俺の言葉に藤原は憎々しげな視線を向けてくる。コイツと顔を突き合わせているといつか脳の血管が切れそうな気がするね。
自身の健康の為に襟首を解放してやると、皺を手で伸ばしながら懲りずに悪態をついてきた。
「ふん、やれやれ……あんたがここまで愚かだとは思わなかった。いずれ後悔する事になる」
自他共に認める俺の口癖を無断で使用しやがる。しかしアレなのか、コイツは口を開くと愚痴やら悪態が出るようになってるのか?
後悔するかどうか?そんな事俺は気にしないで生きる事に決めたのさ。
高校で涼宮ハルヒと出会って以来、色々と厄介な問題に常時出たとこ勝負で挑んできたからな。
……確かに今回のは少しヘビーかもしれん。だが、何とかしてやる。何とかしなきゃいけないんだ。
あの12月の世界改変の最悪事態と比べたら構図はハッキリしてる。楽勝だ。

「何とでも言え、お前に何と言われようと俺は」
「自分を鼓舞するのは勝手だ。だがあんたはもっと自分がやった事の重大さを考えた方がいい。
あんたは全てを捨てたんだ……ふん、まぁいい。好きなようにあがけばいい」
邪魔だけはしないように願いたいね。
「そんな事をする暇はない」 
短く言うと藤原はすぐそこの闇に紛れていたモスグリーンのワゴンで走り去った。 

何が鼓舞だ。俺にはそんな事する必要はないね。去り際に見えたヤツの横顔が妙に悲壮感に溢れているようだったのは気のせいかね。
それもそうか、何せ……いや、そんな事はいい。アイツがどうなろうと俺には関係ないね。俺のすべき事はハルヒを助け朝比奈さんを止めることだ。そうすれば……

待てよ。

そうしたらどうなるんだ?

よく考えろ。朝比奈さんはハルヒがあのノートに書いた意味不明理論を完成させると困るからこの時間に来た。これは間違いないだろう。
そしてハルヒはあの電話で答えが見つかったからノートは要らんと言った。って事はあの世界を大いに盛り上げる何たらの覚え書き……完成しちまってるんじゃないか?

ぐるぐると回るような感覚と共に俺は思考の海に沈んでいく。藤原の目的は何だ?口ぶりからするとどうやらハルヒに何かあるとアイツも困るらしい。
いや待てよ、それならさっきの『ノートを渡さなければハルヒを助けない』という発言は……?
どういう事なんだ、わけが解らない。全然簡単な構図じゃないじゃないか。さっきまでの自信のない自信が崩れかける。 

……ハルヒを助けたとする。そうしたら朝比奈さんのいた未来は変わってしまう。それは確定っぽいな。下手したら朝比奈さんが消えてしまうかもしれない。
そうなるとSOS団の歴史はどうなる?わからない。
朝比奈さんを止めないとする。そうすると、藤原いわくハルヒが死ぬ。そんな事はありえんと思うが一応……
……いや、俺は万が一にもハルヒを失いたくない。認めたくはないが、少しでも傷つけるヤツがいたら殴るだろうね、今の俺は。

……さて、俺はどうすればいいのかね?

ハルヒが無事で朝比奈さんも消えずに済む方法を考える。そんな都合のいい物があるのか?
……ハルヒがあのノートの内容を忘れちまえばいいんじゃないか?これは手っ取り早い気がする。長門に頼めば今すぐにでも……

いや待て、六日前の今頃(要するに今いる時点だ)、ハルヒは俺と一緒に俺の家にいた。つまり今日はムリだ。俺はあの後長門に…まして俺には会っちゃいないからな。
明日も同じ理由で……えっと、慌てて起きたのが五時半くらいだったから六時くらいまではハルヒと接触する事はできない。
よし、明日の六時に……

と、メールを送ろうとした俺だったが、一文字打った所で手が止まる。
記憶がよみがえったからだ。

-北高の校門前の曲がり角で俺と長門と朝比奈さん(大)は長門が……ややこしいな、文芸部員の長門が時空をねじ曲げるのを眺めていた。
そうしないと俺が文芸部室で脱出プログラムを起動させる歴史が生まれないからとかいう理由で。
未だに納得も理解も出来ないが、今の状況がその経験と酷似しているということに気付いた。
この段階でハルヒがノートの記憶を失ったら、朝比奈さんは多分来ないだろう。そして俺がこの時間に再び来る事も無くなる。
そうだよな?それはひたすらヤバイ事になるんじゃないか?
第一よく考えたらこの時点で長門が事情を把握していたら、俺のちょっと前を古泉と二人して走っていたのはおかしい。ってなわけで古泉にも会えない。

ははは……おいおい。マジでヤバくないか?

どうやら俺は今誰にも頼れないらしい-

--------------- 

考えに考えても何一ついい策は思い付かなかった。
あげく弱気になってさっき自分で投げ捨てたノートを探してみたが、それも見つからん。川に流されたか……。
結局分かったことと言えば、
・長門、古泉とは接触できない
・ハルヒにも会うのはまずい。過去の俺が会っていないから、会ってしまうとあの電話の時に過去と食い違う発言をされる可能性がある。
昨日も会ったじゃない、とかな。

うん、はっきり言おう。

手詰まりだ。

情けない話だぜ。藤原にあれだけの事を吠えておきながら、今俺は自分の未来の為に過去の……規定事項を崩さないようにと考えてる。
本当に未来人の思考パターンにうんざり来てるのにそのパターン通りに行動してるってわけだ。笑ってもいいぞ?
いや、俺が土手でグダグダと考えて出した結論を聞けば笑わざるを得ないだろうね。つまり、

-物陰からハルヒを見守り、六日後のあの時間まで待って朝比奈さんを説得する-

……やれやれ。我ながら失笑するしかないな。今は未来人の概念に属するとはいえやはり所詮俺には何の特殊能力も備わってはいないのだ。自分の凡庸さにいい加減嫌気がさす。
とりあえず、ハルヒが何か考え込むようなそぶりを見せたら咳込んだり、小石を投げたりしてみようとか本気で考える。

そんな無益なアイデアを頭の中でこねくりまわしているうちに睡魔が襲ってきたので、俺は寝床を求めてネットカフェに転がり込む事にした。

狭いフラットブースの中で思う。過去の俺よ、今頃お前はハルヒを抱いて眠っているだろう。離すなよ、そうすれば夢で会える。目覚めた時隣は空だけどな。

行動開始は明日の……もう日付は変わっているから今日だな、午後五時半過ぎ。具体的にどうすればいいか助言してくれる奴も協力してくれる奴もハルヒのご都合主義パワーもない。
これはかなりキツい事実だが、とにかくやってみるしかないだろう。
ハルヒを見守り、朝比奈さんを説得する。少しでも猶予が得られればあのノートの事を忘れさせるチャンスがあるかもしれない。

究極の選択をするのはそれを強いられてからでいい。今はまだ、その時じゃない……。

慣れない頭脳労働に疲弊しきった俺は、今この時間に存在するもう一人の自分と同じ事を願いながら瞳を閉じた。

--------------- 

翌日火曜午後五時半過ぎ、玄関からダッシュで出て来たハルヒを視界に捉え、適度に距離をとって尾行を開始する。
財布を持ち出していて良かったぜ。お世辞にも気持ちのいい寝床とは言えないがあのまま土手に転がってるよりはマシだからな。
しかし何だ、今俺の前を歩いているハルヒは俺とゴニョゴニョして眠った直後のハルヒなんだよな。何とも言えん感覚だ。
恥ずかしげに俯きながらいつもより狭い歩幅で歩く後ろ姿を見ているとこっちまで恥ずかしくなってくる。
しかもたまに唐突に立ち止まったりするのでやたらと尾行に苦労するぞ。もっと普通に歩け。
胸の中で語りかけるが通じるはずもなく、ハルヒは電線に止まったカラスをじーっと見つめたり、道端の猫に話しかけたりしながらふらふらと歩いていく。 

しかし、この様子からするとハルヒがあのトンデモ理論の事を事を考えているようには思えんが……心ここにあらずという感じで。
そういや俺自身この時は何も考えられずにいたな。ハルヒもそうなんじゃないか?いや、そうであってほしい。
などという事を考えているとバス停が見えてくる。ハルヒはベンチに座り、えっとあれは……マジか……?

目をゴシゴシと擦る。あの涼宮ハルヒが、信じられん事に涙を流し始めたのだ。いや確実に泣いているとはわからんが、時々目尻を拭っているのが見える。
俺は慌てた。だってそうだろ?ハルヒはさっき俺の家から出て来たんだ。そのハルヒが泣いている。俺、何か間違えた?
場合によっては慰めようと(話し掛けるのはタブーなのだが)、目をこらして見るとハルヒは-

明らかに微笑んでいた。涙を拭きながら。

バス停の一つ前の角から覗いているという端から見ればただの不審者である俺も、今自分が置かれている状況を忘れ笑顔になる。

それくらい幸せそうな微笑だった。ずっと見ていたくなるような- 

やがて到着したバスがハルヒを乗せて出発するのを見届け、今日のところは短い尾行ミッションを終えネットカフェに帰還する事にした。
ハルヒを見守るんじゃなかったのかって?あいつは俺が同じバスに乗って気付かないほど鈍い奴じゃないさ。
……それに今日は大丈夫だ。俺がそうだったように、あいつも他には何も考えられないだろうから。

ただ幸せだ、としか考えられないはずだからな。

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最終更新:2020年03月11日 19:39