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ふと気がつくと、北高の薄暗い廊下を旧館の方へと歩いていた。周囲に人影はまったく無く、静寂が辺りを包み込んでいる。
頭がぼんやりとしていて、ここが日常の空間ではなく、かつて来た閉鎖空間であるということを認識できたのは、しばらく歩いた後のことだった。
だが、古泉とともに訪れた時とはなんとなく雰囲気が違い、現実感が薄く、自分の意思ではない何かに導かれるように文芸部室に向かって歩いている。
夢か? それともまたハルヒが創り出した閉鎖空間の中に招かれたのか。
日常を逸脱した空間にいることが明らかであるにも関わらず、不思議と足と止めて自分のおかれている状況を把握しようとは思わなかった。むしろ文芸部室へ向かうことが自分に与えられた役割のように思われた。
そんな現実感の喪失した感覚が、いま自分の見ている光景が夢であろうと気づかせた。そしてこれが夢であることに気がついて、若干安堵し胸を撫で下ろす自分がいることに気づく。
やがて目の前に、文芸部室の扉が見えてくると、俺はまるで自分の意思とは関係のないところで操作されているかのように、普段どおりの自然な動作で文芸部室の扉を開き中に入る。
部屋の中では、ハルヒがたった一人で団長席に座っていた。長門も朝比奈さんも古泉もいない。
この薄暗い部屋の中で、ハルヒはたったひとりでいったい何をしているのだろうか。いま自分が置かれている状況を疑問には思わないのだろうか。そんな思いが少しだけ頭をよぎる。
「キョン……来たのね」
ハルヒは、まるで俺がここに来るのを見越していたかのようにそう言うと、団長席から立ち上がり、ゆっくりと俺のほうへと歩み寄ってきた。
その表情は不安に脅える子供のようで、不安が決して解消されないという絶望感と、それでもなお不安を解消してくれるに違いないといった期待の眼差しで俺を見つめてくる。
こんな顔のハルヒを見るのは初めてだ。少なくとも俺の記憶の中のハルヒは他人に自分の弱さを見せるようなことはしない。いつも前だけを向いて歩いているようなそんな強い女性のイメージだ。なのに目の前のハルヒは……
弱気な表情のハルヒを目の前にして、少しだけ胸が熱くなるような感覚を覚えた。
無言で近づいてきたハルヒは、俺の胸に飛び込むと、そのまま顔をうずめ、手を背中に回してギュッと俺を抱きしめた。そんなハルヒを、俺も優しく包み込むように抱きしめる。
「あたし、あたし、ずっと待っていたわ。あんたが来るのを。この夜の世界で、独りぼっちであんたが来るのを待っていた。あんたに嫌われるのが怖くて、不安で……
嫌われたくなかった。だから、あんたに会いたくなかった。でも、でも、このまま会わずにずっと過ごすなんて、あたしには無理! だから……だから……」
胸の中で小さな身体が小刻みに震え、ハルヒが泣いているのが分かった。
「ハルヒ……」
小さな声でつぶやき、そっと髪の毛を撫でる。
どれくらいそうしていただろうか。いきなりハルヒが胸の中で暴れだし、びっくりしたように俺の身体を突き飛ばした。
「あ、あんた誰?」
「ハ、ハルヒ?」
「あんたはキョンじゃないわ。あんたはいったい誰なのよ!!」
叫び声をあげるハルヒの表情は、驚愕というよりもむしろ狂気に彩られていた。咄嗟のことにどう対処していいかわからず、俺は後ずさりして、背中が壁につくのが分かった。
「あんたはキョンじゃない。あたしの世界にまがいのもののキョンはいらないわ」
ハルヒは涙を流しながらそう答える。その右手には大きなサバイバルナイフが握られていた。それを見て恐怖のあまり息を飲み込む。一瞬だけ、黄昏に照らされて真っ赤に染まった朝倉涼子の姿が脳裏をかすめた。
右手を振り上げて、ハルヒがジリジリと近づいてくる。恐怖のあまりか身体がピクリとも動かない。
「あんたは……いらない」
言い終わるのと同時にナイフを持った右手が振り下ろされる。
「うわぁぁぁぁ」
悲鳴を上げ、ベッドの上で目を覚ました。
 
 
~第二章 真相と告白~
 
 
ハルヒ達がいなくなってから数日が経ったが、機関からは何も音沙汰はなかった。
もちろんこの数日間、何もせずにただ手をこまねいていたわけではない。朝比奈さんの下宿先を訪ねてみたが引っ越した後だったし、大家に行き先を聞いても知らぬ存ぜぬの一点張りだった。
機関の協力者だった生徒会長を訪ねて喜緑さんに連絡をとってもらおうとも思ったが、喜緑さんも突然姿を消してしまったらしく、生徒会長の方が困惑して状況を尋ねてくる始末だった。
「喜緑くんの所在が分かったら教えてくれ」
別れ際、憔悴しきった生徒会長殿がそうつぶやいたのが印象的だった。
そういえば、彼は喜緑さんとつきあっていたのか? ヒューマノイドインターフェイスは人間とつきあったりするのか?
長門の顔を思い出しながらそんな考えが頭に思い浮かんだが、いまはそんな妄想に耽っている場合じゃない。ハルヒの行き先を考えることに集中しなければ。
鶴屋さんにも話を聞きに行ったのだが、ハルヒや長門、朝比奈さん、古泉の行き先についてはまったく知らないとのことだった。
「まあまあ、そう心配しなくても悪いようにはならないさ。いまはハルにゃん達を信じることだよ」
そう言って、鶴屋さんは慰めてくれたが、正直今回の件については楽観はできないという虫の予感のようなものが俺にはあった。そうこうしている内に時間は過ぎ去り、気持ちは焦るが何のヒントも得ることはできなかった。
何の解決策も見出せないまま大学進学というイベントを控えて、周囲の環境は日を追うごとに変化していく。その一環として、新しい生活を始めるため、両親といっしょに下宿先を探しに行くことになった。
不動産屋に入ると、そこには懐かしい顔の旧友が先客として不動産屋の席に座っていた。近づくと、佐々木もこちらに気づいたようで、椅子をくるっと回して振り向く。
「おや、キョンじゃないか。キミも一人暮らしのために下宿先を探しに来たのかね」
「ああ、大学生活をするんだから、大学は近いとはいえ、家から離れて一人暮らしをしてみたいと思っても不思議はないだろう」
「くっくっ、いいことだと思うよ。一人暮らしは自立心を養うにはもってこいだよ。ただ、親の目の行き届かないのをいいことに羽目をはずしすぎるのはいかがなものかと思うがね」
「俺がいつ羽目をはずしたんだ」
「おっと、これは失礼。そういう例があると一般論として言っているだけさ」
目の前で中学時代と変わらない佐々木の姿を見て、ふと一瞬だけ奇妙な既視感に襲われた。懐かしさ……ではない、久しぶりに会うにもかかわらず、いつも身近にいるような奇妙な違和感。俺は両目を指で押さえて頭を左右に振る。
「どうしたんだい、キョン。立ちくらみかい」
「ん、いや、なんでもない」
「おふたりはお知り合いですか?」
突然、不動産屋の窓口の社員が俺達に声をかけてきた。
「え? まあ……」
「それでしたらちょうど良い物件がありますよ。少々お待ちください」
突然のことに状況を把握しきれず困惑する俺達を放ったまま、不動産屋は奥のほうへと入っていった。
「おい佐々木、いったいどういうことなんだ」
「僕にもよくわからないよ。ただ、キミが来るちょっと前までは、僕の希望とする賃貸物件は無いと彼から告げられただけだ」
佐々木はあきれた様に両手を広げて首を左右に振り、いまの状況が飲み込めていないことを強調する。
背後でも、突然のことに何が起こったかわからず困惑する俺と佐々木の家族が、お互い顔を見合わせて首をかしげていた。しばらくして、不動産屋は一枚の不動産物件のパンフレットを持って来た。
「これなどいかがですか」
紹介されたその物件は、寝室は別になっているが居間やトイレは共用する、ルームシェアの物件だった。
おいおい、仮にも佐々木は女だぞ。知り合いとはいえ男女がひとつの屋根を共有することをなんとも思わないのか。こんな物件を紹介するとは、ちょっとこのおっさん客に対する配慮が足りないんじゃないのか。
少し強い口調で抗議の声をあげようとしたとき、横からオフクロが口を挟んできた。
「あら、これは安いわね。これだったら予定していた予算に収まるわ。ねえ、あなた」
「いや、しかしこれは……」
親父は少し困惑気味に佐々木の家族のほうを見る。
「あら、うちは全然かまいませんわ。どうせ一人暮らしをしたとしても彼氏のひとりやふたりはできることですから。だったら、どこの馬の骨とも分からない彼氏をつくられるより、キョンくんのほうが安心できますわ」
「おい、先走るな。まずは娘とキョンくんの意見を聞くべきだろう」
四人の視線が俺と佐々木に集中する。
「僕は別にいいよ。むしろひとりで暮らすよりもこちらのほうが望ましい。キミはどうだい?」
佐々木はまったく躊躇せずにそう答えると、くるっと首をこちらにまわして俺をじっと見つめる。
「あら、そちらさえ良ければ、うちのバカ息子はいいに決まってるじゃないですか。そうよねキョン」
「え、さ、佐々木、ほ、本当にいいのか?」
「もちろんだ。二言は無い」
俺の目をじっと見つめるその瞳には強い決意のようなものが宿っているように思われた。ふと、一瞬だけ奇妙な疑問が頭の中をよぎる。
『俺は県外の大学に進学する予定ではなかったのか?』
だが、そんな疑問はすぐに頭の中から消えうせた。
そんなこんなで、俺は大学生活を佐々木と共同で送ることになった。帰り際、佐々木が俺の耳元で両親に聞こえないように小さな声で囁く。
「なんなら、僕は寝室もいっしょにしてもいいんだよ」
ニヤリと不適に笑う佐々木に「それはどういう意味だ」と聞き返す間もなく、佐々木は俺の傍から離れていった。
どうやら、大学生活も一波乱ありそうな気がする。そんなことを考えながら、俺は両親と帰路についた。
 
 
 
 
数日後、俺達は新しい大学生活の準備をしていた。
共有する部屋のレイアウトは佐々木が決めると申し出て、別に異論は無かったためすんなり受け入れたのだが、よりにもよって荷物運びをさせられるとは思わなかった。
「キョン、そこのソファーはこちら側に向けてに置いてくれ。テーブルはこちら側に……」
「待て、佐々木。ちょっと休憩させてくれ」
「ああ、ごめん。つい浮かれてしまっていたようだよ」
佐々木はいつもより若干表情が綻んでいるような気がした。そんな佐々木を一瞥してから大きくため息をついてソファーに腰を下ろす。
結局、あれからトントン拍子に話は進み、ふたり暮らしをすることになった。もちろん他のみんな、特に谷口あたりには内緒だ。谷口なんかにしゃべったら翌日には街中の噂になるからな。
だが、幼馴染みとはいえ魅力的な女の子とふたり暮しをすることになるとは想像もしていなかった。俺自身いつまで理性的でいられるか分からない。間違いが起こることは考えなかったのだろうか。
佐々木の顔をチラッと盗み見るが、その表情からは不安の色はまったく感じられない。
「どうしたんだい、キョン。僕の顔に何かついてるかい?」
「あ、い、いや」
思わず顔を背けてしまった。鼓動が早くなり、自分が顔を赤くして照れていることが分かる。そんな俺の様子を、佐々木はいつもよりもご機嫌といった様子で眺めている。
「そんなに緊張しなくてもいいんじゃないかい。中学生のときはよく、僕の部屋でふたりきりで過ごしたじゃないか」
「ちゅ、中学生の頃とは全然違うだろ!」
「くっくっ、キミにそんな風に意識してもらって光栄だよ。でも、そんなに深く考えないでくれないか。このシチュエーションはあの頃から僕が望んでいたことでもあるんだよ」
「え!?」
「あ、いや、なんでもない。忘れてくれ」
ちょっとだけ動揺した様子で佐々木は俺から目をそらした。しばらくお互い声をかけることなくソファーに座っていたが、佐々木がチラッと時計を見てから立ち上がる。
「じゃあ、キョン。そろそろ再開しないか」
「意外にひと使いが荒いんだな。うちの団長様みたいだよ」
冗談のつもりでそう言うと、いままでの様子がウソのように佐々木の表情が曇った。な、なんだ、なにか地雷を踏んでしまったのか。
「キョ、キョン、ちょっと話を聞いてくれないか。大事な話なんだ」
意を決したようにそうつぶやく佐々木に、俺は抗うことはできず、立ち上がりかけた身体をもう一度ソファーに下ろす。佐々木は真剣な表情で俺の目をじっと見つめながら静かな声で俺に問いかける。
「キョン、キミは……」
バン
佐々木が言葉を紡ごうとしたとき、勢いよく玄関の扉が開いた。俺と佐々木の視線がそちらに集中する。そこには必死の表情で息を切らす朝比奈さんの姿があった。
「朝比奈さん? どうしてここに?」
驚きの声をあげたのは俺ではなく佐々木だった。佐々木は目の前の状況が信じられないといった表情で朝比奈さんを見つめていて、そのことがとても奇妙に感じられた。
「キョ、キョンくん、いますぐ来てくれませんか? 涼宮さんが……」
「ハルヒがどうかしたんですか」
「涼宮さんが閉じこもってしまって、古泉くんが……と、とにかくいますぐキョンくんが……いっしょに……」
朝比奈さんの言っていることは要領を得ず、何が起こっているのかは分からなかったが、その様子から緊急事態であることは理解できた。
「スマン佐々木、ちょっと出かけてくる」
「ま、待ってくれ、キョン」
佐々木は取り乱した様子で俺の肩を掴む。普段の冷静な佐々木からは想像できない様子を目の当たりにして少し違和感を感じたが、そのことを深く考えている暇はない。
「緊急事態なんだ。ハルヒの身に何か大変なことが起こったらしい」
肩を掴む佐々木の手を振り払い、朝比奈さんとともに玄関に向かおうとしたとき、佐々木はまったく予期していなかった人物の名前を口にする。
「九曜さん!」
「え!?」
佐々木の方を振り返るのと同時に、何かが通り抜けるような奇妙な違和感を感じ、背筋がゾクッとするような感覚を覚える。佐々木の足元にある影が不自然に玄関の方へと伸びていき、やがてそれは人の形となり周防九曜が姿を現した。
彼女は玄関の扉の前に陣取り、その無機質な目で俺と朝比奈さんを見つめ、出て行こうとする俺達を威圧する。
「佐々木、お前……」
「キョン、まず僕の話を聞いてくれ」
懇願するように俺を見つめる佐々木を目の当たりにして、その場に立ちすくむ。そんな俺に対して、佐々木はゆっくりと静かな声で言葉を紡ぎだした。
「キョン、キミは涼宮さんを助けに行こうとしているようだけど、『涼宮ハルヒ』なんて人物はこの世界には存在しないんだ。彼女は僕とキミが創りあげた幻の人格なんだ」
「な!?」
佐々木の言葉に戸惑いを隠せなかった。だが、佐々木はあくまで真剣な表情で俺を見つめている。
「キミが驚くのも無理は無い。僕もこの事実を知ったときには、今のキミと同じように驚きを隠せなかったのだから。でも、これは事実なんだ。そしてこのことは古泉くんも、キミの後ろにいる朝比奈さんも知っている。
彼女達はその事実を認めることができないでいるだけなんだ。そしてそのためにキミまで巻き込もうとしている。キミは彼女について行くべきではない」
「な、お、俺がハルヒを創った? そんなバカな!」
ようやく声にできた俺の言葉に、佐々木は首を横に振る。
「キミも覚えているはずだ。僕達が中学生だった最後の日のことを。あの日、キミは僕に告白しようと決意をして家を出た。そして僕もキミが告白してくれることをずっと待っていた。
でも、運命の悪戯がキミと僕の中を阻んだ。そのことを僕はずっと悔やんでいたんだ。
そんな僕のキミへの想いや、キミと同じ高校に通いたいという願望、僕達の中を阻んだ運命への恨み、後悔、それらがひとつの人格となり涼宮ハルヒを創りあげたんだ。
キミも体験した涼宮さんの不思議な能力。あれはもともと僕に備わっていた能力だったんだよ。その能力を使って僕は『涼宮ハルヒ』という人格を創りあげ、そしてその能力も同時に切り離してしまったんだ」
「…………」
「キミも不動産屋で僕を見て、長い間離れていたにもかかわらず身近にいたような違和感を感じたはずだ。それはキミが僕の中に涼宮さんを感じ取っていたからなんだよ」
返す言葉が見つからなかった。佐々木の言うとおり、俺は佐々木を見て奇妙な違和感を感じたからだ。思えばあれは佐々木の姿にハルヒを重ね合わせたからだと思えなくもない。
不意に、ハルヒがいなくなった日に森さんに会った記憶が頭に思い浮かんだ。確かあの時、森さんは『あの方』と言っていたが、それは佐々木のことだったのか。
そうだ、確かにあの日会ったときから、俺は佐々木の中にハルヒを感じていた。理屈や理性ではなく、もっと深い本能の部分が佐々木の言葉に信憑性を与える。
じっと見つめてくる佐々木の視線に耐え切れず、俺は佐々木の告げた内容の判断を朝比奈さんに問う。
「……朝比奈さん、いまの話は本当ですか?」
朝比奈さんは、しばらくためらった後、つぶやくように小さな声で現状を説明する。
「正直、わたしには何が真実かということは分からないわ。でも、いままで分裂し、争ってきたそれぞれの勢力は、そのほとんどがいま佐々木さんの言ったことを事実として受け止め、それが統一した見解になりつつあることは確か……」
そこまで言って、朝比奈さんは言葉を詰まらせうつむいたが、顔をあげて声のトーンを大きくして自分の意見を述べる。
「でも、わたしは信じないわ! だって、だってそれじゃあ、あまりにも涼宮さんが可哀想です!」
部屋の中を奇妙な沈黙が支配する。お互いが見つめあい、誰一人身動きひとつ取れない。台所で水滴が落ちる音や、遠く離れた国道を車が駆け抜ける音さえもが聞こえてくる。
俺は悩んでいた。いままで生きてきた十八年間でこれほど迷ったことはないというくらい迷っていた。朝比奈さんと行くべきか、佐々木と留まるべきか。
やがて、俺はゆっくりとした足取りで玄関の方に向かう。九曜の横を通り過ぎるが、彼女は予想に反して俺達をとどめようとはしなかった。ただ、無機質な眼差しで俺と朝比奈さんの一瞥しただけだった。
「キョン! どうして……」
背後から佐々木が崩れるようにひざを突く音と、悲痛な声が聞こえてきた。
「スマン、佐々木。俺には何が嘘で何が真実かは分からない。でも、ハルヒがいま悲しんで泣いていることだけは分かるんだ。もし、このままハルヒを見捨てたとしたら、俺はたぶん一生後悔する」
振り返らなかった。振り返って佐々木の泣いている姿を見てしまうと、朝比奈さんについていくことができなくなっていただろうから。唇をかみ締めて玄関を出て行く俺の姿を、朝比奈さんが心配そうな表情で見る。
「キョンくん……」
「大丈夫です、行きましょう」
俺の気持ちを察したのか、朝比奈さんはそれ以上何も言わず、普段の彼女からは想像もつかない強い意思を秘めた眼差しで、俺を導くように走り出した。

 

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