暑い、だるい、溶けてしまいそうだ。もう6月も終盤に近いそりゃ暑くもなってくる。
それにおまけにこの湿気。まったく、なんでこうも毎日毎日。
はぁ…と大きく溜息をついた俺の後頭部になにかがヒットしたのである。
「なにしやがる!」
俺が振り向いた先には、ハルヒが太陽みたいな笑顔で笑っていた。
暑いから近寄らないでくれ。焼けちまう。
「なに朝から文句ばっかいってんのよ、このぐらいの暑さでだらけててどーすんのよ!
今年も夏は合宿すんだからね。あんたももっとシャキっとしなさいシャキっと。
まったく…そんなんだからあんたはダメキョンなんていわれるのよ」
主にそれはお前がいってるんだがな、いやお前だけだ。
しかし、こいつもあの日から変わったな。
まぁ口が悪いのは前からだったが、昔みたいに棘はなくなったみたいだ。
それもあってか、こいつはクラスに段々溶け込むようになった。
実に良い傾向だ。お父さん嬉しいぞ。
「朝からぐちぐち言わないの!ほら、行くわよ!」
ハルヒは無理矢理俺の手を掴むと、心臓破りの坂を走り出した。
やれやれ、勘弁してほしいものだ。
だが、そんなハルヒの手は俺を離さないようにしっかり握られていた。
そんなハルヒの手を俺も離さないようにしっかり握った。
その瞬間、ハルヒが急に止まった。
その衝撃ですこし跳ね上がったハルヒの鞄が俺の顔面を強打した。
「なにやってんのよ」
ってお前の所為だろうが、ほら見ろ。笑われてるじゃないか。
「あんたがどんくさいのがいけないんでしょ」
あくまでこいつは全て俺が悪いようにいってくる。いいもなにも、これがハルヒだ。
そんなハルヒの顔を覗くと、嬉しそうな表情を浮かべて、
「でも、そんなとこも好き」
っと俺の表情を伺いながら言うしおらしさも追加されたこの団長様を、
何故か許してしまう俺は過保護なのだろうか。いや、これが幸せってやつだろうか。
それから俺は、ハルヒにもう走るのは勘弁してくれと頼んだところ。
「しょうがないわね、あんたがそういうなら」
とすんなり承諾してくれたのには助かった。
こいつも素直になったもんだ。
教室に着くと、クラスの何人かがこちらを見てニヤケている。
ええぃこっちを見るな。
俺とハルヒは学校で公認のカップルになっていたのである。
いいのか悪いのか、そんなことは良い。
ただ今のこの生活が堪らなく気に入っているのは確かだ。
俺は自分の席につき、机に突っ伏した。しかし暑い。
この学校には何故エアコンがないのかと、一年経った今でも恨めしく思っている俺である。
そんな俺の背中をハルヒがバシバシ叩いてきた。
少しは加減をしなさい加減を。
俺は仕方なしにハルヒの方を振り向いてやった。
「今日こそ、覚悟しなさいよ!」
嬉しそうな顔でまた怒り出した。
俺がいつ覚悟を決めなきゃならん。
「あんた達があたしにまだ隠し事してるからよ」
そのことか。そうだ、俺は今だに懸案事項を抱えていた。
ハルヒに今までの全てを吐きなさい!と毎日せがまれる。
しかも俺だけにな。何故他の奴に聞かないんだ?
「あ、あんたの口から聞きたいからよ…」
と顔を赤らめて俯く姿はなかなか様になってて良い。
「うるさい!」
と、叫ぶとハルヒは机に突っ伏した。
どうやら口に出てたらしい。
俺は前に向き直り、今までの事を思い返していた。
今思えば、短いようで長い一年だった。
そろそろこいつにも話してやってもいいだろう、
と思いながら外を眺めていた。たまにはいいだろ、こんな俺も。
放課後、逃げようとした俺をハルヒが見逃すわけもなく、
強制的に部室に連行された。いつも俺一人だけならノックしてから入るのに、
こいつは扉を蹴開けるのが趣味のようだ。
部室の中から「ひぇ!」と可愛らしい叫び声が聞こえたのは気のせいじゃない。
俺の視界に朝比奈さんの下着姿が舞い込んだ。
あぁ、愛しのマイエンジェル朝比奈さんの…と見とれていたのが命取りだった。
顔を真っ赤にした赤鬼ハルヒが、
「でてけぇ!」
と俺を叩きだした。無理矢理連れ込んだのは誰なのか教えてあげたい。
少しすると、入っていいわよと不機嫌な声で扉を開けるハルヒであった。
部室に全員集合し、各々の定位置に座って談笑していた。
部室専用のメイド、朝比奈さんがお茶を淹れ皆に配っていた。
俺はこの至福のときをいつになく楽しんでいた。
古泉はというと、なにやらまた新しいボードゲームを持ってきた。
前は、「一緒にどうですか?」と丁寧に聞いてきたのだが、
最近では「や ら な い か?」と何故か区切りながら発音するのはやめて欲しい。
そろそろ本気で俺のケツがやばい気がする。
長門はというと、いつも窓際に座っていたのに、最近では俺の隣に座るようになった。
なんでだろうね。
気になったのもあるが、長門に聞いてみると、
「あなたの隣がいい」
とこれまた最近なんだが、表情が豊かになっていく長門を見て俺も安心していた。
しかし、このなにげなく微笑む顔がまたいい。
でもね、長門さん。そんなことをいうと被害を受ける人は決まってるんですよ。
そう、まさしくそれは「俺」。説明しなくてもわかるだろ?
俺の背中に針千本、いや槍千本並みの視線が刺さってくるのは気のせいと思いたい。
ハルヒのほうに目をやると、不機嫌そうな面がいきなりニヤけた。
嫌な予感がしたのは俺だけではあるまい。
古泉に至っては、いつものスマイル0円ではなくなっているからである。
朝比奈さんはお盆を片手に膝をがくがく震えさせながら瞳に涙を溜めている。
あなたは少し怯えすぎじゃないですか。
長門のほうを見下ろすと、コクリと頷いた。
なにに対して頷いたのかは解らない。
そんな全員のリアクションを一通りみると、俺の口からいつもの定型句がこぼれていた。
やれやれ。そろそろ年貢の納め時ですかね。
「さぁ、今日こそゲロってもらうわよ!キョン!」
とこれまた嬉しそうに指を指してきた。
というか、その表現はやめなさい。
「なによ!いつも私だけ仲間はずれにして!
あんた達があたしに隠れてなにかやってる事にはとっくに気付いてたわ。
それよりキョン、言わなきゃ死刑だから!」
とまた笑いながら怒っている、本当に忙しい奴だ。
やれやれ、と俺は肩をすくめた。
一応こいつらを確認してみよう、まず古泉。
「ぼ、僕はか、構いませんよ」
明らかに動揺している、おい、笑顔が歪んでいるぞ。次に長門に目をやると、
少し迷った顔をして、
「きょっか」
といい長門が頷いた。
どっちなんですか長門さん。
「あなたに任せる」
おかしな事をいった宇宙人から目を離し、最後に朝比奈さんに目をやると、
カタカタ震え瞳に涙を溜めながら、
「き、き、禁即事項です」
震えすぎですよ朝比奈さん、俺は少し口元が緩んだ。
しかし、ここでまた黙秘権を行使すると、
ハルヒがなにをしでかすか解ったもんじゃない。
今まで出来事が細胞に刻まれているのか、
俺の頭はYesという答えを導くしかなかった。
だが、頃合いでもあるのかもしれない。
「さて、どこから話そうかね。団長様」
「勿論、最初からに決まってるじゃない!」
こいつの見てきた笑顔の中でも最高に輝いていたハルヒを見て、
俺は微笑んだ。
あぁ、いくらでも話してやるさ。
────── Fin ──────