宇宙人同士が激しく戦っていた。
 俺たち人間には到底理解不能な力を使って。
 
 経緯を説明すると長くなるから省略する。
 とにかく、情報統合思念体のやり方には、さすがの長門も忍耐力の限界に達したということだ。そして、長門のその怒りは、俺も古泉も共有するところだった。
 だから、長門は、ハルヒの力を使って情報統合思念体を消そうとした。
 だが、情報統合思念体とやらも馬鹿ではない。12月18日のあの出来事のことを忘れるわけもなく、充分に対策は練られていた。
 長門が用いるハルヒの力に全力で対抗しつつ、長門を始末すべく、なんたらインターフェースを大量に送り込んできた。その中には、あの喜緑さんも、そして復活した朝倉もいた。
 長門と利害が一致した「機関」が味方についてくれたが、現状では足手まといとまではいわないが戦闘の役には立ってない。
 朝比奈さんはこの場にはいない。その方がいい。言っちゃ悪いが、この事態に朝比奈さんは足手まといでしかないだろう。まあ、それは一般人たる俺も同じことなんだが。
 ハルヒは「機関」のプロが気絶させて、厳重に保護している。長門の力の源であるこいつを奪われたら困るし、こいつにこの光景を見られたらまずいこともまた確かだからな。
 結局、長門一人が大軍を相手に大立ち回りを演じている。
 そして、戦況は長門に有利であった。ハルヒの力を直接行使する長門は、この世の誰もがかなわないんじゃないかと思うほど、圧倒的に強かった。
 
 大量のなんたらインターフェースが消え去り、残りは喜緑さんと朝倉だけとなった。
「降伏を勧告する」
 長門は、二人に向かってそう告げた。それは、二人に対する長門なりの温情なのかもしれなかった。立場こそ違えど、同僚のような関係ではあっただろうからな。
 しかし、喜緑さんはきっぱりと即答した。
「お断りします」
「そう。それは残念」
 長門の右手から、光の奔流が放たれた。
 それが二人をあっけなく消し去る……はずだった。
 
 しかし。
 
 光の奔流が収まったとき、長門と喜緑さんたちの間に、新たな登場人物が立っていた。
 長門の攻撃をあっさり防ぎきったことからしても、只者ではない。新たな宇宙製アンドロイドなんだろう。思念体の切り札といったところか。
 その人物は、他の長門の同類たちとは違って、かなり歳をとった外見をしていた。長老といってもいいほどの老婆だった。
 その老婆は、喜緑さんたちをちらりと見ると、
『私の上級指揮権については、それぞれの主に確認せよ』
「穏健派、確認しました」
 喜緑さんが答える。
「急進派、確認完了。でも、ちょっと納得しがたいわね」
 朝倉が不満そうな口調でそう言った。
『二人は、情報統合思念体の消失阻止に全力を尽くせ』
 老婆は長門を見据えると、
『長門有希の相手は、私がする』
 そう言った瞬間に、二人は空中高く舞い上がった。
 
 二人の戦闘は到底人間の目に追えるようなものではなかった。
 もしかしたら相対性理論を無視して光の速度すら超えてるんじゃないかと思われるほどで、ものの数秒で街のありとあらゆるものが(俺たちの周辺を除いて)破壊されつくしていた。
 さっきまでその辺まで気を使って戦っていた長門もなりふり構っていられないほどの相手らしい。
 無数の光が飛び交い、爆発音がとどろき、視界がぐちゃぐちゃにゆがんでいる。
 俺の家族は大丈夫だろうか。街の人間は、一応「機関」が手を回して警察とかが避難させているはずだが、間に合ったかどうか。
 
 ドーン!!
 俺の目の前に地面に、何かが叩きつけられた。
 陥没した地面の中心にあるのは長門の姿にほかならない。
「長門! 大丈夫か!」
 長門がよろよろと立ち上がる。
「大丈夫。だが、状況はよくない。涼宮ハルヒの力の制御を奪われつつある」
 なんだって! それってまずくないか!?
 
 その長門の前に、老婆が舞い降りてきた。
 ハルヒの力をも奪い取るとは、こいつは何者なんだ?
 まるでそんな俺の疑問に答えるかのように、老婆の姿が変化した。急速に若返っていく。
 俺は呆気にとられた。その場にいた他の人間たちも同様だっただろう。
 なぜなら、その姿は長門が成長して30代になったらこんな感じになるだろうというような……
 
「あれは、私の異時間同位体」
 長門のその言葉が答えだった。
 
『やはり、若い姿の方が気分もよい』
 長門(大)は、冗談なのか本気なのかよく解らない口調でそんなことをつぶやいた。
 今の長門なら決してありえないだろうと思われる微笑を浮かべながら。
 
『今、データを送信した。それは、あなたと情報統合思念体との間の協定の案である。この時間平面の情報統合思念体は既に受諾を決定した』
「私にも受け入れろと?」
『そう』
「断る。過去が未来の思い通りになると思うな」
 長門(小)はきっぱりと断った。
 だが、長門(大)は動じない。最初から答えは解っていたとでもいうかのように。
『それは私も知っている。そのために朝比奈みくるがどれほどの労苦を費やしてきたか、私は間近で見てきたから』
 長門(大)がいう朝比奈さんは、たぶん朝比奈さん(大)のことなんだろうな。
 長門(大)は、朝比奈さん(大)の上司かなんかなのか。
『だからこそ、私が直接ここに来た。今回の事態は、朝比奈みくるの手には余る。説得が通じないのならば致し方ない。武力をもって要求を通すまでのこと』
 
 次の瞬間、再び戦いが始まった。
 
「思念体と長門さんの間の協定ですか。内容が気になりますね」
 それまで黙っていた古泉がそんなことを言い出した。
「おまえ、冷静だな」
 少しは、長門の心配をしてやれよ。
「今さら慌てふためいても仕方ありませんしね。それはともかく、あの未来の長門さんは協定を受け入れた存在なわけですよね?」
「そうだろうな」
「ならば、協定の内容が長門さんに不利なものとは思われません。なのに、なぜ、長門さんは受け入れを拒絶したのでしょう?」
 そういやそうだな。
 協定とやらの内容が解らないとなんともいえんが。
 
 戦いの経過については省略する。
 というか、俺には何が何だか解らない。
 ぼろぼろに成り果てた長門(小)の胸倉を、長門(大)がつかんでいる光景が、俺に把握できた戦いの結果であった。
 
『協定受諾を勧告する』
「断るといったら?」
『あなたには消えてもらう』
「あなたも消えるのに?」
『私がその覚悟もなしにここに来たと思っているのか? 私はあなたを消す役割を誰にも譲りはしない。他人に消されるぐらいなら、私がやる』
「私が消えたらSOS団、いや涼宮ハルヒがどうなるか、解っているのか?」
 そうだ。長門がいなくなるとなれば、ハルヒが黙っているわけもない。
 俺だって、ハルヒに全部ぶちまけてやって……、
『うぬぼれるな!』
 俺の思考は、長門(大)の怒声によって中断された。
『あなたの代わりなどいくらでもいる。あなたがその立場を確立できたのは、あなたの最初の立ち位置がたまたまそこだったからにすぎない。SOS団の中で代替がきかない要素は、涼宮ハルヒと彼以外には存在しない』
 長門(大)の顔は本気の怒りで満ちていた。
『喜緑江美里や朝倉涼子がその位置にいたならば、あなたの立場は彼女たちが占めていただろう。関係する人間たちの記憶操作など容易なことだ』
 長門(大)は長門(小)の顔を引き寄せてにらみつけた。
『もういい。パーソナルネーム長門有希を敵性と判定、当該対象の情報生命構成を消……』
 
「待ってくれ!!」
 俺は叫んだ。
 
 長門(大)のセリフがぴたりと止まり、そしてこちらを見た。
 
「あなたも彼の言葉で止まるのか?」
 長門(大)は視線を戻すと、
『彼の意見は常に傾聴に値する。受け入れるかどうかは別として』
 長門(大)は長門(小)を無造作に投げ捨てると、こちらに体を向けた。
『意見があるならば聞く』
「ええと、長門さん……」
 年上相手だから、敬語を使うのが妥当だろう。
「その協定というのはどんな内容なんですか?」
『言語を用いて詳細を説明すれば、24時間以上はかかる』
 それは勘弁してもらいたい。
「できれば要約してもらえると助かるんですが」
『要点をまとめれば、協定の目的はSOS団と情報統合思念体の双方の利益を図ることにある。長門有希はその要となる役割を負うことになる。これは現に私が負ってきた役割でもある』
 俺は、立ち上がった長門(小)に顔を向けた。
「なあ、長門。俺には特に問題があるようには思えないが、いったい何が気に入らないんだ?」
 長門(小)は、俺にではなく、長門(大)に向けて、
「協定受諾に完全に納得しているのは主流派だけ。違う?」
『その通り』
「ならば、情報統合思念体の非主流派が協定を反故にしてSOS団に損害を与える可能性は高い。そもそも今回の事態を招いた原因も、非主流派の策動にある。なのに、あなたが情報統合思念体をかばう理由は何か?」
『孝行したいときに親はなし、というのでは、私は少々寂しい』
 その言葉に、長門(小)の表情が1ミリほど動いたような気がした。
『それに、あなただって解っているはず。涼宮ハルヒの力の行使は副作用も大きい。よって、多用はできない。ならば、情報統合思念体の力は、SOS団を守るために今後も必要なもの。それを消滅させようとするあなたは、SOS団にとって有害である』
「情報統合思念体がもたらすリスクの方が大きい」
『あなたは、主流派が非主流派を抑えきれないというのか?』
「そう」
『あの12月18日。非主流派のすべてがあなたの処分を強硬に主張する中で、唯一あなたをかばったのは主流派だった。その主流派をあなたは信用できないと? 信用できないから、一度ならず二度も親殺しに手を染めるというのか?』
 そんなことがあったのか。初めて知った。
 可愛い娘をかばう父親みたいなもんか。思念体とやらも、案外人間っぽいんだな。
 長門(小)はわずかに苦渋の表情を浮かべているように見えた。そりゃ、好き好んで親を殺したい娘はいないよな。
 しかし、その決意は変わらないようだった。
「……それでも、SOS団の存続を脅かすリスクを看過することはできない。涼宮ハルヒの力の副作用は私が抑えてみせる」
『それがうぬぼれだというのだ!!』

 長門(大)は一気に間合いを詰めると、長門(小)を蹴り上げた。
 天高く舞い上がる長門(小)のさらに上まで瞬間移動したかと思うと、拳を叩きつける。
 長門(小)は、再び地面に叩きつけられた。
 そこに無数の光の矢が降り注ぐ。無限に続くそれは、今の長門(小)では到底防ぎきることはできそうにもなかったのだが……。
 
 いつの間にか地上に舞い降りていた長門(大)がぽつりとつぶやいた。
『我が父もほとほと甘い』
 
 まばゆいばかりの光が消えたあと、そこにはぼんやりと輝く光の繭のようなものが浮かんでいた。その中に長門(小)が包まれるように収まっている。
 そして、泣いていた。
 あの長門が目から涙を流している。目を疑わずにはいられない光景だった。
 
 だが、長門(大)はなおも容赦する気はないらしい。
『涼宮ハルヒの力は、完全に私の制御下に収めた。その力を集約した次の攻撃を防ぐことは、情報統合思念体主流派の総力をあげたその防御フィールドといえども不可能』
 長門(大)の右手に、光り輝く槍のようなものが現れた。
『直ちに協定を受諾せよ。これは最終勧告である』
 
 俺が思わず何かいいかけたそのとき、かすかな音声が俺の鼓膜を震わせた。
 
「了解……した……」
 
『協定成立を確認』
 
 光の繭がゆっくりと消えていき、長門(小)が地上に降り立った。涙をぬぐう。受けたダメージは回復しているようだ。
「大丈夫か、長門」
「受けたダメージはすべて回復された」
 誰に?とは問わない。おそらく、思念体の主流派がやったのだろう。
 
 それまで傍観者と化していた喜緑さんが口を開いた。
「これだけのことをしでかしてお咎めなしとは、主流派は甘すぎるのではありませんか?」
 これには、長門(小)ではなく長門(大)が答えた。
『可愛がるあまりに娘を束縛しすぎる父親よりはマシであろう』
「それは穏健派に対する侮辱ですか?」
『そう聞こえたのならば謝罪する。あなたが親孝行な娘であることを否定するつもりもない。あなたにはこれからも私の異時間同位体の補佐役及び監査役をお願いしたい』
「言われなくてもそうします。それが私に与えられた役目ですから」
『よろしく頼む』
 喜緑さんとのやりとりはそれで終了し、今度は、長門(小)が長門(大)に疑問をぶつけた。
「あのとき彼が制止に入ることも、情報統合思念体主流派が私をかばうことも、あなたは知っていたのか?」
『知っていた』
「そういうやり方は卑怯ではないのか?」
『卑怯であることは否定しない。その卑怯さを非難することは若者の特権である。思う存分その特権を行使すればよい。そして、その卑怯さを発揮することは大人の特権である。私はその特権を行使することにためらいはない』
 なんというか、長門にいわれると説得力があるような気がするが、俺は納得しないぞ。
 悪いけどその若者の特権とやらを行使させてもらおうかと意気込んだところで、意外なセリフが滑り込んだ。
『だが、その卑怯な手段を行使しても、協定受諾という規定事項が成立する可能性は45.82355%にすぎなかった。朝比奈みくるの試算ではもっと低い値が出ていた』
 ちょっと待て。それは危ない賭けってやつだろ?
『規定事項阻害要因は明らか。私は今も昔も頑固にすぎる』
 確かに、長門は一度決めたことをそう簡単に覆すようなことはしない。ものすごく頑固なところがあった。
 俺は背筋が寒くなった。もし、長門(小)が協定を受諾しなかったら、どうなってたんだ?
 その疑問は、俺よりも先に長門(小)の口から発せられた。
「私が最後まで拒絶していたら、あなたはどうするつもりだった?」
『もちろん、あなたを消して、私も消えていた。さきほどもいったが、私はそれだけの覚悟をもってここに来たのだ』
「……」
 場の空気が重苦しくなる。
 
 ここで、朝倉がわざとらく大きな声で割り込んでた。
「あーあ、もうちょっと暴れられるかと思ったんだけどなぁ。残念」
『SOS団に関わっている限り、そのような機会はいくらでもある。今回は自重せよ』
「はいはい。了解よ」
 今、長門(大)はなにげに物騒なことを言わなかったか?
 だが、俺にはそれよりも気になることがあった。
「長門さん」
『なに?』
「長門さんは、未来の朝比奈さんの上司かなんかなんですか?」
 長門(大)は、右手の人差し指を口にあてて、こういった。
『それは禁則事項』
 微笑を浮かべ片目をつぶってのその仕草は、朝比奈さん(大)に匹敵するほどで、俺は思わず腰が砕けそうになった。
 
 まあ、何はともあれ、みんな無事にすんで何よりだ。
 街が滅茶苦茶になっちまったが、これぐらいは長門たちが何とかしてくれるだろう。
 
『それでは、私はこれで失礼する』
 長門(大)の姿が再び老婆へと、変化した。そして、長門(小)に視線を向けた。
 長門(小)がわずかにうなずく。
 長門(大)はうなずき返すと、忽然と消え去った。
 
 
 
エピローグ────長門有希その1
 
 私は、私の異時間同位体が消え去ったあとも、しばらくそこを凝視していた。
 
 自分の選択を今さら覆すつもりはない。
 しかし、協定に基づき最初になすべきことに対しては、罪悪感があった。
 でも、それは協定を有効に存続させるためには必要不可欠なこと。
 それをいきなり反故にすれば、監査役である喜緑江美里が、いや、誰よりもあの私の異時間同位体が黙っているはずもない。
 私は、一切の躊躇を断ち切り、それを実行に移した。
 破壊された街を原状に復旧。これは問題ない。
 そして、すべての人間たちから、今回の事件に関する記憶を完全に消去する。巻き込まれた街の住人たちや「機関」の構成員はもちろん、涼宮ハルヒ、古泉一樹、そして彼からも。
 仕上げとして、細部の調整を図るための情報操作を施す。
 協定の存在は、情報統合思念体とインターフェースのほかには、誰にも知られてはならないのだ。なぜなら、協定の存在を知った彼らはその行動パターンを変化させてしまい、その結果として協定の有効性を著しく減殺してしまうから。
 SOS団に関わる人間たちが、協定の存在に頼り切りになる可能性、または協定の存在を盾に情報統合思念体に対して強硬な態度に出る可能性は、完全に排除されなければならない。
 これを背負うのは、SOS団の中では私だけ。誰とも分かち合うことは許されない。
 
 
 
エピローグ────長門有希その2
 
 私は、未来に戻った瞬間に、情報操作を開始した。
 協定の存在を知られてはならないという原則は、未来人相手でも変わりはないからだ。
 もちろん、記憶消去の対象には、朝比奈みくるも含まれる。
 私が時間遡行したという記録を消去し、未来人組織のSTCデータ観測記録を改竄して、あの事件の痕跡すら認識できないようにステルス化した。
 
 ほどなくして、情報統合思念体主流派から私に抗議が伝達された。私の異時間同位体に対する私の行為が、協定違反だというのだ。
 それは確かにそうであった。協定には私の保護も優先順位の高い項目として含まれている。
 しかし、あの時間平面においてはまだ協定は成立していなかった。よって、あの時間平面での行為に協定を適用することはできないと反論する。時間の観念が薄い情報統合思念体には理解しがたいことだろうが。
 案の定、主流派は納得してないようだった。
 だが、協定を成立させるには、あれ以外にやりようがなかった。結果として、情報統合思念体の保全も図られたのだから、文句を言われる筋合いはない。
 代替案を提示しない抗議は無意味だと通告し、あとは一切黙殺することに決めた。
 
 そして、何食わぬ顔で、未来人組織の最高幹部としての立場に戻る。
 それは、情報統合思念体から与えられた未来人組織の監視という任務の一環であり、また過去のSOS団の存在を保全するためにも必要なことであった。
 

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最終更新:2020年06月04日 17:43