第4話 敵対存在 『獣』と『神人』
最初の事件が起こるとしたら、それはSOS団室だと思っていた。
しかし、事件は部室で起こらず、俺の机の中でひそかに起こっていた。それは、ハルヒが席を外していたとき、俺が一枚の紙片を見つけたことから始まった。
『放課後誰もいなくなったら一年五組の教室に来て』
とそれには女子の文字でこのように書かれていたのである。ハルヒにみつかるとやばそうなので、俺はこの意味ありげな紙片をすばやくかばんの奥へとしまいこんだ。
とりあえず、脳内検索実行。
可能性① 涼宮ハルヒの場合
キョンちょっと来なさい。俺のネクタイを引っ張り、屋上へつながる階段の踊場へと引きずる。
よし、ハルヒの可能性は消えた。
可能性② 朝比奈みくるの場合
女の子らしい便箋にきれいな文字で書き、それをやはり飾りつきの封筒にきちんと封をして・・・
うむ、朝比奈さんでもないな。
可能性③ 長門有希の場合
気づかないうちに教科書に栞が・・・そこには印刷されたようなきれいな字で・・・
長門でもないな。
可能性④ ちゅるやさんの場合
机を除くと人形が・・・いきなり起き上がり、「キョンくん、スモークチーズはあるかい?」
ねえよ!学校にスモークチーズを持ち込む高校生ってどうよ?ちゅるやさん消去っと。
まあ、それは冗談として、鶴屋さんもサバサバした性格だ。手紙などというまどろっこしい手を使うタイプじゃなさそうだった。
可能性⑤ 上記以外もしくは悪戯
この可能性が最も高いが検索条件の再設定が必要です。
とりあえず、再設定できないので、可能性⑤を前提に行動するとしよう。谷口あたりの悪戯の可能性とかな・・・
その日の部活動?では、ハルヒから以前作成したホームページの改装命令を受けるはめになった。
この前の不思議探索でハルヒが撮影した街の画像などだったが、一部とても公開できないものも混じっていた。朝比奈さんのコスプレ写真群だったのだが、どこで撮影しやがりましたか?
しかも、きわどい写真まであるぞ。どうみても街中なんだが?
しばらく考えた結果、思い当たる時があった。あのときだ・・・不思議探索午後の部のとき。
ハルヒと古泉、朝比奈さんの3人で行動していたわけで、俺の目はそこにはない。
結論・・・この写真群はそのとき新しいコスプレ衣装を買ったハルヒが朝比奈さんに試着させ、その場で撮影したものと判断。
昨日朝比奈さんが部室に来なかった件については、このトラウマによるものと推察できる。
警告 この写真群をホームページで公開するのは朝比奈さんにストーカー被害にあってくださいというようなものであり、万難を排して止めるべし。
結果、俺はハルヒと口論になりながらも、なんとかこの写真をホームページに載せることを思いとどまらせることに成功した。
ネットで個人情報を流す危険性と朝比奈さんのプライバシーの保護を必死に訴えて、最後に、朝比奈さんが転校してしまう可能性をほのめかすことまですると、さすがのハルヒもあきらめた。
パソコン内の写真については、削除する手前までいって、魔が差した・・・隠しフォルダーを作成し、パスワードを設定。MIKURUホルダーとして保管してしまったのだ。後で、個人的に鑑賞用に使おうという思惑があったのはいうまでもない。
そんなこんなで、街の風景メインの写真をホームページに載せて、もちろん、個人情報関連に十分に注意してだが、その日の部活動は終了した。ハルヒが写真の一件で不機嫌になり、ホームページの更新が終わったのを確認するとさっさと帰ってしまったためである。
古泉もハルヒが帰った後、「おそらく、バイトが入るでしょう。」と不思議な言葉を残して帰っていった。
ハルヒと朝比奈さんのことが気にならなかったかというとうそになるが、俺的には、まずはずっと気になっていた手紙の件から片付けようと決めて、一年五組の教室へ向かった。
夕日に染まる教室内にいたのは、意外な人物だった。可能性⑤に対応して、誰がいてもよい心積もりでいたのだが、さすがに実際予想していない人物にあうと心の準備というものの意味の無さを実感する。
そこにいたのは、一年五組の委員長 朝倉 涼子だった。
「あら、意外と早かったのね。」
朝倉は笑顔を浮かべてそういった。
「ああ、部活がいつもより早く終わったからな。」
「ふーん、ところであなたはどこまで知っているのかしら?」
「なんのことだ?」
朝倉の様子がいつもと違うと感じた。普段学校でみせている笑顔なのだが、なにかが違っている。そう、アニメとかなら、身にまとっているオーラの色が違うという感じだろうか。
「とりあえず、急がないと邪魔が入るから・・・」
そういって、朝倉はナイフを取り出した。ちょっと古風な外国製っぽいナイフ・・・なんで、日本の高校生がそんなものを持っているんだ?
あまりに非日常的な光景に言葉を失った。
「そうそう、死ぬ前に誰に殺されるのかくらいは知っておきたいでしょうね。わたしは、『ザ・ビースト』に雇われた『妖怪』 ミセリコルデ。本業は暗殺ね ♪ 今回の依頼は、あなたを殺して、涼宮ハルヒの出方をみる!」
そういって、朝倉はナイフで切りかかってきた。
それは、一秒にも満たないタイミングだったのだろう。俺の喉に向かってきた朝倉のナイフをぎりぎりで避けた。頬が切られたらしく、痛みがはしった。
「わたしの一撃を避けられた人はすくないのになあ。最初から後ろに回っておくべきだったかな。」
そういう発言を笑顔でいうな!
「意味がわからないし、笑えない。いいから、そのナイフをどこかへ置いてくれ」
朝倉は、自分の手のナイフに目をやり、
「うん、それ無理。それにわたしは本当にあなたに死んで欲しいんだもの」
といいやがった。
入ってきたドアから逃げようと振り向くと、ドアがない。というか、窓も消えてやがる。
「ドアがないのに驚いた?ほら、殺人鬼って誰にも見つからない空間に獲物を引きずり込んで殺してるってイメージあるじゃない。あなたたちがそう思ってくれたから、わたしにはそういう力があるの。」
だから、笑顔でいうな!
とりあえず、朝倉から距離をとる。
「そろそろ、おしまいにしないとね。じゃあ、死んで♪」
やばい、実にやばいぞ。マジでくたばる5秒前だ。同級生の殺人鬼に襲われる予想はさすがにしてなかった。
朝倉は再び俺に向かって突進してきた。避けられない!?
最後の瞬間を覚悟して目をつぶる。しかし、予想していた痛みはやってこなかった。
目を開けると、そこには手を血を滴らせ、朝倉のナイフをつかんで止めている長門有希の姿があった。
「結界を使用するのが常に有効とはかぎらない。観察できない空間の発生は異常を意味する。」
「邪魔する気?生まれて3年程度のあなたではわたしには勝てないわよ。」
朝倉は長門の突然の侵入に驚いた表情を浮かべたが、焦った様子はない。
こいつになら勝てるという確信をいだいているのかもしれない・・・笑顔でその奥の表情は読み取れないが。
「わたしが来た時点であなたの計画は破綻したはず。」
長門も手にけがをしているのに、普段とかわらない平坦な口調で・・・表情にも変化がない。命のやり取りに慣れているということなのだろうか。
「そうかしら?やってみなくてはわからないはずよ。」
朝倉は、長門に切りかかる。長門も、武器を取り出し・・・って、本!?長門が取り出したのは、図書館で借りたあの分厚い本だ。これが武器なのか?
長門が取り出した本を開こうとしたとき、朝倉は俺のときにはそうしたように長門の体を狙うのではなく、ナイフで的確にその本を弾き飛ばして手につかんでいた。
ほんの一瞬の出来事だ。
「あなたの本体がこれだってことは教えてもらっていたから。これを切り刻んだらどうなるのかしら?」
「・・・・・・」
長門は文字の精霊みたいなものだ。つまり、今はあっちが本体ってことか。
「じゃあね。」
朝倉は、手につかんでいた本をバラバラに切り裂いた。そして、勝利を確信した笑みを浮かべ長門へと目を向ける。
その表情は驚愕へと変わった。
「なんで・・・?本体を失った『妖怪』は存在できないはず。」
『あなたは勘違いをしている。』
それは長門の声だったが、長門がしゃべっているわけではなかった。長門がポケットから取り出した携帯電話・・・そこから声が聞こえていた。
『文字への人の想いがわたしをつくった。それは手紙でもおなじ。この機械の中の文字でも同じ。』
「ふーん、その携帯電話内の文章が今のあなたの本体ってわけね。それを壊せば・・・」
『あなたの負け。あなたはもう一歩も動くことができない。』
「えっ!?」
『わたしの能力は知っているはず、この空間は今はわたしの管理下にある。今この空間内では、わたしの言葉が現実となる。』
「負けかあ、残念。」
朝倉は笑顔に戻っていたが、それは敗北を確信したあきらめの表情だった。
『あなたの敗因は、その本をわたしの本体だと思ってしまったこと。
その本にあなたが展開した結界の情報を書き込んでおいた。あなたが自分の意思で本を破壊したとき、結界も崩壊した。』
「・・・」
『あなたは自分の本体をわたしたちに明かす。』
朝倉は無言で自分の手にしていたナイフを指し示した。長門の携帯のようにあのナイフが朝倉の本体『妖怪』ミセリコルデというわけか。
『あなたは自分の手でそのナイフを・・・』
「まてっ!」
長門の携帯からの声がおそらく朝倉にナイフを破壊するように命じる前に・・・俺は止めた。
「なんで?」
長門が不思議そうな表情でこちらをみつめてきた。
「よくわからんが、そのナイフを破壊させるということは、朝倉を殺すということだろう?」
「そうね。わたしは付喪神(つくもがみ)の一種だから、長門さんのような再生はないわね。」
だったらなおさらだ。
「長門、そのナイフを破壊するのはやめてくれ。」
俺の発言に二人とも怪訝な表情を浮かべる。
「あなたを殺そうとした」
「わたしはあなたを殺そうとしたのよ?」
それはわかっていたが、『妖怪』とはいえ同級生だったやつが殺されるのをみるのは耐えられそうになかった。
「長門、朝倉が俺たちに危害を加えないようにすることはできないか?」
長門はしばらく俺の方を見つめた後、あきらめたように携帯を取り出す。
「命令しなくてもいいわよ。教えるから、長門さんの力の入ったものを鞘にして、そこに本来の役割を果たすこと。と書いておけばいいの。
ミセリコルデは自殺を禁じていたキリスト教徒が致命傷を負ったとき、仲間が止めをさしてあげるための慈悲の短剣。本当なら快楽殺人の道具に使われるためにつくられたものじゃないもの。」
俺は自分の机からノートを取り出し、長門に渡した。
長門がそこから一枚を切り取りそれに何かを書き込み、折りたたんで鞘状にしてくれたので、俺は朝倉からナイフを取り上げ、その鞘にしまいこんだ。
その瞬間、そこにいた朝倉の姿が消えた。
「長門!朝倉は・・・」
『大丈夫よ。人間の形態を維持できなくなったから、ミセリコルデに戻っているだけよ。一週間くらいは戻れないかもね。長門さんあとはよろしく。ちょっと休むから。』
鞘に入ったミセリコルデから声が聞こえてきた。
「後は、この空間とあなたの傷を元通りにする。朝倉 涼子の件に関しても入院ということにしておく。」
便利な能力だな。
「そう?」
よく見ると、長門の手の傷だけが治っていない。
「長門、その手は直せないのか?」
「この体はかりそめのもの。文章が自己を束縛しないように、わたしの文字はわたしには効果が無い。」
「直す方法はないのか?」
長門はかすかに不思議そうな表情を浮かべていた。
「この傷はわたしの状態に影響を与えない。あなたがなぜそれを気にするのかわからない。」
「直す方法は?」
少し語気を強めて再び尋ねた。
「・・・ある。この紙にあなたが文字を記入すればいい。」
長門がノートの切れ端を渡してきたので、俺は、そこに「長門の手の傷は跡形も無く消える。」と書き込んだ。
それを長門の傷口に当てると、手の傷は確かに無くなった。
「俺を助けて一生ものの傷を負わせたら立場が無いからな。」
「そういうもの?」
「そういうものだ。あと・・・ありがとな、長門。」
「いい、ザ・ビーストの刺客を発見できなかったのは、こちらの不手際。ただ・・・」
長門の悲しげな視線は散らばっていた本の残骸に向けられていた。本を元通りにすることも無理らしい。
「本か?」
こくり・・・とうなずく。
そうか、文字の精霊とでもいうべき長門にとって、本は大切なものなのだろう。俺にとっての去年死んだ猫のような・・・
それを長門は犠牲にして俺を救ってくれたのか・・・
「この子を犠牲にしないと朝倉涼子には勝てなかった・・・わたしの力不足。」
俺は、無言で散らばった本の残骸をみのがさないように回収し、長門に渡した。
「本当にありがとな、長門。あと、こいつにも感謝しないとな。」
俺に言えるのは、そのくらいだった。
帰宅の途につきながら、長門からザ・ビーストとやらについての情報を聞いた。
ザ・ビーストというのも妖怪ネットワークのひとつで、しかもネットワークの中では最も大きなもののひとつであるらしい。
ヨハネ黙示録に記載されている獣の記述が元になり、そのトップは7人であること、7人は、傲慢・嫉妬・憤怒・怠惰・強欲・暴食・色欲の7つの大罪とやらの化身。
ちなみに、『神』との戦いの時には、2人が殺されたが、まあ、世界中にこの大罪は満ちているわけで、今は7人で元気にしてる。
・・・といいたいところだが、この7人のこびとならぬ7人の獣というのが、たちが悪く現在進行形で世界征服とやらをがんばっちゃってるわけで、当然、ハルヒの力にも興味を示しているらしい。
やれやれ・・・だ。
幸いなのは、この組織自体が『神』の力とは相容れない関係にあるので、直接しかけてくる可能性は低いだろうということくらいだ。
今回のように、流れの『妖怪』とでもいうのかね・・・そういう存在を使ってくる可能性が残っているが。
長門のマンションに立ち寄った結果、日も落ちた家の前に黒塗りの車が止まっているのをみたときは、すこしばかり不安になった。なにせ、クラスメイトに襲われたばかりだったしな。
まあ、待ち構えていたのは、タクシーとその脇で手を振るニヤケ顔のハンサム野郎だったわけだ。ちょうど、今日のことで苦情をいいたいと思っていた。
「ちょっと、大変だったみたいですね。」
俺が言う前に、相変わらずすべてわかってますよとばかりの笑顔でそういいやがった。こいつ、監視していたのか?
「監視といいますか・・・僕たちは常に学校には注意を払っていますからね。長門さんが危ない状態になったら、動く予定でしたよ。まあ、鶴屋家が動いてない時点で、未来情報で安全とは判断していましたが。」
ほう?俺の恐怖体験とか長門のけがや本を失ったショックは計算にいれてないってわけか。
バラバラになった本に悲しそうな視線を送る長門の様子を思い出して、少し怒りを感じた。
「もうしわけありません。手すきであれば、お手伝いしたかったのですが、部活のときにお話したように、バイトが入っちゃいましてね。」
バイトねえ。おそらく、じと目になっていただろう俺の表情にわれ関せずの笑顔で古泉のやつは答えてきた。
「これから、2度目に行くのですが、ご同行いただけますか?僕の相棒をお見せするよい機会ですので。」
正直、疲れきってはいたが、古泉のいう相棒とやらに興味もあったので、同行することにした。
古泉は黒塗りのタクシーに乗るようにいってきた。・・・運転席に人の姿がない。
「では、出発します。よろしくお願いします。」
古泉が運転するのかと思いきや、やつも俺の隣に乗り込んできた。ということは、誰が運転するんだ?
結論からいうと、そのタクシーは運転席に誰もいない状態で走り出した。・・・だいぶ慣れてきたが、このタクシーも妖怪とやらなわけか。
「だいじょうぶですよ。僕たちには誰も運転していないように見えますが、外からみると、きちんと運転手がみえるのです。」
「『妖怪』タクシーというわけか?」
「ええ、そういうことです。これは今日の最初のバイトの後、情報交換でわかったことなのですが。」
そう前置きして、高速道路を走っている運転手不在のタクシーの中で、古泉の説明がはじまった。こいつ、説明の好きなやつだな。
「新たな不思議が判明したのです。あなたは普通の人間のはずなのですが・・・」
まあ、その通りだな。ここ数日でいろいろ経験させられて、自信が無くなってきたが。
「なぜか、僕たちはあなたに『妖怪』の存在を信じてもらいたくなるのです。長門さんや朝比奈さんとのアプローチの際にもそんな感じはありませんでしたか?」
・・・2人のアプローチのときねえ・・・
長門は、不思議な本を手渡してきたな。俺の言葉で書かれた書かれていない本。
朝比奈さんは・・・人形状態の鶴屋さんを伴って、目の前で変形?を見せてくれた。
ふむ、たしかに『妖怪』らしい行動をわざわざ取ってくれたという見方もあるか。2人ともそんな必要はないといえば、その通りだからな。
「そのことに気づいた僕たちは、涼宮さんには正体を明かせない・・・『神』の呪いの影響でですが、そういう状況下にあるので、あなたにはむしろ積極的に不思議体験をしてもらい、『妖怪』の存在を信じてもらうという決定をしました。
タクシーさんにこのような行動をしてもらっているのも、その一端ですね。」
それは喜ぶべきなのか?かなり迷惑な気がするぞ。
「むしろ安心していただきたいですね。あなたに正体を知られても構わないというのは、あなたの身を守る上ではむしろ好都合なのです。」
そういうものかね・・・
「ああ、もうそろそろ目的地に着きますよ。」
運転手不在のタクシーは俺たちを降ろした後、走り去っていった。古泉の話では、バイトにはちょっと不向きなので・・・とのことであった。
古泉の案内でたどり着いたのは、港のそばのどこかの会社の屋上だった。鍵はどうしたのか・・・という質問は無意味だろうな。
エレベーターに乗って屋上から見た世界は、建物に入る前とは一変していた。世界はすべて灰色に染まり、人の姿が消えている。
「この空間は涼宮さんの世界のイメージが実体化したものと僕たちは考えています。」
丁寧な解説ありがとよ。しかし、ハルヒの世界というのはこんなに寂しいものなのか・・・
「この空間の発生は『神』の力が無意識に発動したものです。僕たちが隠里(かくれざと)と呼ぶものの一種で、特別に閉鎖空間と呼んでいます。
涼宮さんが僕たちの世界に不満・不安・憂鬱などを感じるとこの空間が発生します。そして・・・あれが生まれます。」
古泉が指差した先には、巨大なひとがたが姿を現していた。灰色の空間に現れた青い光を放つ巨人は30階立てのビルほどの大きさがあった。
「はじまります。」
そのひとがたは近くのビルを破壊しはじめた。
「あの体で重力の影響を普通に受けていれば、立つこともできないはずです。つまり、あれも『妖怪』の一種ですが、一人の想いではこれほどの大きさの妖怪をつくれないはずなのです。
僕たちはあれを神の力がかたちになったもの『神人』(しんじん)と呼んでいます。もし、『神』に計算違いがあったとすれば、自分がかけた呪いのせいで涼宮さんがあれを現実世界で暴れさせることができないということでしょうね。
まったく幸いなことです。」
たしかに、あんなのが現実世界に現れたら、パニックになるな。
「あれを止めることはしないのか?」
俺が神人とやらを指差し、古泉の方をみると、おおきな白い何かが目に入った。
「紹介します。僕の相棒の『白いカラス』です。」
カラス?・・・なるほど、それは人間ほどの大きさがあるが、たしかにカラスのかたちをしていた。
「この『白いカラス』は、超能力に関する人々の願望が『妖怪』になったものです。超能力は実在してほしいというね。
超能力と呼ばれているものにはたしかにインチキがある。しかし、すべてのカラスを調べなければ、白いカラスはいないとはいえないはずだという願望です。」
古泉はそういうと、『白いカラス』にまたがる。実にシュールな光景だが、もう慣れたさ。
「さて、僕も参加しないと・・・では、ちょっと行ってきます。」
そういって、青い巨人の方に飛び去っていった。
巨人の周囲には、さっきまではいなかったなにかが飛び回っていた。手が鎌状の細長いネズミとか、火の玉とか、円盤とか、プロペラ飛行機までいやがる・・・SF映画にしては適当すぎるな。安物SFでももう少しましだ。
「古泉は仕事がありますので、わたしが説明は引き継ぎます。」
いつの間にいたのか、初老の紳士がそこに立っていた。どなたでしょう?
「自己紹介が遅れましたな。わたくしは新川と申します。今回のわたくしの任務は、情報の転送とあなたさまの護衛です。今後ともよろしくお願いいたします。」
非の打ち所のない敬礼であった。なんで、敬礼なんですか。
「失礼、驚かれましたか?『幻の日本兵』がわたくしの正体なもので、つい癖がでてしまうことがあります。
あと、さきほど古泉になさっていた質問ですが、わたくしどもはあの『神人』を暴れさせておくことはいたしません。
この世界の破壊が涼宮様の心にどのような影響を与えるのか判りかねますし、漠然とではありますが、放置しておくのは危険と感じておりますもので。」
この人もあそこで飛び回っている何かと同じ『妖怪』というわけか。そして、あそこで飛び回っている妖怪たちは『神人』を倒すために集まったと。
『スネーク、スネーク、こちら、クロウ。位置情報を送りますので、転送をお願いします。』
新川さんの携帯から古泉の声が聞こえてきた。
「来ましたな。しかし、便利な時代になったものですな。ガ島のときにこれがあれば。。。」
しみじみと手に持った携帯を眺めて、新川さんはどこからか取り出した無線装置のようなものになにかを打ち込んでいた。
「これをつけてください。耳を痛めてはいけませんから。」
新川さんが手渡してきたのは、ヘッドフォンのようなもの。言われるままにそれをつけた。
「さて、来ますよ。」
その合図とほぼ同時にヘッドフォンを通してすら聞こえる轟音が響く。
さっきまで風すら吹いてないことに気づいたのは、その轟音を圧力として体に感じたからだった。音が空気の振動であるということを実感させられた。
そして、青い巨人の周囲で覆い尽くすような爆発が起こる。すでに飛び回っていたものたちの姿は巨人の周囲から消えていた。
なんなんだ、いったい。
「あれです。」
新川さんが指差したのは海の方角。
そこには昔、本でみた軍艦の姿が複数あった。たしか、あれは戦艦・・・
「あれらも妖怪です。軍艦の『妖怪』たちです。『大和』、『土佐』、『天城』・・・。」
戦艦 大和くらいは聞いたことがあったが、残りはよく知らない名前だ。
「便利な時代になったものですな。戦艦の主砲というのは、映画や小説と違ってそうそう当たるものではありませんし、こんな至近距離では使えません。
しかし、誰もそんなことは信じていない。おかげで、初弾必中になります。」
もうもうたる土煙が消えた後には、半分崩れかかった巨人の姿があった。
「後は『鎌風』たちで大丈夫です。古泉はすぐ戻ってきますのでわたくしはこれで失礼いたします。」
新川さんはまた見事なというしかない敬礼をして去っていった。
「後は大丈夫なのか?」
『白いカラス』に乗ってもどってきた古泉に俺はそういった。
まだ、巨人は動こうとしている様子だった。しかし、その体はかなり崩れており、昔テレビでみた火の七日間を引き起こしたという巨人の末裔のような無残な姿となっていた。
早すぎたんだ腐ってやがる・・・というわけじゃないだろうけどな。
周囲で攻撃を加えているらしい『妖怪』たちによって、さらに巨人の姿は崩れ、その輪郭もぼけてきていた。
「大丈夫でしょう。幸い今回は海のそばでしたので、筒井さんたちの協力が得られましたから、すぐ片付きました・・・おっと、今の名前のことは忘れてください。」
さすがに、緊張が解けて油断したんだろうな。おそらく、筒井さんというのは、今は姿がみえない『軍艦妖怪』の名前なのだろう。
間もなく、その青い巨人の姿は完全に崩れ、そして消えていった。残ったのは灰色の空間と崩れたビルの山、そして飛びまわる『妖怪』たち・・・その『妖怪』たちも姿を消していく。
「最後にもうひとつおもしろいものが観れますよ。」
空を指差す古泉。
俺はこれ以上なにがあるんだと思いながらも、灰色一色の空を見上げて、それをみた。
古泉の指が指し示す青い巨人がいた上空辺りに、亀裂が入っていた。最初は雲の切れ間から差し込む太陽の光のような状態だった。それが、くもの巣のように広がり、
「あの『神人』が消えると、閉鎖空間も消滅します。ちょっとしたスペクタルですよ。」
古泉の説明が終わるかどうかのうちに、光のくもの巣は空全域を覆い、砕け散った。
つんざくような騒音が俺の耳にダメージを与えなかったのは、さっきから耳につけていたヘッドフォンのおかげだろう。それでも遠くから聞こえる船の汽笛の音、潮の香り、ビルの間を吹き抜ける風が世界が元に戻ったことを俺に教えていた。
遠くから聞こえてくる汽笛の音は、去り行く平凡な日常の別れの合図のようだった。