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「物質、エネルギー、そして情報。これが、宇宙を構成する三つの要素」
「情報統合思念体って、どういうものだと思ってる?遠い宇宙の果てのはてにある、銀河みたいな星の固まり?それとも、宇宙に漂う、

何か大きなクラゲみたいなもの?」
「どっちも外れね。情報統合思念体は、この宇宙を構成する情報全て。全宇宙の情報が、時に秩序を形成し、
時に無秩序に増殖する。そして、それらを認識する情報。これが情報統合思念体。率直にいえば、この宇宙全体が統合思念体なのよ。
もちろん、あなたも私も思念体の一部。でも安心して、あなたが自分の体の細胞の1つを認識できないように、
思念体もあなたのことなんか全然気にしていないから。」

 

俺と朝倉は、今カラオケボックスのベンチシート席に居る。最近のカラオケボックスでは、少人数の客はこうしたベンチシートルーム、
3人掛けくらいのベンチ1台に向かい合うようにマシンが設置された小部屋に案内されるようになっている。今日は団のメンバー抜きでの
朝倉との二人連れであり、世間一般的に見ればまあ非常に羨まれるべきシチュエーションなんであるが、やはり一度なりとも刃物で殺され
かかった相手というものはなかなかその恐怖を体が忘れづらい。あと、朝倉、普通に会話するだけなら別にマイク使う必要ないだろ。

 

事の発端はこうである。
朝倉とSOS団の『懇談会』以来、一段とその頻度、クオリティともに激しさを増した長門のレッスンのせいか、俺は最近思い出し笑い、
思い付き笑いを所わきまえず非常に頻繁に繰り返すような状態になってしまい、だんだんクラスでも浮いた存在になってしまってきている。
最近では谷口も挨拶を一拍置いてから返すようになってきているし、国木田は弁当を別のクラスで喰うようになった。笑いさざめくクラスの
ドアを開けて教室に入ると、今まで談笑していた生徒全員が一斉に俺の事を注視する、と言ったことも1度や2度ではない。
ハルヒは一人
「なんか、最近のキョンちょっとオモシロイわ!何ていうかほら、バガボンドの最初の頃に出てきた『不動さま』みたい!」
と盛り上がっているが、うん、まあ、ホントはあんまりおもしろい状態でもないんだろ。俺も自分でわかるからさ…

 

そんな孤独と焦燥のさ中にあって、再びクラスの中心人物に返り咲いた朝倉が
「キョン君、今日放課後空いてる?空いてるなら、ちょっと付き合って欲しいんだけどな♪」
と聞えよがしに話しかけてきてくれた時、俺は1も2もなく飛びついてしまった。誰だってそうだよな?
そして、放課後俺は口早にハルヒに団活を休む旨を告げると、下駄箱で待ち合わせした朝倉に手を引かれる様にこのカラオケボックスまで来たという訳だ。

 


「でもね、涼宮さんは別。あなただって、突然自分の体の一部がチクッと痛んだりしたら、何かな、って思うでしょう?
思念体もそう思ったの。いつもどおりに生活していたら、体の一部が変におかしい。何だろう?と思って立ち止まり、調子がおかしい
箇所をしげしげと見ている。調子がおかしい箇所が涼宮さん。それを見つめている目や、触って調べたりしている指が私たち。」

「そういう訳で派遣されてる私たちなんだけど、まあ、私たちだって完璧ではないわけなのよ。同じ宇宙の構成物なんだしね。
目だって指だって病気になるしケガもする。変なものを見ちゃったり、触っちゃったりしたら。」

 

そう言って、にじり寄ってくる朝倉。

 

「涼宮さんみたいな強い存在のそばにいたら、私達端末も影響を受けちゃうのよ。本来の機能からエラーを起こして、
自分で勝手に情報を紡いでいくようになるの…あなた達の体でいったら、ガン細胞ね。心でいったら、何かしら…」

 

朝倉の顔が近い。つぶらな瞳が、俺を真正面から捕えて離さない。

 

「いっそ、本人に聞くのが一番早いかも♪」

 

個室のドアが勢いよく開く。廊下の蛍光灯のまばゆい光を逆光に、小柄なシルエットが目に飛び込む。

 

『…二人とも、表に出ろ』

 

長門がいた。いつも通りの、高熱に燃える炎のような青白い表情で。


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俺達がカラオケボックスにいる間に表は小雨になっており、長門は自分で持ってきたであろうビニール傘を差し、
俺は頑強に拒みはしたものの朝倉の持っていた折り畳み傘に結局引っ張り込まれてしまい、先を行く長門の2メートル
ほど後ろを2人でついて行っている。

駅前から離れ、踏切を渡りやや閑静なあたりに差し掛かる。

 

「この前のカラオケでのキョン君の歌。あれ、歌じゃないわ。心の悲鳴よ。キョン君の。」

 

朝倉が足を止め、長門に声をかける。

 

「わかってると思うんだけど、最近のキョン君、ちょっともう限界よ。ここまで彼を追い詰めて、何をしたいの?」

 

長門も足を止め、傘を片手に雨の中、背中で朝倉の言葉を聞いている。


『…獣は、追い詰められた時に一番良い声で鳴く。赤子の声が一番心を打つのは、その母親を呼んで泣き叫ぶとき。』
『歌は、惚気話でもなければ、自慢話でもない。人間の、泣き声。叶わぬ望みが心に叫ばせるもの』

 

振り向きもせず答える長門。

 

『だから、人は歌に心をふるわせる。人が、人の泣き声を聞き過ごせぬよう、人の心は、歌にとらえられる』

「なかなか言うじゃない… …まるで、人間にでもなったみたいに。」

 

口角を上げて、朝倉が答える。

 

「でも、長門さん、わかってるかしら?私達、端末よ。そんな感傷、本来の機能にはないの。エラーが溜まりすぎちゃったのね。
システムの処理の、暴走。人によっては、こういう風にも、言うかしら」
「『精神病みたいな、もの』、って」

 

ビニール傘が転がる。
振り向いた長門の顔。いつも通りの、軽く結んだ唇、澄み切った黒い瞳。その瞳の縁から、小雨に打たれた顔の頬を二筋の流れが伝っている。

 

「観測用端末の更新が発令されたわ。長門さん、あなたはもうとっくに暴走状態。思念体への報告すら満足に行っていない。
私が来たのは、バックアップのためじゃない。あなたと交代して、私が涼宮ハルヒを観測するの。」
「あなたはもう、観測を行える状態じゃない。復旧すらおぼつかないエラーの蓄積状態で、観測対象の周囲にすら影響を働きかけて
きている。これはもう、思念体による観測活動継続の為の、除去の対象。つまり---」

 

朝倉が傘を手放した。

 

「パーソナルネーム長門有希を敵性と判定。当該対象の有機情報連結を解除します。」

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