※このお話は『放課後屋上放談』の後日談です※



 いつも通りの休日。いつも通りの不思議探索。長門とペアの組になったので、いつも通り図書館へと向かったのは、まあお約束だよな。
 秋の日の、さんさんとした午後の陽光が降り注ぐその道すがら。俺はふと思いついて、隣に声を掛けた。


「なあ、長門。小説とか文章の書き方のHowTo本でオススメのってあるか?」
「………なぜ」
「俺たちが文芸部室を使い続けるためには、また機関誌を作らなきゃならないだろ? どうせ書かされるなら、基本くらい抑えとけば少しは楽かと思ってさ」


 形式上、俺たちには文芸部室を占有するに足るだけの活動内容を提示する事が義務付けられている。非常に面倒だが社会の必然って奴なので、こればかりは致し方ない。
 致し方ないのなら、いっそポジティブに考えてみるのもいいかもな。そう、もしかして俺には天才小説家としての眠れる才能が秘められていて、本腰を入れて書き連ねてみたならばナントカ賞くらい取れたりするかもしれない。
 …うん、自分でも多分に邪気眼っぽい妄想だとは思うが。俺だって現役の高校生だし、こんなドリー夢を思い描く事だってあるのさ。それでもハルヒみたいなトンデモ能力に比べれば、発現する可能性はまるっきりゼロじゃないはずだ。なあ、長門?


「そう」


 俺の潜在的可能性については微塵も触れる事なく――ナイーブハートがちょっとだけ傷ついたぜ――長門は何も無い空中に文字列が並んでいるかのごとく、しばらくまっすぐに正面を見据えていた。


「該当作は複数」
「じゃあまず図書館にある中で、ページ数の少ない奴を適当に見繕ってくれるか」
「了解した」
「よろしく頼むわ。ハルヒの奴はどうせまた無茶なお題を突きつけてくるだろうし、生徒会長の方は生徒会長の方で、そんなハルヒをさらに焚きつけようとするだろうからな。
 まったく、今から頭が痛いぜ………。ん? どうした、長門?」


 取り留めのない会話の途中。不意に長門が立ち止まったので、俺も足を止めた。長門は俺に答えず、ただじっと黒曜石のような瞳を前へ向けている。その理由は、俺にもすぐに分かった。


「うん? キミたちは…」
「あらあら。こんにちは、長門さん」


 噂をすれば影ってことわざは、こういう時に使えばいいのかね。図書館を目前にした路上で、俺たちは向こうからやってきた生徒会長と喜緑さんの二人連れに、バッタリ出くわしてしまったのだった。

 



 こざっぱりとした麻のジャケットに、足元の革靴までピシリと決めた会長。その半歩後ろにさりげなく付き従っているのは、ざっくりとした白いセーターにベレー帽をちょこんと合わせた、上品な装いの喜緑さん。
 何というか、私服でもなかなか様になっている二人だ。だがしかし、この出会いははたして偶然なのか、それとも必然なのか。見た所、待ち伏せとかしていた訳ではなさそうだが。


「奇遇だな。いや、そうでもないか。文芸部員が図書館に現れるのはごく自然な事ではある。だが、しかし――」


 会長のセリフを信じるならば、どうやら俺たちは図らずもニアミスしてしまったらしい。だが、まだまだ油断は出来ないぞ。なにせ喜緑さんは、おっとりした外見ながらあのカマドウマ事件の発端となったお人だし、会長は会長で、SOS団に難癖を付けるのを生業としていると言っても過言じゃないからな。厄介な敵などではないにせよ、とりあえず警戒しておくに越した事はないだろう。

 はたして。規定された動作のように指先でくいっとメガネを押し上げた会長は、細いあご先に手を当てながらジロジロ値踏みするように俺と長門をかわるがわる見つめ、そしてこう言い放ったのだった。


「気が付かなかったな。キミたちがそういう仲だったとは」

「はあ?」


 何だそりゃ。今度は不純異性交遊か何かで、俺たちを吊るし上げようってのかよ。はーっと大きく溜息を吐いて、俺は会長に向き直った。


「そういう仲ってのがどういう仲の事を言ってるのか、知りませんけどね。たぶん勘違いですよ。俺と長門は、SOS団の活動でたまたま一緒に行動してるだけです」
「ほう、違ったか。人物観察にはそれなりに自信があったのだがな。私はてっきり、休日に二人連れ立って仲良く図書館デートだとばかり」
「勝手に決め付けないでくださいよ。
 ってか、それって『自分たちがそうだから、他人もそう見える』って奴じゃないんですか? 俺の目には、お二人こそ休日に仲良く図書館デートって風に見えますけどね、センパイ?」


 ちょっとばかり揶揄するような口調で、俺はそう切り返してやった。相手の痛い所を突くのは、古泉との将棋でそこそこ慣れてるのさ。まあこの人も『機関』との契約で、いつも通りSOS団の敵対者を演じているに過ぎないんだろうけれども。
 ところが、意趣返しのつもりで言い放たれた俺のセリフに。会長は、ふむ、と真顔で一言呟き、そして。


「図書館デートか。その通りだ、と言ったら?」


 答えるなり会長は傍らの喜緑さんの左肩に、ぽんと左手を置いたのだ。そう、彼女を抱き寄せるように。


「うえっ!?」
「…………」


 俺が思わず情けない声を上げてしまったのも、無理はないだろう。
 だって人通りこそ少ないけど、ここ天下の往来だよ? 誰に目撃されてるとも限らない道端でそんなに密着しちゃったりして、もう見てるこっちの方がドギマギするっていうかそれこそ不純異性交遊で告発されたりしたらどうするの!?
 っていうかこの二人、本当に付き合ってたのか? SOS団に関わる時は必ず二人セットですよね、などと春先の新入部員勧誘の際に、冗談めかした調子で訊ねたような事もあったりしたが。まさかそれが事実だったとは。


 ええい、実にうらやま………いやいや待て待て。男子高校生としての本音はさて置き、喜緑さんて確か長門と同じヒューマノイドインターフェースだって古泉は言ってたよな? 会長はその事を知った上で、喜緑さんと…?
 思わず視線を横に泳がせる。が、長門は目の前で寄り添っている会長と喜緑さんをまばたきもせずに見据えているだけで、その表情はいまいち読み取れな――


「この、バカップルめ…」
「い、いま何か言ったか、長門?」
「………別に何も」


 そうしてむっつり押し黙ってしまった長門と、パニクりまくりの俺が固まったままでいると。
 不意に喜緑さんが、にこやかな笑顔のままたおやかな動作で、自分の肩の上の会長の手の甲の皮膚をきゅっとつまみ上げた。


「たたたっ!?」
「会長ったら、おふざけが過ぎますよ? あまり後輩をからかって遊ぶものではありません」

 



「あー、彼の受け答えがあんまり初々しかったものでな。少々茶目っ気が過ぎてしまったようだ。すまん」


 そそくさと喜緑さんから離れた会長は、つまみ上げられた手の甲をさりげなく、ふーふーと吹いていた。あ、いま爪の痕が赤くなってるのがチラッと…。地味に痛かったんだな、きっと。
 つか、さっきまでのってタチの悪い冗談だったのかよ。呆れ顔の俺たちの前で、会長は空気の悪さをごまかすかのようにエヘンとひとつ咳払いを打ち、それから改まって俺と長門に向き直った。


「ところで。先程、SOS団の活動で来たと言っていたが…キミたちはこの図書館をよく利用するのかね?」


 まあ、そこそこですよ。主に利用してるのは長門の方ですけど。


「そうか。ならば、ひとつ助力を願えないか」
「はい?」
「喜緑くんが本を借りたいと言うのでこちらを訪れたのだが、この図書館を利用するのは久々でな。出来れば目当ての本がありそうな場所を案内して貰えるとありがたいのだが」


 ふーむ。別に見ず知らずの仲では無いにせよ、結構ずうずうしいお願いだな。
 一時期は文芸部を潰そうとしたお人でしょうがあなた。それがこういう時には体良く文芸部員を利用しようだなんて、厚かましいにも程があるぜ。


 なんて拒否するのは簡単なんだが、どっこい、だからこそここで恩を売っておくのもひとつの選択肢だろう。喜緑さんなら最短距離で目的の本まで直行しそうだって所が少々引っかかるんだが…会長の手前、あんまりまっすぐに直進しすぎる訳にもいかないのかもしれない。
 何にせよ、この図書館は長門のホームグラウンドみたいな物だ。宇宙パワーなんぞ使わなくっても、長門なら難なく対応できるだろう。それに自分の知識が人様のお役に立てば、長門だって悪い気はしないはずだ。


「ええ、それくらいの事なら別に…なあ、長門?」


 俺の振りに、長門も無言で頷いた。いったい何の本をお探しかは知りませんが、こいつに任せれば万事安泰ですよ。


「それは頼もしい。では長門くん、喜緑くんの事は頼んだぞ」


 鷹揚にそう依頼すると、会長は喜緑さんの方に振り返って…あれ、今なんか目配せとかしてなかったか?
 その喜緑さんは、ここまでずっとにこにこ笑顔で会長の後ろに奥ゆかしく控えていたが、会長の指図に小さく頷いて、すーっと長門の前に歩み寄ってきた。


「よろしくお願いしますね、長門さん」
「…………」


 そう言ってぺこりとお辞儀をすると、長門の手を取って歩き始める喜緑さん。少々戸惑った様子ながらも、引かれるままに長門もついていく。まるで姉妹みたいで、なんだか心和む光景だね。って――。


「会長さんは一緒に行かないんですか!?」
「人の話を聞いていなかったのか? ここへ本を借りに来たのは喜緑くんだ。俺はただの付き添いに過ぎない」


 いや、まあ確かにさっきはそう言ってましたけど…。


「見た所、どうやらお前も同様のようだな。どうだ、ここからは男は男同士という事で、しばらく俺に付き合わんか。茶代くらいは出すぞ」


 唐突な会長の誘いに、俺は内心で緊張を覚えた。もしかしたら俺は、意図的に長門と引き離されたのではないか、と。
 周到な罠に、俺は嵌められつつあるのかもしれない。そう考えて身構えようとした俺だったが、しかし会長の次の一言で、一気に脱力してしまった。


「ひょっとして本当の所はデートの真っ最中だったりしたなら、邪魔した事を謝るが。
 だが長門くんに喜緑くんを任せられて、正直こちらとしては助かった。なにしろ彼女が一緒だと、ヤニを吸わせて貰えなくてなあ…」


 肩を落として嘆く会長の背中には本物の哀愁が漂っていて、俺も一人の男として同情を禁じ得なかった。割と苦労してるんですね、あなたも。


「分かりました。さっきも言った通り、俺と長門はそんな仲じゃありませんし。俺で良ければ茶ぐらい付き合いますよ」


 よくよく思い直してみれば、もし仮に会長が俺に害意を抱いたとして、喜緑さんがそれに協力するとは考えづらいしな。
 いつもいつもハルヒたちにおごらされてばかりの俺だ、たまには人様のオゴリで一服させて貰ったって、バチは当たりゃしないだろう。例のHowTo本にしても、別に急ぐ用件でもないし。
 そんな訳で会長にホイホイついていく事に決めた俺は、すでに遠くなりつつあるインターフェース娘二人の背中に向かって、大声を張り上げたのだった。


「じゃあ長門、しっかり喜緑さんを手伝ってやってくれ! 俺は会長さんとしばらく外でダベってるから!」


 俺の呼びかけに長門は何の返事もせず、首から上だけこちらに振り向いた。喜緑さんに手を引かれ、こちらに無表情な顔を向けたまま、だんだんと遠ざかっていく長門。その黒いつぶらな瞳を見ていると、頭の中で『ドナドナ』の歌が物悲しげに流れたりしたのは何故なんだろうね。




本名不詳な彼ら in 甘味処   その2へつづく


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