私の選んだ人 エピローグ 「偽りの言葉」


「これであたしの勝ちっ!キョン、罰ゲーム、分かってるわね!?」
「ああ、帰りに人数分のアイスだろ?わかったよ」

涼宮さんの「ハサミ」の形からそのままVサインに意味的な変化を遂げた手の形を諦めの目で眺めつつ、手の平を返し肩を竦めながら嫌そうにそう仰る彼をちょっと透視してみても、「やれやれ」としか書かれておりません。ですが彼は自分自身も騙し遂せますからね。1度フィルターの解除方法を森さんに教わった方が良いのかもしれません。
まぁ彼の場合は、瞳孔の伸縮が視認できる至近距離で透視すればフィルターを無視して本音を読み取れるのですが、彼に嫌がられるのであまり多用はできません。
それにしても、涼宮さんも「罰ゲーム」などと仰らず、直接…………あ。

罰ゲーム!?

そ、そういえば、あの日の森さんの罰ゲームがまだ2つも残っていた……。しまった。要らない事を思い出したぞ。
当時森さんを苦しめていた原因が無くなった今、彼女には僕をいじるのに何の障害も無い。機関が問題にするのは機関員同士で実際に交際する事だけで、僕の一方的な感情に対してお咎めは無い。でも同時に、森さんには僕に嫌な思いをさせて恋心を醒めさせる一番大きな理由も無くなってはいるのだけど……。
いや。以前はクールだと思っていた森さんは実はかなり悪戯好きみたいだし、それになんというか、言い方は悪いけど少しサディスティックな所もある。そんな面白そうな事をみすみす見逃してくれたりはしないだろう。
そして森さんがすっかり忘れている可能性は……全く期待できない。
先週のあの事があるから忘れた事にしてくれる……可能性も無いだろう。変に気を遣ってギクシャクする事が無いように、逆にエスカレートするに決まっている。
さあて、嫌な予感がするぞ。今度はどんな方法で告白させられるのだろう。大体、「肌にイイから」って、あんな綺麗な肌を、あれ以上どうしようって言うんだ。

「あれ?古泉君じゃないわよ?罰ゲーム。でもなんか新鮮だわ。古泉君のびっくりした顔って」

あ、まずい。擬態が。
涼宮さんの前で擬態を解いてしまうなど、気が緩んでいるにも程があります。
団長席の上で胡坐を掻かれた涼宮さんは、腕を組み、少し驚かれた表情で僕に興味の眼差しを向けていらっしゃいます。
それに釣られ、長門さんをも含む皆さんの視線が僕に集中してしまいました。

「いえ、思い出した事がありまして。大した事ではありません」
「へぇ?……ま、いいわ。ところでさ、古泉君?」
「はい、なんでしょう?」
「また転校する予定なんて、無いわよね?」

瞬間、部屋の空気が凍り付きます。が、「僕」はショックを全く表に現さず、即答します。
「いえ、何故そうお考えに?」
「なんとなく。なんだけど、ちょっと前に急に不安になったのよね。今日会ったらなんか気のせいだった気もしたんだけど」

「……ははは。気のせいだろ。昨日今日の付き合いじゃないんだ。そんな予定があったら先に相談するだろ。な?古泉」
「あは。そ、そぉですよぉ。大丈夫ですよ。ね?ね?古泉くん」
「……」

明らかに動揺したお二方の必死のフォローにより、逆に疑りを深めた涼宮さんの眉間の皮膚が隆起しました。
「……本当にそんな予定あるの?あんた達すっごく変よ?まさか、あたしにだけ隠してるんじゃないわよね?」
「とんでもありません。その様な予定は誓ってありませんし、その場合には必ず真っ先に涼宮さんにお伝えいたしますよ」
「う~ん。まぁ、古泉君ならきっとそうしてくれるわよね。キョンとみくるちゃんの反応が気になるけど。ま、いっか」

相変わらず、空恐ろしい勘働き振りです。
って。ああもう、お2人さん!どうか、明らかに安堵するの止めて下さい!閉鎖空間が発生してしまうじゃないですか……。

それでも結局、涼宮さんは釈然としないながらもそれ以上は何も仰らなかった。僕達みんなを信じる。という事なのかな。


帰り道。
ナッツ入りチョコレートアイスバーを齧る涼宮さんと、ストロベリーのカップアイスを少しずつ口に運ぶ朝比奈さんが並び、その後にソーダアイスキャンディーを暫く眺めた後に一気に平らげた長門さんが続いています。そのまた後を、夏ミカンのシャーベットを黙々と崩している彼と、頂いたコーヒー味のコーンアイスを持つ僕が並んで歩いております。


ところで、先週月曜の昼休み、長門さんに色々訊ねた時の事をお話しましょう。
会話の内容全てをお伝えしようとすると長くなりますので、要約させて頂きます。


「強い感情を持つ対象に纏わるヒトの脳の記憶システム構造を利用し、15497回繰り返された昨年夏に、涼宮ハルヒを除くあなた達の脳内に蓄積された記憶の残滓が及ぼした影響を現象的に再現した」

「仮死状態から覚醒したあなたに対し、可及的速やかな伝達を要した情報は具体的な数値を含んでいたため、正確さを維持するためには高レベルの記憶強度を確保する必要があった。しかしそれは該当記憶の喚び出しを容易にしてしまい、予期できない再生トリガーを発生させる可能性を否定できなかったため、隠喩や元々あった記憶へのジャンプを利用する事でそれらを回避した」

「そう。わたしの部屋で不可視状態の喜緑江美里があなたの記憶操作を実行した。オセロをプレイしたのは、わたし」

「森園生と意識の回復に関連付けたあなたの想定未来のシチュエーションを、約362兆2715億3321万回消去、書き込みのシークエンスを実行し、推測される各シチュエーション・パターンの疑似記憶エコーを派生させ、最終的に第2次エコーまでの記憶リンクとノイズを解除又は消去する事で、トリガーとなるシチュエーションとの完全な一致無くしてはあなたが意識的に取り出すことのできない、あなた達がデジャヴュや既視感と呼称する現象に極めて似た状態の断片記憶を作為的に生み出した」

「あなたは新しい能力を与えられた訳ではない。安心していい」


こんな感じでした。

その際長門さんはJ・R・R・トールキンの不朽の名作をお読みだったのですが、「その本では恐らく長門さんの知りたい情報は得られません」などと無粋な事は言えませんでした。大変面白い本ですし、まあ、それはそれで良いかと。

それから、新川さんの上位人格は密かに長門さんに消して頂きました。正確に言うと完全には消せなかったようで、喚び出す為に必要だったキーワードを消去する事で、新川さんの「精神の深奥に封印した」そうです。
ついでに、僕の中の「彼」の記憶も消して欲しいとも思ったのですが、長門さんは「過去は容易に消すべきではない。それは現在の自分と未来への努力を否定するのと同じ事」と仰って、その話は終わりました。ただ、新川さん自身が僕達を透視して上位人格が存在した事に気付かないように、調整して頂けたそうです。



日曜日。要人警護のパーティ会場。

クラシックな内装の巨大なパーティホールに、タキシードとドレス姿の男女がひしめいている。
200人近くは居るかな。
天井から吊り下げられたシャンデリアなどの基本的な内装、食器、料理は非常に高価だが、廊下に飾られていた絵や、机などは金銭的価値はバラバラで、それでいて非常にセンスが良い。
これら全て、今回の護衛対象の持ち家の一部だ。

客達に給仕しているのは、この城と言っても過言では無い家に住み込みで働くハウスキーパー達らしく、年齢も性別もタイプもまちまち。共通しているのは全員知性を感じさせる目の光を持っている事だけで、顔やスタイルで選んでいない事は明らかだ。とても好印象。

彼は機関のパトロンであり、鶴屋氏の遠いご親戚でもあられる方で、今日が45歳の誕生日なのだそうだ。

どんな悪行をしたらこれほど金が集まるのか。と、思わず「彼」の真似をして言いたくなる所だけど、実際には、そもそも裕福だった家系と、自身の商才が素晴らしかっただけで、潔癖なまでにクリーンな事業にしか手を出さない人物らしい。
機関が本当にクリーンかは、僕には判断できませんが。

その上、本人の容姿も素晴らしく、日本人とイギリス人のハーフで渋い銀髪のハンサムな壮年男性。背も高く、人当たりも良く、相当キレ者との事。
それでいて未だ独身なのは、特に性癖が一般的でないという事ではなく、これは有名な事らしいのですが、大変な好色家だからだそうで。
毎月違う妾の誕生日を盛大に祝っているという噂すらあります。
曰く、「日本人の女性は最高」だそうです。……そこは感じが悪いですね。


その彼が森さんを大変気に入ってしまい、今までなんとかはぐらかして来た森さんも、相手が機関のパトロンという事もあり、今回のパーティへの招待は「警護」という名目であった上に、機関上部からの命令にタイミング的にも従わざるを得なかった。それが実際の所の様です。
まあ、彼の命を脅かす事が可能なヒットマンは、日本国内では機関ぐらいにしか居ないとの事ですが。何せ、警備も鉄壁を誇っていますから。

そんな男性、明らかにそれ以上を望むべくも無い様な完璧な男性が、森さんが受け容れるならば森さんを正妻に迎え、妾は全員十分な補償をした上で別れるとまで仰っているそうで。……はい。心中穏やかでないです。

……ああ。弱った。
今日の僕の役割は護衛対象の命を守る事ではなく、森さんが『護衛対象』に口説かれるのを妨害する事で、僕にとっての「要人」は森さんという訳なのですが、どうなんでしょうね。森さんにとって、どうする事が幸せなんでしょうか。

まあ、僕がどう考えているかは別にしても、森さんはその様な誘いに乗る気は更々無いようで、僕は森さんの指示でこの様な場違い極まりないパーティに畏れ多くも彼女を『恋人』として「エスコート」して来た事になっているのですが、森さんが自分の事を自分で出来る人だという事は今更言うのも馬鹿馬鹿しい当たり前の事ですし、本当に僕が必要なのか疑問です。いえ、確実に不必要です。

機関はパトロンの方々にさえ機関法の内容を漏らす事はありませんので、機関員同士で交際できない事など知る由もありませんしね。一番簡単に納得して頂ける、断りの手段である事は確かです。
ですが、もし僕が失敗したら、僕が最初から居なかった場合と比較して返って悪い事態になるでしょうし、それに僕が弱っているのにはもう一つ理由が。
それは、この人が原因です。ええ。皆さんもうお解りでしょう?

来ました。森さん、その人です。

詳しく説明しますと、その完璧な体のラインに完全に一致したローズレッドのイブニングドレスに身を包んだ森さん。です。
イブニングドレスと聞いても馴染みが薄いかもしれませんが、端的に言うと、露出が多いんです。
胸元も背中もかなり大きく開いて、彼女の肌、まるで白磁のガラス質の層を表面に持つかの様な透明感の、それでいて弾力を感じさせるハリとツヤのある肌が大きく露わになっています。
その豊満な胸元には、視線を誘導する為にあるとしか思えない、一点のルビーが輝くシルバーのネックレスが下げられています。
頭には、小さな赤い宝石で出来た羽を閉じた蝶の様な形の髪留めがアクセントになっており、アップに纏められた黒髪はなんとも雅な光沢を放っていますし、それとは対照的な絹の様に滑らかな艶っぽい白いうなじが、絵画で云う視線誘導の効果が最も高い、明度の差が極端な衝突線を生んでいます。
そして彼女自身、普段の氷のオーラの代わりに温かく穏やかな雰囲気を放射しています。

こんな彼女が、完璧に、僕と「交際している」という演技をしている訳です。
バカップルよろしくベタベタしたりする訳では無いのですが、僕の背中は物理的にベタベタです。


スッと僕の隣に寄り添い立った森さんは、僕のグラスを持つ腕に白い手を乗せ、ちらりと僕を見る。その涼やかな目元に笑みの皺が寄る。そして、
「向こうの……」
と言いながら顔の向きを変え、少し離れたテーブルの近くに立つ壮年男女6名の一団に視線を飛ばした。
「……方々も機関の賛同者で強力なパトロンなの。私は1度だけお会いした事があるからちょっとご挨拶してくるわね。でもあなたは覚えられない方が良いからここで待ってて。5分くらいで戻ってくるわ」
と言うと、黒髪からフワリと漂う芳しい香りを残し、ウェイターの持つトレイからノンアルコール・シャンパンのグラスを一つ、優雅な所作で受け取ると、その壮年男女の一団に足を向けた。

彼女の身をピッタリ包むシルクのドレスの開いた背中から覗く綺麗な背筋と、歩く事で際立つウェストとヒップ、脚のカーヴから自制心を総動員してなんとか視線を外すと、周囲の男性も僕と同じ苦労をしている事が見て取れた。反対に女性達はハッキリとそのラインを凝視し、その目に羨望の色を浮かべている。なんと罪作りな造詣だ。
そして彼女を迎えた一団の中の男性達が不自然なまでに彼女の顔ばかり見ているのは、顔より下を見るとそれぞれの隣で穏やかな笑顔を見せている奥様方からの強烈な殺気を感じているからだろう。
しかし少し会話を続けると、彼女がミテクレだけではない事、自分の夫達では絶対に口説けそうにない事が解った為か、彼女らから夫に向けた殺気は消え失せ、休戦状態に落ち着いた様だ。

そのまま2分程経った頃、僕は些細ではあるが不思議な事に気付いた。
彼女の持つグラスの中の液体は減っているのに、その縁のどこにも唇の跡が残されていないのだ。口紅が付着しない理由は以前説明された通りだとしても、唇の跡は残らなければおかしい。
彼女がどんな魔法を使っているのか興味を持った僕が意識してそのグラスを注視していると、彼女はグラスに口を付けた後、周りの人々と明るく会話をしつつ、他の人に注意が移った一瞬を突いて、何気ない指先だけの動作で口を付けた跡を拭った。僕ももう少しで見逃す所だった。
成る程。手品のトリックを応用している訳ですか。流石ですね。

彼女は僕が注視していた事には「全く気付いていない」といった素振りで、誰かが言った冗談で明るく歯を輝かせ笑っていたが、もう一度同じ要領でグラスを拭う際に、悪戯っぽくキュートな笑みをチラッと僕に投げ掛け、微かに目を細めた。

さっきから、演技なんですよね、それ?その視線は。
ええ、蜜月にある恋人達が交わす視線そのものです。完璧です。僕、本気で胸が苦しいです。
僕が先程から弱っているのは、コレなんです。
コレのせいで、僕の彼女への想いを彼女自身に透視させない事が可能な状態には、最早程遠いんです。

そして、周囲の一連の流れに気付いた男性達から、僕に向けて冷ややかな空気が殺到した。どうも、一見僕が彼女に対して夢中なのではなく、その逆に見える事が腹立たしいらしい。そんな風に思われても困ります。実際は全く逆ですし。

しかも、更に大きな問題がある。
僕はこれから「護衛対象」の前で、こんな「高嶺の花」という言葉が正にしっくり来る森さんの恋人を演じなければならない。

ああ、弱った。
擬態は例によって、「するな」と釘を刺されているし。
ああ、僕は一体どうしたらいいんだろう。
もし僕が失敗して、僕が森さんの交際相手ではない事がばれてしまっても、森さんがわざわざそんな演技をしたという事実が、先方に森さんを諦めさせる十分な理由にはなるだろう。
しかしそれでは先方の面目が丸つぶれだ。機関への資金援助も凍結されかねない。


と、そこへ森さんが戻ってきた。
森さんは僕の耳元に顔を近づけると、返した手で口元を覆い、
「一樹、チャンスよ。アルファが近付いて来たわ。あなた演技なんてできそうにない状態だから、この際、向こうから諦めて貰いましょう。ちょっと来て」
こう囁くと、僕の腕に腕を絡める。ムニュっと。
あ、いえ。……その、はい。

そして、僕が歩くのに付いて来ている様に見せかけつつ、ドアを抜け、僕をテラスへ誘導した。
周りからの視線が痛い。

僕の腕から解いた手を、手摺りについた森さんは、暫く景色を値踏みするように眺めた後、こう言った。
「なかなかの景色ね。あの丘からの景色には劣るけど」
「……そうですね」
「あら、元気無いのね。どうしたの?こんなに綺麗な彼女が傍に居るのに」
「正に、それが原因かな」
「あら。悲しい事言うのね。私、傷付くわよ?」

またまた、冗談でしょう。と、言おうとしながら彼女の目を見ると、全く予想しなかった事が起きた。

……辛うじてではあるものの、透視できる。

そして彼女の目にはこう書いてある。
「嘘は言ってない」

狼狽する以外に、僕に何ができただろうか。
そして、もっと驚くべき事が起きた。

無言の彼女は僕の正面に立つと、僕の両肩に手を載せ、背を伸ばし、顔を上向きにすると、目を瞑ったのだ。
それを見ても当然な事のようにも思ったし、全く理解できないようにも思った。

だから僕は何も考えず、ただ彼女と唇を合わせた。
その感触は秘密だ。僕だけの物にして置きたい。

…………。

顔を離した彼女は、僕の目を見つめ、優しく微笑んだ。
それはとても愛らしい微笑みだった。


口付けの感触を通して伝えられた気持ち。
それに加え、彼女のその微笑を見た時、僕はやっと理解した。
ああ、彼女はどうやら、本当に僕の事を想ってくれているんだ。と。

本当なら舞い上がるべきなんだろうけど、余り実感が伴わない。

それに、二人とも機関に所属する以上、恋愛関係は厳禁だ。交際が発覚すると色々と本当に厄介な事になる。
ただ、機関に所属していようと僕らも人間だ。恋愛感情を持つこと自体で罰則を受けたりはしない。

だから、もう黙っていよう。
心の内に秘め、2度と口にはしない。
機関が必要の無い世界になる、その日まで。


「今のはただの演技だから。勘違いしないように。解ってるわね」

そう。表向きには、そういう事にして置く必要がありますから。
でも、僕の胸の奥で消し損ねた火種がチロチロと炎の舌を出す。

「そういえば、あの日の罰ゲームがまだ2つも残ってたわよね」
「……そうでしたね」
「じゃあ、1つは機関法、と言うより「規律」の第27条が必要の無い日が来るまで、誰とも、交際しない事」
「……はい」
「もう1つは、その時まで取っておくわ」
「…………はい」

彼女の温かい微笑みを見ていると、強い衝動が僕の中に沸き起こる。
口にしたい。禁じられた言葉を。
今すぐ、もう一度彼女の唇に触れたい。

僕は果たして、一生来ないかもしれないその日を、待ち続ける事ができるのだろうか。
もしかしたら、1ヶ月後かもしれない。でも10年後かもしれない。20年後かもしれない。
それを僕らは待ち続けるべきなのだろうか。
機関法によれば、機関の人間同士でなければ、結婚すらできる……。


「一樹」

彼女の唇が動き、言葉を紡ぐ。
言葉は繋がる他の言葉と干渉して意味を生む。
意味は相手に伝わると新しい意味を生み、または伝えた通りに受け取られる。


「また、言うわよ。今度は理解して。……『禁則事項』、一樹、私アンタなんて全然愛してないの」



…………やはり僕は、待てない。
僕と森さ……。
いや。
僕と、……園生で、必ず機関を変えてやる。




月曜日、学校にて。
朝のホームルーム前に廊下を歩いていた僕は、涼宮さんと出遭った。
擬態しなければなりませんね。

「あ、古泉君!丁度良かったわ。古泉君は今週末の土曜日って何か予定ある?」
おっと。今週末は森さんにしごかれる予定でしたが、こちらが優先されますね。任務ですから。

「土曜日ですか。ええ、空けられます」
「って、何か予定あったの?アレ?……ん、ん~?」

涼宮さんは僕の顔をマジマジと眺めていらっしゃいます。……これはいけません。他の事を考えて……も、彼女のは透視ではなく、勘ですから無駄です。ああ、酷く悪い予感がいたします。……擬態しているのですから、落胆は表に出ていない筈なのですが。

「フ~~~ン?なるほどぉ~。古泉君、週末の新しいバイトがあるんならハッキリ言ってちょうだい。良かったじゃない。おめでとう!」
そう仰る涼宮さんのお顔は、もう、耳の先まで「ニヤニヤ」と書かれています。透視するまでもありません。何故、解ってしまわれるのですか?実際、森さんより怖いと感じてしまう瞬間があるのですが……。

「まあ、不思議探索は4人でも出来るから、たまにそっちの『都合が付かない時に』でも参加してくれればいいわよ。じゃっ!SOS団の皆にはあたしから言って置くから。古泉君は森林公園で美人のお姉さん……」
彼女はクイっと形の整った眉を片方吊り上げます。
「……じゃなくて、『とある生き物』とデートするバイトだってね!安心して。あたし口は固い方だから!そりゃもう、カワラ煎餅みたいにねっ!」

彼女は言い終わるなり、言葉に詰まり立ち尽くす僕を置いてダダッと走り出してしまった。
成る程。瓦煎餅ならば確かに硬いですね。ですが、随分と軽い。それに割ってしまう事も多そうだ。

それ以前に、その様な言い方では幾らなんでも彼ですら気付く……。朝比奈さんだけかな。気付かないのは。恐らく。……はぁ。
と、思ったのだが、階段の前で鶴屋さんと出くわした涼宮さんが、早速僕を指差しながら何やら楽しげに話している。


涼宮さん!?あなたはもっとこう、デリカシーが……ああ、いいや。もう好きにしてください。


……やれやれ。





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最終更新:2020年06月10日 02:57