そして時間遡行。亀的TPDDの内部には、後部にやたらでかいグラウンド整地用のローラーみたいなものが取り付けられており、みゆきが稼動させている間中、それに対応するように幾何学的な模様が描き出されていた。これが技術革新によって、あの小さい金属棒へと変貌するんだろう。
 とまあ、これ以外に時間遡行中に特筆すべきものはなかった。そして俺たちが着いた先は……。




「……同じ公園、か?」
 多分、さっきまで居た公園と一緒なのは間違いない。ただ、備え付けの設備が若干綺麗だったり、後でペンキの塗り替えでもしたのだろうかという感じで俺の知っているものとは色違いな遊具がある。それに……、
「フフ。ちゃんと時間が止まってるみたいですね」
 なんで時間を止めなければならないのかも疑問だが、それは瑣末な問題でしかない。朝比奈さん(大)に聞けばわかるかも知れんが、俺は実行あるのみだ。よって聞かない。
「……ハルヒは、どこだ?」
 こっちの方が重要なのであり、俺にとってこれ以外の考え事は要らないのだ。
「えっと、たしか……あ、いましたっ」
 みゆきが嬉しそうに指を差す方向には空中で停止したブランコがあり、その下に何やら伏した人影があった。
「あれがハルヒか」
 もしかしてあいつ……ブランコ漕いでる最中に時間が止まって、そのまま下に落下したんじゃないだろうな?
 それちょっと面白いなと思いながら近づき、
「おい、大丈夫か?」
 俺は人影へと話しかけた。その人はまさしくハルヒで、ハルヒは立ち上がりながら東中の制服についた泥を払い、
「…………」
 俺の呼びかけに全くの無反応を示した。
「お前、涼宮ハルヒだよな?」
「…………」
 ハルヒはまるで死ぬほどツマラナイギャグを言った奴を見るような冷徹な視線を俺に向け、すぐに踵を返しスタスタと歩き去ろうとした。
「ちょっと待ってくれ」
「…………」
 なおも無視して何処かへ行こうとするハルヒ。俺はハルヒの腕を掴んで静止させようとすると、
「なにすんのよ!」
 お前は何でなにも反応しないんだと言いたい。
「……ふん」
 顔を背けやがった。
「ってかさ、この状況がまず変だと思わないのか? お前が乗ってたブランコを見てみろ。あいつ、ニュートンにケンカ売ってるぞ」
 不自然に宙へと浮かぶブランコの椅子を見せると、
「くだらないわ」
「……くだらないだって? お前、こういう不思議なモンが好物じゃないのか?」
「……まず、あんたは誰なのよ」
「ジョン・スミス」
「帰れ」
 帰るわけにはいかないので、
「お前さ、宇宙人や未来人や超能力者に会いたいって思ってるんじゃないか?」
「…………」
「喜べ。あそこで手を振ってる女の子はな、実は、宇宙人で未来人で魔法使いなんだ」
「……じゃあ、あんたは何者なのよ?」
「強いて言うなら……未来人だな」
「あの子と被ってるじゃない。あんた必要ないわね」
「……とにかく、今から俺について来て欲しいんだ。理由は、行けば分かる」
「ぶっ殺されたいの?」
 ぶっ殺されたくはねえな。
「じゃあ帰れ」
 ……と言って、沈黙。なんか、一つだけ分かったことがある。無口なハルヒは……


 本気でまったくもってハッキリと可愛くない。


 なんなんだ? このダークハルヒの覇気の無さは。これなら、まだ俺の知ってる……雪も降らずに庭駆け回るハルヒの方がマシだ。
 それにこいつ、中学に入ってからは不思議探しに精を出すんじゃなかったのか?
 今、目の前にタイムマシンやらなんやらがあるというのに、なぜこんなに興味を示さないんだろうか。
「キョン先輩っ、どうしたんですか? 早く帰らないと怒られちゃいますよー?」
 離れからみゆきがそう叫ぶと、
「なによあんた。キョン? ジョンじゃないの?」
 うーん……ばれても良かったのだろうか。だがまあキョンもジョンも、このハルヒにしたら変わりゃしないか。多分。
「好きな方で呼んでくれ」
「馬鹿キョン」
 チョップ。
「……痛いわねっ! なにすんのよ!」
「わがまま言ってないで、早く行くぞハルヒ」
「無茶言ってんのはどっちよ!?」
 悲しいくらい俺だったが、
「今から、他の宇宙人や未来人や超能力者と会いに行くんだ。お前、そーいうのに会いたいんじゃないのか?」
 ……これに対してハルヒは、俺の耳がオカシクなったのかと思うような言葉を吐いた。
「――そんなの、いるわけないじゃない!」




 このハルヒは何を言っているんだろう。いや、至極まともなことを言ってはいるが、おかしいじゃないか。 こいつは、それらを探してこれから中学時代を過ごしていくはずだ。なんでそれを否定する。むしろ、喜び勇んで飛びついてくるとばかり思っていたが。
「……いい加減にしてよ」
 ハルヒは呆れたように言い、盛大な嘆息を一つついた後に、
「……あたしもヤキがまわったものね。現実がツマンナイからって、こんな夢を見るだなんて。……ホント、なっさけない」
 ――こいつは、これが夢だと思ってんのか。確かに常識人は、このイレギュラーな状態をそのまま認知はしないのだろうし。
「……夢だってかまわん。とにかく、お前はどうする? 俺についてくるのか、こないのか」
 来ないと言われたら困り果てる次第だったが、
「……わかったわよ。どうせ夢だしさ。ついてったげる」
「――ああ、すまないな」
 この特異な空間が功を奏したのだろう。ハルヒはついてくると言い、俺たちはハルヒを連れて元の時間の公園へと戻った。




「二人とも、お疲れ様。大変でした?」
 いやあ、途中で殺されかけましたが概ね問題なしです。
「ふふ。みゆきもごくろうさま。操縦はどうだった?」
「んー。なんだか、絵を描きながら計算してるみたいだったかな?」
 みゆきはなにやら意味深なことを言っている。
「ねえキョン。この女の人は何? 宇宙人?」
 このハルヒも俺に対する呼称はキョンに決めたのかと思いながら、
「この美人なお姉さんは朝比奈みくるさんと言ってだな、未来人だ。あそこにいる可愛らしい童顔の女の子も同一人物で、彼女のもっと未来の姿がこの朝比奈さんになる」
「ふうん。他には?」
「あの不揃いのショートヘアと緑髪の人が宇宙人で、順繰りに長門有希と喜緑江美里さんだ。超能力者は……ん?」
 古泉は……そうだった。あいつは今、長門の思念体と一緒に過去に行ってるんだっけ。
「古泉くんの紹介は、規定事項が終わってからで」
 朝比奈さん(大)はハルヒに言い、
「では早速、《あの日》に……」
「その前にまず、一つ疑問があるんですが」
 俺は朝比奈さん(大)に、
「俺たちが《あの日》へと行くのは二回目になりますよね。これはどういうことなんですか?」
 と質問すると、
「この間の時間遡行は、時系列的に言えば二回目になるの。そして、これからの行動が一回目の《あの日》になるんです」
 理解しかねていると、
「キョンくんが朝倉さんに刺されてしまったとき、あなたはこの中学生の涼宮さんを見ていたはずです。それが一回目の《あの日》……つまり、これからのわたしたちの行動を、あのときのキョンくんは見ていたの。そして前回の時間遡行の際、朝倉さんが消えて世界を修正した《あの日》は……実は、あれはSTCデータを切り取って未来に繋ぐための作業だったの」
 ますます理解しかねて、俺は諦めた。
 とにかく、俺がやることは唯一つ。単純明快だ。これからハルヒと長門と朝比奈さん(小)と《あの日》へ行き、朝倉に会う。俺は、あの朝倉にどう対応するのかを考えておかないとな。
「あの……」
 っと、朝比奈さん(小)が、
「あたしは、また眠ってないといけないんですか……? あたしだって、その、みんなの力に……」
 振り絞るように言い連ねると、朝比奈さん(大)は、
「あなたの気持ちは良く分かります。だって、わたしなんだもの」
 過去の自分をニッコリと見つめて、
「今回はあなたに眠って貰う必要はありません。眠らせる理由もありませんし、あなたの力も必要なの」
「……あたしでも、長門さんの力になれるんですねっ!」
 喜々として朝比奈さん(小)が言う。俺も、この朝比奈さんが自分で頑張れることには大いに賛成だ。
「……少し、よろしいでしょうか?」
「ふえ?」
 不意に喜緑さんが言葉を挟み、長門を一瞥してから、
「現在この長門さんの端末には、長門さんの思念体が入っていません。ですので、暫定的なパーソナルデータを付加し自律的に行動できるよう設定しています。この長門さんは彼女本来の能力を発揮出来ますので、朝倉さんが襲ってきたとしても心配はないでしょう。ですが、その数の皆さんを守りながらではこの長門さんでも対応は厳しいと思われます。なので、そちらの小さい朝比奈みくるさんの情報を、暫定的にインターフェイスにおける知覚外領域へと変更する処置を行いたいのですが」
「それ、どういうことですか?」
 俺が尋ねると、
「わたしたちのようなインターフェイスに、彼女の存在を捉えることが出来ないようにするということです」
 つまり、あれか。九曜なんかが俺たちに姿を認識させない感じの情報操作だろう。確かにこの朝比奈さん(小)は俺たちの中でもっともか弱き守るべき存在だし、あの殺人鬼に狙われでもしたら一瞬だろう。
「でも、」朝比奈さん(小)は申しわけなさそうに「それだと、あたしが行く意味がないんじゃ……」
 確かにそうである。姿を隠して不意打ちでもやるなら話は別だが、そんなことを朝比奈さんに任せる筈もなければ、俺もそんな朝比奈さんの姿を見たくはない。
「――えっと、小さいわたしには……視覚認識操作だけを行ってください。それで大丈夫ですから……」
 大人の朝比奈さんはなぜか恥ずかしそうにそう言うと、
「了解しました。では……」
 喜緑さんはスタスタと、朝比奈さん(小)はパタパタと互いに近寄り、そして『チュッ』という音を立て――?
「――ひゃっ! な……きみどりさ、ええええ!?」
「なんでしょう?」
 いや、「なんでしょう?」って喜緑さん。さっき俺はすごいもんを見た気がするんですが。
 という俺の質問は、
「キ、キス!?」
 という単語でしか言葉に表されなかった。
 そりゃそうだ。いきなり目の前で女子同士のキスなんぞ見せられたら、誰だって困惑して冷静な質問などできるはずもない。それが知った人同士だったなら……特に。
「わたしは、彼女にプログラムを送っただけです。それ以外の意味は先程の行動にはありません」
「……でもっ長門さんは、噛み付いてから、その……」
 朝比奈さん(小)が火照った顔を両手で隠しながら、俺をそろそろと見ている。
「――長門さんが? それはどういう……」
 と不思議そうに喜緑さんは言い、そして「――ああ、恐らくは」と何かに気付いた様子でニッコリと、

「長門さんは、照れていたんでしょう」




 長門はキスが恥ずかしいから、手首に噛み付き攻撃をしてたってのか? ――なんだ、あいつにもそういう可愛いところが……、
「……ちょっとキョン。あたしはどうすればいいのよ? あんた、あたしに女同士の濡れ場を見せたかったわけ?」
 なわけないだろうが。時まで超えてそんな目的って、どんな変態だ。それ。
 俺とハルヒがヒソヒソ話――ハルヒは大声だったが――をしていると
「……それでは皆さん。後は行動あるのみです」
 朝比奈さん(大)はここ一番凛々しく決意に満ちた顔で、
「この規定事項は、SOS団とわたしの未来……いえ、わたしたちの未来を発生させるために必要な《最重要項》になります。そして、これから向かう《あの日》には他の分岐も存在し、もしそちらが選ばれてしまった場合、この世界は存在できなくなってしまう可能性も存在します。その分岐とは――――いえ、これは言わなくてもいいですね。わたしはキョンくんを……みんなを、信じていますから」
 朝比奈さん(大)はみゆきを自分へと呼び寄せ、
「みゆきはお留守番。わたしたちが帰ってくるまで待っててね」
「うんっ。待ってるっ」
 みゆきは元気な笑顔で返事をし、俺を向いてシャドーボクシングをしながら、
「いまから朝倉っていう悪い人と会いにいくんですよね? あたしの代わりに、先輩がその人の根性を叩き直してあげてくださいよっ」 
 相手はナイフ持ちだから実力行使は出来ないが、とにかくまた刺されるようなことには……ならないよな?
「情報統合思念体……そしてわたしからも、長門さんをお願いします。朝倉さんは長門さんにとってのバックアップですので、今回の行動では彼女が鍵になっているでしょう」
 喜緑さんに受けた恩もありますし、第一、長門に受けた恩も計り知れない。だが……そんなこととは関係なく、俺は全力で長門を助けにいきますよ。大事な仲間としてね。
「キョンくんたちが向かう時空間座標は前回と同じです。喜緑さん、みゆきをお願いします」
 そして大人の朝比奈さんは俺の目の奥を見通すような視線を向け、
「……きっと、大丈夫」
 お色気お姉さんから元気を注入されて俄然やる気になっていると、
「ねえ、またどこかに行くの? あたしも何かやんなきゃいけないの?」
 決まってる。《あの日》へ行って、長門を助けるために、あいつに話を聞きに行くんだ。
「……わけわかんない。大体、SOS団ってなによ。あんたたちはなんなのよ?」
「ん。SOS団ってのはだな、世界を大いに盛り上げるための涼宮ハルヒの団の略称で、俺たちはその団員なのさ。そして、もちろん団長はお前だ。お前が高校に入って、俺たちを集めてくれる予定なんだ」
 ……ハルヒ。俺たちは、お前に団長になってもらわんと非常に困る。お前じゃなきゃダメなんだ。高校に入ってみんなを見つけられるのはお前以外にいやしないだろうし、俺だって…………涼宮ハルヒって奴は、嫌いじゃないんだしさ。
「………ふうん」
 ハルヒはにべもなく呟くと、そのまま何かを考えるように沈黙した。
「あ、いけない。忘れるところでした」
 朝比奈さん(大)は紺色ミニタイトのポケットへと手を入れ、
「これ、キョンくんにあげます。お守り。失くさないでね」
 ポトンと俺の手に渡されたのは、あの幾何学模様が入った金属棒だった。
「良いんですか? 頂いたりして」
「どうぞ。あなたの好きなように使ってもらって構いません」
 使いどころなど思いつかないが、くれるのならありがたく頂戴しておこう。
「わたしはみなさんを見送った後、あの七夕へと向かいます。じゃあ、朝比奈みくる。みんなをお願いします」
 小さいほうの朝比奈さんに合図をし、
「はい。では……行きますね。キョンくんと涼宮さんは目をつむって下さい」
 俺は指示に従う前に、長門の姿を目に入れた。
 ――長門。今まで……待たせてすまかったな。
 そう心で思い、目をつむった俺に降りかかってきたのは、いくら体験しても慣れようのないTPDDの時間遡行に付属する強烈な不快感。ハルヒにこれを注意しておけばよかった、そういえば、亀的TPDDの乗り心地は悪くなかったな、などと考えていれるのは、やはり少しはこの感覚に慣れてきているからだろうか……。



 そして目を開けた俺に見えたものは、校庭にたたずむ俺。それを見守る俺たち。だが、俺の視線を捉えて放さなかったのは……。

 



 眼鏡姿の長門だった。
 


第十章


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