いまいましくも記憶に残っていたクソ野郎の名前を叫び駆け出しながら、
前回の顛末を思い出し古泉にコールする。機関の状況が今どうなっているのかは分からないが、
やはりこういう時に頼りになる人間はヤツだろう。だが2コールで出た古泉の言葉には以前程の周到さはなかった。

「どうしました?お二方は無事に送れたのですか?」

そんな場合じゃないんだ。また朝比奈さんが誘拐された。

「今どこにいます?」
公園だ。もう切るぞ。
古泉に落ち度はないのだが苛立ちを隠せなかった。何を悠長な事を言ってやがる。
前の手際の良さはどこへ行ったんだ。


今から行く、という言葉を聞き流しスピードを上げしばらくするとワゴンがぐっと近付く。
…どういうつもりだ?失速しやがった。

程なく誘拐野郎の車は完全に停車し、見たくもない奴が運転席から姿を現した。

その表情は意外にも苦渋に満ちていた。意表を突かれ足が止まる。


「逃げられた」
…何?
藤原は独り言のように口を開くとこちらに視線を向けた。その表情がすぅっと笑みの形に歪む。
それをきっかけに殴ってやろうと歩き始めたところで、背後からヘッドライトの光が近づいてきた。 

…古泉だ。飲酒運転だぜ?

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「強制帰還コードだ。ふん、予測できる事態ではあったが」
黙れ。何を抜かそうとお前が朝比奈さんにまた恐怖感を与えて俺達との別れの後味を悪くした罪は消えないぜ。

「…遅くなってすみません」
殴り掛かろうとしていた俺の肩に手が置かれる。
「さて、この事態を起こした理由をお話し願いたいのですが」
コイツの冷静さは救いになった。
確かにこのタイミングでなぜもう一度この暴挙に出た理由を聞いてからでも殴るのは遅くない。


「涼宮ハルヒの情報改変能力は消滅した。規定事項が彼女に揺るがされる可能性はないはず」
いつの間にか隣にいた長門が口を開く。


心強い事だ。こいつら二人が隣に控えているだけで並大抵の事じゃ負ける気がしない。
藤原の話を聞くくらいの心の余裕が急速に戻ってくる。
拳を下ろし、睨むだけに留めておいてやる。

「僕には話す事などないな。話したとしてもお友達ごっこに浸りきったお前達が信じる…いや認めるとは思えない」
再び俺の感情を逆撫でするような台詞を吐きやがる。ぐっと拳を握ると、
「でも…ふん、お前達が動揺するのを見るのも悪くない。いいさ、話してやる。禁則も多いけどな」




藤原の語った内容は確かに信じられる内容ではなかった。
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「朝比奈みくると僕の規定事項は完全には一致していない。決定的なのは向こうのやり方で規定事項を固定すると僕の存在が脅かされるということだ」
「僕の規定事項は禁則だが朝比奈みくるの規定事項と重なっている所もある。
いや、もしも未来からのエージェントが朝比奈みくるでなければ両者を満たせたはずなんだ」
「あの何も知らされていない女は自らの利益しか考えていない…いや、考えなくなる」
「だから今の段階で止めておきたかったのに…ふん、向こうの方が一枚上だったって事だな」
御託はいい。手短に話せ、早く俺はお前を殴りたいんだ。
藤原は笑いに悪意を増して、 

「…朝比奈みくるは涼宮ハルヒを殺しにくる。それが奴の規定事項だ」




-眩暈がする。藤原の言葉を信じたわけじゃない。
信じるわけがないよな?例え親の口から同じ言葉が出たとしても信じないぜ。
怒りで眩暈がしたのは初めての経験だ。

「消えろ」
これ以上コイツの顔を見ていたら殺してしまうかもしれん。ハッタリじゃない。

「いずれ分かる。お前達の為じゃない。僕は僕自身の為に行動する。
こんな事態になるならもっとちゃんと佐々木達に協力しておくべきだった」
「涼宮ハルヒとお前を軽視した僕のミスだ」

消えろと言ったんだ。三秒以内にな。

「後悔しても知らないからな。お前と涼宮ハルヒは…ふん、禁則だ」
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朝比奈さんがハルヒを殺すだって?どうやって殺すって言うんだ。彼女の手に握らせてしっくりくる凶器すら思い付かん。
あの場をうやむやにして切り抜ける為に出まかせを言ったんじゃないか?
そうに違いない気がしてきた。だとしたらあいつの思惑にはまった事になるな。
畜生め、何にしろ腹立たしいことこの上ない。どうやったらあんなにねじ曲がった人格が構成されるんだ。

「彼の言ったことが本当かどうかはさておき今日は休みましょう。お二人を送るには少々長すぎる時間が経っていますし、
涼宮さんも心配されているのでは?」
本当なわけないだろう。お前も俺を怒らせるのか。
「僕としても信じたわけではありませんよ。ただ能力は喪失されたとはいえ涼宮さんが世界にとって重要な存在であるのは…
疑いようのない事実ですから、用心に越した事はありません」
「わたしが守る。あなたと涼宮ハルヒはわたしという個体にも古泉一樹にも大切な存在」
「そういう事です」

古泉の車で運転席と助手席からかけられた言葉は、俺の心を少しばかり癒してくれはした。
しかし、俺が二人に求めていたのは…


『もし~なら』
『たとえ~でも』


という仮定法ではなく、『そんな事は万に一つもありえない』という信頼に基づく断定だ。

自分の存在に関わる過去の事項が変容していたらどうする、と朝比奈さんに問われたのを思い出し、
俺の中で疑心の芽が顔を出した…そんな気がした。

そんな事、ありえないですよね?朝比奈さん。



祈りながら無言で過ごす車内。排気ガスの臭いが妙に強く感じた。

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家の前まで送ってくれた古泉に目と手で礼を述べ、玄関に足を踏み入れる。
そこではハルヒの真っ白い靴が強烈な存在感を誇示しながら鎮座していて、その隣に脱ぎ捨てた靴を揃えた。

部屋に入ると、枕をぎゅっと抱いて静かに寝息をたてるハルヒが目に入ってくる。


『朝比奈みくるは涼宮ハルヒを殺しにくる』


『それが奴の規定事項だ』


くそっ。そんなはずないんだ。三年以上も一緒に過ごしてきたんだぜ?
それなのに何故高二の時にいきなり乱入してきた野郎の言葉が頭から離れないんだ。

…ハルヒ、お前は死んだりしないよな?もう突然俺の前から消えたりしないよな?


「…ん」

カチューシャしたままの頭を撫でると声を漏らす。邪気のかけらもない寝顔だ。

「カチューシャしたままじゃ痛いだろ」

トレードマークの黄色を外してやり、ベッドの隣に潜り込み意外なほど華奢な腰に手を回す。

下心なんかじゃないぜ?
ましてや藤原の話を信じたわけじゃない。
…信じるわけがない。


離したくなかった。

俺は涼宮ハルヒを絶対に離したくなかったんだ。

鼓動が重なり、俺を眠りの世界に導くまでそう時間はかからなかった。眠りにつく直前、俺は願った。


夢の中でもハルヒといたいと。


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