走りに走って例の路地にたどり着いた。とりあえずハルヒが倒れていた十字路の、朝比奈さんを追ってきたコースと交差する道へ足を進める。
……もう少し遠くにするか。十字路の交差点から曲がり角二つ分離れた場所へ移動し、電柱の陰に身を潜める事にした。
これで『俺』にもハルヒ、朝比奈さん、長門、古泉にも見つからないはずだ。ここで今からハルヒが朝比奈さんに眠らされるまで待たなければならない。それはここからでもギリギリ見えるだろう。
俺が自由に行動出来るのはそのあとからだ。……未来を知る者にとっての規定事項の重大さを身をもって思い知る。
長門が疲れて暴走した時にも同じ体験をしたのにな。あの時と今感じているこの得体の知れない不安-自分の知る過去を変えてはならないというプレッシャー-
これが未来人が過去に対して持っている危機感を何倍も希釈したものなんだろう。だから朝比奈さん達は規定事項を必死で固定しようとしている。
反感は消えないが、今までよりも理解はできるようになった。初めて誰のアドバイスも無しに時間遡航したおかげだな。 

……しかしともかくもう少しだ。後はSOS団の連中にさっき俺がした事を全て話すだけだ。ハルヒはもう時間平面理論を考えたりしないという事を朝比奈さんに伝えればいい。
尻拭いは皆にもしてもらうぜ?結局の所ハルヒからのペナルティを食らうのは俺だけになりそうな予感もするがね。
『あんた、この四年間……ううん、中一の頃に会ってたんだから六年ね。
その埋め合わせは簡単にはすまないんだからね!』
とかな。やれやれ。

……何だかミョーにリアリティのある予感だな。もう一つ、やれやれ……。

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10分程待っただろうか。十字路を朝比奈さん(大)が通り過ぎるのが見えた。しばらくしてハルヒがぶんぶん手を振りながら遠くの視界に入ってきて……立ち止まった。奥歯を噛み締める。

そして朝比奈さん(大)が戻ってきてハルヒの首に触れ眠らせたのを確認し(堪えるのが大変だったぜ)、それまで必死に抑えていた足を解放し歩き出す。
走らなかったのは、コソコソ隠れている時に再び昂揚し始めていた精神を落ちつかせる為だ。
よし落ちついてきた。よし、よし……そろそろ走ろうか……

と思ったのだが、視界に入ってきた光景がそれを止めた。

上手く表現できないが朝比奈さん(大)の背後、ハルヒと彼女の間の空間がこう……うにゃうにゃっとすると、そこから朝比奈さん(小)が現れたのだ。
ここ数日で数段スキルアップした思考力がすぐさま回転を開始。
あの朝比奈さんに俺の姿が見られたら、大きい方の朝比奈さんにも俺がここにいるということが分かっている事になる。
そして藤原の言葉……『時間平面破壊のタイミングを合わせて……』とか何とか言っていたな。恐らくこのタイミングに合わせて俺は六日前に戻ったのだろう。
って事はもう少し待ってから行ったほうが良さそうだな。
考えをまとめた俺は壁を伝い電柱に隠れながら実に怪しい足取りで現場に近づいていく。すると朝比奈さん(小)がさっきのうにゃうにゃに包まれて消えてしまった。

消える直前、朝比奈さん(小)はハルヒに取り縋っていたようだが……あの様子からすると本当に……
しかし、過去の自分がああして(恐らく止めに)現れた事を知っているはずなのにな。やはりどうも朝比奈さん(大)と朝比奈さん(小)が同一の人格を持った人間に思えない。

……ええい、考えるのはヤメだ。ただでさえ壁づたいで遅々としている歩みが更に遅くなっちまう。さっさとやる事やって一件落着といきたい。寝る前に喫茶店に行くのもいいな。

などと暢気な事を考えながら歩いているとハルヒの向こうから小さく、しかしとんでもない物が近づいてきた。

車だ。

脊髄反射で足が勝手に走り始める。冗談じゃないぞ、その車の進行方向にはハルヒが横たわっているんだ。頭の中で最悪の光景がスパークする。

……間に合え、間に合え、間に合え!

二回目の日曜でもこんなに走らされるのかよ!
ハルヒに借りた何とかスーパースターの曲が脳内でリピート再生される。

We don't celebrate Sundays anymore.
二度と日曜を祝ったりなんかしない。
日曜日の野郎にふざけるなと悪態をつきながら走る俺の視界に、あぁもう慌ただしいな。またもや信じられん風景が飛び込んで来た。
朝比奈さん(大)がすっと後ろに一歩下がり、あろうことか車の進行ルートにわざわざ入ってきたのだ。
彼女は左側から近づいてくる車を確認し、諦めたような表情で下を向いた。くそっ、二人を同時に助けるのは無理だ。
叫びというか、悲鳴が勝手に俺の口から飛び出る。

「古泉!長門!」

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朝比奈みくるが沈黙を守ったまますっと後ろに一歩下がる。涼宮さんに少し近づいた。僕は涼宮さんを救わなければならない。だが足が動かない。
朝比奈さんの諦めたような表情を見ることができない。感情抑制の訓練などもう何の役にも立っていない。

「……本当に、」

お世辞にも心地良いとは言えない状況に耐え切れずとりあえず何か言おうとした僕の耳に、聞き慣れた声が聞き慣れないトーンで突き刺さった。

「古泉!長門!」

直後、朝比奈さんが右に顔を向け、彼がすごいスピードで涼宮さんを抱え滑り込んで来たのが見えた途端に-
僕の胸に朝比奈さんがまさになだれ込むというべき勢いで飛び込んできた。情けない事に、彼女に押し倒されるような形になる。
そして僕の目の前を車が結構なスピードで通過し-通り過ぎたあと、その向こうには長門さんが彼女とは思えない程肩を上下させながら立っていた。
長門さんが朝比奈さんをこちらに投げて、突っ込んでくる車から救ったのだと気付くのには数秒かかった。

左を見ると、彼と目が合った。

-------------- 

……あ、危ねえ……。あと背中が痛え。無意識にハルヒを傷つけまいと背中でアスファルトを滑ったからな。
ありがちな表現だが口から出そうな程心臓が自己主張していやがる。

右を見ると、古泉と目が合う。安堵と恐怖が混ざったような表情で、
「遅いですよ」
等と力無く言ってきた。悪かったな。いろいろと大変だったんだ……。

古泉に抱かれている朝比奈さん(大)の肩が震えている。それを眺めていた俺の視界に、靴下と足のモノクロームコントラストが割り込んで来た。
「長門……」
「大丈夫?」
長門も息を切らすようになったか。大丈夫だ。

手を差し出してくれるが、何とか自力で長座の体勢になる。もう予想外の事ばかりで『予想外』という言葉が安っぽく感じるな……。
ふと見れば古泉も同じような体勢になっていて、それに向き合う形で朝比奈さんがぺたんと座り、

「うっ……う、く……」
と目をごしごしと擦っていた。
「朝比奈さん……」
「ごめんなさい……っく、ごめんなさぁい……」
古泉、長門の順に視線を送る。二人とも哀れみのような疲れのような表情をたたえ、彼女の方を見ていた。 

「わたし、わたし……逆らえなくてっ……ふぇぇっ……っくぅ、せめてわたしも死んじゃおうって……」
「……涼宮さんにこんな事するなんてっ絶対ダメなのにっ、あれ……でもどうしてっ……今は泣ける……の?」
「さっきまで酷い事しようとしてるのは分かってたのに何も……感じなかったのに……」
朝比奈さんは段々泣き止みながら困惑へとその表情を変えていった。この大きい方の朝比奈さんの泣き顔はこれが初めてだ。
俺も疑問だ。いくら規定事項の為とはいえ、本当にハルヒを殺そうとするなんて今この瞬間まで思っていなかった。
今この瞬間を迎えても信じられない程だ。テレビやらで凶悪犯罪者についてよく『こんな事する人じゃない』とか言うよな?
他人事だと「何言ってやがる、実際やったじゃねぇか」とか思う。だが、朝比奈さんだぞ?
何も言えずにいるとSOS団専属解説者が、
「洗脳でしょう」
朝比奈さんははっとしたような表情だ。
「我々が高校時代を共に過ごした朝比奈さんとさっきまでのあなたはまるで別人格のようでした。 しかし今のあなたは、僕が記憶している優しく可憐で純粋な先輩そのものです」
とってつけたような美辞麗句(お世辞ではないが)に赤面するあたり古泉の言う通りだ。
「そしてそれは恐らく元々の計画が失敗したから……」
それは違うぜ。その必要が無くなったからだ。全く、未来人は何を考えてやがる。
「え……?」

と可愛く戸惑う朝比奈さん(大)。あの朝比奈さんがそのまま成長したらこうだろう、というリアクションだ。
ありがたい。やはり彼女はSOS団の清涼剤だ。

お陰で怒り心頭になりかけていた頭は冷えすっかり落ち着いた心持ちで、俺は先程のハルヒとの会話をSOS団メンバーに打ち明けた。

……もちろん、俺の精神衛生を考慮して割愛する部分はさせてもらったがな。

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「……というわけだ」

「……」
「なるほど……さすがと言うべきですか。所々省略された箇所がありそうですが」
くくっと喉を鳴らす古泉。コイツにも余裕が戻ってきたようだ。
「キョン君……」
朝比奈さんはまだ不安そうな顔をしていらっしゃる。大丈夫ですよ。あなたの洗脳とやらが解けたことが、ハルヒが見つけた『答え』が時間平面理論の事じゃないという事の証だ。 

「朝比奈さん、未来に連絡する事は出来ますか?きっともうハルヒに危害を加える必要はないと分かるはずです」
「は、はい……」
朝比奈さんがこめかみに人差し指を当て目を閉じる。

「ほ、本当です!最優先命令が解除されてますっ。次の指令まで現時間に待機って……」

はぁ……やっと終わったか……。後はハルヒに話して-

「で、でもまだ規定事項は変更されたまま?どうして……」

何だって……?

「時間平面理論を完成させる人物が……このままだと変わっちゃうみたいですっ!」
自分の顔が青白く変わっていくのがわかる。俺の考えが正しければ…… 



あのノートだ。
もう何回安堵と恐慌の二極に揺さぶられた事だろう。勘弁してくれよ。

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「俺が、俺があのノートを捨てたからだ……」
「あのノートとは?」
古泉が尋ねてくる。俺の答えは譫言のようだったろう。
「ハルヒが、時間平面理論についてまとめたノート……」

「えっ……えぇぇぇっ!?」
朝比奈さんが素っ頓狂な声を上げる。 

「川だ……川に流されて……誰かに拾われたんだ」
呟いて駆け出そうとした俺を長門が手で制する。ノートを探さなければならないんだ。どいてくれ長門!
と言おうとした俺の背後を長門はその白い指で差し示した。

振り返ると空中に波紋のような物が浮かんでいる。

後ろから静謐な声。

「時間平面の破壊を検知」
波紋の中から浮かび上がってきたのは……

--------------

「ふん、だから言っただろう。後悔する事になると」
眉間に深い皺をよせた、藤原だった。
「あんたは涼宮ハルヒと朝比奈みくるの両者を救おうとしていたらしいが結局朝比奈みくるの未来も、僕の未来も潰す結果に終わった」
言い返してやりたいが、何も言えない。
「まぁ、あんたが言うには未来はあんた達現在の人間が勝手に決めるものらしいからな。それで満足だろう?」
長門、古泉は藤原を直視し、俺と藤原を見比べているようだった朝比奈さんは、
「藤原君……」
と何故か申し訳なさそうな口調で呟く。
「そういう事だ、朝比奈みくる。僕達は過去を縛っているつもりでいたが、未来からも過去からも縛られているのは僕達の方だったってわけだ。
僕の規定事項を崩してまで守ろうとしたあんたの規定事項も……ふん、徒労に終わったな」
「そんな……」

……待ってくれ。

表情はそのままで藤原がこちらを向く。くそ、こいつに頼み事をするなんて屈辱以外の何物でもないがそうもいってられん。
「あの時間まで俺を連れていってくれ。ノートを捨ててしまった時間まで」
「何を言っている。未来はあんた達が決めるんだろう?これでいいじゃないか」

-頼む。

藤原は真っ向から憎々しげな視線をぶつけてくる。俺も目を逸らさない。

何分そうしてただろうか。

「くっ……ふっふ、はははは」
いきなり藤原が笑い出した。何なんだ一体。よくわからんが笑い事じゃないんだ。
「くくっ……笑い事さ。あんたが僕に大真面目に頼み事をするとはね。あの時吠えた気迫はどこヘ言ったんだ。
第一そんな事僕に頼まずとも朝比奈みくるに頼めばいいじゃないかっ……くっく」

腹を抱えながら藤原が挙げた手には、あのノートが握られていた。 何でコイツが持っている?

全員、息を飲む。

--------------

「全くあんたは予測不可能な男だよ。あの時ああ言えばてっきりコイツを持ったままここに来るだろうと思ったのに、まさか投げ捨てるとは。
お陰で二回も余分に時間移動するはめになった」
見慣れた笑みから悪意成分を30%ほどカットした表情で話す。
「あんたらもだ。咄嗟にとはいえ、涼宮ハルヒを殺そうとした朝比奈みくるを助けるとは思ってもみなかった。……こいつは面白い友情物語を見せてもらった礼だ」
皮肉ると藤原はスタスタと歩き、ノートをゴミ回収のカゴに放り込んだ。 ばさっと、無造作に。
「このノートについてはこうするのが僕にとっても規定事項だ。
自分達の為に少数派を切り捨てる朝比奈みくるの派閥を潰してやろうと思っていたが、結果的にはそっちの規定事項も満たす事になるな」
「さてと、もうこの時間平面に用はない。僕は帰る」
「藤原君、ごめんなさ……」
「朝比奈みくる、あんたにはまだやる事がある。規定事項をより確固たるものにする為のそいつらとの友情ごっこだ。
あんたもだ、今度こそ涼宮ハルヒをしっかり手なずけておけ」

朝比奈さんの謝罪を遮り、やたらと長い捨て台詞を残して藤原は波紋の中に消えていった。
何なんだアイツは……?結局何が目的なのかさっぱり分からなかった。俺たちを助けたのか?あの藤原が。 




「規定事項が……全て埋まってます」
考え込んでいる途中で朝比奈さんが呟いた声に、今度こそこの騒動が終わりを迎えた事を実感し俺は地面にへたりこんだ。
古泉と朝比奈さん、長門までが同じように地べたと仲良くなっていた。

全員、体力的にも精神的にも疲れがどっと噴出したのだろう。

「はぁぁぁぁ……」
安堵と疲労の溜息は誰が漏らしたものだったか。 

ゆっくりとアスファルトに横たわり見上げた空がだんだんと晴れ間を見せてきた。


-------------- 

-そして。

俺は今、SOS団御用達の待ち合わせ場所に向かい自転車をこいでいる。

-あの後、古泉がこんな事を言った。
『涼宮さんに全てを話すのには同意します。ですがその前に……』
『今回、朝比奈さんが涼宮さんにしようとした事の記憶のみを消すことは可能ですか?』
その問いに長門は頷いたのだが俺が今こうして事の顛末を詳細に覚えているのは、
『だ、ダメです……そんな事をしたらほんとにSOS団は友情ごっこ遊びになっちゃう……わたしがした事は消えないわ。えと、だから……』
『すみません』
『……わかった』
という会話が後に続いたからだ。
俺としてもただただキツい記憶でしかないのだが、忘れるわけにはいかない。忘れるのではなく、脳内ヒキダシの奥の奥に閉まっておくべきだ。

この記憶は、SOS団にとって大切なものだからな。いい思い出だけが信頼を産むわけじゃない。 

ちなみに目覚めたハルヒはその日の内に喫茶店で喋りたがったのだが、全員の疲弊しきった顔を見て会合は翌日開催と相なった。

……集合時間は朝の9時だったが。

学校をサボって行くだけの重要性のあるミーティング(団始まって以来だな)なのは認めよう。だが少し早過ぎやしないか?
と文句を言いながらも集合時間一時間前にすでにもうすぐ到着しそうなのはひとえに罰金回避の為だった……んだ……けど?

「遅い!罰金」

俺を迎えたのは100wスマイルのハルヒの決め台詞と無表情の長門、ニヤケ古泉、俺達より4、5歳年上でそれゆえ同世代に見える朝比奈さんであり、それに対して返す言葉はやはり俺の決め台詞しかないのさ。

……やれやれ。

さてと、ともあれ今日ハルヒに話すことは決まりきっている。そうだ。分かるだろ?

宇宙人・未来人・超能力者について、本人達の証言も交えて洗いざらいぶちまけるのだ。

疲れは取れちゃいないが、どこか弾んだ足取りで俺はかけがえのない『仲間』との距離を詰めていった。



おしまい


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