俺は暗澹たる気分を更に増加させるような冷たいコンクリートの上で溜め息をついた。
ハルヒがなんたらの使い魔とかいうライトノベルを本に穴が空くんじゃないかって程睨みつけていて、やっぱり魔法もいいわねって言ったのが原因か。
流石に慣れ―――るわけないだろ。ふざけるな。
部室を開けたら密室で、そこにはピンクと青なんてふざけた髪色をした少女と剣を背負った少年がいるなんて。
後ろで騒ぐ馬鹿をほっといて俺は長門に尋ねた。
「ここどこ?」
「分らない」
ほう。お前にも分らないことがあるんだな。
「涼宮ハルヒが原因と思われる」
長門はそっと俺の耳に囁くように呟いた。思わずどきっとしたね。
「いや、そりゃいつもの通りだろうが……じゃ、あの不思議髪少女二人は?」
「涼宮ハルヒの読んでいた書籍の登場人物を彼女が想像し、座標軸」
もういい。分かった。とりあえず、ハルヒが読んでた本のキャラクターなんだろ?
「そう」
ハルヒは桃色髪の少女と何事かわめきあっていた。
「アンタこそ名乗りなさい」
「何言ってんの。アタシは貴族よ。平民のアンタこそ先に名乗りなさい」
そうわめき合っている二人をどうにか引き離した。
おお、剣を背負った少年まで手伝ってくれたじゃないか。古泉とは大違いだ。
 
「サイト離しなさい。あんな生意気女吹っ飛ばしてやるわ」
「やろうっての?かかってきなさい」
はがい締めにされながら、二人はワキワキと両手を動かした。
青色の髪をした少女と長門はどこ吹く風といった様子で読書マシーンとかしていた。
なんだか妙なデジャヴュを感じるのは気のせいだろうか。
桃色髪の少女は黒髪の少年の股間を狙いすましたように、蹴り上げてその呪縛から逃れた。
俺は思わず駆け寄って、土下座みたいな体勢で蹲る少年の腰のあたりを叩いてやった。男ならこの気持ち分るだろ?「……すみません」
いいって。
俺が同情と憐れみをブレンドした複雑な表情で少年を解放していると、頭の上を何かが通り過ぎて
 
爆発した。
 
気付けば長門がお得意の瞬間移動を見せて珍しく焦った表情(といってもドット単位だが)を浮かべて身構えていた。
桃色髪の少女は信じられないとでも言いたげな表情で、突き出した棒っきれを構えていた。
いや、それはこっちが作る表情だぜ。
一同の沈黙をハルヒの一声が破った。
「アンタなにそれ?魔法?魔法なの?」
ハルヒだけが満面の笑みを浮かべている。
だれかこいつに空気の読み方を教えてやってくれ。
ハルヒは地下三百メートル辺りに高速で穴を掘って埋めてきたかのようにさっきまでの険悪さを忘れルイズを質問責めにしている。
 
「なぁ長門」
二人を油断なく見つめていた長門に声をかけた。
あれはなんだ?まさか魔法なんて言わないよな
「平面座標を曲げてエネルギーを圧縮し棒の先端から放射した」
そういうのを魔法って言うんじゃないか?
「そう」
俺はサイトと名乗る少年の腰を叩く手を止めて頭を抱えようか悩んだが、そのまま腰叩きを続行した。
サイトの男子としての名誉に関わるからな。
「ありがとうございます。……あの名前は?」
やっとサイトが起き上がって尋ねてきた。
そう言えば、まだ名前言ってなかったな。
「ああ。アタシはハルヒ。そいつはキョンよ」
ハルヒはどこから聞き付けたか持ち前の地獄耳を発揮し俺のあだ名をまた広めてくれた。
俺はもしかして、俺のあだ名を広めれば金一封とかそんな制度があるんじゃないかと疑ったね。
サイトは意図の分らないまなざしを再び読書マシーンと化した長門に向けた。
なんだ長門に気があるのか?
「そんなんじゃないんだけど……なんでルイズの魔法が弾かれたのかと思って」
「彼女はエルフではない」
耳元でなった涼しげな声に思わずひっくり返るかと思った。いつの間にか、タバサが俺の真後ろで声を上げたのだから。
「しかし、オーラはまったく異質。人間じゃないみたい」
そりゃね。情報思念体が造ったなんたらインターフェースだし。
一色即発か。と思われた二人だが、三度読書に戻った。
多分長門に妹がいればこんな感じじゃないだろうか。
 
さて。
と俺は改めて辺りを見渡した。
15メートル平方位の四角形は床や天井合わせてコンクリートで塗り固められている。しかし、窓もないのに昼間みたいに明るいのはどういうことだろう。
まあ、どうせハルヒが作り出した空間だ。物理法則を持ち込む方が無粋ってもんだ。
「長門。ここから出れないのか。例えば壁に穴開けたりとか」
「無理」
簡潔な答えをありがとう。じゃねえよ。
「空間の要領が涼宮ハルヒによって埋められている。これ以上の負荷をかければこの時空が崩壊する」
水がパンパンに入ったビニール袋に鉛筆を刺すようなもんか。
「そう」
頼みの綱の長門が駄目と言うからには駄目なのだろう。と、素直にあきらめようとした自分に呆然とした。
あきらめたら駄目だろ。
「ちょっ、ずっとこのままなのかよ」
長門はこくりと僅かに顔を揺らした。
俺は後にも先にもこれほど頭を抱えることはないだろうってほど頭を抱えた。
「あのどうしたんですか?」
あまりに情緒不安定に見えたのかサイトが話かけてきた。
どうもこの少年には親近感が沸いてならない。
「いや、まあ。困ったことになってね」
ハルヒの能力について話そうかとも思ったが、まします情緒不安定に思われるだけだろうし、俺自身もよく理解していないのであきらめた。
 
「ところでサイトも魔法が使えるのか」
妙な連帯感からか、俺はサイトに話かけていた。
「あ、俺は魔法は使えない。……えぇっと、ロバアルカリイエから来た使い魔だから」
ロバアルカリイエとか使い魔ってのはなんだ?
「ほら、エルフの国の先の」
エルフなんて不思議ワードは辞めてくれ。これ以上ハルヒが変なこと思い付いたらこの時空が裂けちまうらしいから。
「エルフを知らないの?キョンだっけ。君はどこから来たんだ?」
そりゃ日本の***に決まってるだろ。と俺は彼がファンタジーの世界の住人であることも忘れて呟いていた。
「日本?」
サイトがいきなりすっ頓狂な声を上げた。まるでピラミッドを見つけた某考古学者のような顔でサイトが固まった。
「キョンもなのか!」
あまりその名で呼ばないでくれ。ってサイトもか?
「そうだよ!」
サイトは卒倒しかねんばかりに目を見開いた。
再び、簡潔にまとめよう。
サイトはどうやら日本人らしく、平賀才人と書くようだ。何時も通りの平凡な日常を過ごしていたが、ある日突然魔法がバンバン飛び交うような世界へと旅立ってしまった。そして、なんとあの桃色髪の少女(ルイズだっけ?)のペットになってしまったたのだと。
俺自身とサイトの共通項に思わず手を握りあったのは言うまでもない。
 
「アンタたち何してんの?」
「頭沸いたの?」
二人は俺たちの友情(同情か?)を見て涙を流すどころか、可哀相な人を見る目でこちらを見てきた。
いつの間に打ち解けたんだ?
「それより、この娘すっごい魔法使いなんですってよ」
人の話を聞けよ。ルイズはまるで最高級の称賛を受けたようにない胸を張った。ハルヒもつられて胸を張ったのはどうしてだろう。
こちらはヤケにグラマーで、サイトは思わずハルヒの胸元を見つめた。
ルイズはその視線の先に気付き、凄まじい速度で一足飛びにサイトの方へ飛んで行った。俺がああ、これはいつか見たミサイルキックだと理解するのと、サイトが潰れたカエルのような声を上げるのが同時だった。
普段あれだけ極悪非道な行為をしているハルヒだが、この時ばかりは目を丸くして、
「どうしたのよ!?」
と、猫属のように着地したルイズに聞いた。
当のルイズはハルヒの胸元を見つめて、ぶすーっとそっぽを向く。
ははーん。いくら恋愛経験のない俺と言えども分る位単純だ。
嫉妬である。まあ、それにしても激しすぎるだろう。
「違うもん。使い魔がご主人様以外に色目使ったから、しつけただけだもん」
ルイズは真っ赤な顔でそう言い放った。可哀相なのはサイトだ。
いくら上辺は可愛らしいとはいえ、中身は頭の中に怪電波を受信しているとしか思えないハルヒを見ただけでこれだ。
っと、痙攣しているサイトを見て思う俺であった。
 
「ルイズ恋してんの?」
凄まじい恋愛観念をもつハルヒでも気付いたらしい。ルイズは食紅ほど顔を赤くして俯いた。
「あのね、恋愛なんて一時の気の迷いなんだからね。いちいち気にしてたらしょうがないわよ」
「……で、でもあいつハルヒの胸見てたし」
「そうなの?でもルイズだって可愛いじゃない。そうだ。もっと可愛くしてあげる」
ハルヒはそう言って朝比奈さん用に通販で買った紙袋を広げてルイズに掴みかかった。まさに悪鬼の如しとはこいつのための言葉だろう。
驚いたことにルイズは素直に従った。
「こっち見るんじゃないわよ」
そう言って、いつの間にか部屋の隅に現れていたカーテンを引っ張り部屋を半分に仕切った。
きゃいきゃい楽しそうな声でこれ可愛いだの嬌声が聞こえるのを無視して、サイトを見やった。
あんなミサイルキックを食らったら俺なら死ぬぞ。
タバサがサイトを看病――といっても、変な呪文を唱えて杖を振っているだけなのだが。
「それはなに?」
驚いたことに長門から話かけていた。
余程暇だったのか? いや違う。長門は魔法に興味をもったのだ。
「ヒーリング。水魔法」
長門に負けず劣らずの口数の少なさでタバサがそう言った。
「ルイズが使ったのも?」
「あれは虚無。まったく似て非なるもの。系統が異なる」
ここからの会話は俺の理解の範囲を超えたので割愛させて頂く。なにせ、ベクトルがどうの指向性がどうの空間がどいのだの全くもって理解出来なかったのだ。
 
まあそれでも一応の義務感からか、暇だったからなのか分らないが次第に会話の内容は長門が披露した技へと移っていったのが辛うじて分かった。
忘れ去られたサイトは小刻みに痙攣を続けている。
すまん。俺にはどうにも出来んのだ。と、俺は塹壕に傷付いた兵士を置いていく上官の気分を味わった。
しかし、女の着替えってのはどうしてこんなに長いんだろう。
朝比奈さんの時は別だ。
なんたって俺の荒んだ心を癒す光景を目の当たりにできるんだから、二時間でも三時間でも待つに決まっている。
その間、タバサと長門はサッカーユニホームの交換のように互いのもつ分厚い本を交換していた。背表紙にはミミズがのたくったような文字が描かれている。
お前そんな字も読めるのかよ。
「今解析している」
ああそうですか。ついでにヒエログリフでも解析するといい。見ろタバサも日本語だから困って……ねえな。
タバサがもっている分厚い本はたしか長門がもっていた辞典では日本語だったはずなのに、今はミミズがのたくったような文字へと変っていた。
負荷をかけたら時空が裂けるんじゃねえのかよ。
長門は顔も上げずに、
「置換しただけ」
と答えた。
ああそうですか。
隣のカーテンで仕切られた部屋から、違うもっとこうよ!なんて声が響いている。
 
「うぐぐ」
やっとサイトがわずかに動いた。
おお良かった。生きていたか。
「なんとかね」
本当に同情するよ。
「キョンもなのか?」
ああ。似たようなもんさ。
まさにその時、
「出来た!」
二人はばさーっとカーテンを空けて姿を現した。
ルイズは網タイツにタイトスカート、縁なし眼鏡といったまるでOLといったたたずまいだった。
「みくるちゃんに買ったんだけど案外合っちゃうのよね」
胸の部分に目を瞑ればたしかにぴったりかも知れない。
なんかこう背徳感という物を感じていかんな。
と、真っ赤な顔で足を交差させるポーズとるルイズを見つめた。
「駄目だ。駄目だって」
サイトが目をつぶってワタワタ言っているのを見たルイズは更にポーズを激しくした。
「ハルヒさん、丸見えです」
その言葉に俺とルイズはからからの笑顔で腕を組むハルヒの方へと注目した。
まあね。たしかに丸見えだったね。
腕を組むハルヒのスカートはすっかり乱れて、内容物をぺろーんとむき出しにしていた。
……水色のシマシマ。
 
「どこ見てんのよ!」
そんな一昔前の女芸人のセリフを吐きながら、ルイズは杖を振った。
凄まじい光りを放ちながら、部屋全体が爆発した。
しかし、その爆風はすんでのところで止まり、俺たちに届くことはなかった。
なんつうんだろ? シールド的な何かでともかく俺たちは無傷ですんだのは僥倖であろう。
杖を振ったタバサと情報なんたらをした長門がそっと目配せしたのを俺は見逃さなかった。
今度はタバサがハルヒとルイズに向けて杖を振った。
頭上に雲状の靄が発生して二人はばたりと倒れ込んだ。
「なにしてんだよ!!」
サイトと俺が同時に叫んでいた。
「スリーピングクラウド」
「二人は眠っただけ」
ほう、そうか。ってそれで納得すると思ったのか!
「理由を話す」
「理由?」
「今、ルイズから観測したエネルギーと涼宮ハルヒのエネルギーを合わせるとここを崩壊させることが可能」
ぽかーんとするサイトを余所に俺は質問した。
崩壊ってヤバいだろ。
「そうすれば私が再構築することができる」
つまりあれか。ここをぶっ壊した瞬間にお前が情報なんとかして元の世界に戻ると?
「そう」
タバサまで首を振っている。
「どういうこと?」
俺はサイトに噛み砕いて説明してやった。
なんか元の世界に戻れるらしいぜ。
サイトは簡単に納得する。
分かりやすい奴だ。
それから長門とタバサの無口コンビから説明された方法ってのを聞いた俺たちはどうリアクションすればいいのかも分らなかった。
 
ふぁさりと服の脱げる音が響いて、呆然としていた俺は素っ裸の長門に押し倒された。
何かを言おうとした口は長門によってふさがれた。
思ったより熱く滑った舌が俺の口腔内を執拗に舐め回した。
ちらりと横を見ると、サイトもタバサに押し倒されていて借りて来た猫のように静かだった。
まあ仕方ないよな。帰るためだし。
――――――――――――
ルイズはぴちゃぴちゃという猫がミルクを舐めるような音で目覚めた。
あれ?なんでアタシ寝てんの?
混乱する頭に追い討ちをかけるように、衝撃的な光景が目に入った。
タバサが真っ裸でサイトと熱いキスを交わしていたのだ。
隣のキョンを見つめていたハルヒも口をパクパクさせていた。
優越感を見せつけるようにタバサが絡めた舌を引き抜いた。透明なアーチがかかり、それが切れる前に再びくちゅくちゅとその行為に没頭を始めた。
長門も凄まじい学習能力を発揮しキョンを刺激する。
どうしたらいいのかも分からず、サイトとキョンはなすがままにされていた。
――――――――――――
この二人の背景に文字をつけるとしたら新しい言葉を見つけねばならんと思う。
どごごごごなんて生温い。もし、音が出たら鼓膜なんていとも簡単に破られるだろうな。
 
まあ、ルイズは分るとしてハルヒが怒る理由なんてこれっぽっちも分らないが。
そう思いながら、俺は長門の舌によって歯茎をねぶられていた。
まず最初に行動を起こしたのはルイズだった。ふらりと幽霊のように立ち上がって何か呪詛か呪文かを口走っている。
ハルヒはと言えば何故かやたらと大きな目から涙を流していた。
なんだよ。なんか悪いことしてるみたいじゃねえか。いや、悪いことなんだろうか。
長門の責めは止まらずに危うく窒息しかけた頭で考えても結局分らない。
長門が言ったセリフはこうだった。
ルイズとハルヒの爆発を同時に起こさせる。
その為になんでこんなことになるかって?
「エネルギーを高めるため」
まあ、そう言って二人は打ち合わせたように脱ぎ出したんだがね。
その時間は永遠に続いたように思えた。
こう書けば説得力もあろうが、実を言うと酸欠であんまり覚えてない。
だってキスの時は呼吸をしないなんて谷口の馬鹿が俺に吹き込んだからだ。
戻ったらとりあえず嫌味の一つでも言わねば。
おっ、そろそろか。
ルイズの肩は有史以来最高の震度のようにで揺れているし、ハルヒは涙を流したまま立ち上がった。
「全部、消えろ!!!!」
いくつ感嘆符をいくつつけてもなお足りないような大声でルイズとハルヒはハモり、世界が真っ白になった。
気付くと俺は見慣れた文芸部の部室に倒れていた。
戻ってこれたのか。
横ではハルヒが涙の筋をいくつも残して眠っていた。
この時初めて、ほんとなんでか分らないけどある感情が沸き起こった。
それが何かって?笑うなよ。罪悪感だ。
なんかとてつもなく悪いことをした気分になった。
良心の呵責って奴だろう。
あとでジュースくらいおごってやろう。
長門はこちらをじっと見ていたのに気付いてちょっとばかり気まずくなった。
さっきまで合わせていた唇の感触が生々しく残っている。
そういえば、あいつらあの本のキャラクターなんだよな。
なんとかの使い魔だっけ?
あれはハルヒが作り出した虚構なのか。
「…………」
長門は何も答えなかった。
あいつら消えたのか。
やっと分かり合えそうな奴を見つけたってのにな。
長門が大事そうに抱えていた本を見て俺はそれが嘘だってことに気付いた。
そこにはミミズがのたくったような文字がある。
なんとかの使い魔か。
俺がその本を買いにいったのは言うまでもないだろう。
 
 
おわり

 


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