宇宙暦640年は人類の歴史上、辛苦の・・・じゃない、あれ?でも間違っていない気もするな・・・真紅の文字を持って特筆されるべき年である。

 この年の2月、銀河帝国とSOS同盟(The United Stars of Sagittarius)の二つの勢力がはじめて接触し、長きにわたる抗争劇の幕が音も無く開いた。

 そして、12月には帝国の遠征軍と迎撃する同盟軍との間に、大規模な戦闘がおこなわれるに至った。
 

 
 世に言う、「クロトス星域の会戦」である。

 

 

 自分の店はコスプレ会場ではない、とは、SOS同盟の首都星ケイロンで安ホテル「ガウディ」を営む主人がことあるごとに主張するところだが、真摯なその訴えを信じるものはケイロンどころかSOS同盟内にも一人もいなかった。
 今、彼の前にたたずんでいる青年も、主人の主張をまったく信じていないのは明らかだった。そもそも、彼の店をコスプレ会場にしている諸悪の根源(by ガウディ主人)のお仲間なのだから・・・
 

 「あいつはここに来ているか?」
 

 不機嫌そうな声で無愛想な質問をするその青年の本名をガウディの主人は知らなかった。彼の仲間たちもあだ名でしか彼のことを呼んでいないようだったし、主人にとっても重要なことでは無かったからだ。
 後に、彼らの写真をフロントの壁一面に貼り付けて、代々語り継ぐことになろうとは、予想もしていなかったであろう。
 

 「ええ、今日『も』 来ておりますよ。いつもの505号室です。」
 

 主人は慇懃にそう答え、部屋の場所を館内案内で指し示した。

 

 

 「ハルヒ、居るか?」
 

 青年の声に反応して出てきたのは、可憐なという印象のメイド姿の女性だった。もちろん、このホテルの制服などではない。

 

 「キョンくん、いらっしゃい。涼宮さんなら中にいます。」
 

 「お久しぶりです、朝比奈さん。朝比奈閣下とお呼びした方がいいですか?」
 

 「軍学校時代からの仲間じゃないですか。堅苦しい呼び方はやめにしましょう?」
 

 「そうですね。」
 

 初めて、青年は顔をほころばせた。

 

 

 「あら、キョン。どうしたの?今日も軍務で忙しいとか言ってたのに。」
 

 部屋の中にはさらに二人の女性の姿があった。一人は窓際でこの時代では希少となっている『紙の』本を読んでいる軍服の女性、その襟章は若さに似合わない少将のものであり、小柄なこともあってコスプレの参加者と誤解されることしばしばなのであった。

 そして、もう一人が今、青年に声をかけた勝気な印象の女性であった。
 

 歴史上、先ほどのメイド服の女性を含めてSOS同盟の三女神と呼称されることになる女性たちである。

 

  「ハルヒ・・・お前も呼ばれていただろうが・・・」

  

 「そうだっけ?みくるちゃんたちとの約束があったから忘れてたわ。」
 

 やれやれと青年はため息をつく。涼宮ハルヒという女性は軍学校時代から、この辺はまったく変わっていなかった。
 

 「岡部から命令書を受け取ってきた。お前の分もある。朝比奈さんたちには明日渡すそうだ。」

 

  「ふーん、キョンとあたしだけに先に渡すってことはこの前の始末書が原因じゃなさそうね。」

 「お前、あの始末書の件の呼び出しだと思って、サボったな?」

 

  「さあね。どうだっていいじゃない。で、内容は何?」

 彼女は、命令書を机の上に放り出して、そう尋ねた。

 

  「その命令書に書いてあるだろうが・・・といっても、読まないよな、お前は。」

 「わかってるじゃない。」

  

 「俺の軍人生活でおそらく二番目に困難な命令だ。お前と組んで、帝国軍を迎撃せよ・・・だとよ。お前が司令官、俺が参謀長だ。」

 

 

 「楽しそうね、それ。SOS団のメンバーは集めてくれたのかしら?」
 

 やれやれといった印象の彼とは反対に涼宮ハルヒは目を輝かせていた。

 

 

 「今回は演習じゃないんだぞ。この前みたいに突出したら、死ぬことになる。」
 

 「わかってるわよ。キョンだって、あの帝国相手にいつかは戦うことになるって、軍に入ったときから覚悟していたでしょ?SOS団員に敵前逃亡は許されないわよ!」

 

 

 「まあ、言われるまでもないさ。予想より早かったな。」
 

 退役して年金生活になるくらいまで大丈夫だと思ってたんだがなあ。これもハルヒと知り合っちまったせいかな・・・などと不謹慎なことを彼は思っていたのだが・・・

 

 

 「そうだ。さっきの質問だが、岡部教官、まあ、今は岡部本部長だな・・・は、わかるひとだからな。古泉たちももうすぐここに呼び戻されることになるだろうよ。久しぶりにSOS団勢ぞろいってわけだ。」

 「持つべきは話のわかる上官ね。しかし、岡部も出世したものよね。」

 「お前ほどじゃないだろ、SOS同盟最年少の中将で宇宙艦隊司令長官、涼宮ハルヒ閣下。」

 


 SOS同盟最高評議会議長、つまり元首にして最高行政官であり、さらに軍最高司令官でもある多丸氏は、強力な指導者としてよりは温厚中正な調停者として評価されていた。
 風采は上がらないものの能力的にも人格的にも政治家としての評価は高かったが、帝国軍との戦争という事態の発生を国民が予想していたなら、おそらく元首として選ばれたかは疑わしい。
 紳士ではあっても、巨大な危機に際して頼りになる人物だとは、考えられていなかったし、本人もその評価は正しいと思っていた。
 

 強力な指導者としてのイメージは、むしろ多丸氏の対立候補であった国防委員長の方にこそ強かった。
 彼は、多丸氏よりも20歳近く若く、最高評議会議長としては若すぎるため議長の椅子を多丸氏に譲ることになったと言われていた。
 しかし、軍士官学校の代表を務めて以来、軍部の綱紀粛正に尽力し国民の評価を受け、首都星ケイロンの議員として選出され、経済及び社会改革で政治家としての手腕を認められており、現在はともかく10年後には議長の椅子は彼のものになるであろうというのが、大方の予想となっていた。
 

 このとき、彼は進歩派の旗手として多丸氏の対立候補となり、敗れた後、議長からの入閣の求めに応じて国防委員長の椅子を得ており、涼宮ハルヒを上回る出世であるといえた。

 

  なお、彼もまた、涼宮ハルヒと同時期に軍士官学校にいた為、後世の歴史家の中には涼宮ハルヒの一派とみなすものもいるが、本人はそういわれることを激しく嫌っていたらしい。

 

 

 今回の人選を聞いたときも、彼は多丸氏のオフィスを訪れ、苦言を述べる義務が自分にあると感じていた。
 

 「軍最高司令官でもある議長が、岡部統合作戦本部長の進言でお決めになったことですから、私としては、認めざるを得ないわけですが、できればご再考願いたいものです。」

 

 「そうかね?」

  

 「あのトラブルメーカーズに国家の命運を任せるというのは、どうかと思いますが?涼宮ハルヒという女性のことはご存知で?」

  

 「わたしも直接会ったことがあるよ。よくない噂もあるが、無能でも臆病でもなく、部下からの評判もよいと聞いているが?」

  

 「たしかに、彼女はその点では間違いありません。」

  

 多丸氏の発言を肯定した上で、委員長は付け加えた。

  

 「しかし、士官学校卒業以来の上司からの評価はほとんどが最低です。とにかく、教師、上官、国防委員たちに対する態度は最悪です。彼女を評価したのは、岡部本部長と・・・」

 

 

 「そして、君だ。」

 

 

 多丸氏は委員長に手に持ったペンを向けてそういいきった。

  

 「わたしは評価に私情を挟むことはしません。能力は能力として評価します。」

  

 「その通りだね。上司からの評価は悪いが、有能なトラブルメーカーであるからこそ、最上位に置いておく方が中間に置いておくより、よい結果を生むというものだ。その点ではわたしの経験を評価してもらいたいね。」
 

 多丸氏は年長者の余裕をもって、そう答え、委員長はそれ以上反論する術を失うこととなった。認めたくはなかったが、彼もまた同意見であったからである。
 

 委員長はタバコを取り出し、一服した後、

  

 「・・・なるほど、そういうものかもしれないですね。」
 

 そう付け加えて、多丸氏のオフィスを辞することとなった。まさしく、しぶしぶ認めるといった風であったが・・・
 

 

 そして、国防委員長はオフィスに戻るなり、涼宮ハルヒの暴走に歯止めをかけるため、とは言わずに、

 

 「戦場外で戦闘の勝敗を決するのは情報と補給だ。」

 

 と岡部本部長に宣言し、情報と補給を担当する後方勤務本部の設置を命じ、涼宮ハルヒが嫌がりそうな艦隊の準備・整備・補給・戦闘予想宙域の情報収集及び帝国辺境の動きなど地味だが重要な仕事を岡部本部長と喜緑後方勤務本部長(新任)の二人に一任した。
 その結果、涼宮ハルヒらは、戦略及び戦術レベルの検討のみに集中できたといわれている。

 

 

 国防委員長が個人的な友人でもある(好意を抱いていたという説もある)喜緑後方作戦本部長への労いを兼ねて、士官専用の高級レストランへ訪れ、そこで食事をする涼宮ハルヒとキョンと出会ったのは、ハルヒたち二人が辞令を受け取った二週間後、準備万全な艦隊の出発前日のことであった。

 

 

 「涼宮君、出発前日に二人で食事とは実に悠長なことだ。この戦いに負ければ、SOS同盟は滅び、帝国の専制支配下の一地方となるというのに。」

  

 かなり嫌味のこもった声であり、涼宮ハルヒの性格を知る周囲の同盟士官たちに緊張が走った。

  

 「へえ、一大事ね、それは。えっと、デザートにプリンアラモードとアイスコーヒーね。キョン、ウェイターを呼びなさい。」
 

 涼宮ハルヒは委員長の嫌味を軽く受け流し振り返りもせず、食後のデザートをキョンに命じていた。

  

 「食欲があって結構なことだ。君はこの国よりデザートの方が大事なのか?」
 

 あきれたように委員長はいった。その下手な皮肉も涼宮ハルヒにはまったく効果はなかった。

  

 「あたしは好きなものを食べられる国家だから、守ろうと思うのよ。そうじゃないなら、こんな国のために危険を侵す気はないわ。それに、たとえ国防委員長でもプライベートを邪魔されるのはあたしの士気の低下につながるから、国家反逆罪で軍法会議で死刑にしたいところよ。」

  

 「相変わらずだね、君は。まあ、健闘を祈る。君たちにこの国の命運を任せるのは私としては不本意だが。」

  

 「あんたに祈られたら、幸運の女神とやらも逃げちゃうでしょ?さっさと消えてよ。」

 

  「了解だ。私の方もこれ以上会話を続けるのは無駄と感じていたところだ。」

 

 

 

 「いいのか、あんなことを言って?」
 

 国防委員長が奥へと去った後、キョンがお前はまた・・・という表情でそういった。

 

 「いいのよ。勝てばあいつは何もいえないし、負ければこの国が滅んで、あたしたちも戦死か、よくても帝国の政治犯収容所行きよ。」
 

 そう言い放つ涼宮ハルヒの言葉に、

 

 「あいつ、何で俺たちに声をかけてきたんだろうな?ほっといてくれればいいのに。」

 

 そう答えながら、あいつと話すとハルヒの機嫌が悪くなるからなあ・・・とキョンは思い、コーヒーを口にした。
 


 なお、キョンはあれは国防委員長なりの激励ではなかったかと、後日回想している。
 

 涼宮ハルヒと国防委員長はとにかく仲が悪かったという説をとる歴史家もいれば、反発しながらも理解しあっていたのではないかという歴史家もいる。
 本当のところを知るものは、本人たちしかいないのであろう・・・それすらも定かではないが・・・

 

 

 翌日、涼宮ハルヒ提督の艦隊は、ハルヒ提督以下、キョン参謀長、長門有希、古泉一樹、朝比奈みくるの4名の少将と谷口、国木田、鶴屋、阪中他の合計8人の准将の指揮の下出撃した。総兵力は約3万隻SOS同盟が準備できる最大規模の艦隊であった。

 

 

 

 一方の銀河帝国は、人類発祥の地である地球からつづく正統な政府であると自称しており、歴史的にはそれは正しかった。彼らの立場では、SOS同盟は一世紀近く前に逃亡した政治犯の子孫に過ぎず、すでに三世紀に渡り人類に君臨するこの皇帝専制の帝国のみが国家であるということになる。

 

 クロトス星域会戦を指揮した人物については、当時の第二十代皇帝の次男であるということは伝えられているが、名前などは歴史的に抹殺されており、不詳となってしまっている。同様の理由から、指揮下の提督たちの名前も不詳であり、今後の歴史家の努力に期待するしかない状況である。
 なお、長男である皇太子が病弱であることから、皇帝は次男への皇位継承を考え、彼に指揮を任せたというのが定説である。

 

 今回の記録では、指揮官を大公、各提督をA、B、C、D、Eと仮称させていただくが、これは記録作成者の手抜きではないとご理解いただきたいものである。
 参加した軍人の中で、名前のわかっている最上級者は、参謀であった朝倉涼子大将である。なお、帝国軍には大将の上に上級大将があり、各提督たちはそこに位置し、大公は出撃前に元帥の位を得ている。

 

 

 銀河帝国側の指揮官の人選に否定的な発言をした人物がいることも知られている。それは、皇室に連なる佐々木公爵夫人であり、後に銀河帝国第21代の女帝として君臨する人物である。

 佐々木公爵夫人は夫人と呼ばれているが、帝国では珍しい女性当主として知られており、男性として生まれていれば、大臣として辣腕を振るっているだろうという評価をすでに得ていた。

 

 

 「僕としては、今回の遠征の3つの不利な点を指摘せざるを得ない。
  ひとつ目は、時間の不利だ。準備時間が不足している。

  調査と情報収集よりも遠征を急ぐのは危険であると指摘したい。
  ふたつ目は、地理の不利だ。

  これは情報の不利ともリンクしているが、遠征の距離は過去の実績をはるかに超えており、

  帝国はこれほどの距離の遠征の経験がない。補給などの点でも不利となるだろう。
  最後に、人的資源の不利だ。指摘した二つの不利を抱えた状態の遠征に熟練の提督ではなく、

  苦労知らずの若造に委ねるのは危険極まりない。
  以上、三点から今回の遠征を延期し、再検討すべきだと思う。」

 

 後に佐々木女帝は、この指摘を行ったことを自分のミスであったと認めている。『発言内容に』、ではなく、『発言したことに』対してである。

 

 「正鵠を射る指摘というものは、かえって相手を意固地にさせるものさ。僕も若かったからね。」

 

 というのが、記録に残されている女帝の述懐である。

 

 

 事実、佐々木公爵夫人はこの発言で皇帝の不興を買い、公国領の半分を没収され、さらに、領地での蟄居を命じられている。蟄居期間中に敗戦による宮廷の混乱を予想し、それの対処を行っていたのはさすがは後の帝国中興の祖というべきだろう。

 

 

 佐々木公爵夫人の指摘に反発するように、皇帝は長距離移動能力を有する軍用及び民間用宇宙船の大規模動員を急テンポで実施した。民間船舶は、不足する輸送力及び索敵能力の補助を目的としている。これは、人類が地球という一惑星の上で活動していた時代にも見られたものである。
 

 この銀河帝国建国以来最長の遠征に参加した大公殿下指揮下の艦隊は約7万隻うち補給艦艇など民間徴用船が3万隻を数えるもののSOS同盟の2倍以上の兵力であった。


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