そこには、黒いインクをグラスに満たしたような、
ぼんやりと滲む靄みたいなファーストインプレッションを受けたあいつが、
そこに居た。何故、あいつがここにいる。
俺は今までにない悪寒を感じていた。
はっ、と我に返ると目の前にそいつはいた。

 

「──あなた──本当に───きれい───」

 

こいつは一体なにがしたいのか、
と顔を顰めた俺だがこれは逃げないと不味い状況か。間違いない。
そう思い、体を動かそうとしたが動かない。

 

「くっ…んだってんだよ…くそ…」

 

動かない体を動かそうと必死にもがいたが、
どうやら諦めないといけない状況か。まだ死にたくないぞ俺。
まだやりのこした事が沢山ある。
朝比奈さんとあんな事やこんな事が。
いやいやこんな事考えてる場合じゃない。

目の前の、天蓋領域とやらの目が見開いた。
その瞬間、俺の頭の中からなにかが音を立てて崩れ始めた…。

 

 

「……ン」

 

うるせーな…まだ起きたくない…。

 

「…ン!キョン!」

 

なんだってんだ。

 

「早く起きろバカキョン!」

 

はっ、と体を勢いよく起こした。
どうやら気を失っていたらしい。
しかし、なんで俺はこんなところで倒れていたんだ。

 

「いつまで寝てんのよ!はやく行くわよ!」

 

あぁ、こいつに起こされたのか。ん…あれ。

 

「あの…すいません。どちら様で?」

 

起きたら知らない人間が俺のあだ名を呼んでいるという、
おかしな状況に置かれていた俺は。
まぁなんだ、とりあえず聞いてみた。

 

「はぁ!?あんたなに馬鹿な事いってんの!?

崇高なる団長に向かって良い度胸ね!」

そいつは両眉を吊り上げ、口をへの字にしながら怒っていた。
おぉ、おもしれぇ人間の顔ってここまで出来るのかと思いつつ、
今だ状況を把握できない俺は、やれやれと定型句を漏らしていた。

 

「ほら、さっさと立ちなさい!」

 

俺は無理矢理引っ張らる手を払い退け、立ち上がった。

 

「誰だか知らないが、随分な言いようだな」

 

俺は口うるさい女を睨みつけた。

 

「ちょ…な、なに言ってるのよ。あんたはSOSの団員でしょ?」

 

SOS団?団員?なんだそれは、そんなものに入った覚えなんて
俺にはないんだが。それにお前の事も知らないし。
いい加減にしてほしいんだが。

 

「冗談はやめてよね!…嘘でもそんなこと言わないでよ…」

 

何やら、目の前の女は表情が一転し、今にも消え入りそうな顔でいた。
はて、何だろうねこの状況は。
知らない女に叩き起こされ、無理矢理つれていかれそうになる。
誰が仕組んだのかは知らんが虫唾が走るね。

 

「悪いが、俺は行かせてもらう。」

 

と、俺は鞄を拾い校舎に歩き出した。
後ろでなにやら叫んでいたが知ったこっちゃねぇや。
しかし、少し辛く当たりすぎただろうか?
俺もいきなりの出来事に少し混乱していたのかもしれん。

 

「あ、キョンくんおかえりー」

 

 家に着いたら、妹が走りながら迎えてくれた。
危ないから走るんじゃありません。適当に妹をあしらい、
自室に入りベッドに寝転んだ。
ふと、携帯を手に取り開いてみると。
着信23件。俺の記憶にある限りこんなに掛けてくる奴はいない。
いくら思考を巡らせてもそんな自分物は思い当たらず、
考えるのもあれなんで履歴を見てみた。
涼宮ハルヒ、古泉一樹、朝比奈みくる、長門有希。
誰だこいつら、なんで俺の携帯番号を知っているのかと思い、
とりあえず気持ち悪いから履歴を全部消しておいた。

 

「なんだかなぁ…。」

 

と深い溜息をついて目を閉じた。

 

「キョンくーん、電話ー」

 

妹がドアを開けて入ってきた。心なしかニヤニヤしている。
俺が、誰からだ?っと聞くと、

 

「女の人だよーきゃは」

 

と最後のはなんなのか理解できないまま電話に出ると、
昔馴染みの奴から電話だった。

 

「なんだ、佐々木か。」

 

「おいおい、なんだはないだろ。
君と僕はそんな軽い仲じゃないだろう?」

 

悪い悪い。そうそう、佐々木は俺の親友だ。
高校こそ違えど、中学からの付き合いだ。
最近は、連絡をとっていなかったが。

 

「で、何か用か?用がないなら悪いんだが…。」

 

「やれやれ、君は本当に愛想がないな。
そこが君の長所であり短所でもあるのかもしれないがね。だけどキョン、
親友から久しぶりの電話ぐらいゆっくり付き合う気はないのかね?」

 

意味の解らないことを言い始めた。でもまぁ付き合ってやろう。
実はだな、ちょっと今日は何か体がおかしいみたいだ。
学校で気を失ったりしたしな。

 

「大丈夫かい?キョン。風邪もひかない君が体がおかしいだな
んてね。明日は雨でも降るのかな。それより、今日は塾が休み
なんだ。それで少し会って話しがしたい」

 

あぁ、と少し考えたがまぁ別に問題はない。
多少の脱力感さえあれど、親友の頼みを断る程ではない。
それでどこに集合だ?

 

「駅前のいつもの喫茶店で待ち合わせっていうのはどうだろう」

 

解った。30分ぐらいで着くと思う。じゃぁまた後でと電話を切り
制服を着替え、玄関に向かった。

 

「キョンくんおでかけー?」

 

妹は今にも私も連れて行ってといわんばかりの顔をしていたが。
お兄ちゃんは今から大事な用事があるんだ、
お母さんには遅くなるかもと伝えておいてくれ。
後、お前はだめだ。というと、「けち」と言いながら走りさった。
さっきも言ったが家の中で走るんじゃありません。

 

 思ったより早く着いた俺はいつもの場所に愛車を止め、
待ち合わせの喫茶店に入った。そこには佐々木が先に来ていた。

 

「やぁ、キョン。遅かったじゃないか」

 

と柔らかい微笑で俺を迎えてくれた。正直、可愛いと思ったね。
…なんでもない只の妄言だ。

 

「わりぃ、ってまだ約束の時間まで少しあるが」

 

と言い訳しつつ、いや言い訳でもないんだが。とりあえず佐々木
の前に腰を落ち着かせた。

 

「んじゃ、俺の驕りだな」

 

佐々木は顔を顰め、何を言ってるんだという顔をしていたが、
すぐ元の微笑みを浮かべた。

 

「まるで僕がいつも君に奢らせてるみたいな言い方だな、
でもまぁ女子に奢るのは紳士で良い事だと思うけどね」

 

不適な笑みを浮かべる佐々木に、なにか少し違和感を感じた。
何故だか解らないが、口からこぼれた1つの言葉。
それが当たり前であるかのように、なんだろう。
この感覚は。
俺が顰めっ面で考え事をしていると。

ウェイトレスが注文を聞いてきた。俺はとりあえずブレンド珈琲を頼んだ。

 

「いや、しかし。相変わらずだね君は。来るなり突拍子もないことを言う。

まさに変わり者だ。」

 

佐々木さん、それは褒め言葉なのでしょうか。

それとも、俺は貶されているのでしょうか。

佐々木はくすっと鼻で笑い、

 

「勿論、良い意味でだよ。僕は君のそんなところも気に入っている」

 

そうかい、それで話ってのはなんだ。

もしかしてそれを言う為だけに呼んだわけではあるまいな。

 

「そうだったね、僕…いや、私ね。ずっと言いたかった事があるんだ。」

 

そういう佐々木の頬が微妙に赤らんでいる。実は、俺もだが。

しかし、佐々木さんなんで俺の手を握っているんでしょうか。

 

「ふふっ何困った顔してるんだ…の?」

 

何故、無理矢理言葉を直しているのかは知らないけど手を離して
くれないか。かなり恥ずかしいんだが。

 

「そうだね。ここでこんな話をするのは場違いかも知れない」

 

そういって、二人分の金を支払い、ぶらぶらと歩き始めた。
適当にそこら辺のベンチに腰を落ち着かせると佐々木が隣に座った。
いや、しかし近いだろ。

 

「話ってなんだ?」

 

と佐々木に話を振ると、ほのかに顔を赤らめ上目使いで俺を見てきた。
いや、佐々木さん。それはやばいですよ。

 

「ぼ…私ね、キョン。君が好きだ」

 

すまん、なんだって?

 

「ここで聞こえない振りをするとは、君も嫌らしい男だな。
もう一回だけ言う。君が好きだ」

 

俺は愕然としたね、周りから見たらどんな顔をしているのか見てみたい。
しかし、佐々木さん?いきなりどうしたっていうんだ。
そんな素振り見せたこともないのに。

 

「キョンと離れてから気付いたんだ。私の話を真面目に聞いて
くれるのは中学の頃キョンだけだったろ?周りの女子とは
軽く話していたが、本心で話せるのは君だけだった。
だが、君との関係が壊れてしまうのではないかと思うと足が竦んでしまってね」

 

それは俺も薄々気付いていたが。
それはただ話し易いだけじゃないのかと思ったりもする。しかし、なんだろうね。
鼓動がどんどん早くなっていく。

 

「確かに君は話し易い、君は適度に物事を知り、適度に物事を知らない。
聞き手には最適な相手だ。だけど、気付いたんだよ。君の優しさと、
いかに君の存在が大きかったのかを」

 

少し混乱する頭を必死に落ち着かせようと、大きく息を吸った吐いた。
多少は冷静さを取り戻した俺は。昔の事を思い出した。
確かに、佐々木は変わっていた。いつも小難しい話ばかり俺に聞かせて。
だが少なくとも俺は退屈なんてしていなかった。
むしろ、それが当たり前となっていた。
しかしどうだろう、今は佐々木とは違う学校に通い、
至って平凡な生活を送っている。しかし、そこには物足りなさを感じつつ、
変わらない日常に飽き飽きしているのは否めない。
俺はこいつと離れてから、なにか心にぽっかり穴が空いてような感じがする。

 

「相変わらず鈍感だな。だがそれが君の良い所でもある。それでどうするんだい?
付き合ってくれる…のかい?」

 

佐々木は寂しそうな顔をしながら真剣な瞳を俺の目から離す事はなかった。
どうすんの、俺。

 

「…俺も、佐々木がいない毎日が虚しかったのかもしれない。
だから、俺もお前がいないと駄目なのかもな。」

 

だから、俺もお前が好きだ。
少し瞳を潤わせた佐々木の頬に手を添え、口付けをした。

 

 

幸せを感じている中、なにか胸に抱き続ける違和感だけは取り去ることはできなかった。

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最終更新:2008年06月03日 22:46