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  今回のこの事件、実行犯は俺だった。ま、種を明かせばそういうことになる。
 だが、そううまく事は運ばなかったのだ────、
 
「誰? 誰かそこにいるの?」
 
 ────なんと、ハルヒに見つかっちまったい。どうすりゃいい? 


    新・孤島症候群─結末編─
 
 
 完全に予想外だった。たしかハルヒは下の階に走っていったと鶴屋さんは言っていた、それが正しければハルヒは一階に行き、三階には来ないはずなんだ。しかし、今のこの状況はそうじゃない、はっきり言おう、アイツには常識どころか既定事項すら通じないのか、っと。
 
「みくるちゃん? みくるちゃん見っけ!」
 ハルヒに指を刺されて固まった表情のまま朝比奈さんはゆっくりとハルヒの方に向く。
 別にかくれんぼをしてた訳じゃないんだが……。
 朝比奈さんだけなら何とか言い訳も出来たのかもしれない、ハルヒにとって、この事件はただのサプライズパーティなんだからな。
 古泉たちが仕組んだ人が消えていくミステリー、朝比奈さんは最初の犠牲者でどこかに隠れている、っということにしておけば、たとえハルヒに見つかったとしても「見つかっちゃいましたぁ、えへへ」で、済んだかもしれない。だが、
「それ……と、……キ、キョン!?」
 どこかに隠れようとしてあたふたしている俺に声を掛けた。
 そうなのだ、俺は絶対見られてはいけなかったのだ、どう考えてもこの時間にはもう一人俺がいて、今現在、鶴屋さんの部屋のイスに座り込んで居眠りをしているはずなのである。
 さて、どうやってこのピンチを切り抜ける? 考えろ、俺。
 
 だが、よくよく考えてみればハルヒが言っていたセリフと鶴屋さんが言っていたセリフに矛盾があったのだ。そう、ハルヒはすでに一階の探索は自分の目で行っていたのだ、多丸さん兄弟と共に。
 だとすると『やっぱちゃんと自分の目で探してみなきゃだめね』と言っていたのはそれ以外の場所ってことになる。二階は長門と森さん、新川さんで、三階は俺と古泉が調べたんだ、二階は朝比奈さんがいなくなった時に全員集まって探しはじめた場所だし、ハルヒもその場にいた、ってことは、ハルヒが言っていたのは三階のことになる。だからハルヒが三階を探索しに来るのは当たり前なのだ。
 と、言うことは。鶴屋さんが嘘をついているって事になるんだが、一体なぜ? 
 
 いやいや、今はそんなことを考察している暇はない。俺が二人いるこの状況を、目の前にいるこいつにどう説明すればいいのか考えなきゃならんのだ。下手な説明だと、古泉が言っていた想像したくない結末に向かうかもしれん。
 かと言って真実を話す訳にはいかないのが、なんというかコイツのややこしいところなのである。仮に真実を話したとしてもコイツは信じないと思うが、それによって別の被害が発生する可能性があるのは既に去年の映画撮影時に実証済だ。
 
 ハルヒは豆腐とヨーグルトを間違えて食べてしまったような戸惑った表情で立ちつくしている。無理もない、俺が居眠りしている部屋から出て、階上から人の気配がするので見にいってみるとまた俺がいるんだからな。
 
「お! みくるじゃないかっ、さすがハルにゃん、さっそく見っけたんだねっ」
 ハルヒの後ろから鶴屋さんもやってきた。そして俺を見つけると、
「あれ? キョンくん? おっかしいなぁ、いつの間に先回りしてたんだい?」
「あ、えーと……それはですね……」
 そろそろタイムアップだ、これからは言い訳を考えながらしゃべらなばならん。
「なんかいつもと違うふんいきだねぇ? 本当にキョンくんかい?」
 鶴屋さんは覗き込むようにして俺を見る。偽者じゃありません本物ですよ。と、ここで天啓が舞い降りた、……ふむ、なるほどその手があったか。ありがとう鶴屋さん。
 
 俺は観念したように深呼吸し、ハルヒと鶴屋さんを一瞥すると、
「まあ、見つかっちまったんじゃしょうがない。今この時間には俺がもう一人いるってことになっている」
 俺がそう言った瞬間、全員の表情が変わった。ハルヒは何言ってるの? って感じで眉をひそめ、朝比奈さんは驚愕の表情、鶴屋さんはへぇーって感じで興味深そうに目を見開いた。
「どういうことよ? あんたが二人いるって」
 予想通り、ハルヒが乗ってきた。
「二人いるってのはつまり、どちらかが偽者でどちらかが本物ってことだ」
 考えながら話すのは少々辛かったが、ようやく俺のほうも頭が回転してきたらしく乗ってきた、
「さて、ここにいる俺と下にいる俺とではどっちが本物で、どっちが偽者でしょう?」
 ちょっと調子に乗って芝居がかったセリフを言い放つ、さてハルヒはどうでる? 
 
 などと考えてる間もなくハルヒはつかつかと俺の前に歩み来て、
「い、痛てててっ!」
 いきなり左の頬をつねり上げられた。なにしやがるっ! 
「ふうん、どうやらその顔は作り物じゃなくて本物のようね、それに声や仕草もいつものキョンと同じだし」
 ハルヒは顎に手をやり、頭のてっぺんからつま先までまじまじと俺の姿を眺めながら言う。俺はつねられてヒリヒリするほほを撫でながらハルヒを睨み返す、なんだか品定めされてる気分になって少々不愉快になった。
「おっと、それじゃあここにいるキョンくんが本物で下の部屋で居眠りしてるキョンくんは偽者ってことなのかいっ」
 なぜかにやにやしながら鶴屋さんは言う。ほんと、楽しそうですね。
「うーん、どっちかてーとあたしはこのキョンくんの方があやしい気がするにょろ、でもどっからみてもキョンくんなんだけどねっ」
「まさか、ひょっとしてどっちも偽者ってんじゃないでしょうね」と、ハルヒ。
 おいおい、さらに事態をややこしくするような事を言うなよ。どちらかといえばどっちも本物だ。
 
「さてね、偽者か本物か、そんなこと正直に言ったらせっかくのサプライズパーティが台無しになっちまうだろ、それよりハルヒ、さっきみたいな強引に偽者か本物かを調べるような行為は自重してくれ。探偵を気取るんなら推理で本物かどうか当てるもんだ」
 まったく、俺が二人いる状況をなんとかハルヒに納得させることが出来ても、ハルヒがもう一人の俺に今のような行動を取ったら事態がややこしくなっちまうからな、なんとか釘を刺しておかないと。
 
「む、それもそうね。みくるちゃんが見つかってこれで解決じゃああまりにもあっけないもんね。それじゃあこれからは二人いるキョンのどっちが本物か見極める推理ゲームをはじめましょ、と言ってもよく考えたらここにいるキョンの方が本物っぽいけどね」
 ハルヒは隣にいた鶴屋さんに同意を求めるように言う。
 まあ、それはいいんだが、この事件のシナリオはまだ残ってるんだ、そういう事は全部終わってからにしてもらいたいんだがな。
 
「それくらい解ってるわよ、事件を未然に防いじゃったらミステリーとして破綻しちゃうじゃない、そんなのは推理じゃなくて予知よ、予知。探偵が予知能力なんて使ったらカンニングしてるようなものじゃない」
 ハルヒは腰に手を当て、えらそうにレクチャーし始めた。お前の考えなんか今更どうでもいいよ。
 あと、俺が二人いるってのはここだけの内緒にしてくれないか、でないと色々と不都合が出て、打ち合わせ通りに事が運ばないんだ、あとこれ以上誰かと鉢合わせするのも回避したいんだが……、といっても残っているのはもう一人の俺と妹だけどな。
 
「そういうことなら鶴にゃんにまかせときなっ! とりあえず三階に行かないようにすればいいってことにょろね」
 そう言って鶴屋さんは胸をドンと叩いた。
 
 なるほど、あの時、鶴屋さんのセリフに矛盾があったのはこういう訳だったのか。
「なんとかやってみるよっ、キョンく……」
 そこで鶴屋さんは一時停止したように言葉を止め、
「あたしとしてはまだ本物か偽者か解らないから……んーと、そだっ、言わば少年Kってところだねっ」
 一応どちらも本物なんですけど。てか、あの時言っていた少年Kってそういう意味だったんですね。
 
 
 それじゃあ鶴屋さん、よろしくおねがいします。それと、また後で伺います。
 
 そうして二人は下に降りていった。まるで台風一過のような感覚だ。
 朝比奈さんと俺はやれやれって感じで顔を見合わせてほっと胸をなでおろした。
 
 と、そこに急にハルヒが戻ってきて、
「あんた、ちょっと手だしなさい」
 なんだいきなり。
「いいからさっさと出すの!」
 なんだか解らんがとりあえず右手を差し出した。抵抗しても仕方ない上に理由もなく命令してくるのはいつものことだ。
 するとハルヒはポシェットからすばやくサインペンを出すと俺の右手にバツマークを書いた。
 なにするんだいきなり! て、おい! これ油性ペンじゃねえか。なかなか消えねえんだぞこれ。
 ところで、おまえはいつも油性ペンを持ち歩いてるのか? まさかとは思うが、急にサインを求められる芸能人を気取ってんじゃないだろうな。
 と、思ったが、ポシェットからペンを出す時、中に赤いものがちらりと見えた。あれはひょっとして腕章? て、ことは腕章に書き込むためのペンか。
 
「何言ってるの、見た目そっくりの二人なんだから印つけとかないと紛らわしいじゃないの、推理の途中で入れ替わられたりしたら判断しにくいでしょ」
 たしかにそうだが……、それで、何でバツ印なんだ、これじゃ俺が偽者っぽいじゃねえか。さっき、俺の方が本物らしいとをいっていた気がしたが。
「丸でもバツでもどっちでもいいでしょ、ただの印なんだから、それに手のひらには丸よりバツのほうが早く書けるのよ」
 そうかい。しかし別に早く書く必要もない気がするが、まあ、手早く行動するのはこいつの特徴だしな。
 
 そうこうしている内に、下の階から扉の開く音が聞こえた。この時間の俺が鶴屋さんの部屋から出てきたようだ。
「あ、もう一人のキョンくんが出てきたみたいです」
 階下を覗き込んでいた朝比奈さんがこちらに振り向いた。それを聞いたハルヒがどれどれって感じで階下を覗き込む。頼むからその『俺』に見つからないでくれよ、これ以上ややこしくなっちまったら収拾が付かなくなっちまうんでな。
 
「わき目も振らず一階にいっちゃいました」
 ま、そうですとも朝比奈さん、あの時の俺はまったく周りを警戒せずに一階に向かったんだったな。
「やっぱりどう見てもそっくりね、全然見た目じゃ判断できないわ、まさか双子ってんじゃないでしょうね」と、ハルヒ。
 恐ろしいことを言うなよ。
 
 話題を変えることにする。「あー、そうだハルヒ」
「なによ」
 俺はこの後、二階の俺の部屋潜む予定なんだ、だから推理が成り立ったらその前で披露してもらいたいんだ。そこでちゃんと事件の推理とどっちが偽者なのか判明してくれ。お前の推理が正解ならそこで事件は解決。大団円だ。
「何言ってんの、あたしの推理力なら正解するに決まってるでしょ、間違うなんてありえないわ」
 まぁ今回はそのハルヒの推理どおりに事を運ぶつもりだからな、たしかに間違うなんてありえないってのは当たっているがな。だが、いつも思うがその自信は一体どこから湧き出してるんだろうか? とはいえ、自信なさげなハルヒなんてのも想像しにくいが。
 
 そのハルヒも今は一階に向かって階段を降りている。絶対ニセ俺の証拠を見つけ出してやるって背中が語っているようなふんいきだ。まったく、わかりやすいヤツだな。くれぐれもお手柔らかにたのむぜ、本当はどっちも俺なんだからな、軽く脅かしてやるくらいにしといてくれよ。
 
 
 ともかく、今のところどうにか辻褄合わせだけはうまくいっているようだ、まったく、ハルヒに見つかった時は一体どうなることかと思ったが、考えてみればどうやらこれも既定事項らしい。
 俺は手の平に書かれているバツ印を見ながら、今頃一階でビクビクしながらハルヒを探しに行っている過去の俺のことを思い浮かべた。そういや、あのときのハルヒは変によそよそしい感じだったな。らしくないなと思ったが、あの時には既に偽者だと決め付けていたと考えればしっくりと来る。急に夜食作り始めたのも俺を観察するためだったんだろう。
 
 後は鶴屋さんと妹、ラストのハルヒ消失のトリックだけだ。
 とりあえず、朝比奈さんが来てくれたからこのトリックも時間移動で間違いないだろう。
 妹はどうせ眠ったままだろうからいいとして、問題は鶴屋さんだ、やっぱ眠らせてから時間移動した方がいいのか? それとも事情を話してもいいのだろうか、俺としてはもうすべてさっぱり話しても良さそうなんだけどな。
 しかし、ここにいる朝比奈さんはおそらく、鶴屋さんには正体を知られたくないようだ。そして鶴屋さんもどうやらそのことについて感付いているらしい、きっと事情を話し始めても途中で、
「事情なんて堅苦しいことどうでもいいっさ! 要するにあたしは○○しておけばいいんだねっ!」っと言ってくるに違いない。
 
 そんなことを考えながら俺は朝比奈さんと共に鶴屋さんと妹のいる部屋に向かった。
 
 
 俺たちの今の状況を知ってか知らずか、鶴屋さんは大きなあくびをすると、眠くなったから寝ると言い出した。
 どうやら勘の鋭い鶴屋さんは詳しい事情を説明する前に悟ったようだ。後、朝比奈さんが口ごもりながらタドタドしく、
「あたしが急にいなくなって鶴屋さんに心配を掛けてしまったみたいで、あの、えーと、ごめんなさい。えーと、皆いなくなってるのもお芝居だからあの、安心して休んでてください」
 と、困った表情で謝りながら言ったからだろう。鶴屋さんもそのしぐさを見て更にニヤニヤした笑みを浮かべてたしな。
 
 で、その鶴屋さんが、そのニヤニヤ顔を俺の方にきゅいっと向けて、
「そこの少年Kくんも一緒に寝るかい? この部屋、セミダブルのベッドが二台もあっから四人で仲良く寝れるよっ!」
 とんでもなく魅力的なお誘いだが、さすがにそれは辞退させてもらうことにする。というか明らかに鶴屋さんの冗談だしな。それに俺はまだやらなきゃいけないこともあるんでね。
 てなわけで、ここは朝比奈さんに任せることにする。
 
 
 まあ、予想通り鶴屋さんと妹も未来に時間移動する結果となった。眠っていた妹はそのまま、鶴屋さんは本当に眠っていたのか怪しかったが──ひょっとしたら狸寝入りだったのかも──寝ている隙に朝比奈さんが長門と古泉たちのいる時間につれていった。
 
 しばらくして朝比奈さんが戻ってくると、俺は朝比奈さんを廊下の端の部屋に連れて行った。その部屋は最後に俺とハルヒが入って消えた場所である。
 
 俺は朝比奈さんと最後の打ち合わせをする。内容は俺とハルヒがこの部屋に入ってきたらすぐさまハルヒを眠らせて三人で時間移動をしてもらうことだ。ここで手間取るとこの時間の俺に目撃されてしまうからな。
 頼みますよ、朝比奈さん。ここでドジっ娘メイドはやらなくて良いですからね。ま、ハルヒが大声出して俺のことを呼ぶからそれが準備の合図になります。
「わかりました、なんとか涼宮さんに気付かれずに眠らせれるようにがんばります。ちょっと自信ないけど」
 
 朝比奈さんも普段はちょっとドジな部分も有るけど未来からの指令は結構きっちりとこなしているように思う。これは俺の主観的な意見だが、朝比奈さんは集中力があり、どんなことにも一生懸命に取り組む姿勢があるからだろうと思う。
 そう言うことできっと朝比奈さんはうまくやり遂げると思う、なので俺がこれから考えなきゃならないのは、その後のハルヒへのフォローだな、さて、どうするかな。ちゃんと考えておかないと、この後のことは完全に未知の領域だからな。
 
 考えながら俺は待機場所である俺の部屋に入った。
 とりあえずこの後に俺が話さなければならない会話を思い出しておかないといけないな。一字一句間違いないかどうかは解らんが、大体あってれば良いだろう。
 あの時はそんなこと細かく覚えている暇もなかったし、違和感と不条理さで一杯だったからな。
 
 そんなふうに頭の中でシミュレーションしている時だった。
 
 ぐうぅ……。
 
 部屋の隅の方からなにか音が聞こえてきた。ついでに何やら人の気配までする。
 おいおい待ってくれよ、ここまで来て話をややこしくするような事態は勘弁してもらいたいんだがな。どこの誰かは知らないが自重してくれ、あと少しでこの事件は収束するところなんだからさ、たのむぜ、で、誰だ? 
 
「やだ、わたしったら、こんな時に……」
 その人物がベッドの影から現れた。
 頬をちょっと赤らめ、お腹の辺りをさすりながら、
「もうちょっとミステリアスに登場したかったんだけどなぁ、ふふ、お久しぶり、キョンくん」
「朝比奈さん!?」しかも大の方だ。
 でも俺としては数時間前に会ったばっかりで『お久しぶり』って感じではないんですけどね。
「あ、そっか、そうだったわね。わたしったら」
 ちろっと舌を出し、自分の頭をコツンと叩く朝比奈さん。でもあなたにとって俺と久しぶりに会うんでしたらそれでいいんですよ。そうだとしたら、俺の方がお久しぶりとちゃんと挨拶しないといけない立場じゃないですか。
 
 と、そこでまたもや、ぐうぅ……、っと朝比奈さんのお腹が鳴り出した。
 どうしたんです? ダイエットですか? ダイエットなんてしなくても朝比奈さんなら充分ナイスバディですよ。それともひょっとして満足に食事も取れないほど極貧な生活でもしているんですか? 
 なぁんてことを顔を真っ赤にして照れている朝比奈さん(大)に訊ける訳もなく。
「こんな時じゃなかったら一緒に食事でもどうですか? と、言いたいところなんですが……」
 今の俺自身、身動きが取れない隠密行動中であり、ふらふらとあちこち出歩くことが出来ない身分なのだ。それは朝比奈さん(大)の方にも言える事であり、お互いに異時間同位体がいるこの時間では隠密に行動するのがセオリーだろう。
 
「そうね、キョンくんの言う通り、いくら忙しかったからって食事くらいはきちんと取っておいた方がよかったわね、今みたいに隠れてる時にお腹がなったりしたら大変なことになっちゃったかもしれない」
 照れ隠しなのか少し早口でしゃべる朝比奈さん、そういや最初の時間遡行の前に食事したっけな。
「そっか、それで無理やり俺に食事をさせたのか……」
 空腹じゃいくら気配を殺してもさっきの朝比奈さん(大)のようにお腹の音で誰かに気付かれてしまう可能性があるってわけか。
 
 それもあるが、あの時朝比奈さん(大)はお腹が空いてたってことだったのか。それで普段よりよく食べてたってわけか。なるほどね。
「えーと、今の俺は無理ですが、このあとこの時間の俺となら食事できますよ、朝比奈さん。なんせ俺たち以外誰もいなくなりますからね、気兼ねなしにいけますよ」
 ちょっとした提案だったのだが、よく考えてみると朝比奈さん(大)にとっては、俺がここでこう言うって事もすべて既定事項なんだろうか? まぁそんなこと考えたってしかたない、この後この朝比奈さんと食事したから酔い止め薬も飲めたし、大惨事にならなかったんだからな。
 
「え、キョンくんと二人きりで食事……。うん、そうね、それもいいかもね」
 朝比奈さん(大)は、その大人びた姿になっていてもやはり朝比奈さんだ、しぐさにかわいらしさが残っている。それによほど空腹なんだったんだろう、食事と聞いて嬉しそうにしている。
 俺だって空腹の時は食べ物のことを考えただけで楽しい気分になるさ、レストランに行ってメニューを見てるときなんて最高だね。
 
 この後少しばかり話をしたが、たわいのない話しか出来なかった、なんせちょっとでも未来の情報に関わることだと禁則事項となってしまうからな。
 だが、その中でこの事件について少し訊くことが出来た。
 どうやらコレは未来人が主催のサプライズパーティーって事らしい、まぁ、詳しくは話せないらしいが要約するとそういうことなんだそうだ。
 
 それで、なんでこんなことをしようとしたのか? そういうことは古泉たち機関の方々の役目じゃなかったのかと訊いたら、
「あなた達と行動を共にしている過去のわたしは、もう高校三年生、夏休みが終わったら進学、就職、卒業等の準備とかで色々と忙しくなるじゃない、今しか時間に余裕がなかったの。だからもう一度あのバレンタイン間際の時みたいに二人だけで行動するような楽しい思い出が欲しかったのよ」
 そりゃ朝比奈さんと秘密を共有して二人だけで行動するってのは、どちらかと言われれば楽しいって方向になるだろう。
 でもあの騒動は俺にとっちゃ終始ハラハラの連続で、目の前で誘拐された朝比奈さんを追ってカーチェイスしたり、つじつまあわせに翻弄したり、長門に謝ったり、とあんまりいい思い出じゃないんですが、まあ最後にチョコをもらえたのが救いでした。よく考えたらそれで充分過ぎるほどいい思い出なのかもしれないが。
 
 つまり、とても大変で、その時にはとんでもなく迷惑だった事柄でも、その方が深く記憶に残り、いずれ良い思い出になる、ってことなのか? うーん、そんなことをいわれても俺にはまだピンとこないがな。
 記憶と思い出の違いなんてさっぱりわからん。どっちも同じに思えてしまう、良い記憶が思い出で悪い記憶が後悔か? 
 
 
 そうこうしている内に、廊下からハルヒの話し声が聞こえてきた。
「さてと、そろそろ呼び出しかな、それじゃ、行ってきますね、朝比奈さん」
 笑顔で手を振り見送っている朝比奈さん(大)。
 俺もつられて手を振り返した、右手だ。その手の平にバツ印が書かれているのを忘れていた俺は、それを朝比奈さん(大)に見られてクスリと笑われた。
 
 
 
「キョーンっ! 団長命令よっ、今すぐ出てきなさいっ!!」
 
 和やかな雰囲気を打ち壊す様にハルヒの声が響きわたった。
 まったく、なんてでかい声なんだ。そんな大声をだすな、ちゃんと聞こえてるよ。
 俺はガチャリと扉を開けて廊下に出た。
 勝ち誇ったような表情でこっちを向いたハルヒは俺を見てニヤリと口元をゆがませる。
「何者だお前」
 目を見開いて俺をみているこの時間の“俺”がつぶやくように呻いた。
 そうだった、普段聞き慣れているようで聞き慣れない声なんだったな。やっぱ違和感がする。
 
 俺は「ようっ」て感じに右手を上げて挨拶をした。もちろんハルヒに手の平が見えるようにだ。ハルヒはそれを確認すると勝ち誇った感じでもう一人の“俺”の方に向き、
「何しらばっくれてるの、こっちが本物のキョンでしょ、どう? 観念した、偽キョンさん」
 よう、本物はどうやら俺の方だ、まあ、後のことはまかせろ、うまくやるからさ。だからお前もなんとかうまくやれよ、ちょいっと苦労するが、終わっちまえばいつものことだと思うはずさ。
 
 
「と、言うわけでハルヒ、サプライズパーティはこれで終了だ、みんながあっちで待ってる、いくぞ」
「ちょっと何勝手に仕切ってるのよ、それよりあたしの見事な推理、ちゃんと聞いてた?」
 ほんとのところ朝比奈さん(大)と会話していて聞いちゃいなかったんだが、ハルヒの推理の内容はすでに既知していたので、
「ちゃんと聞いてたさ」っと、返事をしておく。そう、お前の推理が正解ってことにして、このまま大団円に向かうところさ。
 
 ハルヒはもう一人の俺について、
「見た目はほんとにそっくりね、その手の印がなきゃ、どっちがどっちか解らなくなるところだったわ」
 等と言っていたが、どっちも本物の俺なんだから当たり前だろ、と、本当のことを言えるはずもなく、俺は適当に返事をしておくことにする。
「俺はどこにでもいるようなごく普通の人間だからな、そっくりに化けることくらい、ちょいと練習すれば誰にでも出来るんじゃないのか? まあ、古泉達がどっかから見つけてきたんだろ。素質のあるヤツをさ」
 
「うーん、そっか、だったら有希やみくるちゃん、あたしのそっくりさんも古泉くんに探してきてもらおうかしら」
 二ヒヒ、っといやらしい笑い顔をして顔面の筋肉を弛緩させるハルヒ。
「あたしが二人に増えたりしたらみんなどんな顔するんだろ?」
 おいおい、お前が急に二人に増えてたら朝比奈さんなら間違いなく卒倒するはずだし、あの長門ですら何かしらのリアクションを起こしそうだ。
 
 ていうか、俺が二人いて自分が驚かされたから、他の誰かも同じ手口で驚かせたいって発想だろ、それは。はっきり言ってそんなのは小学生並みの単純な思考じゃないのかね、ハルヒくん。それにお前は唯一無二の存在だろ。天上天下唯我独尊、それがSOS団団長、涼宮ハルヒだろ。
 なぁんてことを考えていたが、俺は口に出して言わなかった。今は余計なことを言わない方が良いと判断したからだ。今は適当にハルヒに合わせておき、好きなように妄想させておけば朝比奈さんが行動しやすいんじゃないかと考えたのさ。
 
 そして朝比奈さんの待ち構えている部屋に入り、俺はこの時間でしなければならない最期の仕上げをする。部屋に入る直前に、古泉並のエセスマイルをもう一人の“俺”に見せなければならないのだ。自分ではどんな表情なのか鏡がないので確認できないが、まぁそれなりに悪びれた感じは出てるんじゃないかと思う。
 それが証拠にそのスマイルを見たもう一人の“俺”がハッと何かに気付いたように表情を変化させたからだ。
 
 さて、こっから超特急でやらなければならないことのオンパレードだ、と、言っても俺が出来ることは殆どないんだけどな、頼みましたよ朝比奈さん。て、俺は祈るだけかよ。
 「あれ……」
 ハルヒが力なく崩れ落ちるように倒れ始めた。俺は何とかそれを受け止める。
 朝比奈さんがうまくハルヒの背後を取って眠らせるのに成功したのだ。小さくVサインをしている。
「後は時間移動です、おねがいします」
「はい、では目を閉じてください、行きますよ」
 朝比奈さんのセリフとドアの向こうからハルヒの名前を叫ぶ声が殆ど同時だった。
 
 
 
    エピローグ
 
 
 まあ、これで事件は一応の終わりを迎えたってわけなのだが、残った問題はハルヒへのフォローだけだ。ハルヒが気を失って眠ってしまったのは、事件の解決と同時に緊張がとけて、自分でも自覚していなかった疲労と、空腹感、睡眠不足などが一気に押し寄せたため、と言うもっともらしい古泉の説明でなんとか納得したようだ。俺もそれに同意しておく。
 どうやらハルヒは理屈で説明すると納得するらしい。後、古泉が言うとそれらしく聞こえるそうだ、それもひょっとしたらあいつの超能力の一種なのかもしれないな。
 
 ちなみに、俺の偽者は急用があると言うことで朝一番で帰ってしまったと言うことになっている。そのことについても、古泉は苦しい言い訳をハルヒにしていたけどな。
 俺そっくりの人物を探してきたのはいいが、スケジュールの調整がうまく出来ず、本来ならこのサプライズパーティーは、合宿の最終日にする予定だったのだが、どうしてもはずせない用事があって、急遽前倒しになってしまった、ということだそうだ。
 
 
 その後、説明好きの古泉には色々補足があったらしく、ハルヒが席を外している時に俺に語りかけてきた。
「なかなかいい経験をさせてもらいましたよ、ですが僕としてはもう少し長い期間の時間移動も経験してみたいですね、特に、未来に飛ぶのではなく過去の方に行ってみたいというのが本音です」
 言っておくが過去に行ってもろくな事がないぞ、遠足みたいに自由行動なんてできないからな、それに、結局まともに帰ってこれるのかどうかもあやしいんだ。長門に時間凍結されたり朝倉にナイフで刺されたりしたからな。
 
「そうですね、時間移動をするということはその時間で成すべき事があるからそこに向かうわけですから、理由もなく時間移動は出きないんですよね」
 古泉は何か言いたげな表情を含んだ笑みを浮かべて俺の方を見る。
 なんだ? 何か言いたげだな、すでに俺は精神的にも肉体的にも疲労していて、どちらかといえばお前の長話に付き合いたくはないんだがな。早くのんびりとしたサマーヴァケーションを味わいたいんだ。
 そんな俺のことなどお構いなしに古泉は語りだした。
 
「今回のこの事件、今までの時間移動と少し趣向が違うような気がしてならないんです。はっきりいいますと、未来人らしくないといえます。このようなサプライズはどちらかといえば我々の分野です。実際、今回のシナリオ通りのことなら機関ででも再現可能です」
 まったく聞く気はなかったし、この事件について少しばかり朝比奈さん(大)から訊いていたので聞き流すつもりだったのだが、どうやら古泉は未来から現在に介入があるときは何かしら理由がある、と言いたいらしい。
 だが、そんなこと俺が考えることじゃないし、考えたから答えが出るわけでもない。俺にとっては朝比奈さん(大)が言っていた、高校最後の夏休みだからみんなで過ごす楽しい思い出を作りたかった。って理由で十分なのさ。
 それ以外になにかあるのか? 無いならそれでいいじゃないか。
 
「未来人の、いえ、別の出で立ちをした朝比奈さんの考えならそれで正しいのかもしれません、ですが我々はもっと別の見解があるのですよ」
 ほう、一応聞いとくか。だいたい予想はつくが。
「すべて涼宮さんがそう望んだから、そうなったという見解です」
 やはりそうきたか。
「あの時、あなたが眠くなった妹さんと朝比奈さんと共に二階に行った時、まだまだ遊び足りなさそうな涼宮さんは、もう少しあなたと、いえ、みんなと遊びたいと願ったのではないでしょうか。その願いが未来人を介入させてこの事件を引き起こしたのかもしれません。まあ、これはただの推測に過ぎませんが、涼宮さんが考えそうなことだと思いませんか?」
 
 
 結局古泉の考えを聞いたから何かが変わるわけでもなく、無駄な時間をすごした結果になっちまった。
 だが、俺にとってそんなことよりも一つ懸案事項が増えてしまったのが気になるところだ。
 それは、席をはずしていたハルヒが戻ってきて、俺に話しかけてきた時に沸きあがった。
 
「ねえ、キョン、あたしが作った夜食のパスタどこに行ったか知らない? あぁ、あんたはその場にいなかったんだっけ、その時にいたのは偽キョンだったわね。まあ、どっちでもいいわ、さっきそれのことを思い出して鶴屋さんの部屋に取りに行ったら、誰かが全部食べちゃってたのよ、鶴屋さんも知らないって言うし、みくるちゃんと有希にも聞いたけど食べてないって言ってるのよ。あの時考え事しながらだったから結構な量を作ったのよね、ちょっと一人では食べきれない量のはずなんだけど」
 ハルヒは隣にいた古泉の方にも問いただす。
 
 実は俺には心当たりがある、ていうか、食ったのは俺と朝比奈さん(大)だ、最初の時間遡行直前に食べたんだっけ。おかげで酔い止め薬を飲む余裕が出来て大助かりだったんだが、二人でも平らげることはできない量だったのだ。朝比奈さん(大)も普通の量しか食べてなかったし、俺もその時はそれほど食欲も無かった状態だったからな。
 なので半分以上残していたはずなのだが、それがすべてなくなっていたって事はどういうことなんだ? 
 誰かが残りを食べたというならこの中にいるはずだ。しかし、ハルヒがみんなに訊いて回ったところ誰も食べていないそうだ。
 
 まさか、俺たち以外に誰かいるってんじゃないだろうな。お前が真の黒幕で、このややこしい事件を作り出した張本人だったとしても、そんなことはどうだっていい、少しくらいなら遊びに付き合ってやるからさ、だからハルヒ、へんな考えを起こすなよ。
 特に、俺たち以外に誰かがこの別荘にいる、なんてことをな。
 
「あ、すまんハルヒ、それなんだが実は俺の偽者のやつが食べてたぞ、て言うか俺も少しばかり食べちまったんだが……」
 誰かが犯人として名乗り出ればハルヒが変な考えを起こさないだろうと思ってとっさに手を上げてしまった。
 ハルヒが作った料理を無断で食べちまったからな、何か文句ぐらいは言ってくるだろうと思っていたが、意外とハルヒはおとなしく、
「ま、食べちゃったんならいいわ、偽者の方はともかく、あんたはあのパスタのことあたしが作った夜食だって知らなかったんでしょ? それに、あの後あたし朝まで寝てたから、せっかく作ったパスタが冷めて固まって食べられなくなるし、もったいないお化けが出てくるかもしれないもんね」
 そんなお化けが出てくるのも困り者だが。
 
 そのせいで俺の中に妙な考えが浮かんでしまったんだ。ハルヒがあのパスタを食べたのが俺だと思い込めばそれが現実になるのではないか? という考えだ。そうなれば、ひょっとしたら俺はハルヒの作ったパスタの残りを食べに、またもやあの時間に行くことになるのかもしれない。
 それに、ありえないとは思うが、パスタの姿をしたみょうちくりんな生物を生み出されても困るからな。
 
 ────で、もしまたあの時間に行くことになったら今度はちゃんと味わって食べようと思う。
 
 なんせ、ハルヒが作った料理は美味いからな。
 
 
 
 
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