがたむろしていて、男連中にとっては居心地が悪いものだからな。…俺の言っている意味が分かるか」
「この店はそうじゃない、と?」


 俺の返答に、会長は薄煙の向こうでニヤリと笑ってみせた。


「男でも大の甘党というのは存在する。存在するがしかし、世間一般的にあまり受けはよろしくない。スイーツというのは婦女子向けのファンシーな代物が多いからな。
 もしもの話だが、お前がファミレスに入ったとして、俺が一人でデラックスプリンアラモードをガツガツ喰ってたら引くだろう?」


 引きますね、正直。そういえば中学の遠足の時、弁当に苺と生クリームのサンドイッチを持ってきたクラスの男子が「お前、女かよ」なんてからかわれたりしてたな。


「それが現実だ。そうして抑圧されるからこそ、男性甘党の欲求はさらに高まっていく。考えてもみろ、一人暮らしの男が本物の汁粉を食べたくなったとして、小豆を水で戻したり、金網の上で餅が焼けるまで見ていたりとかやってられるか?」
「さあ、一人暮らしの経験はまだ無いので何とも言えませんが。ただ俺にはまず無理だ、と断言は出来ます」


 要するにここは、そういう隠れ甘党御用達のお店って訳か。
 確かにパッと目に付く限り、周囲には男性客しか見当たらない。テーブルも椅子も重厚な木の造りでちょっと厳か過ぎる感じだし、照明もかなり抑えめ、席と席の間の衝立も大きくて、立ち上がらなければ店の奥まで視線が届かない。どうやらこれは、わざと女性客を寄り付きにくくした店構えみたいだな。


「そうだ、ここは男の甘党にとっての隠れ家でありオアシス。言うなれば――」


 タバコの先で俺の顔を指し示しながら、会長はこう続けた。


「お前らにとってのSOS団と同じだ。わざわざ周囲に互いの秘密をバラし合ったりはしない。だろう?」


 これには俺も、思わず苦笑いを浮かべる他なかった。なるほど、この店を訪れる客たちはある種の秘密を共有し合っている。だから会長も、密告とかの心配なしにリラックスしているんだろう。
 それにしても、なんだかんだでこの人がSOS団の結束を認めてくれていたのが何気に嬉しい。やれやれ、俺もすっかりあのキテレツ組織の中に組み込まれてしまったものだね。


「ライバルとしては認めているさ。だからこそ…。
 ふむ。お前、どうして俺に茶に誘われたか心当たりは無いのか?」
「はい?」
「言っておくが、今日俺たちがあの場で出くわしたのは、単なる偶然だ。
 だが、俺がお前を誘ったのは偶然ではない。ちょっとした思惑があってな。だから喜緑くんには、お前と二人になれるよう配慮して貰ったんだが」


 なるほど、あの時の目配せはそういう意味だったのか。しかし、どういう事だ? 会長が俺とサシで話したいって。
 これが喜緑さんの方なら、「前々からお慕いしていました」なんて妄想も抱けるんだが。まさか会長が俺に告白したりする訳も…無いだろうし…。

 うん、無い! 無いったら無い! 消えろ、数秒前のアホな俺のイリュージョン!


「そうか、無いのか」
「へっ?」
「だから、心当たりの話だ。すると古泉の奴は、まだお前に話を通していないんだな」


 混乱している俺をよそに、一人頷いていた会長は突然、口の端を歪めて悪魔的な笑みを浮かべてみせた。


「せっかくだから忠告しておいてやろう。別に口止めもされていないし」
「忠告、ですか?」
「ああ、そうだ。
 気を付けろ、うかうかしているとお前、俺と同じ目に遭わされるぞ」


 忠告と言いながら、会長に俺の身を心配している風は無い。むしろその表情は、新しいゲームを発見した子供のように楽しげだ。


「分かりませんね。古泉が俺にいったい何をするってんです?」
「なに、いたって単純な話さ。問答無用で生徒会長に祭り上げられる、ただそれだけの事だ。もっとも俺の場合と違って、お前を押し上げるのは『機関』ではなくSOS団のようだが」
「なあっ!?」


 あまりに突拍子も無い会長の爆弾発言に、俺が声を失った所へ。
 お待たせいたしましたー、と女給のお姉さんがお盆を携えてやってくる。運ばれてきた『アイス白玉ぜんざいと焙じ茶のセット』はなんとも甘美な芳香を放っていた…はずなんだが、あいにくと俺の意識はどこか遠い彼方へすっ飛んでしまって、行方知れずなままだった。

 



「おいコラ、せっかくの甘味をそんなしかめっ面で喰ってんじゃない。店にも食材にも失礼だろうが」
「そりゃスイマセン…。けど、とてもじゃないですがじっくり味わってる気分じゃないんですよ…」


 木のスプーンで一口ぜんざいを流し込んで、俺はやっぱりまた、はーっと魂が抜け出るような溜息を洩らしてしまった。ええ、このぜんざいは確かに逸品ですよ? 口に入れた瞬間はずっしりした存在感の冷たい餡が、舌の熱でふわっと広がり、心地良い余韻を残して喉の奥に溶けていく。その後で飲む熱い焙じ茶が、またうまい。
 こんな小ぢんまりとした店なのに、客足が途絶えない理由がよく分かる。まさに知る人ぞ知る名店って奴なんでしょうよ。けどね。


「自分が勝手にゲームの駒にされようとしてるって知ったら、さすがに平然としちゃいられませんって」


 くそ。古泉の野郎、ハルヒと同じ班になったのをいい事に、今頃は余計な入れ知恵を吹き込んでるんじゃないだろうか。ハルヒもハルヒで、あっさり奴の口車に乗せられちまいそうだ。それ程に、会長がバラしてくれた『新会長就任権争奪、SOS団vs生徒会最終決戦計画』には真実味があった。


「ふむ。そんなにイヤか? 生徒会長になるのが」
「嫌に決まってるでしょう!? なりたくもない役職を押し付けられるなんて冗談じゃない!」

「ま、気持ちは分からんでもないがな。損得勘定以前に、自分の進退を自分以外の人間に勝手に決められるというのは腹立たしいものだ。
 一年前の俺も、まさしくそういう気分だった。だからお前には古泉の計画をチクッてやったのさ。同病相憐れむという奴だ」


 にやにやとしながら会長はそう言った。喜緑さんと一緒の時にも言っていたが、どうもこの人は、俺の「初々しい反応」というのが面白いらしい。あんまりいい趣味とは言えませんよ、それ。


「断っておくが、俺の時はお前よりひどかったんだぞ?
 まず、選択の余地が無かった。ズタボロになるまで叩きのめされて、あげく黒塗りタクシーで強制連行だ。目隠しを外された時には、どこか見知らぬビルの中の応接室らしき部屋に放り込まれていたな」
「うへえ…マジですか…?」
「大マジだ。とはいえ、それまで交渉のテーブルに着こうともしなかった俺の方に非が無い事も無いんだが。
 当時の俺はちっぽけな自尊心を守り通すのに必死になってる、チンケな不良学生でな。他人の言いなりになるくらいなら死んだ方がマシだ、なんて青臭い事を考えてたのさ。そんな俺の態度に、『機関』の方もいいかげん業を煮やしたんだろう。
 そうして拉致られて来た応接室で、俺を待ち受けていたのは、小綺麗な顔をした女だった。自分で言うのも何だが、あの頃の俺は本当に要領も悪けりゃ頭も悪くてな。この女が何者か、どんな思惑で俺を召し出したのかなんて事は考えもせず、ただ虚栄心から強がって、憎まれ口を叩いちまったんだ。『何様のつもりだよ、このクソババア!』と。そうしたら――」


 そこまで言いかけた所で、なぜか会長は、しみじみと首を左右に振った。


「いや、『ア』までは言わせて貰えなかったか。そう言いかけた時にはもう、その女――森さんが胸ポケットから抜き放ったボールペンの先が、目の前に迫っていたからな。
 比喩じゃないぞ。本当に“目”の“前”に、だ。隣に控えていた新川さんが森さんの腕を掴んでいなかったら、今ごろ俺はメガネじゃなく、海賊みたいな黒眼帯を付けていたかもしれん」


 今となっては笑い話だがなと片目を瞑って、会長は実際、ハハハと朗らかに笑ってみせた。が、すいません全く笑えません。みんなも目上の人への言葉遣いには気を付けような。

 



『落ち着け、森』
『放して貰える、新川? こういう最低限の礼儀もわきまえないような子供は、きちんと躾けてあげるのが大人の義務ってものだわ。人が下手に出てりゃ付け上がってくれちゃって』
『彼にはいずれ、涼宮ハルヒと真っ向から対峙して貰わなければならないのだ。あまりに従順な羊では困る。多少は骨が無くては』
『だからって、誰にでも噛み付く野良犬でも困るんだけど?』
『それはこれからの調教次第だろう。古泉とて、最初は狂犬のような目をしていたではないか』
『相変わらず、甘っちょろい事を…。
 仕方ないわね、やるしかないか。今さら他の犬を探し出してる時間も無いし。そうと決まったら、あんたもいつまでも床にへたり込んでないで、さっさと立ちなさい。こうなったからには豺狼程度には鍛えてあげるから。
 一応言っとくけど、私たちはあんたに“期待”しているの。その期待を裏切らないでほしいものね』

 



「サイロウ?」
「【豺狼路に当たれり、いずくんぞ狐狸を問わん】、要するに森さんは、俺に大悪党になれと迫ったのさ。
 もっとも俺はこの時、腰を抜かして歯の根をガチガチ鳴らしている始末で、とてもその言葉の意味なんぞは理解できなかったが。ただ、俺の認識がこのぜんざいなんかよりもよほど甘ったるかった、という事だけは身に染みて分かった。分かった所で時すでに遅し、俺の命運はもはや尽き果てていた訳だがな」


 白玉だんごをもぐもぐ噛みながら片手間のようにそう言って、会長はちらりと俺を見やった。


「俺のようになりたくなければ。生徒会長の肩書きが重荷でしかないのなら、せいぜい早めに手を打っておくがいい。
 本音の所、俺としてもお前らSOS団とは因縁にきっちり決着を付けて――特に古泉の奴には一泡吹かせてから、卒業したかったんだが。やる気のない奴を相手に勝負しても仕方が無いしな。まあ、好きにしろ」
「…なんだか、ずいぶんサバサバしているんですね」
「うん?」
「勝手に人生を捻じ曲げられたような事を言ってる割に、先輩には恨み節みたいなものがあまり無いじゃないですか。もっと俺をそそのかそうとするんじゃないかって、俺は内心で身構えたりしてたんですけど」


 俺の指摘に。会長は1回まばたきをして、それからクックッと愉快そうに笑い始めた。


「なるほど? パッと見はどうにも冴えない奴だと思っていたが…。古泉がお前の事を高く買っている理由がよく分かる。俺などよりお前の方が、よほど人物観察の才があるようだ」
「今さりげに俺、ひどいコト言われてませんでした?」
「些末な事だ、気にするな。
 さて、そうだな。『機関』を恨んでいないのかという質問なら」


 残り少なくなったぜんざいの器の中でスプーンをくるくる回しながら、会長は妙に爽やかに答えてみせた。


「もちろん恨んでいるに決まっている。古泉の傲慢、森さんの横暴、新川さんの容赦ない教育的指導。どれも思い返すだに虫唾が走るような思い出ばかりだ。だが――」


 うはあ。笑顔でこういう事を言われると、逆にクルものがあるね。
 少々げんなりした気分になりかけてしまった俺に向かって、しかし会長はさらにこう付け加えた。


「だが、だからこそ今の俺がある。それもまたひとつの事実だ。
 男子三日会わざれば…とは言うが、何のきっかけも無しに人は成長したりはしない。屈辱、挫折、忍従。寄りすがっていたアイデンティティーの盾を粉々に砕かれ、目を逸らしていた自分の惰弱な部分に力ずくで向き合わさせられて、その上でこそ見えるようになる物がある。
 端的に言えば、俺は自分がここまで会長職を務め上げられるとは思ってもみなかった。『機関』の支援があったにせよ、それでも俺は、俺自身にそんな才量などあるはずが無いと決め付けていた」


 フフッと笑う会長の、その笑みは俺の見間違いでなければ、愚かな過去の自分へと向けられているように思えた。

 

「単なるチンピラ学生としては、至極当然の考えではあるがな。それ故に俺は、遅刻すると分かっていながらも布団から出られない朝のように、昨日と同じ日常に籠もり続けようとしていたのさ。
 だがその布団は、森さんの手で強引に引っぺがされた。おかげで俺は、どうあっても目を覚まさざるを得なかった。
 それが手段として、正しいかどうかは知らん。ただ結果から見れば、森さんの判断は間違ってはいなかった。それが全てだ」


 うーむ。会長にはそんな意図は無いんだろうけれど、布団から引っぺがすでどうしても妹の顔を思い浮かべてしまうね。アレもいずれ、凛々しく銃を構えるような女傑に成長したりするのだろうか。いやいや、そんなまさか。
 ………あり得ないと断言できないのがコワイ。おっと、馬鹿げた空想に煩悶している場合じゃないぞ。まだ話が途中だ。


「じゃあ、もう吹っ切れたと?」
「あいにくだが、俺は執念深い方なんでな。骨身に染み込んだ怨嗟を、そう簡単に忘れたりはせん。とにかくあの頃は俺の意向など完全無視で、何もかもが事後承諾だったしな。
 だから、感謝はしない。感謝はしないが――」


 ぜんざいの最後の一すくいを口に運び、両目を閉じてその余韻を味わっている風を装いながら、会長はしみじみ呟いた。


「あの時、森さんがこの俺に期待を寄せてくれたのは、俺の人生において最大級に幸運な事だったんだろう。そう思うだけだ」




「…素直じゃないですね」
「ふん。俺みたいなキャラは、おいそれと感謝なんかするもんじゃないんだよ。わざわざ死亡フラグを立てるようなマネを、誰がしてやるか」


 テーブルに片肘を突き、ふてくされた顔で反論する会長に、俺は思わず吹き出しそうになってしまった。生意気盛りな年頃の甥っ子が、無理して悪ぶっている時の態度になんだかそっくりだ。
 あー、うん。でも分からなくもないですよ、そういう気持ち。


「ほう?」
「俺も、時たま思う事がありますから。あの時ハルヒにあんな事を言ったりしなけりゃ、SOS団なんかに関わらなければ、こんな面倒に巻き込まれずにすんだのにな、って。
 でも、だからって以前の俺に戻りたいとは思いません。ボヤキながらもなんだかんだで、俺は今の境遇を楽しんでるんです。ハルヒやら古泉やらに、アレしろコレしろ言われるのは重荷に感じますけどね、それでも俺は――」
「退屈な自分に戻りたくはない、か?」


 真正面から顔と顔を見合わせて、俺と会長はどちらからともなく、くくくっと含み笑った。谷口なんかには「キョン、お前もよく涼宮の暴虐に毎度毎度付き合ってられるなあ」なんてからかわれるような事もあったりするが、当事者には当事者なりの喜びって物があるのさ。


「さもありなん。人生は期待されてこそ華だからな。
 と、いう訳でだ」


 いつの間にやら新しいタバコを口に咥えていた会長は、片肘を突いたままもう片方の手のライターで、シュボッと火を点けた。そうしてまた、あの悪魔的な笑みを浮かべてみせる。今度は何ですか、いったい?


「俺にとってはここからが本題だ。次期会長選の情報リークに茶菓子までおごってやったからには、少しくらい“期待”させて貰ってもバチは当たらんだろう?」


 うーむ、恩着せがましい事をさらっと言う人だな。それを不快に感じないのは、俺が普段からハルヒに毒されてるせいなのかね。


「ツラの皮が厚いのも、リーダーたる者の資質のひとつだ。人間のやる事にはどうしても失敗が付きまとう。そういう時にリーダーがいちいち落ち込んでいるようでは、話にならん」


 なるほど、その点だけはウチのリーダーも資質は満点です。ビデオ機材やらヒーターやら、口八丁手八丁で調達してきたりね。俺にはとても真似できない芸当ですけど。


「安心しろ、苦手分野は部下に丸投げできるのがリーダーの特権って奴だ」
「それはそれでどうかと思いますが」
「どこがだ、至極真っ当な意見だぞ。むしろ無能なくせにそれを自覚せず、やたらと出しゃばりたがる指導者ってのが一番困る。部下に力量を発揮する場所を与えてこそのリーダーだ。
 おっと、話が逸れたな。本題に戻るとしよう。俺がお前に期待したい点は、ふたつある。まず、そのひとつ目だが」


 ゆっくりと指を1本突き立てる会長の動作に、俺の喉もごくりと鳴った。わざわざ俺を長門から引き離した上で頼みたい用件とは、はたして何だろうね。良からぬ企てなんかじゃなければいいんだが。

 

「馬鹿を言え。お前が長門くんと付き合っているなら、彼女も誘ったさ。そうではないと言うから、こちらとしてもいろいろ配慮してやったんだ」
「配慮って、何をです? どうも意味が分かりませんが」
「むう…以前から古泉の奴にボヤかれる事はあったが、これは相当だな…。まあいい、回りくどい言い方をしても伝わらなさそうだから、単刀直入に言おう。
 要は『時折こうして茶でも飲みながら、情報交換やら悩み相談やらに付き合って貰いたい』、それだけの事だ。俺と江美里が将来的に一緒になるに当たって、な」


 はあ、何かと思えばそんな事ですか。そのくらいなら別に構いませ…んっ?
 エミリさん? えみりえみり…うむ、普段聞き慣れない名前なので一瞬誰の事かと考え込んでしまったが(ほら『朝比奈さん』や『鶴屋さん』みたいに、先輩ってのはたいてい苗字にさん付けで呼ぶものだろ?)、幸い俺の脳内人名辞典の中に該当する項目が約一名分だけあった。
 ただし、その人物は――。


「そうか、助かる。なにしろ相手がTFEI端末だと知っていて、その上で普段付き合いをしているような奴は、ちょっと他には見当たらないからなあ」


 よほど安心したのか、うんうんと一人頷いている会長の向かいで。俺は真逆に、喉から飛び出しそうになる絶叫をどうにか押さえ込もうと必死になっていた。


「ちょちょちょ、ちょっと待ってくださいよ!?
 しょ、将来的に一緒になるっていうのはつまりその、喜緑さんと…? いやそれより何より、先輩は喜緑さんが宇宙人だって知ってたんですかッ!?」




本名不詳な彼ら in 甘味処   その3へつづく


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