三 章
 



 
 いい映画を見終わったときのような高揚感を漂わせ、四人は元の時代に戻った。ひと仕事終えて、長門の部屋でお茶にすることにした。
「これで無事、ハルヒが古泉にベタ惚れになるといいんだが」
「自分で自分の過去を変えるなんて、奇妙な感覚ですが」古泉が照れている。
「朝比奈さん、改変の効果ってどうやって確かめればいいんですか?」
「状況を誰かに聞いてみるしかないわね」
「じゃあハルヒに直接聞いてみますか」
古泉と朝比奈さんが、それはちょっと、という顔をした。
「機関に問い合わせてみましょう。僕が毎日報告してるわけですから、記録はあると思います」
なるほど。ハルヒの観察日記か。
「機関のデータベースを参照してみます。長門さん、パソコンお借りしていいですか」
「……いい。台所のテーブルにある」
「機密事項なので、ちょっと失礼します」
古泉は台所に消え、数分して戻ってきた。
 
「変ですね。状況はなにも変わっていないみたいです」
「プライベートなことは記録されてないんじゃないか?」
「それもあり得ますが、僕自身の個人日誌にも特に変化はないんです」
「やっぱり、ハルヒに直接聞いてみよう」
二人はしょうがないか、という顔をして今度は止めなかった。俺は携帯を取り出してハルヒにかけた。
「なあに?キョン?」
「あのさハルヒ、こないだの古泉の件なんだが。もう許してやってくれないか」
「古泉くんがどうかしたの?」
「ええと、あれだ、事故の件」
「ええっ古泉くんが事故に遭ったの?無事なの!?」
なんだか変だ。
「事故っていうかだな、お前と古泉がその……」言いづらい。
「あたしと古泉くんが事故?何の話してんのよ」
「お前と古泉が酔ってやっちまった事故の話」
「あ……あんた、バカ言うのもほどほどにしなさい!あたしがなんで古泉くんとやっちゃうわけよ!」
「合コンの帰りに古泉がお前んちに泊まったんじゃないのか?」
「そんなことあるわけないでしょバカキョン!」
ハルヒが切れた。電話も切れた。また怒らせちまった。
 
「おかしいな。古泉、事故ったアレの件が消えちまってる」
「えっ!?」
「事故って何なんです?交通事故に遭ったんですか?」
ええと、朝比奈さん、アレがなくなった今、アレっていうのが何のことかどうにも説明しがたいんですが。
「ま、まあその話はいいとしましょう。な、長門さん、お茶のお代わりいただけますか」古泉が赤くなっている。
「……手伝って」
長門は朝比奈さんを無理やりひっぱって台所に消えた。人払いまでさせてすまんな。
「あの事実がほんとになくなったんですか」
「そうみたいだな。今朝話したときとだいぶ感じが違う」
ハルヒの機嫌の具合は俺にはその第一声で分かる。
「歴史改変の結果にしては曖昧というか、いまいち検証しかねますね」
「ハルヒとの楽しい思い出が消えちまって残念だったな」
「僕としてはむしろ安心したというか、気持ちとしては複雑ですが」
 
俺がニヤニヤしていると、長門と朝比奈さんが紅茶とケーキを持って戻ってきた。 
「キョンくん、古泉くん、どうしたの?」
「ハルヒと古泉の状況が何も変わってないんです。それどころか消えてる事実もあります」
「……既定事項はいくつかの点で繋がる、時系列上の線である」
長門が言った。
「つまり?」
「……既定事項は、ひとつのポイントを変更しただけでは変わらない」
以前に朝比奈さんにもそう言われた気がする。
「そうね。ふつう、自然発生している歴史はドミノ倒しみたいに、一ヶ所からすべてが変わることもあるわ。でも既定事項には自己修復機能みたいなものがあって、少し壊れたくらいなら元に戻ってしまうの」
「ということは、根本から変えていかないとだめなんですか」
「そう。少しずつ改変して、検証しながら修正を繰り返さないとだめなの」
「じゃあ、古泉の人生をそっくり入れ替えないとだめってことですか」
「そこまでしなくてもいいわ。概要が一致していれば望む結果にたどりつくはず」
「めんどくさいことになりそうですね。いっそのこと古泉が東中グラウンドで告白してくれりゃよかったのに」
「中学生相手にですか。無茶言わないでくださいよ」古泉が苦笑した。
「その後の展開を確かめる必要がありそうね」
「というと、最初の遭遇は入学式ですかね」
「今から見に行ってみましょう」
え、これからですか。やっと一息ついたところなのに。
 
 俺たちは玄関で靴を履いて朝比奈さんと手をつないだ。
「いきまーす、目を閉じててね」
三半規管が六つに増えたような幻覚に襲われ、俺は口を押さえた。もういいかげん時間移動の感覚に慣れてもよさそうな俺なのだが。
 
 入学式当日、四人は不可視遮音フィールドの内側から教室を観察した。俺の知っている全員がそこにいる。ただひとりを除いて。
「僕がいますね。僕はゴールデンウィークが終わってから九組に転校してきたはずなのに」
「お前が座っているそこ、俺の席だぞ」
「……涼宮ハルヒがジョンスミスを呼び寄せた。だから、古泉一樹がいる」
そういうことか。いちおう改変はされてるようだな。
 
「東中出身、涼宮ハルヒ」
そうそう。このシーンだ。忘れもしない、俺がハルヒと出会った衝撃的シーン第一幕だ。ところが、ハルヒの次の一声は俺の記憶とはだいぶ違った。
「ただの人間には興味ありません。この中にジョンスミスがいたらわたしのところに来なさい。以上!」
教室の空気が、ピシと音を立てて固まった。ってのは嘘ぴょんで、担任岡部はさっさと流して後ろの谷口を指名した。
「どうかしましたか?」
俺が怪訝な顔をしていると古泉が尋ねた。
「ハルヒのセリフが違う」
「どう違うんです?」
「あいつはこう言ったはずだ。宇宙人、未来人、超能力者がいたらわたしのところに来なさい」
「……歴史改変の効果が出てきている」
なるほど。妙な変わりようだがこういう具合に変化していくのか。
 
「ところでキミたち、重要なことに気が付いてないようだが」俺は腕組みをして言った。
「そういえば、あなたが見当たりませんね」さっさと気がつけ。
「あら、ホントね。どこ行ったのかしら?」
朝比奈さんまで俺をいじめないでくださいよ。俺はMっ気はありません。
「俺ってもしかして北高に入学してないんじゃないか?」
「……もう少し、様子を見て」
「そうですね。これからやってくる転校生って可能性もあります」
俺と古泉が入れ替わったということは、それもそうか。しかし、俺はいったいどこにいっちまったんだ。
「古泉はどこから転校してきたんだ?」
「僕の役柄は謎の転校生ですから、県外からってことになってます」
「じゃあ俺の家族もそこにいるのか」
「分かりません。僕は実際には地元住民です」
謎の転校生ってのは肩書きだけか。
「光陽園駅から東のほうにある県立高校とか市立高校じゃないかしら?」
「あり得ますね。いちおう確かめに行ってみるか」
「それより、ご自宅に電話して聞いてみてはいかがですか」
それだ。身内に聞くほうが手っ取り早い。俺は携帯からかけようとしたのだが、長門に止められた。そういえば圏外になっちまってる。あれから機種変更したからかもな。もし使えてもクローン携帯になるからやめたほうがいい、らしい。
 
 俺は職員室に忍び込んで電話を借りた。
「もしもし、俺だけど。変なこと聞くけど、俺さあ、合格したの北高だったよな?」
「キョンくん!北高の入学式に行ったんじゃなかったの!?」
受話器の向こうから妹のわめく声が聞こえた。
「いやいや、なんでもない。気にするな」俺は電話を切った。
「どうやら入学したのはここで合ってるらしい」
「ちょっと書類を調べてみましょう」
古泉が教師のような顔をして職員室に入り込み、書棚から生徒名簿を見つけ出した。
「九組まで、手分けして確認しましょう」
クラスごとの名簿を二組ずつ分けて、名前を読み始めた。
「いました。キョンくんちゃんといますよ」朝比奈さんが早速俺を見つけてくれた。
「あれ?でも一年六組ですね」
六組というと、長門のクラスじゃないか。
「……」
長門にはなにか思い当たったようだった。
「長門、もしかしてお前の仕業か。というかこの時代のお前の?」
「……断定はできないが、その可能性は高い」
 
 俺たちは職員室を出て一年六組の教室を覗いた。この時代の長門(小)がこっちを見ていた。不可視フィールドを透して俺たちを見ているようだ。俺は長門(小)に向かって手を振った。長門(小)は四度くらい首をかたむけてうなずいた。
「明らかに向こうから見られてますね」
「……わたしの記憶にはないが、そのよう」
すでに長門の過去にも矛盾が生じてしまったようだ。
 長門の席の前、そこに俺がいた。ぼんやりと頬杖をついて、さも面白くなさそうに入学式当日を過ごしている。漂うやる気なしオーラが目に見えるようだが、谷口やら国木田がいなくてさぞ寂しいことだろう。見る限り、ふつーの日常的俺のようだ。ハルヒと比べると俺ってこんなにやる気のないやつだったのか。
 
 続いて俺たちは二週間後の教室に飛んだ。ハルヒと古泉の見えざる繋がりを追うためだ。
「涼宮さん、先日のあれってどういう意味だったんですか?」古泉(小)が尋ねていた。
「先日のあれってなによ」
「自己紹介のときの、ジョンスミスがどうとか」
「あんた、ジョンスミスなの?」
「いいえ」
「……」
ハルヒはまじまじと古泉の顔を見た。
「あんた、ずっと前にあたしと会ったわよね?」
「どうでしょう。どれくらい前ですか?」
「たとえば三年前の夏とか」
「思い当たりませんね」
「じゃあ、お兄さんとかいる?」
「いえ。いません」
「親類に二十才くらいのお兄さんはいる?イケメンの」
「いえ。身内にはいないと思いますが」
「……そう」
ハルヒはちょっと考え込んだ末、ドキリとするような質問をした。
「あんた、タイムトラベルとかできる?」
俺の隣にいる古泉もこの唐突な質問にドギマギしたようで冷や汗を垂らしていた。
「いえ。そんな芸当は僕には無理ですが」
「そう、そうよね。普通は無理よね」
 
「俺のときとぜんぜん態度が違うじゃないか!」
時間の無駄だから話し掛けるなとまで言われ、目の前に厚さ一メートルの見えない壁を作られた気分だったのに。俺は嫉妬している、猛烈に古泉に嫉妬している。ハァハァ、いったいなぜだ。
「まあまあ、これも歴史改変の結果でしょう」
古泉が暴れ馬を抑えるようにドウドウと手をかざした。しかし、しかしだな。俺は腑に落ちないぞハルヒ。ここまで態度が変わるのはなぜなんだ。やけにおとなしいじゃないか。
「……ここまで、予定通り」
まあ長門がそう言うなら、とりあえず問題ないだろう。次のチェックポイントに行こう。
「朝比奈さん、時間移動お願いできますか。ハルヒがSOS団を作った日ですが」
「あ、ハイハイ。では行きます」
世界がぐるぐると回った。血圧が上がって頭いてーぜ。
 
 不可視フィールドを着たまま朝の教室に現れた俺たちだったが、ハルヒと古泉はまだ来ていなかった。
「思ったんだが」
「なんでしょう?」
「SOS団での、俺の役割って何なんだ?」
「客観的に見てですが、あなたは涼宮さんを動かすための原動力です。それから涼宮さんが暴走したときの、いわば車止めみたいなものです」
「じゃあお前が超能力者と車止めを兼任したら俺はどうなるんだ?」
「あなたにもなにかしら役回りはあるはずですよ。二人目の未来人とか」
「俺は自力ではタイムトラベルできん」
「まあ、今後の展開を見てみましょう」
古泉、お前楽しそうだな。俺もいよいよお役ご免か。
 
「涼宮さん、クラブをいろいろ見てまわったと伺いましたが、楽しそうなところはありましたか」
「全然ないわね」
「全然?」
「全然、まったく、皆無よ」
「たとえば?」
「ミステリ研究会ってのがあって、行ってみたら小説とか映画の話してるだけなの。どう思うこれ」
「涼宮さんはそういうのが好みなんですか」
「好きってわけでもないんだけどね」
あからさまに好きなくせに。
「ほかには?」
「超常現象研究会を覗いてみたのよ。ところがただのオカルトマニアしかいないの。もう開いた口が塞がらないわ」
「まあ、どちらもだいたいそういうものではないかと」
お前が本当にミステリ研と超常現象研の違いを知っているのか疑わしいねえ。ええと、UFOがミステリ研でミステリーサークルが超常現象研だっけ。いや逆か。
「あーあ。高校に入ったらちょっとは楽しい部活がやれると思ったのに。これじゃここに入学した意味がないわ」
「あなたを満足させられる部活は、ちょっとやそっとじゃ存在しそうにありませんね」
「そうなのよね。中学のときは全然面白くなくてずっとイライラしっぱなしだったわ」
「およそ人は自分に合う器を探すものですが、なかなか見つかるものではありませんね。むしろ器を作るほうが楽だと言えます。そういった人が車を作り、飛行機を作ったがゆえに今の文明があるのかもしれません」
「ふーん、そういうものかしらね」
「おっと、授業がはじまりそうです」
おいおい、うるさいと怒鳴りつけるはずじゃなかったのかよ。この変化は喜んでいいのか。
 
 英語の授業中、古泉は俺みたいに眠気にうとうとしたりせず、ひたすらノートを取っていた。いまいましい。
「ねえねえ!思いついたわ」
ハルヒがシャープペンの頭で古泉の背中をつついた。来たぞ。俺のときは首根っこひっつかんで椅子ごとひっくり返そうとしたくせに。
「自分で作ればいいのよ」
「僕もそう考えていたところです」
「やっぱり!?あたしたち、気が合うわね!」
「でも、今は授業中ですから」
古泉は肩をすくめて教師に続けてくれと促した。
「えへっ。ごめん」
えへっ、じゃないよ。古泉が言うだけでこうも反応が違うもんかね。俺よりずっと扱いうまいじゃないか。こんなことなら最初から俺の役柄をそっくりくれてやるぜ。
「……あなた、嫉妬しすぎ」
長門がつんつんと俺の袖を引いて言った。横にいる古泉と朝比奈さんがくっくっくと笑っていた。す、すまん。さっきからずっと醜態を晒してたようだ。
 
 俺は六組の教室に、俺の様子を見に行った。数学の授業の最中で、俺はぼんやりとノートを取るふりをしていた。あれは全然授業内容が分かってない。もっとまじめにやっとけば将来苦労しなくて済むのに。って俺が言ってもしょうがないよな。まるで出来の悪い息子の授業参観に来た親の気分だ。
 
 教師に指名された長門が黒板の前に立って微積分だかの数式の羅列をスラスラと書いていた。うらやましい。教科書にないことまで書いてクラス全員がちょっと驚いていた。いいよな、宇宙人は。
「……わたしも、授業が楽しくない」
「それもそうか。地球の文明が低すぎるからか」
「……わたしは知っている知識を書いているだけ。学習しているわけではない」
「そうか。なかなかうまくいかないもんだな」
「……そう」
昼休みになってSOS団設立の瞬間を見に行こうと思ったのだが、長門が袖を引いた。
「……わたしの、歴史的瞬間かもしれない」
「なんだ?」
よく見ると、長門(小)が小さな紙片を俺に渡している。なんだろう。栞かな。
「いいよ。どうせ暇だし。やることないしな」
その俺は紙を受け取ると、いそいそと長門(小)についていった。未来から来た俺たちも後からついていった。行き先は文芸部部室だった。
「あれ、もしかして文芸部に誘っていたのか」
「……そのよう」
「二人とも、いいシーンね」
朝比奈さんが言った。目をうるうるさせている。自前の弁当を持ってきてはいた若い俺だったが長門(小)が作ってきたという弁当を二人で食っている。俺の記憶にはないが、なるほど確かに歴史的瞬間だな。それを見て俺はなんとなく隣にいる長門の手を握った。長門の顔には少しだけ微笑が浮かんでいた。長門(小)の表情も微妙に緩んでいるようだ。自分たちが主役の映画を見ているような、そんな気分だった。
 
 そんな俺たちのほのぼのした気分とは関係なく、昼飯を食い終えた俺は部室の備品をいちいち見てまわり、飽きたところで窓辺に椅子を持っていって居眠りしていた。なにやってんだこいつは。
 それから勢いよくドアが開いた。
「ねえねえ!この部室、貸してくんない?」
このときの件は、実は俺はよく知らない。俺はただハルヒに連れられてここに来ただけだからな。
「誰だお前」
居眠りしているところを突然起こされて俺が言った。ここが初めての遭遇ってことか。
「あたしは一年五組の涼宮ハルヒ。部活はじめるから部屋探してんの」
「……いい」
「ここ文芸部だろ、いいのか長門」
「……かまわない。一緒にやればいい」
「まあ事実上、部長の長門がそう言うなら」
「じゃ決まりね。あんたたちの名前は?」
「……長門有希。彼はキョン」
「有希にキョン、ね。よろしく!」
って俺、この歴史上でも本名で紹介されないのかよ。
 
 ハルヒが出て行くと同時にドアが勢いよく閉まった。このドアも壊れずによく三年間耐えたもんだよな。
「長門、本当に部屋貸してよかったのか?」
「……いい」
「追い出されるかもしれんぞ」
「……かまわない」
「そうか。お前がいいならいいんだが」
 
思ったんだが、この俺ってなんだか俺っぽくないよな。
「あなたもそう思いますか」
「なんというか、リアクションがなさすぎる」
「歴史改変であなたの性格まで変わったのでしょうか?」
俺の性格なんてそうそう変わるとも思えんが。俺はまともなコメントを返してくれそうな気がして長門を見た。
「……あなたの活動力は、涼宮ハルヒのエネルギーに反応して起こっていた」
「それが消えたら俺、どうなるんだろう」
「……多少、言動が変わるかもしれない。許容範囲」
許容範囲か。そういえば俺が叫んだり笑ったり怒ったりするのは、いつもハルヒに対してだった気がする。
 
 ハルヒが古泉を連れてやってきた。
「今日からここがあたしたちの部室よ」
「ここ、どこなんですか?」
「文化部の部室棟よ。美術部や吹奏楽部なら美術室や音楽室があるでしょ。そういう特別教室を持たないクラブや同好会の部室が集まっているのがこの部室棟」
「プレートには文芸部と書いてありますが、ここは文芸部の部室ではないんですか?」
「この二人に聞いたら、部屋貸してくれるって。こっちが文芸部員の有希。こっちはキョン」
「お二人とも、しばらく間借りしてもよろしいですか?」
「……いい」
「まあ長門がいいと言うなら」
「明日から放課後、ここに集合よ。絶対来てね」
死刑制度はいつ廃止されたんだ。
 
「分かりました。楽しくなりそうですね。一年五組の古泉一樹です。とんだご迷惑かと存じますがよろしくお願いします」
いつかのように古泉が手を差し出した。
「あ、ああ。よろしく」この俺もあのときと同じく戸惑いつつ手を握って振った。
古泉がちゃんとハルヒのフォローをしてくれていることに俺は少し安心した。これなら俺の代わりとしてもやっていけそうだな。
「ええと涼宮だっけ、お前のクラブはなんて名前なんだ?」
「名前ならたった今考えたわ。あたしが作るクラブの名前、それは」
ハルヒが大きく息を吸って宣言した。
「世界を、盛り上げる、団」
 
 皆の衆、非常に重要ななにかが足りない気がするんだが気のせいか。なんてのん気なことを言ってる場合じゃない。
「おい!SOS団がSM団になっちまってるぞ」
朝比奈さんと長門の顔が真っ赤に染まっている。
「なにをどこでどう間違ったんだ!?」
「ああっ!」二十四歳の古泉が気が付いたようだ。
「どうした」
「七夕のとき、僕がセリフを間違えたようです。世界を大いに盛り上げる団をよろしく、と言ってしまったみたいなんです。それがなぜか、大いに、まで消えてしまったようで」
なんてこった、やり直しだ!今すぐやり直し!生徒会に提出する書類にSM団などという名称を書いて出せるわけがなかろう。古泉を見ると笑いをこらえきれないでいる。
「これだと、宇宙人、未来人、超能力者をムチでしばいて、」
古泉、それ以上言うな。言ったらお前をしばくぞ。
 
 やれやれ。
 
 またもや七夕の夜に飛んで(いったいこれが何度目であろうか)古泉に最後のセリフを言わせて一件落着となった。古泉の奇妙な行動にハルヒも不思議に思わないのか、それこそ不思議だが。
 
 そのまま飛んで、今日が第一回市内不思議パトロールである。駅前に並んだメンツのうち、朝比奈さん(小)と俺(小)だけがまだ来ていなかった。既定のとおり俺が罰金を払わされるわけだが、ここで俺が先に来たりしたら朝比奈さんが払うはめになるわけで、結果的には彼女の財布を守ることができてよかったわけだな、などと八年後の今になって安堵している。
 
 朝比奈さん(小)が別の方向からトコトコと駆けてきて缶ジュースを全員に配っていた。気が利くね。それからまたトコトコと駆けてどこかへ消えてしまった。いつもの朝比奈さんとちょっと違って見えたが、何だったんだ?
 
「……」
長門が駅前のなにもない空間を凝視している。
「どうした」
「……不可視遮音フィールドの痕跡がある」
「誰かが潜んでいたのか」
「……おそらく、別のわたしたち」
「わたしたちって歴史改変をやってる当の俺たちか」
「……そう。目的は分からない。でも干渉しないほうがいい」
そうだな。ここで未来や過去の俺たちと遭遇してしまうと、既定事項がゆで過ぎたスパゲティみたいになっちまって収拾つかなくなりそうだ。
 
 また朝比奈さんが戻ってきて、次に俺が罰金の宣告を受けながら登場し、ようやく五人がそろった。若い俺と長門の二人は文芸部員のはずなのに、SMじゃなくてSOS団のメンバーとして加算されていることになんら違和感を持っていないようだ。その隣に可憐なる朝比奈さんがちょこんと並んでいる。
 朝比奈さんがハルヒにとっ捕まるところは見ていないが、きっと鶴屋さんといっしょに教室にいたところをかわいいからという理由で無理やり部室に連れてこられた挙句、腹が立つとか言われて胸を揉まれ由緒正しき書道部を退部させられ活動内容の説明も受けないままSOS団に強制加入させられたのだろう、かわいそうに。このへんの歴史は定石どおりに動いているようだな。
「この幼い朝比奈さんは直接あなたの指示を受けているんですか?」
「ええそうよ。最初からずっとあの子の面倒はわたしが見てたの」
ノルマンディー上陸作戦の歩兵みたいにこき使ってまったく申し訳ないのだが、もしものときは朝比奈さん(小)に動いてもらおう。
 
 未来人四人は過去の五人の後を追い、珈琲屋ドリームのカウンタに身を潜めて耳をそばだてた。
「で、具体的になにを探せばいいんだ?」
「不思議に類するなにかよ」
「そんなもん簡単に見つかるかよ」
「つまり、宇宙人や未来人、超能力者がいた痕跡を探せばいいんですね」
「そう!さすが古泉くん。そのとおりよ」
古泉(小)、本当に分かって言ってるのか。
 
 爪楊枝の先に赤く色を塗ってのくじ引きである。ここまでは俺の記憶と一致していた。ところが、実際に赤を引いたのは古泉(小)と朝比奈さん(小)だった。
「ふむ、この組み合わせねえ……」
ハルヒは朝比奈さんと古泉をジロジロと眺め、
「これデートじゃないのよ、いい?みくるちゃん、あたしの古泉くんにちょっかい出しちゃだめよ」
さすがにコロスとまでは言わなかったな。ちょっと待て、今非常に気になる発言がなかったか。
 
 どっちのグループを監視するか迷った上に、やはり改変のメインである古泉(小)のいるほうを追った。いっそのこと俺と古泉が組んでいればどっちも監視できて一石二鳥で楽だったのにと安易に考えたが、それはそれで俺自身が苦痛だろうと頭の中で撤回した。野郎二人で市内散策なんて見るに耐えん。
 
 古泉(小)と朝比奈さん(小)は予定通り祝川公園を歩いた。あとをついて行ったのだがボソボソと話をする二人の会話がよく聞き取れない。集音マイクでも調達するべきだったな。
「はじめてなんです。こんなふうに男の人と二人で……」
「意外ですね。あなたのその美貌なら、デートに誘われる機会は多いでしょうに」
同じセリフも古泉が言うと全然違って聞こえる。いまいましい。
「わたしは誰とも付き合ういわけにはいかないんです、少なくともこの……」
そこで言いよどんで黙り、朝比奈さんは数歩先を走ってくるりと振り返って言った。
「古泉くん、お話したいことがあります」
「なんでしょうか」爽やかスマイルが答えた。
「わたしは……この時代の人間ではありません。もっと、未来から来ました」
「ええ。知ってます」
「ええっ、どうして?」
「僕の所属する機関では未来人に関する情報も収集していまして。失礼ながら、あなたのことも調べさせてもらいました」
「それじゃあ、わたしが古泉くんとお話することはまずいんじゃ」
「心配しなくてもいいですよ。僕はあなたの味方です」
「そう……よかった。古泉くんも涼宮さんの監視係なの?」
「ええ、そのようなものです。彼女の護衛、とでも言いましょうか」
古泉が腕を上げて力こぶのポーズを見せた。
「かっこいいですね……」朝比奈さんがうつむいて言った。
 
「朝比奈さんはいつの時代から来られたんですか?」
「うふっ。禁則事項です」
朝比奈さん(小)はいたずらっ子ぽい笑みを浮かべた。見るものすべてを恋に落としそうな笑顔だった。
「あれ、俺のときとセリフが違うな」
「僕はご婦人に年齢を尋ねたりしませんから」
それってまるで俺がデリカシーゼロの男みたいじゃないか。
 
 若い二人の話はここで終わり、街をブラついて時間を潰してハルヒたちと合流するはずだった。ところがそうではなかった。
「古泉くん、もうひとつお話したいことがあります」
「なんでしょうか」
まだなにかあったっけ?
「わたし……わたし」
朝比奈さん(小)が目をうるうるさせて古泉を見ている。
「わたし、あなたが好きなんです」
それを見ていた四人ともが凍り付いてしまった。なんだ、なんなんだこの予想外の展開は!?
「そ、そうだったんですか」古泉(小)の顔が赤くなっている。
「時間移動する者は別の時代では恋愛してはいけないんです。でも…でも…わたし……」
「僕たち、まだ出会ったばかりじゃないですか」
「ずっと前からあなたのこと見ていたんです。いえ、ずっと未来から見ていたんです……ほんとは許されないことなんです」
「もう、言わなくてもいいですよ」
古泉は人差し指を朝比奈さんの唇にあて、言葉を封じた。朝比奈さんに向き直り、おもむろに肩を抱いた。
「心配しなくても、僕はあなたのそばにいます」
この野郎、なんて歯の浮くようなセリフをぬかしてんだ。それから朝比奈さんの頬をなで、ゆっくりと顔を近づけ二人の唇と唇が触れた。朝比奈さんの閉じた瞳の、長い睫毛の間からから一筋の透明なものが流れた。
 
 決定的瞬間だった。そこで俺の脳内のどこかの血管がぷちりと切れた。
「古泉いぃ!俺の朝比奈さんになんてことしやがる!」
俺は隣にいた古泉のクビをしめた。
「うわぁぁ、ちょっと待ってくださいよ。あれは僕じゃ、うぐぐぐ」
「キョンくん落ち着いて」
「朝比奈さんは俺だけの天使だぞ!」
「……今のは、どういう意味」後ろから俺の首に冷たい手が伸びてきた。
「うぐぐぐ、な、長門、今のは妄言だ妄言。情報連結解除だけはかんべんしてくれ!」
「ハァハァ、助かりました」
笑ってないで助けろ古泉。
 
 これはいったいどういう展開なのだ。
 
 やっと落ち着いてベンチを見ると、若い二人はもういなかった。集合場所に戻ったのだろう。
「歴史改変の副作用でしょう」
「というより、お前が色気使ってるとしか思えんのだが」
「わたしも……ちょっと意外でした」
朝比奈さんが頬を赤く染めていた。心なしか嬉しそうに見えるんですが。
「この時代の僕が何を考えているのか、僕にも分かりません」
「お前の顔が甘すぎるからいけないんだ」
「この笑顔はもう、クセのような感じですから」
お前はそのスマイルで女の子を油断させるんだよ、まったく。
「……改変をやりなおしたほうがいい」
「わたしたちどこで間違えたのかしら」
「古泉をもっと不細工にしたらどうだろう」俺は古泉のほっぺたをつまんでひっぱった。
「それはふぃどすぎまへんか」
「……パトロールの組み合わせに問題があった」
「じゃあこの時代の長門に頼んで情報操作してもらおう」
というか、いつかのように爪楊枝のくじ引きに細工してもらうだけなんだが。
「……それがいい」
 
 俺たちはその日の午前八時半の北口駅前に戻った。
「すでにハルヒが来てるから直接会うとまずいな」
集合場所にはまだ俺(小)と朝比奈さん(小)が来ていなかった。最初にいた俺たち四人もそのへんで見張っているはずである。はて、俺たちが最初にここに来たとき別の四人を目撃してもよさそうなもんだが、いったい何がどうなっているのやら。無駄にややこしい。
「朝比奈さん、長門にメッセージを伝えてもらえませんか」
「ええ、わたしが?どう見ても年上のわたしが彼らに会うのは問題あるんじゃないかしら」
「長門、なんとかできないか」
「……短時間なら、容姿を若く見せることは可能」
「ええっほんと?やってみて」
長門が朝比奈さんに向かって右手をかざし、呪文を唱えた。朝比奈さんの姿がみるみる若くなっていく。こりゃすごい、パウルセン治療も真っ青だぞ。
「すごい!すごいわ長門さん。メイクよりすごいわ」
朝比奈さんがガラスに映った自分の姿を見て喜んでいる。
「……持続時間は、約十分」
「微妙な時間ね……せめて一時間持ってくれたらデートに使えるのにな」
あの、今なにか問題発言が。
「朝比奈さん、かわいいですよ。懐かしい姿ですね」古泉がウインクして言った。
「えへっ。女子高生に若返るとこんな気分になるのね」
「オホンオホン」
朝比奈さんと古泉がよからぬ雰囲気になりそうだったので、俺は割り込んだ。
「じゃあ、化粧が溶けないうちにお願いします。長門、どう伝えればいい?」
「……これ、渡して」
長門は一枚の栞を取り出した。奇妙な記号が書いてある。地上絵のときとは違う、四文字あった。
「分かったわ。行ってきますね」
両手をかわいく振って走り出す朝比奈さんの足取りは軽やかだった。女の人って高校出るとずいぶん変わるよなあ。
 
 朝比奈さんは近くの自販機で缶ジュースを買い、ハルヒたちの待つ駅前広場に向かった。
「みくるちゃ~ん、おっはよう!」
ハルヒの元気な声が聞こえた。長門(小)はじっと朝比奈さんを見ていた。たぶん正体が分かったに違いない。朝比奈さんは缶ジュースといっしょに栞を渡していた。それからハルヒに向かってなにごとか伝え、こっちに向かって走ってきた。お手洗いに行ってくるとかなんとか。
「行ってきたわ。涼宮さん、若いわ~。肌がスベスベ」
そりゃまあ、まだ十六歳くらいだし。スッピンでしょうね。
「……そろそろ、効果が切れる」
「あらあら、あらあらまあ」朝比奈さんが目を丸くしていた。身長も、顔の表情も元の朝比奈さんに戻っていく。
「あーあ、残念。若い頃のままいたかったのにな」
「今も変わらずおきれいですよ」
「うふっ、ありがとう古泉くん」
「と、とりあえず、こっちの長門には伝わったみたいなんで珈琲屋ドリームの前に行きましょう」
もう、こいつら二人だけにはできんな。
「若返りの技術として売れそうね……」
朝比奈さんがガラスに写った自分を見ながら独り言をつぶやいていた。
 
 五人の後を追ってドリームに向かって歩いてる途中で古泉が考えごとをしていた。
「ひとつだけ気になることがあるんですが」
「なにかしら古泉くん」
「最初のときに長門さんがおっしゃてた不可視フィールドの痕跡って、明らかに別の時間の僕たちですよね」
「たぶんそうだと思うけど」
「ということは、僕たちが改変した歴史にさらに歴史を上書きしようとしているところをすでに見たわけですか」
「そういうことになるわ」
おい、なんだか頭痛くなってきた。俺にも分かるように説明してくれ。
「つまり僕たちは歴史を変えようとしている自分の後姿を見たわけです。接触しなくてもそれは容易に推測できます」
「それのどこが気になるんだ?」
「では東中のグラウンドやほかの場所で僕たちの気配がなかったのはなぜでしょうか」
「上書きしてないからだろ」
「そうではなくて、痕跡がある場合とそうでない場合があるのはなぜか、ということなんですが」
「古泉くんそれはね、」手を上げて質問をする生徒を微笑ましく見る先生のように、朝比奈さんが説明を始めた。
「歴史の改変をしていると二つのパターンが見えることがあるの。ひとつはそこが改変の最初のポイントになる場合で、誰の干渉も見えない。二つ目は、改変の行為そのものがループして見える場合ね」
「じゃあさっきの場合は二つ目がだったんですね」
「そう。ループしているということは、それが既定事項になったということなの」
なるほど。同じポイントで改変を重ねると既定ができるということか。
「そうそう、正解よキョンくん。ループが深いほど既定の力も強くなるわ」
東中グラウンドでジョンスミスをよろしくと言いに戻ってきたのはそれが理由だったわけだ。やっと分かった。
「でも、後姿を見たとか面と向かって遭遇したなどという余分な歴史が生まれることは好ましくないの。だから改変者は姿を見せずに隠れていることが多いわ。現地の人間を動かしたり、間接的に操作したり、ね」
そういや朝比奈さん(小)も同じことを言ってたな。未来人が直接手を出すわけにはいかないとかなんとか。俺がメモ紙一枚でパシリをさせられていたのもうなずける話だな。
 
 店の中には別の俺たちが潜んでいるはずなので俺たちは外で待った。珈琲屋ドリームから出てきた過去の五人は、長門の手配どおり、古泉とハルヒ、それ以外の組み合わせになっていた。
「あんたたち、不思議を見つけるまでゆっくり探していいからね」
やけにニコニコ笑っている。なんだ随分と態度が違うじゃないか。
「涼宮さんは古泉くんが気に入ったみたいね」
「そう見えますね」
「……涼宮ハルヒの心拍数、体温、共に上昇中」
俺もなんだかドキドキしてきた。このもやもやはいったい何なんだ。
「キョンくん、あなた、嫉妬してるんじゃないかしら?」
朝比奈さんがニヤニヤ笑っている。
「と、とんでもありませぬ」
ぬ、ってなんだよ。
 
 ハルヒと古泉のほうはたぶん前に現れた四人が後をつけているはずなので、今回はもう片方のグループを追うことにした。俺(小)と長門(小)と朝比奈さん(小)が連れ立って歩いていった。長門と俺なら図書館と相場が決まっているが、あの三人が行くところってどこだろう。それにしても、俺を挟んで朝比奈さんと長門が手を繋いで歩いているが。
「うらやましい。両手に花ですね」
これは男のパラダイスだな。
「改変前の午前中の三人は何をしていたんだ?」
「別にこれといって何もしませんでしたね。雑貨屋をまわったり、洋服を見たり」
「……涼宮ハルヒの後をついていっただけ」
なんだあいつ、自分もうろうろしてただけか。
 
 三人はショーウィンドウの前でじっと品定めしたりアンティークショップを覗いたり、朝比奈さんが茶葉を買ったり長門のために古書店に入ってみたり、などなど。俺には買い物する予定もないのに商店街をうろうろするなんて趣味はないはずなんだが、可憐なる朝比奈さんのために喜んで付き合っているのだろう。三人でジェラートアイスを買って俺が朝比奈さんのを、朝比奈さんが長門のを、長門が俺のを味見するなんてこれまた仲のよいシチュエーションを演じている。
「こういうほのぼのする三人を見るのははじめてだな」
どっちかというと朝比奈さんは長門に遠慮して距離を置こうとするし、長門も気を遣っているのかあまり親しげにはしないものだが。
「そうね。たぶん涼宮さんがいないから気分的に開放さ……、あ」
今、本音が出ましたか朝比奈さん。
「ご、ごめんなさい今のは内緒にしておいて」
分かってますよ。ハルヒが一緒のときのあなたは、哀れ鎖につながれた天使のようでしたから。
 
 お花畑で手を取り合って踊り出しそうな仲良し三人組のことはまあいいとして、別の二人のことが気になった。
「そいやハルヒはなにやってんだろ。長門、あの二人が今どこにいるか分かるか」
「……デパートの屋上にて、遊具で戯れている」
「な、それってデートって言わないかふつう」
ハルヒのやつ、デートじゃないとかなんだとかぬかしたくせに自分は楽しんでるじゃないか。
「ちょっと様子を見に行かないか」
三人はうんうんとうなずいた。最初からそうすりゃよかった。別の俺たちに遭遇するかもしれんがかまうものか、シカトしてりゃいい。
 
 エレベータで屋上に昇ると、ハルヒがミニゴーカートみたいなお子様が乗る電動の車に乗って大はしゃぎしていた。あれに乗れるのは十歳までじゃなかったっけ。古泉(小)も、この半ば強引なデートをそれなりに楽しんでいるようで、カメラ付き携帯でハルヒの姿を撮ってやっていた。口の周りにソースをつけてタコ焼きをほおばり、古泉がそれを紙ナプキンで拭いてやっている。ええい、なんと仲むつまじい姿よ。これで二人がくっ付いたりしたらSOS団はどうなる。
「それが僕たちの目的はだったんじゃないですか?」
いや確かにそうなのだが。あの満面どころか破顔したハルヒの笑み、俺にも見せたことないぞ。
「あそこまで愉快そうに笑う涼宮さんは珍しいですね。僕としてはうれしいですが」
なんとなく寂しい気もしなくはないのだが、たぶん俺の気のせいだろう。改変が順調に進んで、歴史が俺の慣れ親しんだ記憶から離れていってるせいだな。結構なことだ。


 
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最終更新:2020年10月08日 13:44