季節は夏真っ盛り。暑い日差し、弾ける水しぶき、そう俺は今海に来ているのだ。
俺の彼女とSOS団でだ。合宿にはさすがに連れていけなかった、
ハルヒが断固拒否していたからだが。
だか、今回は俺達が海に行くのをどこで聞いたやら着いてきたのである。
まぁどうせ浜辺でパラソルの下で有意義な時間を過ごしている俺の隣に座って、
本を読んでいる無表情の御神体と化してる長門の仕業だと俺は見ている。
しかし、その長門に悪戯している俺の彼女はなんだろうね。
勝手にやって無視されて、むくれるという一見意味のない行動に見えるが、
俺の口元が緩むのは気のせいではないだろう。
ハルヒ達はというと、海で暴れ回ってるハルヒに振り回される朝比奈さん、
古泉はというと浜辺に打ち上げられていた。
俺が見ていないうちに漂流でもしてきたのだろうか。
きっと触れられたくない事情でもあるだろうから、放っておこう。

しかし唐突にこのシーンじゃなにがなんだか解らないだろう。
説明は好きでもないが、嫌いでもない。
じゃあ始めよう、回想スタート。

 

 入学早々、俺は電波で素っ頓狂な自己紹介をした女。
涼宮ハルヒに何だこいつはと思っているうちにあれよこれよとハルヒ時空に引きずりこまれ、
あげくSOS団と称する謎の組織の一員にされた結果。宇宙人、未来人、超能力者的存在と
邂逅まで果たしていた。
ハルヒに至っては、望んだものを実現させるという恐ろしい変態パワーを持っているらしく。
古泉曰く「僕はその為のニキビ治療薬みたいなものです」
等といっていたが、俺はそのせいで散々酷い目にあわされた。

 

 ある日、俺はハルヒに話かけながらも一つの懸案事項を抱えていた。
その懸案は朝、俺の下駄箱に入っていたノートの切れ端。
そこには、
『放課後誰もいなくなったら、一年五組の教室にきて』と、女の子の字で書かれていた。

 

 どう解釈するか、脳内で形成した俺を招集して会議を開く必要があった。
谷口がやりそうな性質の悪いギャグの可能性が一番解り易かったし。
似たような理由で古泉説も却下した。
ハルヒならいつかのように俺のネクタイを引っ張って階段の踊り場で話をつけるだろう。
長門、あいつのは機械で書かれたかのような明朝体で書いてあるはずだ。
これ、字に丸味を帯びていたしね。
朝比奈さんの可能性を考えたが、彼女なら丁寧に書いた便箋を、
これまた女のこらしい封筒に入れて置いてくれるはずだ。
どこかで俺のことをみて一目惚れした女の子からのラブレターの可能性はかなり低かった。
だって切れ端だもんね、はぁ…。

 

 放課後一旦部室に行く事にした。誰かも解らない奴をただ待つのは業腹だ。
谷口だったら尚更だ。

 色々考えている間に、俺は部室の前にたどり着いていた。勿論ノックは忘れない。
いつかのように、朝比奈さんの生着替えのシーンに出くわしかねない。
それはそれで嬉しい気もするのだが、いつまでたってもあの人は鍵を掛けるという事を覚えない。
家の鍵は閉めてるんでしょうね、朝比奈さん。
そんな考えを頭に巡らせていると、「はーい、どうぞ」
朝比奈さんの返答を確認した俺はドアを開けた。
そこにはメイド服姿の朝比奈さんと、読書に情熱を傾けている長門の姿しかなかった。
俺はとりあえず自分の定位置に腰を落ち着け、朝比奈さんが入れてくれたお茶を飲んだ。
ハルヒは帰ったし、古泉はいない。どうせ如何わしいバイトをやってるんだろう。
俺と朝比奈さんが談笑をしながらオセロをしていた。

 

 長門のパタリという本を閉じる音で部活を終了した。最近はこの音を終了の合図にしている。
しかし、これが部活の活動かどうかなんてまったくもって解らない。
着替えるから先に帰ってて、という朝比奈さんの言葉に甘えて俺は一年五組の向かった。
教室の前についた俺は深呼吸をし、窓は磨りガラスなので中の様子がうかがえなかった。
俺のチキンハートは破裂寸前。
しかし、誰が待ってるのか解らないこの状況で、入った瞬間奇声をあげたりはしたくないからな。
呼吸を整え、俺はことさらなんでもなさそうに引き戸を開けた。

 

 俺はそこにいた人物を目にしてかなり意表をつかれた。予想なんてしていなかった人物が、
黒板の前に立っていたからだ。

 

「遅いよ」

 

朝倉涼子が俺に笑いかけていた。
教室の中程まで歩みを進め、笑顔のままさそうように手を振った。

 

「入ったら?」

 

意表をつかれたまま止まっていた俺は朝倉に近寄った。

 

「お前か」

「そ。意外でしょ」

 

くったくなく笑う朝倉。西日に照らされ右半身が夕日に染まっていた。

 

「訊きたいことがあるの」

 

そういうと少し微笑を浮かべながら言葉を続けた。

 

「人間はさ、よく『やらないで後悔するよりも、やって後悔したほうがいい』って言うよね。
これ、どう思う?」

 

朝倉の横顔を見つめながら俺は、

 

「よくは知らんが、言葉通りの意味だろうよ」

 

それなりに妥当な返答をしたはずだが、朝倉は少し不敵な笑みを浮かべた。

 

「じゃあさぁ、たとえ話なんだけど。現状を維持するのはジリ貧になることは解っているんだけど、
どうすれば良い方向に向かうことが出来るのか解らないとき。あなたならどうする?」

「なんだそりゃ、日本の経済の話か?」

 

俺の質問返しを朝倉は無視し、喋り続けた。

 

「とりあえず何でもいいから変えてみようと思うんじゃない?
どうせ今のままでは何も変わらないんだし」

「まぁ、そういうこともあるかもしれん」

「でしょう?」

 

どうやら質問するのは駄目みたいだ。なんの為に俺を呼んだですか?
朝倉は手を後ろに組み、身体をわずかに預けた。

 

「でもね、上のほうに居る人は頭が固くて、急な変化についていけないの。
でも現場の独断で強硬に変革を進めちゃってもいいわよね?」

 

何を言おうとしているんだこいつは、ドッキリか?
俺は用具入れにでも谷口が隠れているんじゃないかと思い教室を見渡した。
それか、古泉の今日のバイトはこれなんじゃないか、
だとしたら朝倉の問いに我慢できずに出てきてるだろうよ。

 

「何も変化しない観察対象に、あたしはもう飽き飽きしてるのね。だから」

 

俺は谷口の陰謀と古泉のバイトに気取られ、危うく朝倉の言葉を聞き漏らすところだった。

 

「あなたを殺して涼宮ハルヒの出方を見る」

 

惚けている暇などなかった。後ろの手に隠されていた朝倉の右手が一閃、
俺がこの一撃をかわせたのは僥倖だ。その証拠に尻餅をついている。
きっと今の俺はアホ面で朝倉を見上げているのだろう。
しかし、こいつもハルヒか。なんだってんだ。
このまま尻餅ついていたらやられる、慌てて俺は後ろに跳びずさる。

 

 しかし、この状況はなんだ。俺を殺す?why、なぜ?

 

「冗談はやめろ!マジ危ないって!それが本物じゃなかったとしてもビビるって。
だから、よこせ!」

 

もうまったくワケが解らない。俺の頭はショート寸前。
誰か解る奴が居たらここに来い。説明した後なんなら変わってやってもいい。

 

「冗談だと思う?」

 

朝倉は晴れやかな笑顔で笑っている。それだけ見るなら本気にみえはしないが、
ナイフを向けられたら誰でも怖い。確かに今俺は膝が笑っている。

 

「死ぬのって嫌?私には有機生命体の死の概念が良く理解できないけど」

 

俺はそろそろと立ち上がる。このままじゃマジやばい。
しかしこいつはハルヒの出方を見るといっていた。きっと長門や古泉、
朝比奈さんが言っていたあいつの変態的な力のことだろう。
だが、なんで俺が巻き込まれるんだ。悪いが俺はまだ死にたくないぞ。
必死に頭を回転させ、この状況の打開策を探っていると。
朝倉がナイフをこちらに向け、変わらない笑顔で、

 

「そろそろ死んで?」

 

うん、それ無理。意味が解らないし、笑えない。
そんな危ないものを俺に向けないでくれ。
だが、俺はここで引かなかった。良い考えが閃いたからだ。

 

「まて、俺を殺す意外に方法がある」

 

朝倉はピタッと足を止め、ナイフを下ろした。

 

「なぁに?他に良い方法でもあるの?」

 

意外にも朝倉は興味を抱いていた。このチャンスを俺は見逃さなかった。

 

「俺と付き合え」

 

自分でかなり恥ずかしかった、しかもこの状況で告白をするという、
可笑しな状況に顔も引き攣っていただろう。

 

「それで涼宮ハルヒに変化が現れるとでもいうの?」

 

少し状況が変化し、頭が冴えて冷静になり始めてきた俺は。

 

「俺になにかがあるならきっと変化が現れるはずだ」

 

朝倉は指を唇に持っていき、なにやら思案しているようだった。

 

「いいわよ、あなたにも少し興味あるし」

 

これには驚いた、自分を殺そうとしている相手に告白してOKが返ってくるなんて、
どこぞの三流映画だ。だが、どうやら俺は殺されずに済むらしい。
安堵の表情を浮かべた俺はとりあえず手を出した。
ナイフを持たれたままじゃなにもできないだろう、朝倉は俺の行動理解したのか、
ナイフを手渡してきた。
この際、朝倉が何者なんか関係ない。俺は朝倉の手を取り抱き寄せた。
朝倉の髪はシャンプーの柔らかい香りがした。

 

「これで涼宮ハルヒに変化がなかったら覚悟しておいてね」

 

朝倉は俺の耳元に甘い声で囁いた。その声に少しくらっときたが、
俺はこれからも危険に晒され続けるらしい。
朝倉の柔らかい華奢な身体が俺から離れた。

 

「でも、変化はあったわ」

 

まだ何も変わっちゃいないぞ?いや、しかしなんだ。
俺は目の前の少女の笑顔に見惚れてしまっていた。

 

「それは、わたし」

 

 何故このやり取りだけ詳しく伝えているのかというと、冒頭で出てきた彼女。
つまり、俺を殺そうとした朝倉涼子が彼女だという事を容易に理解できるように、
詳しく説明したまでだ。
全然羨ましくないだろう?実は、このイベントにはまだ続きがあるのだ。

 

 俺達が教室から出ると、そこには先程解れたはずの眼鏡っ娘長門有希がいた。
長門は朝倉を見上げ平坦な声で、

 

「あなたは私のバックアップのはず、独断専行は許可されていない。
わたしに従うべき」

 

この言葉に朝倉は表情を曇らせ、

 

「嫌だと言ったら?」
「情報連結を解除する」
「やってみる?あなたが動いた瞬間に彼を殺すわよ、それが当初の私の目的でもあるんだし、
彼が死ねば確実に涼宮ハルヒは動く。」

 

長門の無表情な顔がピクッと少し動いた気がするが、少し間をおき、

 

「あなたは彼を殺すことはできない」

 

朝倉が首を傾げ、

 

「なんで?」
「私がさせない。情報統合思念体にとっても彼が死ぬ事は総意ではない。
私はこの件について報告をしておく。近いうちにあなたの処分が決定される」

 

どうしたものかね、俺にはまったく理解出来ない問答を続けてる二人から俺は眼を離し、
今の俺を哀れむかのような心地よいオレンジ色の夕日を窓越しに見上げながら、
俺はこの先どうなる事やらと、

「やれやれ」

と呟きながら自分の身を案じていた。
それもそうだ、俺の目立つこともなく平凡に暮らせれば良い。
という人生の目標が、涼宮ハルヒを筆頭に高校一年早々無き物にされてしまったからである。

 

 回想終わり、少しは理解できたか?
空を見上げながら黙りこくっている俺の目の前を、朝倉の顔が光を遮る、
という男なら誰でも一度は妄想するであるこの状況に。
俺は確実に、そして自分が置かれている状況を楽しんでいるのであった。

 

「涼子」
「なぁに?」
「可愛いぞ」

 

朝倉は顔を赤らめ、微笑んだ。
何故こいつがこんな表情をするようになったかというと、
回想で話したとおり、処分が決定されたからだ。
長門と朝倉のパトロンである情報統合思念体から決別、つまり勘当されちまったって訳だ。
朝倉曰く

、「私は情報統合思念体から切り離された事によって、
自分に蓄積されていくエラーの処分が出来なくなってしまったの。
でもね、エラーが蓄積されていく度に何故だかあなたの側にいることが一番…、
なんだろ?楽しいって表現でいいのかな、よく解らない」

 

きっとそれは人間でいう感情という奴だ、俺は感情というものがどうゆうものかと講じてやったわけだ。
朝倉はそれを聞いて嬉しそうに笑っていた。

 

「涼宮ハルヒの変化より、私のほうが変化しちゃったみたいだね」

 

まさか自分を殺そうとした相手に、あれを抱く事になるなんて俺は思ってもいなかったね。
あれってなんだって?
それはだな、一回しか言わないぞ。

 

 

愛情って奴だ。

 

 


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