俺には密かな楽しみがあった。

 

 

◇ ◇ WC ◇ ◇

 

 

 学校の、体育館のそばの男子トイレは普段あまり使われていない。
 まあ、あれだ。世の男子諸君ならわかると思う。用を足す時はなるべく人目のつかないような場所でしたいもんだ。特に思春期真っ盛りともなるとこの類の悩みは、誰もが一度は経験した事がある思う。
 まあそんな事は今どうでも良い。
 ある休み時間に俺はその場所に来た、そしてふと、どこにでもあるような落書きが目に留まった。
『ここは僕の秘密の場所なんだ』
 秘密の場所とはよく言ったもんだ。
 なんとなしに気になったその落書きに、これまたなんとなしに、
『使わせてもらったぞ』
 とか、書いてみたりした。
 特にこれといった理由は無い、気まぐれと言うやつか、それとも秘密を共有できるささやかなワクワクというか高揚感の様なものがあったのかもしれないと後になってみれば思ったりもする。

 

 
 翌日。
 谷口が体操服を忘れたと叫んでいたのを無視しつつ例のトイレに向かった。
 これまた例の個室に入ると、昨日俺が書き込んだ落書きの下に返信らしきメッセージが書き込まれていた。
『別にいいよ、秘密を共有できる人ができて嬉しい』
 ほほう。
 つまりアレか、類は友を呼ぶというヤツか。
 と、一人で納得して俺もその下に書き込むことにした。
 ちょっとした非日常というヤツだ、ハルヒが持ち込むようなレベルの非日常に比べたら月とスッポンだけどな。
『それじゃあ、仲間だな』

 

 

 その日は金曜日で、週末の土曜日は例の如く不思議探索があり、日曜日はシャミセンよろしく惰眠を貪りつつ過ごした。

 

 

 月曜日に学校に行ってみると、新たな書き込みが。
『仲間! 良いねそれ』
『そうか?』
『そうだよ』
『お前は一人なのか?』
『一人じゃないけど』
『そうか、じゃあ何か困った事があったらよろしく頼む』
 それから暫く、そういった感じのやりとりが続いた。
 いつもそれは俺の書き込んだメッセージのすぐ下、もしくは隣に記されてある。
 いつ、誰が。
 そういった疑問が浮かんでは消えていった。
 だが俺にとってそれは大した問題ではなかった。
 少なくとも、あの時までは。

 

 

『わかったよ、困った事があったら任せてよ』
 と、書かれてあるのを見て、なんだ、良いヤツも居るもんだなと思った。
 だが──、俺はそれを見たすぐ後に困った状況に陥ってしまう。
 紙が無い。
 絶体絶命のピンチだ、少し考え込む。
 そうだ。
 俺はペンを取り出して
『紙が無いんだ、助けてくれ』
 と、書き込んだ。
 すると、その直後にトイレットペーパーが投げ込まれた。

 

 
 あれからもうあのトイレを俺は使っていない。
 今日も、 誰かがあの壁に書き込まれたメッセージに返信しているのだろうか。

 

 

 

  おわり。


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