火曜以来、俺とハルヒはお互いに連絡すら取れずにいた。別に疎遠になったわけじゃないぜ。
あんな事をした直後だ、向こうも何となくどう接すればいいのか分からないのだろう。少なくとも俺はそうだ。
ホントにどう接すりゃいいんだ?邪推かもしれんがこっちから連絡すると体だけの関係だと思われそうだ等と考えてしまう。
そんなわけで今日まで五日間、口も聞いてなければメールもしていない。どうしたものかね。
「どう思う、シャミセン」
尋ねてみても元化け猫は喉を鳴らすだけだった。
…まぁ考えていても仕方ない。一週間もたてばどちらからともなく会う事になるさ。そのくらいの信頼関係は築けたはずだ。
それよりせっかくの日曜だ、久しぶりに睡眠欲を存分に満たすとしよう…。その方がいい…ふぁあ…
妹も出かけているし、よく眠れそうだ…。
-もしこの時の俺に声をかけるならこうだね。
『お前はどうしようもないバカだ、惰眠を貪るのはシャミセンの仕事だろう。さっさと起きて机の上を見ろ』
しかし後悔は先に立たずに後で悔いるから後悔なわけで、この時このアホは一片の悔いも残さずα波に沈んでいくのに夢中であった。
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携帯がけたたましい着信音を鳴らす。ハルヒだろうか。いや、ハルヒであってほしいというちょっとした期待と共に通話ボタンを押した。
「古泉です」
…切っていいか?
「そんな事を言っている場合じゃありません」
電話の向こうから深刻な声が聞こえてくる。ここしばらくコイツのこういう声は聞いていない。何だ。
「長門さんから連絡がありました。時間平面に歪みが観測されたとの事です」
…それがどうした。
「…何者かが時間遡航してきたという事ですよ」
手短に用件を話せ。
言わんとしている事は俺にも分かるぜ?まだあの月曜の夜からそう時間は経っていないんだ。
分かるが認める事はできん。
「あの夜のあの男の言葉をお忘れですか?僕は少しでも可能性があれば潰しておくべきだと…」
忘れるはずがないだろう!
思わず荒げた俺の声に古泉は言葉を遮られ沈黙する。あぁ、意地になっているさ。
絶対に認められないものはあるんだ。こいつは朝比奈さんよりあの藤原を信じるというのか。
永遠にも思える沈黙を破って古泉が口を開く。
「…人は変わります。僕も長門さんも涼宮さんもあなたも…そして朝比奈さんも」
「あなたは朝比奈さんの成長した姿、異時間同位体を知っているでしょう?我々にとっては同じ時間に存在していたとはいえ、
あの愛らしい朝比奈みくると大人になった彼女との間にはかなりの時間の隔たりがあると推定できます」
一拍置いて、
「僕としても、いかに時間をおいてもあの朝比奈さんがあの男…藤原と言いましたか、彼の言うような凶行に出る等とは信じたくありません」
「しかし現在ですら刷り込みによっていくらかの心情操作…いわば洗脳は可能なのです。
未来においてその技術が更に高いレベルで確立されている可能性は否定できません」
ぐうの音も出ないとはこの事だ。俺は確かにあの朝比奈さん(大)の言動に不信感を持っていた。
未来の為に何も知らない者を利用する、そんな言動に。
だが、それはあくまで過去の自分自身にだけ向けられる物なのだからと自分を納得させていた。
自分の知っているはずの過去の事項が揺るがされていたら、全く違うものになっていたらどうする…
ここ数日で忘れようとしていた疑念が足元から沸き上がる。まさか本当に…?
「僕は長門さんと一緒に涼宮さんを探します。信じるか信じないかは今すぐ決めないでも結構です。
しかし協力はして頂きますよ。涼宮さんを発見次第あなたの家にお送りしますからそのつもりでいて下さい」
頭がごちゃごちゃになる。どうなっているんだ…時空平面の歪み…何者かの時間遡航…本当に朝比奈さんなのか?案外藤原じゃないのか?
電話が切れる。通話が切れた事を示すプーップーッ、という音が俺の頭に響いていた。
ほんの数秒だけ。
耳に当てたままの携帯が再び鳴り出したのだ。
思わず取り落としたそのディスプレイには-
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「彼は来ません」
「そう」
「怒らせてしまいましたよ」
「仕方ない事。それは彼の長所でもある」
「信じる事…ですか」
「彼が怒ったのはあなたの事も信じているから」
「そうでしょうか…あまり自信がありませんが」
「わたしの見解では、SOS団内ではあなたが彼にとって最も良好な友人関係を結んでいる」
「……」
「本気で怒り諍う事の出来る友人関係は恋愛関係よりも得難い」
「そう…ですね」
「今は走って」
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