※このSSは「I don't choose, but decide.」の後日談的SSです※

 


真っ白な部屋に波紋が揺らぎ、小さな影を吐き出す。

-朝比奈みくる。

彼女は世界人類共同体の『最大多数の最大幸福』の為に、自らの友人である涼宮ハルヒを歴史から抹消するように精神操作を受けた。
-TPDDの開発者をある人間に固定すること。
それだけの目的の為に一人の人間とその子孫を根絶やしにするという手段をとる世界人類共同体のやり方に対し、『洗脳』が解けた今は怒りしかない。

-殺そうとしていた本人にその計画を打ち明けるのはかなりの勇気と覚悟を要した。
SOS団の仲間は揃って止めた。しかし朝比奈みくるはそれを告白することにこだわった。
『涼宮さんに嫌われても仕方ない』
本当は嫌だった。彼女に嫌われたら三日三晩程度では涙は枯れないだろう事は朝比奈みくるにも分かっていた。
しかし自分のした事の重さを正面から受け止めなければならないという決意は揺るがなかった。朝比奈みくるはその外見からは想像もつかない強い意志を持つ女性だったから。

『しょうがないじゃない、洗脳されてたんでしょ?悪の未来人に。ホントにあたしが死んじゃってたら、化けて出てやるくらいは思うけどさ』
あっけらかんと言い切った涼宮ハルヒの言葉に、朝比奈みくるは人目を憚らず声を上げて泣いた。
その肩に、涼宮ハルヒの両手が置かれた。そのあたたかさを忘れないと、朝比奈みくるは誓った。

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そして今、彼女は自らが存在する時間平面に戻ってきた。歴史管理局の上司に意見を伝えに行くためだ。
『多数派の規定事項を守る為に少数派の存在を脅かすような事は許されるべきではない』
ほとんどクーデターと言ってもいいだろう。投獄されてもおかしくはない。
「でもきっと涼宮さんやキョンくん……長門さんや古泉くんならこうする……」
呟いて、朝比奈みくるは眼前のドアをノックした。

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「来たか」

中から聞こえたのは予想もしない人物の声だった。

「藤……原くん?」
「友情ごっこは終わったようだな。……まぁ、この状況を見れば分かるだろうが、あんたは実によくやってくれたよ」

管理局の席の半分が、今回抹消されるはずだった少数派で占められていた。
「驚いたか?」
「これは、どどういう……」
藤原がふんと鼻で笑う。
「歴史が変わったんだ。あの連中がより強固に結び付いたせいでな。特に涼宮ハルヒ……あの女の血脈がこの未来の状況を黙って見過ごすはずがないだろう?(禁則事項)てな」
「僕はあの時間平面での行動で管理局にやろうと思えば全ての者の規定事項を埋められるという事を証明した。
星の数ほどあった時間平面が今やここ一つに収束したんだ。あの男の言葉を借りるなら……ふん、選ばずに決めたという所か」
話しながら藤原の表情が微笑に変わっていく。それは彼が見せたことのない表情だった。
朝比奈みくるはその表情に、(禁則事項)のそれを思い出してその瞳に涙を浮かべた。
少数派達の胸に見覚えのあるミステリックサインが刺繍されているのに気付くと、彼女の感情は決壊した。
「ふぇぇ……んっ……よかったですっ……うぅ」

「ふ、ふん……泣いている場合じゃない。あんたにはすぐにあの時間平面に飛んでもらうぞ」
慌てたような藤原の声に顔を上げた朝比奈みくるの目に、モニターに映写されているシーンが飛び込んできた。

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『ねぇキョン』
『何だ?』
『みくるちゃんはどうしよっか』
『あぁ……そうか。ハガキを送るわけにはいかんし……』
『そうよね?どうすればいいのかしら』
『うぅん…………』
『…………そうだ!』
『うぁビックリした!どうした?』
『気にせずに集まっちゃえばいいのよ!そうすればあの子未来人なんだし、絶対来るわ!』
『一理あるな確かに』
『一理どころか三十二理くらいあるわ!みくるちゃんの事だからさみしがってあたし達の事見てるに決まってるもの』
『そうか……?』
『そうよ!きっと今この瞬間も、寝てるときもお風呂の時も、それに……ぁ……』
『……どうした?』
『バカキョン!エロキョン!このっ……この!』

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モニターが暗転する。朝比奈みくるは妙な恥ずかしさを感じながらも、嬉しさに顔をほころばせていた。
藤原が口を開く。

「……バカな奴らだ。ふん、まぁいい。ともかく見ただろう。新しい過去から、あんたへの招待状だ」
今のVTRを見て少し赤面しているあたり、この冷めた男も『新しい過去』の影響を受け変わっているのかもしれない。

その表情を見て朝比奈みくるはふと思った事を口に出す。
「藤原くんは……行かなくてもいいの?」
「何故行く必要がある?」
「で、でも(禁則事項)のおめでたい席じゃ……」
「……ふん、興味がないな」
「そうですか……」
俯いた朝比奈みくるを慰めるように藤原は言葉を続けた。

「……僕は、でしゃばるのは嫌いなんだ。あの連中の前にはもう顔は出さない。それはあんたの役目だ。僕は……僕は当事者より、傍観者でいる方を選ぶことに決めたんだ。その方が楽だからな」
「わかりましたぁ……」
まだ少し未練の残った声で言い、朝比奈みくるが部屋を出る。それを見送ってから、管理局のメンバーが口々に言った。

「局長も行けばいいのに」
「全く素直じゃないですね」
「……素直じゃない」


「……やれやれ」

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指示された通りの時間平面に到着した朝比奈みくるは、歩き慣れた道を大切な待ち合わせ場所まで歩いていく。

「藤原くん、ごめんね……ふふっ、でも素直じゃなくて頑固なとこなんてホントにそっくり」

ひとりごちて少しだけ歩調を早めると、時計の下に朝比奈みくるにとっては別れたばかりの二人の姿が見えてくる。
けれど朝比奈みくるは小さく手を振りながら、挨拶は『久しぶり』にしようと考えていた。
「未来に帰っても、みんなと同じ時間を過ごそう」と思っていた。
今、朝比奈みくるは『仲間』の一つ上。これからはずっと彼らと共に同じだけ歳をとり、高校時代のように一個上の先輩という関係性でいよう。
それが朝比奈みくるにとって、一番居心地がよくて幸せな事なのだ。
こんな風に、彼に黙って集合時間のずっと前から待ち合わせ場所にいる。それだけの事がたまらなく嬉しいのだ。

最後の数メートルをぱたぱたと小走りになりながら朝比奈みくるは長門有希、古泉一樹に声をかける。

「あの、えと……お久しぶりですっ。お待たせしましたっ」



おしまい

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