『五月の風』

『五月の風、ふたたび』

の続きです。

 

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『五月の風、ふぁいなる』

 

 

「遅い、罰金!」

「ぐ、なんであんたなんかに……」

うーん、気持ちがいい! 俺は勝ち誇ったように腰に手を当て、びしっと右手の人差し指を突きつけて、いつもハルヒに言われ続けていることを逆に言ってやった。

「ははは、今日は俺の勝ちだな」

「あたしは、徒歩、しかも自転車押してきたんだからね」

「わかってるよ、ちょっと言ってみただけさ」

別に本気でハルヒから罰金を取るほど俺は鬼じゃない。ハルヒはパンクした自転車を押しながら歩いて待ち合わせ場所にやってきたんだから、ハンデを認めてやることは吝かではない。もっとも、ハルヒが素直に罰金を払うとも思っていないがね。

「もう、覚えてなさい!」

そう言いながらもハルヒは、今日の天気のようにさわやかな笑顔だった。

 

ハルヒが押してきたのは、いわゆるマウンテンバイクタイプの自転車だ。おそらく中学時代にでも買ってもらったやつだろうから、それほど高級品と言うわけではなさそうだ。

それでもたぶん、中学時代のハルヒは、このMTBを駆ってこの世の不思議を求めてあっちこっち走り回っていたことだろう。

ハルヒはそんな自転車を押しつつ、ちょっと大き目のバッグをぶら下げている。前かごも荷台もないからちょっと大変そうだ。

「何だ、中途半端にでかい荷物だな」

「キョン、そっちのかごに入れてよ」

「おう、いいぞ。で、なんだ、それ?」

「お弁当よ。お弁当! あんたどっかでかけようって言ってたし、いい天気だし」

なんと、ハルヒが弁当だって!? 嵐にでもならなきゃいいが。

「なによ、その顔、あたしの手作り弁当では不服だとでもいうの?」

「いやいや、珍しいな、と思ってな」

SOS団のイベント時には、だいたいいつも朝比奈さんに弁当作らせているし。

「ふん、文句あんなら食べなくてもいいわよ」

「文句なんかないさ」

「なんか、有希もみくるちゃんも自転車の件であんたには世話になったみたいだし、団長として当然のことよ」

「そうかい、ありがとよ」

ハルヒの手作り弁当が入ったバッグを受け取ると、俺の自転車の前かごにのせた。残念ながら、かごの方がやや小さくて入りきらないので、片手でバッグを支えながら、自転車を押して歩き始めた。

「じゃ、行くか」

これで三回目か、あの自転車屋……。

「近いの?」

「自転車で走れば近いけどな」

俺とハルヒは自転車を押しながら、日曜の朝の街中を、ますますなじみになった自転車を目指した。

 

「なんで、有希もみくるちゃんも急に自転車なわけ?」

俺たちは、まだ開店準備中の花屋の前を自転車を押していた。

「長門は必要になったとか言ってたが、朝比奈さんは、お前が不思議探索を自転車で行くって言い出したからだ」

「はぁん? 無理して買わなくてもよかったに。それよりよく自転車乗れたわね、みくるちゃん。運動神経ないのに」

ひどい言われようだね、間違ってはいないけど。

「んにゃ、確かに乗れんかった。かなり練習したんだ。俺も付き合ったが」

「はぁ、なるほど。それでここ数日、みくるちゃん疲れてたみたいだったし、膝すりむいてたりしてたのね」

ハルヒはあきれたように首を振りながら言った。

「そこまでしなくても、探索の時にはあんたの後ろ……」

そこでチラッと俺の方を見たハルヒは、

「いや、あたしが後ろに乗せてあげるのに」

と、言ったが、さらに続けて、

「でも、後ろに乗るだけでもバランス危なそうね、あの娘(こ)……」

ひゃー、そこまで言うか、ハルヒ……。一応、この前俺の後ろに乗っけたが、大丈夫だったぜ。

 

なんだかんだと自転車押して歩いているうちに、例の自転車屋についた。店のにぃちゃんは、俺が毎回違った女の子を連れてくるもんだから、不思議そうな顔をしていたのが印象的だった。別に彼女でもなんでもないんだけどね。

そのにぃちゃんは、手際よくパンク修理をし、ついでにブレーキやチェーンのメンテナンスもしてくれた。最後には俺やハルヒが何も言わなくてもパンク修理代以外はサービスしてくれた。いい店だね。また何かあったら来ますよ。

 

「ありがとねー」

といって俺とハルヒは店を出た。

「さてと、どこ行こうか?」

「なに、何もアテは無いの?」

山手の原っぱは前に長門と行ったし、昨日もこの辺りを走り回ったし、俺は特に何も考えてなかった。

「しょうがないわね、じゃ、ついて来なさい」

ハルヒは、ぐっとペダルを踏み込むと、整備したてのMTBで走り出した。

「おい、ちょっと待てって」

俺は自転車の前かごの弁当を支えながら、ハルヒの自転車を追いかけた。

あっちは五段だか十段だかの変速付きMTBで、こっちは単なるママチャリだ。ハルヒが一回ペダルを回す間に、こっちは三回ぐらいちょこまかと回さないといけない。くっそー、何か疲れるぞ。やっぱり遅刻の罰金ぐらい取っとくべきだったか。

「なによ、もう疲れたの?」

「自転車の性能の違いさ」

「責任転嫁はいけないわよ」

「ほざけ」

ハルヒは楽しそうに笑いながら飛ばしている。

「どこまで行くんだ?」

「そうね、海の方がいいかな、人工だけど砂浜があるのよ」

最近はどこもコンクリートで固めた護岸ばかりだか、一部には人工の砂浜つき海浜公園が作られることが多いらしい。そういえばこの辺りにも最近できたとか言ってたな。

ヨットハーバーやら、護岸の上で釣りをしているおっちゃん達を横目で見ながら自転車を走らせているうちに、俺たちはその海浜公園に到着した。

 

自転車を置き、弁当と一緒にハルヒが持ってきたレジャーシートを砂浜に広げて、俺はハルヒと並んで座った。日差しがあって少し暑いぐらいだが風は涼しげで心地よい。

周りでは、犬を散歩させる人や子供と遊んでいる家族連れの姿がちらほらと見える。

「わぁー、きっもちいいわねー」

ハルヒは目を細めて青い空を見上げている。

「そうだな」

俺も同じように空を見上げながら、日に焼けそうだな、とか考えていた。

「海、触ってくる」

そういい残してハルヒは駆け出して行った。

俺が少し遅れて、波打ち際に着く頃には、ハルヒは裸足になって膝下ぐらいまで海に入っていた。

「ちょっと冷たいけど、気持ちいいわよ。キョンも入れば?」

「いや俺は……」

「ほらほら、早く」

「わっ、や、やめろ」

ハルヒは手で海の水をすくってかけてきやがった。こういうことをする時のハルヒは、子供の様に無邪気で、ある意味、危険だ。ただし、笑顔は輝きまくりなんだが。

結局、俺もスニーカーを脱いで足だけ海に入った。確かに水は冷たいが、都会の海にしては、思ったより水はきれいだった。

 

しばらく波打ち際で遊んでいたが、そろそろ腹も減ってきたので、ランチタイムにすることにした。俺たちは裸足のまま、レジャーシートの所まで戻り、ハルヒの手作り弁当を広げた。

「おぉーすげぇ……」

ハルヒの弁当は思わず声が出てしまうほどきれいに盛り付けられていた。二人で食べるには多すぎるんじゃないかと思うほど、たくさんのおかずで彩られている。

「ふん、どう? みくるちゃんのお弁当にも負けてないでしょ!」

「いや、正直すごいわ、さすがだな」

ハルヒはにっこりと笑うと、

「味だって、負けてないわよ」

と言って、きれいなキツネ色の鳥カラをお箸で取り上げると、俺の口元に突き出した。

「ほら、食べなさい!」

「食べなさいって……。こういう時は、『あの、食べてください』って消え入りそうな声でつぶやくように言うもんだ」

「なによ、そんなのがいいわけ? ばっかじゃない?」

ハルヒはその鳥カラを自分の口にほり込むと、三口ほどで飲み込んで、二つ目をつまみ上げた。そして、

「……あのぅ、よかったら食べてください……」

今度は本当につぶやくようにそう言って上目遣いで俺のことを見上げながら、おずおずと鳥カラを差し出した。

 

うっ、不覚にもそんなハルヒにドキリとしてしまった。

 

俺は、そーっとその鳥カラに口を近づけ、パクつこうとした瞬間、

「なーんてね!」

そういうが早いか、ハルヒは再び自分の口にその鳥カラをほり込んだ。

「さっさと自分で食べなさい!」

ちくしょー、一瞬でも萌えた自分が情けなかったね。

 

それにしても、ハルヒの弁当は本当に美味かった。さすがは何でもこなすスーパーユーティリティプレーヤーだ。鳥カラも肉じゃがも、ほうれん草のおひたしも、タコさんウィンナーさえ美味かった。

「確かに美味い!」

「当たり前よ、手間ヒマかけたんだから、ね」

ハルヒは満足そうに微笑んでいた。

 

結構な量があったが、おいしかったせいもあって、二人で食べ尽くしてしまった。お腹も十分すぎる程満たされたので、食後の休憩と称して、俺たちはレジャーシートの上に横になって、雲一つ無い青空を見上げていた。

隣に目をやると、時折吹く風にカチューシャと髪をなびかせているハルヒの横顔があった。

「ハルヒ」

「なに?」

「弁当、ありがと」

「うん」

 

また、風が流れて行く。日差しがまぶしい。帽子持ってくればよかった。

 

「なぁハルヒ、今度どこか行くときも、また弁当作ってくれよな」

「…………」

ん、あれ?

俺は体を起こすとハルヒの方に振り向いた。

ハルヒは静かに寝息を立てて、気持ちよさそうに眠っている。

 

きっと朝早くから起きて、弁当を作ってくれたんだな。

 

俺は、幸せそうに眠るハルヒをしばらく眺めた後、もう一度レジャーシートの上に大の字に寝転がった。

そんな俺とハルヒの上を、五月の風は今日も爽やかに吹き抜けて行った。

 

Fin.

 


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